26話 おねんねの力
ぶつけると おねんねする
おねんねは おねんねである
うごかなくなるのである
地響きか地鳴りとも取れる音を出しながらあちこちから鳴り響き、頑強な石材同士が擦り合わさりながら下へ下へと壁画の部分が沈んでいく。
合体をしている咲ちゃんを弓使い抱え上げ、ぬしちゃんを風使いが引っ張ることで壁画から遠ざかり、剣士が彼らの前へと立ち剣を構える。
扉は・・・開かれた。
壁画の先・・・そこは酷く暗く一見では構造が全く掴めない。魔法石で照らされている通路側、壁画の入口から見えている床が見えるのだが、床の色がまるで違う。
乾き切り、平らに仕上がっているそれは石材ではなく土。
「1つ、使うからね」
何をと問う必要も無く、剣士からの目配せを了承と得た風使いはカバンからロープで中心を巻かれている予備の魔法石取り出し、力を込めて転がし視界の確保を行う。
何もない。というより、壁や天井すらない。
土に弾かれるように跳ねながら転がる魔法石が照らしたのは、床のみ。その周りには闇に溶け込んだ空白しか視界に映らない。
「・・・どうする?」
普段は低く落ち着きを感じさせる声色ではあるが、緊張が隠せていない。何せ彼らの歩んできた通路は右も左も繋がっており、進んで戻ってまた進み通路を歩んだところで大蛇の死骸を踏みしめまた戻るだけ。
「ぴかぴかしてるんだ」
「何・・・?」
「おっきいぴかぴかしたのがいるんだ」
おっきいぴかぴかしたのが、いる。
同時に・・・地に降ろされた白髪の少女の背筋へと伝う妙な不安が降りる。
「なにかくる・・・くるの!」
幼き少女の鈴の音が乱れたかのような声で危険を知らせる。警鈴だ。
彼らは各々の信ずる武器を手に子供達を囲い始めた。
このダンジョンに置いて目とカンを備えた2人の少女の情報を元に導き出した答え。
一周する通路。奥から来た大蛇2匹。大部屋への入り口。そこには何かがいる。
「急いで戻るぞ・・・!壁画調べりゃ多分、空くだろ!」
これだけ情報が揃えば馬鹿でも解る。
大蛇共の親玉の、巣だ。冗談じゃない。
「でもっあいつらが・・・!?」
「しゃーねぇだろが!ここにあの蛇共がいるかもしんねぇ!」
戻って壁画を開きなおせたとしても害獣どもが待ち構えている可能性は高い。
それでも、小型相手であれば彼女の風魔法の乱発でどうにかなるかもしれない、賭けるしかない。
「それも・・・問題かもしれん」
問題とは。
通路の奥から、彼らの歩み進んできた来た道からシュルシュルと重たい物を引きずって運んだ時のような音が・・・聞こえてきてしまった。
両方だ。自分たちを挟むように両方からだ。姿は見えないが
「まさか・・・向こうも!?」
「へ、へび!きてる!!」
この壁画。もしかしたらだが、仕掛けが連動しているのかもしれない。剣士の言った開ける方法は幼き少女達の触れた場所だったのではないのだろうか。
だが、もしかしたら壁画以外にも開放されている可能性も多いにある。
そうでなければ、どう説明すればいい
シュルルルゥゥゥゥ・・・!!
奴らの太く長い影が左から3つ、右から・・・恐らく4つ。
何もない場所から大蛇が現れるなどあり得ない。
「リーダーっ!」
余程、奴らは挟み撃ちが大好きなようで、反吐がでるほど効果的なのが腹立たしい。一体であれば彼ら3人の力でねじ伏せることはできたが、それでも人よりも遥かに殺すことにかけて恵まれた体躯を持った大蛇。
それが7匹。
同時に変化も起きる。
壁画が閉じ始めてしまったのだ。どうやらこのダンジョンの扉は開閉する時間が決まっているらしく、少なくともここの扉をが閉まる頃にはどう急いだところでもう1つの壁画まで間に合わない。
逃げ道どころか、進む道も失い・・・絶望的。鼠の大群のほうがどうにかできてたのではなかろうか。目に見える脅威でかいだけでこれほど違うとは。
彼等の死は必須。
3人の力であれば・・・!
