28話 八つ首 王首 顔合わせ
1度ならず2度までも 2度ある事は3度とあるが
3度目の正直という言葉がある
3度を出会えば嫌でも相手を覚えるだろう 飽き飽きするほどに
次が来ないようにするがため 人も知恵を付けるのだ
4度目に出会う時は遥か未来 死んだ後の話となるように
若く小さく柔らかい幼き両腕を前へと伸ばして発動された守護の奇跡。
手の平に温もりが集まっては、前方一面に広がり抜けていく不思議な感覚。
数度使った壁を作る魔法。この時発動した守護の奇跡に咲ちゃんはいつもよりも横に開けていく奇妙な違和感を覚える。
出現した光の壁が左右に伸び広がっていき、迫りくる8匹もの大蛇の群れを防いだのだ。ナニコレ。
外で試しに使ってみた時はその気になれば回り込める横幅だったというのに、どういうことだろうか?
突如現れた光の壁に大蛇達は行く手を阻まれ、中には勢い余って頭をぶつける個体もいるようで焼けた石に水でも付けたかのような悲鳴をあげている。
「調節もできるのか・・・!」
「ほんと凄い!」
「まほうすごいんだ」
随分と眩しい動物小屋だ。そんな冗談が思いつくほどの見応えのある要塞のような堅牢さに称賛の声があがる。
そして、ここからだ。これが起点となるのだ。咲ちゃんの魔法でなければいけない。
「よくやった!!風っ子!風魔法で転がってるもん全部ぶつけろ!!」
「は!?それ」
「ぬしが投げたやつでいい!!」
「!・・・やってみる!」
なんの意味かを問う前に風使いは意図を掴み、杖を構え詠唱に入り始める。
「2人は俺が支える」
「ささえられるのか」
弓使いがぬしちゃんと動けない咲ちゃんの2人の身体を支え、剣士は安全のために後方へと下がる。
実のところ、これは事前に組み込まれた作戦ではなく偶然から生まれたものだ。
元々は黒髪の少女の長年培われてきたかのような錯覚を起こさせる投擲能力を見込んでのものであり、その彼女が力を込めていなければ意味を成さない、賭けだ。
『大気の力よ 我が背へ 集い 集って 広まれ!』
後方、閉じられた壁画の方で土埃も運んだ大気の渦が集まっては、咲ちゃんの光の壁に習うように渦を巻きながら広がっていく。
『落ち放たれろっ!!』
広がった大気の渦が勢いつけて向かう先は彼女の足元とは手前、地面に目掛けて放たれる。まるでエアコンのように横並び叩きつけられた大気が風圧となり土俵にあるものを吹き飛ばした。
「おお」
「ふぁ!」
同その影響で投げ込まれていた魔法石が全てがどんどんと押し出され転がっていく。光源の大移動だ。
弓使いの両手が支えてくれなければ、背後から襲い掛かる風に咲ちゃんとぬしちゃんも吹き倒されていたかもしれない。
その結果、剣士の目論見は見事に的中した。
転がってる物とは魔法石のことであり、数は12。
光の壁には巻き上げられた土埃と魔法石が2つがぶつかり、1つは衝撃で割れてしまった。その2つは最初に投げ込んだ物と風使いの彼女が放り投げた物。
そして、残りの10本はお遊びだろうと大蛇と同じく容赦なく力を込める大阿呆の事だ。
「ぶち当たれやっ!!」
ぬしちゃんは光の壁を物ともせずにすり抜けていったと風使いは言っていた。それは彫像面の彼女だけが持つ力が原因ではないのかという、予想。
光の壁をすり抜けていく十の散弾。轟く闇の爆発音。たじろぎ怯み倒れる悲鳴の雨あられ。
「ぬしちゃんのちから!」
物ごと者が行けるなら、物だけでも行けるのではないか?
