31話 荒れる土俵
冷静になれ
相手を見て 周りを見て 何ができるか
そして 怒れ
あらゆる手を使い果たしたのならば 考える必要などない
自身の出せる力をぶつければいい
感情とは 器用に変わる事などできないのだから
頭が熱い。
ドクドクと脈打ち、頭から稲妻のように激痛が走る。
目の前がチカチカと星を帯びているかのような・・・今にも自身の身体が倒れそうだ。
辛くて、汚い過去が頭の中で掘り起こされるのは・・・最悪で最低な過去。
それから、今のあたし。
リーダーが失敗をやらかしてから目の前が真っ暗になった時に現れた、不思議な2人の子供。
熊のような化け物に襲われて、修道院でも襲われて、今では・・・あたしたちのせいで蛇と鼠に襲われる。
根の無かったあたしよりも酷い境遇ではないか。2人にはしっかりとした帰るべき場所があるのに。
そんな酷い境遇だというのに、ぬしちゃんは何度でも立ち向かうのだろう。修道院で逃げ出した嫌われ者とは違って不気味なほどに力もある。
根の無い時のあたしと同じはずなのに、自分に持ってないものをこの子達は持っている。ビビリで小手先しか自信の無い文句ばかりの自分がひどく情けない。
・・・悔しい。
悔しい・・・悔しい悔しい悔しい悔しい・・・悔しいぃっ!!
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「ぅん舐 め、てん じゃ、ねぇわよクソ蛇ぃィイッッ!!!!」
岩々が音を立て周囲に散らばる中、猛る女が呪詛を吐き、倒れる身体を踏みとどまらせる。頭から血を垂らし血色の悪くなった顔色が目の隈と相まって凄まじい形相となっていた。
赤い鎧を身に付け両手剣で戦う口の悪い男へと変貌したかのような、そんな口調に弓使いは度肝を抜かれてしまった。
「お、おい・・・!?」
容態の計り知れないぬしちゃんを抱えた弓使いの声を聞いてか知らずか、風使いは耳を傾けない。
『出て来なさいよっ!!』
両手を前に捧げて祈りに応えて出てきた薄い壁。魔蛇の周りに残る瓦礫や岩はもう少ないが、少ないだけだ。
3度目の石の弾丸が襲ってきているのだ。話している余裕など、無い。
『細々とうざってぇのよっ!!』
そう叫び、伸ばした両手を開くと同時に膜のように薄い守護の奇跡が両の手に破かれるように2つに裂けた。
『大気よ!我が両肩に集え!集え集え集え集えっ!!』
風使いの2本の掌に宿る二ノ盾で襲い掛かる石の弾丸を、左手で払い反らしては壁が割れ、右手を伸ばして横薙ぎに逸らしてはまた壁が割れ、祈りに応えてまた生成され、肘で捻ってはまた反らす。
舞うように岩々の破片すらも流し、破片となった琥珀色の花吹雪が宙に踊る。その動きと同じく留まらない詠唱は彼女自慢の風魔法。
ただ逸らしていただけではない。弾かれた石の弾丸は彼らの両脇に生まれた大きな渦を巻く大気へと砂利と土ごと吸い寄せられていく。
両隣を挟むように生み出され岩、石、砂、その破片を巻き込んだ大きな大渦。それは黒髪の少女とその小さな体を飛ばされないように抑える弓使いを守るだけではない。
恐怖、怒り、悲しみ。恨みもある。悔しさも混じってる。痛いし、垂れた血が鬱陶しい。
あらゆる色を絵具を混ぜたらどうなるか。最初はどんなに色取り取りであっても、全てを混ぜてしまえば行きつく先はその大渦のように灰色と変わるのだ。
『ぶっ飛ばせやっ!!!』
鬱憤の詰めるだけ詰め込んだ2つの大渦が山なりに大きく前方へと巻き込んだ物全てを魔蛇の頭上へと放り投げるかのように円を描き吐き出された。
臆病で道中で子供を担ぐのをためらったほど情けない自身に「ありがとう」と言ってくれた少女が負ってはいけない怪我をして倒れている。巻き込んだのは自分達だ。
だが、少女をやったのは目の前のクソ蛇だ。剣士の言葉を借りるならば・・・デカブツで目障りなクソッタレ。目に入るたびに頭に上った血が傷口から垂れ流れてくる。
なんと皮肉か。
まるで大蛇の姿を象った大渦が岩を運び・・・紫鱗の魔蛇の頭上へと降り注いだのだ。
ギュァァアアアアッッ!!?