「ぬし!風っ子!渡したもんをぶん投げろ!通路を塞げ!!」
「うん」「わ、わかった!!」
黒髪の少女と風使いの各々が持つカバンから小さな包みを取り出しては開き、床へと粉ともカスとも言える小麦色の何かを通路の両側に巻き散らかした。
彼女達が蒔き散らかした物は、細かく雑に千切りに千切ってしまったパンの残骸だ。サイズの大小は問わず、包みに詰まっていたパンのカスが散らばっていく。
風使いは右の通路へ細かいカスをなるだけ遠くへと風に乗せるように吹き飛ばし細々と散らばったパンカスが左の通路に巻き散らかる。
魔法こそ使ってはいないが、そこは小器用な彼女。大蛇の頭が届かない丁度いい位置へと舞い散らばってゆく。
ぬしちゃんは右の通路へハトに餌でもあげるがの如くちまちまと足元へと投げている。迫りくる大蛇に餌をあげようとする彼女の心遣いには普段であれば感心を覚えただろう。
なんて優しい女の子だろうか。ふざけてんじゃねぇぞ。
「馬鹿!ぬし馬鹿お前それ餌じゃねぇ!もっと遠くに投げろ!!!」
「おお。がんばる」
どうやら剣士の願いとはまったく違ったようだ。
怒りに任せた乱暴で的確な指示を再度受け、ぬしちゃんは指示通りに中身の詰まった包み事放り投げる。
その投げ方は独特であり、包みの封となる部分を片手で掴んでは中身が漏れない速度で振り回しては小さな身体を踊るように横回転。遊んでいるようにも見える彼女の投擲方法はどう見ても我流だが、腕も短く重心の座っていない幼児の身体を驚くほどに熟知した投げ方だ。
その小さな体格に似つかわしくない投擲能力は見事なもので、封の空いた包みはパンカスを撒き散らしながら通路の空高くまで舞い上がり地に落ちる。運も良い。
投げられたパンカスは本来はただのカス。食べようにもすでに乾いていて餓死寸前でもなければ食料として扱うには値しない、そんな物。
だが、黒髪の少女の多少解明された力をその身で受けた彼の目論見通りであれば、ただのパンカスではない。
パンカスは細かい物も多く、最早遠目からでは溝に入り込んだか、その場に落ちたか、どこにあるかなど判別がつかない。
だが、それはどうでもいい。それでいいのだ。
頭が枝分かれをしている錯覚を起こさせる大蛇の群れが食欲を大顎から垂れ流し、近くまで迫りくる。
ボウッ!! ボウッ!! ボウッ!!ボウッ!!
ボウッ!! ボウッ!! ボウッ!! ボウッ!!
ボウッ!! ボウッ!! ボウッ!! ボウッ!!
闇の爆発が大蛇達の身体を蝕むように爆散する。まるで音の低いかん尺玉でも投げたかのような音がダンジョン内に響き渡る。
大蛇の群れは黒髪の少女の力が込められたパンカスにぶち当たったのだ。
食べ物であろうと彼女の力は適応したのだ。ならば、それを崩しても使っても問題はあるまい。
「っは!!ざまぁみやがれニョロニョロ共っ!!カスでも食ってな!!」
赤き鎧で身を包んだこの男。口が悪く怒りっぽい彼の行動原理は怒り。
姑息な真似をする害獣共。ムカつくトラップ。挟み撃ちにして女連中を泣かせる蛇野郎。どれも胸糞わるい。
そこで見つけた をことぬしという少女の謎で溢れた闇の力。
これから始まるのは・・・彼の発想、悪知恵である。
シュルゥ・・ゥ・・・
先頭にいた大蛇はモロにぶち当たってしまい、その場で崩れるように倒れてしまい、ピクリとも動かず後方の大蛇が足の無い足止めに引っかかる。
これがおねんねか。人間とは違いタフではあるが、数撃その肌に触れるだけで大蛇が沈む。それも4匹。
だが、まだだ。大蛇の数は左に1、右に2。仲間
「右に2匹!3人で投げろ!!左は目を落とせ!
「任せろっ!」
すでに矢を番えていた弓使いの矢が左の通路で怯んでいる大蛇の目に向かって放たれる。
ジュルララアアッッ!!?
