33話 死線
戦場に置いて何が恐ろしいか
強靭な武器 頑強な防具 残忍な知恵
どれも脅威となるだろうが 一度折れると中々に脆い
死線を背にした意地 倒れても迫ってくる精神こそが恐ろしい
どんなに脆く 弱く小さい存在であっても
半身の潰れた虫が立ち向かってきては 無視などできないであろう
ぎゅぅううらあらららRARAaaaAAAaa!!!??????
ズシリと重く、一行を苦しめた長く太い尾が切り離された。地に落ち、まるで水を流したホースを手放してしまったかのように鮮血を吹き出しながらウネウネと尾が大きく揺れ、痙攣を起こした後に動きすらしなくなる。
己と鋼の重量を存分に生かした見事なまでの切り上げに、紫鱗の魔蛇の全長が大きく縮む。
「ナイスショットだおらぁあっっっ!!!」
ジャストミートである。
だが、そんな言葉の存在など彼は知る由もない。幼すぎる先生から教わった技の名前がナイスショットというのだから、そうなのだ。
爬虫類の表情など解らないが、今までにない耳障りな悲鳴で踊る姿は、痛快だ。大きな支えを失い魔蛇の巨体が大きく倒れ込む。
信じろ。
その言葉を受け止めた弓使いのすでに深く姿勢を落としたまま弓に矢を番えていた。番えた矢は木製の矢ではなく鋼鉄の矢。
矢筒に隠れていた先端は鋭く、船の錨のような返しが付いており、矢羽根の代わりに矢に空いた穴に通された短くキツく結ばれた長い紐。
準備と手間も掛かる登山用に使われるその特殊な矢は本来であれば高所を取ったり、移動で使われる物であり、到底生物に向けられる物ではない。
長く、丈夫であろう弓から折れてしまいそうになるくらいにギリギリと音を立て、弦が限界まで引き延ばされていた。
弓を扱う彼の腕前は飾り気が無く派手さも豪快さも求めない。魔法や剣術とは違い元より弓とはそんなものだ。基本に忠実であるからこそ本領を発揮する技術なのだから。
だが・・・今だけは大きく弦がはち切れんばかりに両腕が伸ばされても姿勢は崩さず、片足を前に伸ばし落ちていた瓦礫の残骸を足を引っかけ支えとし、深く腰を下ろして狙いを定める今の姿は正に鷹が牙を剥いたかのように荒々しくも正確に標的を見据えていた。
「当たれぇっ!!」
対物用の爪と呼ばれる鋼鉄の矢が隙だらけな大きな巨体に目掛けて撃ち放たれた。元より狙う場所など決まっている。
矢を数本当てた程度では致命傷とはならないが、標的を光を奪う事に関しては剣よりも恐ろしい。
GYルルルルグッッ!??
魔蛇の血のような真っ赤の眼を刺し、掻き、抉られた。
まるで水風船に針でも刺したかのように赤から赤が噴き出しだすが・・・その巨体を以てしても針などという軟な物ではない。
弓使いは目標への着弾を確認が取れた直後、爪に結ばれていた紐をキュルキュルとその手に素早く右手に何度も巻き付け始める。
おもむろに紐を伸ばし、ピンと跳ねた紐を左手で止め、そして・・・全身の力を振り絞り弓使いは引っ張った。
「っ・・・!」
生物の目とは思えない重さと無駄な筋力だ。右手に巻き付けた紐が食い込み、手袋越しに痛みが走る。
「負けられん・・・!」
痛みがなんだと言うのだ。元より死を選んでいた身ではないか。
未だ怪我もしていない手も、腕も、肩も腰も足も、ここが踏ん張りどころだ。
「ぉおおおあああっ!!!」
青き装備を纏った男の叫びと共に、ブシュリ・・・と魔蛇の貫かれた赤い目が瞼から音を出し飛び出していた。
ギュRRAaアアアアッッ・・・・!???