予想は闇の力を込められた魔法石となって道を阻まれた大蛇へ的中、迎え撃ったのだ。
未だ効果は不明。その闇の爆発は傷跡こそ残さないが、大蛇の苦しむ様を見れば余程の精神的苦痛を浴びていることだろう。
どれに何発直撃したかなど目で追う余裕がないが、3体が意識を失い地に伏し残りは5体。悶えて何かから逃れようと地面に頭をこすりつけている個体もおり、いい気味だ。
本来であるならば大きく長い体躯を持ち、矢を弾く鱗は恐ろしいが、生身の時点で黒髪の少女の力の前ではでかすぎる仇だ。ネズミの方が小さい分厄介なくらいだ。
その最中、この場に置いて変化のある男がいるわけで。
通路とは違い、この中心部はずいぶんと広いときたものだ。
流れ弾から逃げるように後退したその男の背からフックが音を鳴らし外される。巻き付けていたなめした革を外してはそこらに投げるのは男の性格からか、ずいぶんと乱暴で雑なもので千切れかけている。そんなことを気にする彼ではないが。
赤き両籠手に携えた大きな剣は装飾こそないが、無駄もない重量感たっぷりの鋼の大剣。
「あー背中が軽いぜ・・・サキ!壁を解け!」
「ふぇ!?」
戦略は上々、2人の少女には感謝しかない。
「俺を信じろっ!!」
ここからは彼ら、大剣を携えた剣士・・・仲間たちの戦術の出番だ。
『大気を奪え 無き包みで 彼らを纏まとえ!』
風使いの風の加護が指示も無しに剣士と弓使いに纏いかかる。この中で付き合いの長い彼女にとって、大剣を構えた始めた彼の行動など問うまでもない。
「う、うん・・・!」
剣士の熱気に満ちた言葉に焚きつけられるかのように、咲ちゃんは彼の言葉に応えた。数が減ったとはいえ、壁の向こうにはまだ5匹も大蛇がいるが・・・もしかしたらまた何か作戦を思いついたのであろう。
力強い踏み込みと共に大蛇の群れへと立ち向かう剣士を遮る奇跡で生み出された壁を咲ちゃんは解き、彼らを守るものが無くなった。
「うぉぉおおおおおおっ!!!」
雄々しい雄叫びを上げ、重き身体を物ともせずに突進し、頭に巻いた鉢金の尖った部分は角のよう。
熱気に染まった紅き闘牛。
根強く土壌を踏み込んで、自慢の大剣振り被り、ただ真っ直ぐに大地にうねる大蛇へと叩きつけた。
よくも散々やってくれたな。
悲鳴もあげさせない、怒りの募った一刀両断。
手前の大蛇1匹を容易く仕留め、バケツでも足りない血しぶきが土へと染み込んでいく。
「わわあわあっ!?」
「お料理なのか」
「なわけないでしょ!!」
案の定、本日2度目の絶叫が背後からあがるが、まだ残りが4匹。2匹が赤き剣士へと牙をむく。
「トンガリぃぃ!!」
彼が叫び終わる頃には大蛇の1匹の片目から鮮血が噴き出していた。
ジュァッッア!?
目の前に飛び込んできた愚かな得物。そう捉える事しかできない愚かな獣に木の矢が光を帯びた急所へと突き刺さり大顎が背後へと引き下がる。
襲い掛かるもう1つの大顎に対し、剣士は深く腰を下げ頭の横に並べるように長く幅広い大剣を掲げ、切っ先は大蛇へと向ける構えで迎え撃つ刹那、咲ちゃんの記憶が掘り返される。
赤備えの鎧、猛々しく戦うその姿がまるで侍の様であると。
昔、おじいちゃんが話してくれたお侍が本当にいた。感動すら覚える程に。
「喰らってろやっ!!!」
まあ・・・
断ち切るでも回避すらもせずに、まさか言う通りに大剣ごと両腕を飲み込ませるとは思いもよらず小さな心臓が止まりそうになったが。
しかし、大蛇の顎が閉じない。
ッ・・・・!!
