27話 古代の遺物
子供の心とは見た目以上に脆いものである
楽しさに吞まれれば 渦から出られないこともあるし
悲しさに濡れると いつまでも泣き続けることもある
たった1日で何度も恐怖で穢された心はどうなるのだろうか
子供の心とは見た目以上に脆いのだ
思いつく限りに準備を尽くした彼ら子供を含めた5人は壁画の前へと立ち並んだ。
荷物の中からは松明用に使われる木の棒をもう1本取り出し、魔法石を括り付けて2本目が完成だ。風使いの持っていたランタンには油と取り換え着火し腰へとぶら下げる。
中央の大部屋に魔法石が1つ転がっているはずだが、光源がそれでも足りない。暗闇こそ、人類の生涯の敵であるのだから。
ぬしちゃんはフットボールのように脇に挟めるように抱えており、咲ちゃんは両手で落とさないように2人も魔法石を大事そうに持っている。
黒髪の少女の目であれば必要がないだろうが、彼女達を見失う事態に陥っては元も子もない。
魔法石で照らされていない奴らの養殖場、ネズミを主食としている大蛇のことだ。どうせ暗闇でもこちらの存在を見据える手段を持っているのだろう。蛇であるならば音や振動や体熱、厄介だ。
子供達の押した壁画の横にある出っ張りは元の形へと戻っており一度限りというわけではないらしい。いっそこのまま開かない方が、と風使いがそう言いたげに嫌な顔をしてしまう。
「開けるぞ。荷物はすぐに横に放り投げる」
弓使いが出っ張りを押し込むのだが、やはりその石材だけが軽い材質でできており、驚くほど簡単に押し込むことに成功する。子供を背にして俯く彼女を二人の少女は心配げに眺めていた。
あちこちの仕掛けが動き始め2度目の開閉だ。中の存在がどんな者かは知らない。こちらの存在に気付いているかもしれない。
「中に突入したら視界の確保、あとは作戦通りにやるっきゃねぇ」
「わ、わかってるけど・・・中から、出られなくなったら?」
「少なくとも、奴らがこの通路を活用している事が解っている。見つからなければ倒すことが前提になるな」
剣と特性松明を構えた剣士、杖を携えた風使い、弓ではなく剣を構えた弓使いが話し終える頃にはこのダンジョンのシンボルであろう壁画が開き切っていた。
意外にも先ほど投げ込んだ魔法石は破壊もされておらず、形を保ったままだ。
気づいてないのだろうか?
そして・・・直ぐ様、彼らは行動に移した。
「扉は俺が押さえている!」
弓使いが行ったのは、扉の制御。壁画の横に合った出っ張りを抑え続け仕掛けの維持を試みたのだ。
「ぬしちゃん投げて!!」
「うん」
次は魔法石による視界の確保だ。彼女達2人は広く先の見えない闇へと通路で使われていた魔法石を投げる。
今までと違い遠くへ飛ばすがため魔法石の破損が怖いが、幸いにも床と思わしき場所はどこも土ばかりでありクッションとなったのか割れずに済んでいる。
そして咲ちゃんの足元には、魔法石のストックが並べられている。
その数は10。風使いの彼女がパンカス産の地雷原を越えて拝借したものであり、おかげで通路の一部が薄暗くなってしまっていた。
「はい!」「うん」
白髪の少女は黒髪の少女への受け渡しによる流れ作業だ。幼児なのだから非力で当たり前だが、黒髪の少女はその括りではないらしい。
信じられないが、この場にいる誰よりも物を投げることに関しては達人の域に達している。
つまり、彼女が投げやすいようにバトンを渡してしまえばよい。
手際よく受け渡し、2つ目が投擲される。
残りは9つ。
「はい!」「がんばる」みっつ。
「はい!」「うん」よっつ。
「はい!」「うん」いつつ。
「ふぇ」「である」むっつ。
「はいっ!」「なんだ」ななつ。
「はいぃ!」「おお」やっつ。
「ふ、ふぇ」「である」ここのつ。
「む、むりぃ」
「そうなのか」
白が渡し、黒が投げる。10投目の手渡しが終わる。その間6秒。早すぎる。
「え、あたし、いらない!?」
女性3人で魔法石を投げる算段であったが、呆気にとられるほどに良きコンビネーションだ。近づけば返って邪魔になっていただろう。
幼い彼女達の分で合計11本の魔法石が見事まばらに散らばっており、適当という言葉が相応しい。
開いては閉じる口のように息ピッタリの阿吽の呼吸。体力差は比例するまでもないが。
「トンガリと2人で突っ込むっ!」
「俺と変われ」
「わかった!」
弓使いと交代。風使いが壁画の封鎖を抑えるために彼に代わって仕掛けを抑え込む。
剣士と弓使いが荷物を近場の壁に放り投げ躍り出た大部屋。最初とは比べるべくもなく視界は広い。
「ど、どこだ!?」
「上かもしれん、気を付けろ・・・!」
が・・・親玉がまだ姿を現さない。
あまりに広すぎた。地図の中央全てを埋め尽くすほどにこの場は広いというのだろうか。
ズズズズズッ
何の音か?