赤い目が血を噴き上げながら視神経ごと引っ込ん抜かれる。返しのついた爪がただ抜けるわけがない。魔蛇の脳髄に大きな隙間ができたことだろう。
度重なる致命的な攻撃を受け、紫鱗の魔蛇の身体の短くなった胴体が痛みに震えて跳ねるように起き上る。
いや・・・痛みに震えただけではない。
「・・・!?まずい、避けろぉ!!」
頭でだめなら尾で払う・・・その逆も然り。怯んだ様に紛れてしまい、鷹の目の判断が遅れてしまった。
本来の真上からの振り子のような攻撃方法とは遠い、重たい冠を左斜め上から叩きつけるがむしゃらに繰り出した攻撃。
「ぜぇ・・・はっ、やべっ・・・!!」
剣士の動きは・・・鈍い。内なる熱を全て放出しつくしたかのような虚脱感。
自身より数倍も大きい体躯の相手ですら切り伏せかねない威力の荒技。結局は荒く、粗があるのだ。体への負担の考慮をしていない一撃に反動は大きく、剣士は逃れようと足を動かそうとするがもたついてしまう。
どうせ・・・逃げれないのであれば。
「来、いやぁあああっっ!!!」
大剣の面を盾として剣士は防御の姿勢を取る。
・・・直撃。
鋼の折れる、音が鳴る
鉄や金具の拉げ、凹む音が響く。
鋼を抑えた左の掌がつぶれ、鋼の支えの無くなった右腕が角度を曲げてへし折れた。
赤き鎧が自身の血で上塗りにされ・・・装備と身体で重いはずの身体が驚くほど大きく、吹き飛ばされてしまった。
「ぐぶぉあっ・・・っ・・・!!???」
目の前が一瞬光で見えなくなったかのような錯覚が起きたまま、意識が弾け飛んでいった角のような鉢金ごと持っていかれてしまいそうだ。
何がどう痛いか頭が理解できていない。だというのに両手に痛みを感じない。感じることができていない。
そして、背中が硬い岩壁へと叩きつけられ、片膝を付く。口の中が鉄錆まみれになったかのようだ。剣士は前と後ろから凹んだ鎧に挟まれ、吐血する。
手で抑えようとしたが、右腕がプラプラとして動かない。剣は・・・たぶん、落とした。
「お、おいっおい!!!?」
「・・・わ、り・・ぃ・」
額に汗を垂らしながら弓使いが駆けつけたが、剣士は彼の言葉がよく聞こえない。おかげで自身の状態がようやく頭が理解できた。
剣士に痛恨の一発をぶつけた魔蛇は勢いを尾で抑えることができずにそのままゴロゴロと自身の頭の重さに負けてしまいゴロゴロと転がり落ちていた。
「喋れるか!?早く、戻らねば・・・!!」
不幸中の幸いとは言い難いが、水晶の鱗の一撃による痛みが眠る事を許さない。顔は青白くなり、口から吐き出される息をどうにか整える。なんとか喋る事はできそうだ。
「は・・・は、は・・・。そりゃ、むりだ」
「俺が囮になる。それならば・・・!」
「ふえの・・・ふぅ。効果で俺だけが、狙われるんだよ・・・」
「なっ・・・!?どうすれば・・・」
痛みを分かち合ったような形相に弓使いの顔が苦痛に満ちる。何故置いてったはずの笛がこの場にあるかなど考えてすらいない。
他の誰がどう形振り変えて魔蛇の興味を引こうとも、笛の効果で剣士にのみ標的とみなすという。
仮に風使いの元へと戻ったとしたらどうなろうか。
両手、腕もまともに動かせない。鎧が大きく凹み変形している。鋼で出来た大剣も耐えきれずへし折れた。残す剣は弓使いの持つ魔蛇相手ではちっぽけな一振りのみ。
完治できるかは別として、これほどの重症の男を治すには国に戻って教会に寄らなければならない。
流血を止めたとしても戦力として戻るどころか、敵を引き付けるだけの役立たずとしかならないのだ。逃げ道が見つからなければ、咲ちゃんが魔力を使い果たし守護の奇跡が途切れた時・・・全滅する。
「罰が・・・当たったのかも、な・・・」
「お前・・・」
子供を連れだした悪い大人の末路にしてはまあ・・・実に盛大という他ない。
「・・・足は、動く。あと一本、いけるか・・・?」
「あるが・・・」
鎧の赤が零れ落ちているかのように血を垂らしながらヨタヨタと剣士は立ち上がる。糸の半分切れた人形とも取れる彼の姿に、熱は帯びていない。
「・・・後は、お前に・・・頼むわ・・・!」
生き生きとした性格の悪そうな顔はそこにない。
誤った選択を償うために逝き処を前にした受刑囚だ。動くのもやっとだというのに、無理矢理作った剣士の笑顔が・・・弓使いは故人の絵でも見てるかように切ない気持ちに襲われる。ずいぶんと気が早い想像力は、血まみれの男がどうなるかを悟っているからか。
「泣いてん・・・のか?っは、っは、っつぅ・・・笑うと痛ぇ・・・」
「・・・うるさい」