ただの落石とは違う、一点目掛けての岩のあられに響く鈍い音と痛撃を隠せない。
頭部は鱗の冠が邪魔をしてただ砕けるだけだが、胴体はそうもいかない。当たりどころの悪い物は鱗の隙間に食い込み、刺さる物もある。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・死んじまえ・・・!!」
「魔力の使い過ぎだ・・・!ぬしと一緒に下がれ!!」
「そ、そうだ・・・回復、しないと」
だがその反動はでかい。
杖で体を支え始め、息の荒れた風使いを見れば一目瞭然だ。頭部に怪我もし、守護の奇跡の乱発。モンスター・・・と定義してよいだろう。巨大な体躯を持つ魔蛇ですら怯む大技で疲労困憊だ。
「急がなければ・・・死ぬかもしれん・・・!」
「う、うそ・・・」
如何に異端とも言える力を持っていようが、身体は5歳児の子供だ。筋骨隆々とした剣士でもなければ、成人ですらないただの子供。
そんな身体であの化け物の一撃を受けて無事なわけがあるはずがない。
未だ意識を取り戻さないのだ。
ギュルゥアァアアアアアッッ!!!!
それを許さないように、視界が見えない程に巻き散らかった粉塵が盛り上がり、傷だらけとなった魔蛇が突撃をしてきた。
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ぬしちゃん。
ぬしちゃん、ぬしぢゃん・・・。
隠れていろ、と言われた咲ちゃんは非力な力を使って盾を支えては隙間から親友の姿を見ていた。
例えるのならば、テレビで見たサッカーの試合のボールのような吹き飛び方であり、ラグビーの投げられたボールのような浮き上がり方であり・・・自分達の身体がボールのように雑に吹き飛ぶ力とはどれほどのものなのだろうか。
コツンッ
「ひぅっ・・・!」
盾を伝って支えていた手の平に小さな衝撃が走る。小さな石がこちらに飛んできたようで、驚いて目を瞑ってしまった。
盾に跳ね返された勢いだけの小さな石がころころと転がり落ちる。
脇を見れば自分の体と同じくらいの岩が転がり落ちていて、それがたまらなく・・・恐い。恐くてまた目を瞑って、逃げてしまう。
瞼の端からどれだけ泣いても枯れない涙がまたにじみ出てきている。
お父さんとお母さんに今すぐ、会いたい。抱きしめてほしい。頭を撫でて・・・
そこまで考えて、咲ちゃんは既視感を覚える。
・・・そうじゃない。
あの夜と同じになる。
大事な親友が傷ついてまで、自分の手を払ってまで、また守ってくれている。自分は何を泣いているのか。
たたかう。そうだ、守るためにぬしちゃんは戦いに向かったのだ。
本当に大事で、大切だから。その気持ちなら自分だって・・・負けてないはずだ。
いつも一緒にいるはずなのに、危ない時はいつもバラバラじゃないか。自分にだってみんなを守る力があると気づけたのに。
こんな石ころなんて、怖くない・・・悪い蛇も、怖く・・・ない!
ちっぽけな手で支えていた盾を前に押しのける。支えを失いパタンと倒れる盾を横切るのは、柔らかく綺麗な白髪を揺らす少女の姿。
ここにいろ。
そう剣士のお兄さんは言っていた。
でも・・・ごめんなさい。
言われたとおりにするだけじゃ、上手くいかない時もあるって、お父さんがお仕事の帰りに言っていた事がある。きっと、今がその時かもしれない。もう・・・遅いかもしれない・
咲ちゃんは自らの意思で、初めて言いつけを破る。もう、悪い子でもいい。
それでも 少しだけ 勇気をください。
向かうは、親友を必死で守ってくれている、なかまのところ。
小さな足跡を残しながら、咲ちゃんは目を背けずに、前を向いて走り出した。
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「まじでどうなってやがんだよっ・・・!!?」
愚痴を吐きながら剣士は残る大蛇と相対していた。
だが、辺りの戦況が・・・まるで見えない。いや、見えるものは見えているのだが、それどころではないのだ。
大蛇と争っていたら横から石やら砂利やらが飛んできてそれを回避するのに必死になっていると大蛇は石にぶつかりながらもこっちに迫ってくる特攻を始めてあまりに厄介だ。
飛んできた石に後ろに盾を持っているはずの白髪の少女が気になってしょうがない。名前を呼んではみたが、返事が無く振り向きたいが目の前の大蛇が目障りすぎる。
何よりも・・・弓使いの叫び声が気がかりで嫌でも焦りが込み上げて来るのだ。飛び出してったあの馬鹿は無事なのか?
・・・生きて、いるのだろうか・・・?