石材同士が引きずるような音ではない。まるで土を這いずるかのような・・・。
・・・来るか?
2人は現れるであろう大蛇に身構える。
だが異変は1つではない。背後から聴き慣れた声と扉の音。
「は!?何これ重ぅいっ・・・!??」
「しまっちゃう!!」
「おお」
「んだと!?」
子供ですら押せてしまうはずが、彼女は押し負けていた。突然重みが増しだしたのだ。
子供達も風使いの足を抑えてどうにか力添えをしようと努力するが、まるで変わらない。まるで人の扱える重みでは無いような、そんな重量に圧倒されてしまう。
石材同士が擦れるような音に彼らは焦る。ついに、扉が下から浮き始めてしまったのだ。
このままでは分断されてしまう。非常にまずい。
1つ失敗だ。彼らは閉まる時にも仕掛けを確認するべきであった。荷は中にある。どちらが取り残されても生存は危うい。
彼らの選択は・・・
「お前らも来いっ!!早く!!」
「正気か!?」
「早くしろっ!!」
弓使いの反対とも取れる声に耳を向ける暇はない。結局戻ってもまたやり直すだけでしかない。
「っ・・・最悪・・・!」
「ふぇ!?」
「だっこなのか」
もう嫌だ、最悪。そんな泣きそうになる顔のまま杖を大部屋へと放り投げ、彼女は若干引き締まった気のしてきた両腕で咲ちゃんとぬしちゃんを担いで、飛び込んだ。
退路が 断たれた。
通路が恋しくなるような暗闇。見えるのは、あちらこちらと土の上に散らばる魔法石が焚火のように光源に照らされた5人だけ。
視界が狭い。それでも明かりの数を増やしても届かない広大な空間は一体なんなのだろうか。気味の悪さに冷や汗が止まらない。
・・・・シュァァァァァ・・・・・
微かに聞こえたうなり声。かなり遠い、だが関係ない。
乾いた大地を這いずり動く恐怖と共に聞こえてきたのだ。
その時、ガコッと荷箱を積み外したかのような音が大きく響いたのだ。
「壁を背に全員下がれ!」
「やだ、やだやだくらいのごわぃよ・・・!!」
「さ、サキちゃんっもこっち!あたしに、隠れて!」
緊張でどうにかなってしまいそうだ。咲ちゃんは怖くて怖くてで泣く事しかできず風使いが自身の影に小さな体を隠しだす。
「ぬし、頼む、何が見える!」
何が起きているかなど、その青い瞳でしかもう解らない。弓使いの口調は緊張が隠し切る余裕もなく早々としたものであった。
「むらさきのぴかぴか。おっきなへびさん」
「な、何!?」
その答えの正解でも見せたいのだろうか。じわじわと周囲が明かりに満ちてきている事に彼らは困惑した。これは地に落ちている魔法石では及ばない、もっと強力なもの。
天井から鎖のような音がジャラジャラと聞こえ上を向けば・・・シャンデリアのような豪華で煌びやかな輝き。
それとはまるで対極、鉄球のような歪な形をした暴力的な照明だ。
隙間がところどころ見える金属の枠組みが球体のような形を整えており、その中には通路の物よりも少し大きい光の魔法石が乱雑に入れられ、無理矢理詰め込んだか枠組みから突き出るようにはみ出た物がある。