いや、閉じれない。縦に向けられた幅広い刃と柄と頑丈な籠手に守られた両腕が邪魔過ぎた。
腰を低くし身体を小さく見せたのは大蛇の狙いを狭めるがため。大剣、重装、鍛え上げられた筋肉が重い剣士に押し勝てない。
「何喰ってんだ吐き出せやオラぁあっっ!!!!」
理不尽な暴力と暴言が大剣を詰まらせた大蛇の不幸が始まった。
ミチミチと肉の千切れていくような嫌な音。
「うぉおぉおあああああっ!!!!」
強引、力尽く、大蛇の口から覗き見える剣士の両腕が膨らんだように見えるのは目の錯覚か。
大蛇の首から大剣の先端が突き出していることですぐに音の正体が解ってしまう。未来が見えてしまう。
咲ちゃんは両手で自身の目を隠し、ぬしちゃんは鑑賞を決め込んでいる。
首から頭、内臓と脳天ごと中から力任せのぶった切り。
「はぁーハッハッ!!ご馳走様ぁ!!!」
技などと上品な物など存在しない。
言うなれば蛮族。鬼に金棒とお父さんから諺を教わったが、まさにこれだ、絶対そうだ。
溜めに溜まった怒りで殺し、鬱憤晴らして気分よく叫び立ち向かう、いや・・・襲い掛かる赤鬼がそこにいた。蛇より怖い。
「いつもの・・・おにいさんじゃない」
「ごめん、あれが普通なの」
「おっさん、つよかったのか」
だが、2体は片目をつぶされているが3体が剣士へと迫り寄った。自身達を仕留めかねない危険の優先度が理解に至ったようだ。
その三首は1つに固まらずに取り囲むように3方向から威嚇と牽制を繰り返し頭を交互に繰り出してはモグラたたきのように頭を引っ込ませていく。
弓使いによる矢による援護もあり大蛇の牽制を抑え込ませ剣士は持ちこたえてはいるが、下手に大振りをしてもこのままでは背後から頭を持ってかれてしまう。
「うざってぇ・・・!トンガリどうにかしてくれっ!!」
このままでは埒が明かない。イラつき含んだあやふやな指示に弓使い射掛ける手を止めマスク越しに大きく息を整え、観察する。
体躯こそ大きいが蛇、獣だ。獣の弱点とは?
嗅覚。舌から取り入れるような相手に効果があるだろうか。
視覚。矢を一度当てると意識されてしまい二度目はまず当たらない。
聴覚。
「奴らはどこで音を取り入れる!?」
マスクを剥ぎ、露わとなった口元を大きく動かし弓使いが叫びだす。蛇に耳などあるのか?
「おなか!おなかできくのー!!」
「ぇ、そうなの?」
答えは幼い声を元気に大きく咲ちゃんが知っていた。
「・・・感心させられる」
さすがは偉人でもあり、剣士の話では武人でもあるらしい父を持つ良識な娘だ。弓使いは太ももに巻いている雑嚢から目当ての物を取り出した。
「おなかなのか」
「おなかなの!」
黒髪の相方は腹が減ったとさすっているだけだが。
「煙が出る!補助を頼む!」
「はいはい!」
弓使いが取り出し、マッチで火を付け剣士と大蛇の中間へとクルクルと遠心力付けて投げつけた物は、黒色をした紙筒の束を1本の糸に全てが繋がっており遠目から見るとムカデのような不気味な物体だ。
投げ込まれたムカデのような物に相反する剣士と大蛇達の目線が注視され、奇妙な間が起こる。
「おまっ!?これ熊用!?」
弓使いの投げ込んだそれは爆竹。元々は熊や狼、主にネズミに対して彼が自前で持ってきたのだが、思いのほか子供達が規格外であったため使う機会が無かったもの。
パンッ!パンッ!パンッ!パパンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
パンッ!パパンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パパンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
「はなびだ!?」
彼の口癖を代して言うならば、五月蠅い、五月蠅すぎる。導火線に火が巡り渡り薄い金属片を混ぜた火薬の破裂音が地を鳴らし、剣士も巻き込み爆ぜに爆ぜ続け、音鳴るごとに煙も巻き上げる。
フシュ・・・!??