「クソ・・・クソクソクソっ!!!」
こいつが邪魔だ。時間を稼いでるように距離を取る、こいつが・・・邪魔だ。
「ああ・・・そうかよ」
こいつは邪魔がしたいのか。
そう確信した剣士の頭の中は、冷や水にでも打たれたように奇妙なほどに冷静となる。
ある物を見つけた剣士は、あろうことか赤き籠手に握られていた大剣が地に刺し立てられる。
その時・・・周囲の物が一点へと転がり始めてよそ見をすれば、やたら物騒な竜巻のような物が出来上がり、魔蛇へと直撃していく様子が嫌でも目に入る。
剣士は察していた。それが彼女の奥の手だと。
ビビリで調子のいい仲間の1人が今、全力を出している。
さて、人の牙を捨て、素手となった男が向かってきたのは大蛇にしてみれば絶好のチャンスではないか。
武器を持たない人など恐れるに足らない。愚かな男に大顎が容赦なく襲い掛かる。
「単純でやんのっと!!」
わざわざ作った隙を狙ってくるなど、経験を得てようと獣は獣。
助走をつけ、ガチャガチャと五月蠅くも転がり込んでは大顎をすれすれで回避に成功した剣士のちょうど手元。
「うぉらぁあああああ!!!!」
それは、もう1匹を確実に仕留めるために投げ捨てた彼の剣。舞った土やら砂利を被ってはいるが内に秘めた鈍い輝きは衰えるわけがない。
渾身の力を込め大蛇の長い胴体へと上から深々と地面へと突き、刺し貫いた。
シュァァアアア!?
まるで枠の無い虫の標本だ。
大蛇は尾をひねらせては剣士の身体へと当たりこそするが、巨大な釘を打ち込まれてしまい思う様に身体を動かせず赤い鎧の胴体に凹みができただけで痛手とは程遠い。
そんな事などお構いなしに駆けだす剣士に大顎が追い付けず、待たせていた相棒を両の手を使い握りしめ・・・立ち向かった。
流石に慣れた、こいつは雑魚だ。叫ぶのも馬鹿らしい。
王国でも数少ないのではなかろうか?
でかい蛇を殺すことに関しては、彼は熟練に達していると言ってもいいだろう。
機転の利かせた一撃目、重量に任せた二撃目を受け・・・残る最後であろう大蛇が土俵の上へと倒れた。
ギュルゥアァアアアアアッッ!!!!
だが・・・少し遅かった。
土砂崩れでも起きたかのような、巨大な蠢く轟音が響く。
先の風使いの攻撃の痛手を負ってなお、紫鱗の魔蛇は離れようとしている仲間の元へと突進を始めたのだ。
「やべぇ!??」
風使いが抱えているのは、ぬしだ。まさか・・・あの高さから落ちたか?ただ事ではない。
魔蛇へと背を向ける風使いと・・・迫りくる魔蛇へと向かっていく・・・剣を構えた弓使い。
お前じゃ無理だと叫びたい。せめて、あそこで構えているのが自分であれば・・・。
元衛兵の技術は対人相手には強いが、でかい化け物相手では技術よりも力量が物を言うのだ。
だが、走ろうにもあまりに場所が悪すぎる。引き下がっていく大蛇を追いまわした結果、弓使い達と魔蛇がちょうど対面している姿が見えるぐらいに横へ横へとずれていってしまったのだ。
力尽くで投げた剣を拾えたのもうなずける。
距離が離れすぎた。
弓は何度使っても加減が難しく壊してしまう。
魔法など、才能は無しと烙印を押された事があるほどだ。
「畜生・・・」
歯ぎしりを立てながら、重い鎧を背負った足を必死に働かせる。
「畜生!」
ズシリズシリと重い足が土を跳ね飛ばし駆け抜ける。
「畜生ぉっっ!!」
武装で重くなったこの身体が、今は死にたくなるほど恨めしい。剣と農具しか振るったことの無い、鍛えた太い腕が役立たずだ。
「ちくしょぉおおおおおおっっ!!!!」
赤き鎧を纏った彼は、剣士だ。勇者ではないのだ。
剣が届かない時点で・・・誰かを救う術など彼は持っていない。
剣士は胸の内に溜まった熱が氷へと早変わりしたかの絶望を味わい、神へと願う。
彼の人生で2度目の祈りだ。 誰でもいいから助けろと。
また・・・失うのか。
『あっちいけぇええええ!!!』
か細く、幼い喉を振り絞ったかのような叫びが耳に届いた。
振り子のように巨大な頭を揺らして、弓使いをミンチにしようと降り下ろした先に、琥珀色に輝く壁が現れる。
「サキ・・・サキ!!」
白髪の少女が、剣士の願いに応えてくれた。
盾のあった場所に姿は無く、かと思えば弓使い達に辿り着いているわけでもない。
思い返せば・・・咲ちゃんの奇跡は奇妙な事に狙いを澄ましたかのように形を変えるのだ。
効果だけではなく、狭い通路では完全に塞ぎ通し、この幅広い空間では大きく横に広がり、上から落ちる落石には瓦礫が残らないように円を描いた傘となる。
まさか、近づく必要も無いとは恐れ入った。
大人の足で20歩も離れた先にいる弓使いの前に、『守護の奇跡』を発動させたのだ。
攻城兵器となった紫鱗の魔蛇の最大火力を城壁となった守護の奇跡が大きな轟音を立てて受け止める。
ぬしちゃんに続いて、咲ちゃんがまた・・・仲間の命を救ってくれたのだ。
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