血涙が噴き出し、左の大蛇は片目を失い身じろぎする。だが1匹となってしまったその大蛇にはこちらに渡る手段は無く、後退を始めたのだ。
大蛇の痛手ななど見向きもせずに女性3人が横並びとなり、倒れて身動き1つしない仲間を足場としてのしかかり近づく大蛇へと立ち並んだ。
問題は右だ。倒れている仲間を踏み台にし、床に触れないように大蛇がゆっくりと迫ってきている。
だがそれは、言ってしまえば綱渡りに過ぎない。
剣士の剣が前方へと突き出し、一喝。
「投ぁげろぉ!!」
狙いは愚か者、もちろん大蛇。
「「せーの!!」」「なんだ」
彼女達は一斉に大蛇へ向かい投げたのだ。
まず風使いが投げたのは咲ちゃんの下着の洗浄に使った液体の入ったビンだ。その瓶には魔法石を結んでいた紐を活用し、振り回しやすいようにきつく結ばれ細工がされている。放り投げられた瓶は先頭の大蛇の首に直撃。
怯えながらも咲ちゃんが投げたのはぬしちゃんから渡された紙ヒコーキだ。目を瞑りながら投げたために酷い軌道を描くのだが、ヨロヨロと弱っちい速度で降下しながら大蛇へと直撃。偶然だろう。
息を合わせる気があるかは不明だが、ぬしちゃんが両手で取り出した物にパン泥棒は苦い顔をするのは仕方がない。大型手裏剣という名の投擲斧、それも2枚。
1投目は大きく縦に振り被り、2投目はピョンと垂直に飛びもっと大きく縦に振り被り、手前と奥の2匹の大蛇へと容赦なく襲い掛かる。失敗する要素が見えない見事な投げ捌きだ。
彼女達の投げた物は合計4つ。
ボウッ!!
ボウッ!!
ボウッ!!
ボウッ!!
シュララ、ラ・・・・・
ジュアァアアッッ!??
全てが闇の爆発による連弾が炸裂する。どれもこれもぬしちゃんお手製だ。
仲間を踏み台にし、こちらに襲い掛かろうとした大蛇は苦しんだ末に床へと散らばるパンカスにまでぶつかってしまい爆発が起こり、それがトドメとなったのか地に倒れ伏した。
倒れた3体のお仲間の後方では闇の爆発に恐れたじろいだ大蛇が奥へと逃げていく様は実に滑稽。
大蛇2体に何を嘆いていたのか。
「・・・すーげ」
同じ状況数が倍にも関わらず完封せしめた結果には発案者ですら口を開けるほどだ。
「あんたが考えたんでしょうが!!」
「すごい!!咲たちがやっつけた!!」
2匹逃げられてしまったが、それも可笑しな話に聞こえる程に呆気ない。
黒髪の少女の力を借りただけで大蛇7体による挟撃に彼らは圧勝で終わる。
失った物といえばパン2つと矢が1本に紙が手裏剣を含めて9枚。ビンは地に落ちて割れてしまっているからそれも1つ。
血も汗も流さずに済むのならこんなものいくらでも買い込みたくなるではないか。
まあ・・・致命的な欠点もあるのだが。
「ぬしの力には驚愕するものがあるが・・・どうする」
「リーダーと、トンガリも・・・かな?出られなくない?」
「おにいさんたちでられないの!?」
「そうなのか」
効果が絶大すぎた。出られない。
恐らく3人を覗いて、男2人はここから出られない。この地雷地帯となった通路を踏み歩こうものなら弾き返されすっ転ぶのではなかろうか。万一素肌にでも降りかかれば、そこでおねんねしてしまう。
「あ、あたしが出て」
「お前だけが出てどーすんだよ」
「じゃ、じゃあ魔法で」
「できねぇ理由があんだよ」
ここの壁画が開いたがために奴らはなだれ込むことができたのだろう。だが今は壁画が閉じ切っている。
つまり、逃げた大蛇は見えてないだけで自分達と同じ通路にいるかもしれない。逃げる頭があるのなら攻め時を見極める事もできる可能性が高い。
だが、今のように容易く撃退ができたではないか。通路のカスなど風で吹き飛ばして道を作ればいい。それをしない。
風使いの表情が険しい物へと変わる。
「ちょっと、待ってよ!進む気・・・!?」
「すすむの?」
「たんけんなのか」
男達は返答をしない。黙ったままだ。
何を血迷ったのか?