地を打ち爆ぜる音の弾幕は大蛇にも効果的であったようだ。波打つように首が引け、跳ねつき、怯みだす。
『彼の物に纏いし衣よ 吹き放たれろ!!』
剣士を纏っていた風の衣を利用した大気の衝撃で剣士周辺に広がるように煙が吹き飛んでいき、傷を負った目に染みるのか2体の大蛇が痛痒そうに地に頭をこすりつけており、嫌がらせが追い打ちをかける。
あまりに隙だらけ。指示通りに仲間がどうにかしてみせた。
剣士の狙った対象は後方で控えている仲間に最も近い左手側の大蛇。
左足をまたぐように大きく一歩を踏み出して、また一歩、一歩と半時計回りに大剣伸ばして横回転。
「んぁあんがとよぉおっ!!!」
大音量のお礼と共に豪快な横薙ぎ一閃。
腕力脚力重量を駆使したぶん回しが片目を失った大蛇の首をスッパリと切り、果せた。
残りは2匹。だが、この2体はやけに警戒心が強くしぶとくも巻かれた煙から逃れ紫鱗の威嚇をしながら玉座の方へと後ずさっていく。
同族が当てにならないのか、意図でも組んだのか。
ついに、静観していた王が動き始めた。
「そのまま止まってろって・・・」
たった一刀で切り伏せる剣士の力であっても、二回りも大きい胴体に強大で歪な冠には刃が通るか不鮮明だ。
だが、魔蛇の向かう先は5人とは逆方向、まるで興味を示さないかのように大地と重たい頭を揺らしながら壁へと向かっていく。
土俵が広いがために遠目で気づかなかったが観客席との高さはかなり高く、大人4人が縦に重なってようやく手が届くほどの高低差。
太い胴と尾を上へ上へと伸びる茎のように伸ばし・・・あろうことか魔蛇はそのどでかい頭を寝かすが如く観客席へ叩きつけ、分厚く鋭い紫鱗が石材を大きく抉り破片が飛び散る。
「あいつ何やってんの!?」
「へびさんのぼってるんだ」
そのスパイクは非情に強力で滑り止めとなり魔蛇の身体が上からロープを巻く様にどんどん持ち上げられていったのだ。
「不味い!上を取られるぞ!!」
「あ!?んな場所で何するって・・・!?」
尾の先端が昇り切れない巨体が観客席の上へと場所へ大移動。
巨大は頭が岩肌の天井に届くほどに伸び・・・時計回りに首がグルリと風圧鳴らして振り子のようなぶん回し。
紫鱗の冠が観客席の後ろの壁へと豪快に叩きつけられ大きな削岩音が鳴り、大地が泣き叫ぶ。ジャラジャラと歪なシャンデリアがガラガラと響き非常に耳障りだ。
「瓦礫に気を付けろっ!!!」
その言葉の意味するところは、岩に覆われた天から降り注ぐ・・・大岩。狙いもつけない岩の雨が無差別に土俵へと降り注いだ。
大小問わず、運悪く直撃すれば命に係わる。
「固まれぇええええっ!!!!」
大剣担いだ男の叫びに分散された戦力、剣士と弓使いが降り注ぐ岩を避けつつ女性組の元へと全力で逃げ始める。
ある岩は突き刺さり、ある岩は跡が残るほどに叩きつけ、ある岩は勢いに負けては砕け散る。いつぶち当たるかわからない物騒なものを防げる手段など、1つしか思い当たらない。
咲ちゃんの力でしか、荒れ地に変わる荒業を防ぐ手立てはない。