弓使いがもう1本の爪を用意しだす頃には重い頭を松葉杖のように地面に立て、魔蛇も胴体と僅かに残った尾を使い、起き始めていた。
相手も相手でずいぶんと心身共にボロボロのようだ。むしろ・・・この面子でよくここまでやれたと仲間と共に賛辞すべきではなかろうか。
そう彼と話す機会は訪れないだろう。
「残る左目を狙う・・・また会おう」
「おう・・・じゃあ、なっ!」
角のような鉢金を巻いた赤き鎧を纏いし剣士。
口は悪く、短気で怒りっぽいが、誰よりも人情深く、怒りを力に変え、剛腕からの一撃が自慢の男。
そう呼ばれていた男が武器も持てない体のままに前方へと重く、赤い足跡を残しながら走り出し、迫る魔蛇へと立ち向かっていった。
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咲ちゃんは見た。見ていた。2人の男が戦う姿を。巨大な蛇がこちらへと向かってこないかを。
切り離された尾が気持ち悪い。目から飛び出た細い肉を見て吐き気を催す。地へと染み込んでいく血を見ては寒気が襲う。
怖くて何度も小さく細い足が逃げ出したいとモジモジするが、それは剣士と弓使いが自分達を守ろうと必死で頑張っている姿を見て、ぬしちゃんと重なったように見えてしまい目が離せなかったのだ。
「おにいさんしんじゃう!!やられちゃう!!」
部位は違うが、ぬしちゃんと同じように赤い鎧のおにいさんが吹き飛ばされた。
前にテレビのチャンネルを変えた時だろうか。後になって演技だとお父さんが教えてくれたが、車に引かれるというシーンの現場を見た時と同じく、喉の奥に冷たい空気が一気に流れ込んだようにパニックになってしまった。
咲ちゃんの声を聞き、風使いの形相が変わる。
「あいつ・・・!!」
治癒の奇跡を掛けていた手が止まる。見れば・・・酷い有様だ。
目を神経ごと引き抜かれほぼ半身を切り落とされた魔蛇の状態にも驚いたが、弓使いの駆け寄る先を見て、彼女は絶句しかけた声をどうにか抑え込む。
「た、たすけないと、どうしようおねえさんどうしよう!?」
簡単な方法は咲ちゃんの守護の奇跡を彼らの前に展開させることだ。遠距離からでも届くと知った今、可能だろう。
血を多く流し武器も失った男を治療してどうなるかなどと・・・予測も容易いが。何よりも彼女の手では1人が手一杯だ。
咲ちゃんがトタトタとその場を足踏みをしながら指示を彼女へと仰ぐ。
「何か・・・!」
風使いは死にたがりの男達をどう救えるか。
・・・そんなものがあれば。
「・・・!あれ・・・」
剣士が笛を鳴らしたであろう場所に、ボロボロの白色のカバンが落ちているのが見えた。
「ぬしちゃんの!ぬしちゃんのかばん!」
衝撃的なあまり治療する時には気づかなかったが、あんなところにまで吹き飛んでいたとは。
倒れている彼女と同じく、中身も恐らく無事ではないだろう。
「あ」
だが、思い出せ。流血が止まり、冷えた頭が回転を始める。閃きにも近いが、それは過去の記憶から掘り出した情報だ。
ぬしちゃんの力はただの食料であるパンですら効果がのるのだと知って、剣士が何をしたか。
粉々にし、小麦の粒となっても彼女の効果は発動するのだ。そして、ここに入る前準備で・・・。
そこまで思い出した風使いが咲ちゃんの両肩を掴み、話す。少し驚いたが、彼女は怒っているわけでは決して無い。
「2人を・・・助けるよ!ぬしちゃんの力で!!」
「う、うん!咲、がんばるよ!!」
カバンの中身がどうなっているかが想像ついた瞬間、風使いにはたった1つ作戦しか思いつかなかった。もうこれしか方法が無い。
その思いのままに素早い足さばきで走り出し、カバンを取りに向かい・・・中身は想像通りに無残な姿となった紙屑の束であり到底投げて扱うことなどできないゴミでしかない。
両腕で抱えるように持ち上げたカバンは酷く破けており、気を付けて持ち運ぼうんだところで隙間からパラパラと紙屑が落ちてしまう。
子供達の元へと運び終えた風使いは咲ちゃんに作戦と合図を早々に伝え、魔術の詠唱を始め出す。
ゴミで結構。塵を山とするには労力が必要だが、吹き飛ばすのもとても容易だ。
『大気よ!渦となり!集い!巻き起こせ!!』
風でも吹けば、黒髪の少女の力が込められ紙細工の残骸は散り散りとなって飛んで行ってしまうであろう。
これは他の誰でもない、他の魔術では成し得ない。
空っぽだった彼女だけができる・・・得意技なのだ。
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