いや違う。剣士は端っからこのつもりだったのだろう。じゃなければ黒髪の少女の力で通路を塞ぐなんてことは初めからしない。
もしかしたら、冷静な彼も。馬鹿げている。
「この寝転んでる蛇共も逃げ照った奴も、ここは通れねぇ」
「・・・正気を疑うが、調子に乗ったわけではないのだろう?」
「わけねーだろ。このダンジョン、妙なところが多すぎんだよ。気づいてんだろ?」
弓使いの確認とも取れる了承に、剣士は思惑を話す。
「入口もここの仕掛けもどう見たってあんな蛇共が使えるわけねーしな。牢屋も意味わかんねぇ罠もあるしよ」
「普通ならな。餌の確保もこの乾燥した場所では見られず、仕掛けが動くたびに奴らは現れる」
「ど、どゆこと・・・?」
湿り気の混じった陰鬱な鼠の巣窟では壁画は風を吹き込んで開けるのだ。
少なくともネズミに大蛇のような獣に扱えるような代物ではない。
だが、今度はどうだ?非力なはずの子供が押し込むだけで動く仕掛けときた。原理は同じ圧力版だろうが、作動のさせ方があまりに容易。
入るまでは誰かが開けるのを拒むように。
出る時は一軒家の扉よりも軽々開く。
「けんか・・・?」
「そうなのか」
彼らは歴史については素人だ。過去を読み解く事が生業でもなければ、別に興味もない。
幼い子供達に至っては、彼らが何を話し揉めているかも掴めないままに流されていく。
遺跡に入ってからの彼らはずっとこんな調子ではあるが、今はお父さんが仕事を変える時のお母さんみたいな真剣な顔をしていて話にくい。
「穴でも掘ってるかもしれねぇが、こいつらは開け方も通り道も知ってんだよ。お賢い親玉様がこの奥にいやがるわけだ」
「こいつらの主食は鼠だろう。ここは奴らの住処で隣は・・・養殖場か?害獣共がなぜ巣を移さないのが気がかりだがな」
「だ、だからって・・・!?」
臆病な彼女はそこで言い返すことをやめた。
わかった風に話していた男2人の顔が、自分と同じことに気づいたからだ。誰が好き好んで巣穴に飛び込もうというのか。
臆病だとか子供っぽいとか冷静だとか、そんなことは関係がない。ここは人を殺しにかかるダンジョンであり、3人は力を多少蓄えている・・・普通の人間だ。
「このままじゃ何も変わんねぇ・・・。行くしかないんだよっ!!」
焦燥。
彼だって、弓使いもこのダンジョンには嫌気がさしている。
彼らは物語に語られるような勇者ではない。借金を抱え店の隅で菓子を貪っては惨めな生活を送るような者達なのだ。
「サキちゃん、ぬしちゃん、ごめんね・・・・」
「おねえさん?」
「む」
風使いが膝を曲げて革で造られた服を身に付けた、2人の少女を両手で抱き寄せる。
結局、初めて出会った時から陥った現状に至るまで両手に収まってしまうような小さな子供に救われていたに過ぎない。
弓使いも、剣士も咲ちゃんとぬしちゃんと目線を合わせた。
「サキ、ぬし、約束したばっかなのに悪い。あと少し力を貸してくんねぇか」
「さ、咲こわいよ・・・たべられちゃう・・・!?」
「いや、前に出る必要は毛頭ない。魔法を発動してくれるだけで構わない」
剣士のように前に出る必要などない。言われた魔法を使えばいいだけ。
ちゃんとできるのだろうか?白髪の少女の胸の内は不安でいっぱいだ。
「ぬし、持ってる紙に、なんて言や・・・とにかく!おねんねさせる力入れてくれ、頼む」
「あたしも何枚か貰っていいかな!がんばるし!」
「うん」
剣士のお願いでぬしちゃんは白いカバンに入ったお手製武器の1つ1つを折れないように力を送り込んでいく。
ぎゅっぎゅっと丁寧に握る姿は幼児そのものだが、ちっぽけに見える黒髪の少女の力が奴らに対抗できる最大の武器だ。
中央の大部屋に居座っているであろう大敵。
倒せたところで、ここを出られるかなど保証はないし最悪な末路を辿るかもしれない。
後悔の起きないように彼らは生きるための準備を念入りに行った。
剣士、風使い、弓使い。赤、緑、青の三色の戦い。
彼らにとっての生命線は小桜 咲、をことぬし、光と闇を守り抜き、敵を迎え撃つ。
それだけだ。