見えるようになって良かった。そう思えるのがどれほど幸せなことか。歪なシャンデリアに照らされたこの大部屋は本当に広く、床に見えるのは土ばかり。
それだけではない。彼らの歩んできた通路の上に見える物は大部屋を囲むように並んだ、石材で造られた長い・・・長い椅子。
徐々に光が満ち、ついにはうなり声の正体が露わとなり、剣士、弓使い、風使いは息を呑み、呼吸が乱れた。
自分達のいる場所とは反対側、こちらを見据える血のような真っ赤な瞳。
その体躯は先の大蛇より二回りも長く、太く、大きくて、血の通っていない死体のような色合いの分厚い鱗に覆われている。
あまりにでかすぎて蛇と言うより、平ぺったい太い蜥蜴のような頭をしており、大蛇が子供なら目の前にいる奴は大人二人くらいであれば丸のみにできるだろう。
さて、答え合わせだ。
植物のようにも蛇ともとれ、花にも見えた壁画。うねるような蛇の身体、膨らんだ頭のような部位。
その周りには、何が記されていただろうか。
頭、顎、首。頭部に近い鱗から生えている紫に鈍く魔法石の光を反射する、飛び出た鱗。その鱗はまるで宝石や鉱石のように突き出ており、まるで剣山。触れるだけでも危険だ。
一本一本が子供の大きさであり、数は数えるのが手間なほど。
壁画の描かれたものは花でも飾りでも、ましてや鉱石ですらない。
異名を付けるならば・・・ 『紫鱗の魔蛇』
獣からかけ離れた存在、モンスターだ。
魔法石の輝きを反射する不気味な鱗を悪趣味な冠と称すのであれば、大蛇の王とご対面が叶ったところか。
「っは、はは・・・」
乾燥したこの場所のような笑いが、剣士の開いた口から漏れる。
むらさきのピカピカでおっきなへび。童謡を読んでいるかのような黒髪の少女の言葉に逃げられればどれだけ楽な事か。
剣士は大きく息を吸い、深く・・・深く吐き出す姿を見て、弓使い、風使いの2人も自信が呼吸を忘れていたことを思い出させられ同じように呼吸を整えた。
人の背では届かないであろう壁の上には椅子の列。観客は当然いない。
であるならば、この場だけが土。相対する者争い戦う土俵なわけだ。弓使いが推測を付ける。
「・・・王国の訓練場を思い出す。闘技場、か」
「ご丁寧に、明かりまで付けるたぁ気前がいいな。豪華ですねクソッタレ」
男は2人軽口を叩く。気持ちが押し負けてしまいそうだから。
「風っ子」
いつになく優しい口調で臆病な彼女に剣士は声をかけた。
「い、行ける、だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・ごめん、やっぱ無理かも」
「援護は任せる」
「・・・トンガリやっぱ気遣い下手すぎ、他に言い方ないの?」
この場にいる者でなければ淡々と話す弓使いの心遣いには気づけないだろう。
3人が鼓舞し合う間も最も奥に居座っている魔蛇はこちらを窺うだけで動きもしない。まさか頭が重いから動けません、なわけがないだろう。
獣並みとはいえ、ここの大蛇共の連携といったら質が悪い。何年生きているかなど興味もないが、昔に芸でも仕込まれていたのだろうか。
シャアァアアアッッゥ・・・・ シュルルルゥゥ・・・・
シャァァァァッ・・・・!
五月蠅いったらない。その耳障りなコーラスに彼らは飽き飽きしてくるほどに。
やっぱり出てきた。3度目の遭遇なのだから予測済みだ。緊張を一周回って呆れに変わるほどだ。
手のない大蛇お手製の抜け穴がどうやら観客席の裏にあるようで、穴から大蛇が這い出てくる姿は相も変わらず気持ちが悪い。
その数、8匹。魔蛇を含めて9匹。鱗を纏った近衛隊のご登場だ
。
中には先ほど逃げたであろう2匹も混ざっているのか、1匹だけ目から血を垂れ流す個性に溢れた化粧も付けており実にお似合いではないか。運も良いのか背後や横からの奇襲は無さそうだ。
その数、魔蛇に対して手が無いわけでもないわけなのだが。
正直なところ、大の大人が子供の手を借りるとは情けない限りだ。
「サキ、壁を出せるか・・・?」
大蛇が観客席から舞台へと降りてきている。
「サキちゃん?サキちゃん!」
風使いの彼女に揺さぶられても、目線が合うことはない。
白髪の少女、咲ちゃんは硬直していた。目の焦点が合わず、地震が起きたわけでもないのに、ガタガタと震えるだけだ。返事がない。
「サキっ!頼む・・・力を貸してくれっ・・・!」
剣士の考えている思いつきには幼い少女の力が不可欠だ。
しかし、彼の言葉は届いておらず、いくら呼び掛けてもカチカチと歯を鳴らすばかり。
咲ちゃんは抑え込まれた恐怖が今にも爆発寸前だ。
暗闇、大きなネズミ、でかい蛇、罠、また暗闇、逃げ場のない密室、見た事のない大怪物。
余裕を取り繕えていられるのは場慣れをしている彼らの経験からであり、特権だ。
遺跡に入ってから、畳みかけるような恐怖の連続に、ただの幼稚園児が耐えられるわけがない。今までよく頑張ってこれたのが不思議くらいだ。
遊園地のアトラクションなら怖くて泣いてしまうと外に出してくれることがあるが、ここは違う。いくら怖い思いをしても、出してはくれない。本物だ。
「サキ!!目を覚ませ!!」
「サキちゃん!!!」
土を這いずる音がいくつも近づいてくる。このままでは巣穴の中で動かない獲物がゴソっと固まってるだけに過ぎない。
このままでは、ただの餌だ。
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『咲ちゃん』
「・・・ぁ・・・」
のんびりとして、ふしぎとおちつく、やわらかなこえ。
ぬしちゃんの声だけが怯える渦に飲み込まれていた咲ちゃんを耳に、心に届く。
「咲ちゃん」
「ぬ、ぬしちゃん」
咲ちゃんは厳しく過酷な現実へと引き戻される。気づかない内に繋いでくれたぬしちゃんの両手だけが温かく・・・優しく心を包んでくれる。
「わるいへびさん、やっつけるんだ」
「で、でも」
1人だけではない。
「サキ!俺達5人ならやれるっ!!」
剣と大剣、2本の剣を武器にする赤き鎧の剣士。すぐ熱くなるが情にも厚い。
「あの悪い蛇さんを倒して、ここを出る。・・・出られるに決まっている」
身軽で弓に秀でた青き装備の弓使い。冷静で頭が良いけどちょっとだけ抜けている。
「あたしは、こんなだけど、お願い!あたしと一緒にみんなを守ってほしいの!」
風を操る魔法が得意な緑の衣の風使い。すぐに調子に乗るけれどいつも一緒にいてくれて遊んでくれる。
多分、みんなも怖いのだ。それでも大切な何かがあるから頑張れるのかもしれない。こんな怖いところに連れてこられて嫌だったけれど、キャンプができて楽しかったし、みんなはとっても優しい。
「いっしょにがんばるんだ」
黒髪で青いお目目の大親友。ぼーっとしてるけれど、いつも自分守ってくれる。
ぬしちゃんがいると、頑張ろうって勇気が沸いてくる。
「サキっ!壁いけるか!?」
「う、うん!」
まだお母さんとお父さんにも会えていない。ぬしちゃんとの約束もまだではないか。
〘みんなを・・・守って!!〙
白髪の少女、咲ちゃんは自身にしかできない言葉の意味を理解した。
咲ちゃんにとって、約束とは守るもの。
何者にも邪魔をさせない。大好きなぬしちゃんと小指で結んだ糸を断ち切らせない。
どんなに怖くて落ち込んでも、繋がっている限り何度でも立ち直れる。
こんなヘンテコな生き物なんかに邪魔なんて絶対に・・・・させるわけにはいかないのだ。





