25話 円環の中心
輪っかの中 円盤1つ
囲う先には何があるのだろうか
黒きの白きの 仲間たち 前へと進む
わるものを倒し終え、心身共に休ませることができた5人はダンジョンの探索を再開し始めた。
内部が乾燥しているおかげか、ウサギの刺繍が施されていたパンツと服は乾かせることができた咲ちゃんはすっかり元気だ。ぬしちゃんもリベンジに成功し大層ご満悦。
ただ、何よりも驚いた事といえば、やはり魔法だ。
休息中に濡れた下着とパンツをどうするかで泣き始めそうになった咲ちゃんを救い、驚愕させたのがまた風使いの彼女の風の魔術だったのだ。
片手分の大きさの瓶の蓋を空け、左手の人差し指を瓶の入り口に乗せたと思えば、中の水と人差し指が磁石のようにひっついてはあや取りのように絡ませる。さらに右の手の平の上には小さな大気の渦に巻かれ回転しているのは、羞恥に濡れてしまったウサギさんのおパンツ。
その2つを掛け合わせて風使いが発動させたのがなんと、空中洗濯機だったのだ。
くるくると横に回転する下着も面白い。徐々に水に汚れが溜まっていくのも見ていて楽しい。最後にはザルで異物を取り除くように、水と中に含まれた汚れを魔力で仕分けては汚い液体だけを大蛇が倒れているであろう通路へと吹き飛ばし、使えると判断した物は瓶へと戻る。
本物のマジックであり、テレビのバラエティで見たような現象を目の前で彼女はやってのけたお姉さんは本当にすごい。
帰ったらぬしちゃんに謝らせないといけない。
ただ、彼女には水を扱う才能というのが無いらしく、「器用なだけよ」と疲れた様子でヘラヘラと笑ってはすぐに疲れた顔で休んでしまって話を聞きそびれてしまったのだ。
5人はまだ探索のできていない右の通路を同じ隊列で歩いていく。もちろん咲ちゃんは彼女だけの特等席に乗っていた。お尻は少しだけしっとりしているがお漏らしはもう気にならない。
才能ってなんだろう。新しくできた思い出が気になってしまい咲ちゃんの頭の中が緩やかに回る風車のようにグルグルと回りだす。ぐーるぐる。
「そうだ!サキちゃんに聞かなきゃいけないことがあったの」
「ふぇ、咲のこと?」
頭の中の風車がそのままゴロゴロと転がっていき見えぬ果てへと旅立っていく。答えが見つからないまま咲ちゃんは風使い顔へと頭を向ける。
「咲ちゃんさ、もしかして魔法を3つ使えたりする?」
「3つ?」
「みっつ」
ぬしちゃんも気になったのか、2つに重なったモチモチ顔が彼女へと振り向く姿は少しかわいい。
「奇跡の力は、他の魔法と違って授かる順番があるの」
「そうなの?」
順番なんて物は修道院では教えてもらってない事だ。これは気になってしまう。
「確か、守護の奇跡は3つ目だった・・・あってるか?」
「そそ。トンガリも知ってんだ」
「そういやお前も使ってたっけか。んまぁ・・・微妙だけどよ」
「リーダーはあたしのしか見てないのよ。サキちゃんはもっと凄いんじゃないかなって」
彼らが言うに 咲ちゃんは2つ使えるわけになるが、1つはもしかしたら使ったことがあるかもしれない。だから多分2つなのだが、あと1つは覚えていないし修道院でも教わっていないのだ。
「咲にもおしえておしえて!咲もしりたい!」
修道院のみんなや風使いのお姉さんのようにもっと魔法が使えれば、ぬしちゃんたちの力になれるのかもしれない。
もしかしたら、かっこよく魔法が使えたら誰も怪我なんてさせずに・・・すむかもしれない。白髪の少女の頭の中は興味と好奇心によるささやかな向上心でまとまったのだ。
今では風使いの彼女が魔法の先生だ。彼女の癖なのだろうか、人差し指をピンと上に立て振りながら話そうとする姿は大げさだし、少し口元がにやけてるのが勿体ない。
「そ、そっかぁ!あたしが教えてあげる!任せて!」
もしかしたら、ぬしちゃんと一緒に出会うまで誰かに何かを教えるなんてことが無かったのかもしれない。かといって、専門でもない男達がさすがに何かを言えるわけでもなく、周囲と彼女達がはしゃがないように警戒を努めるしかない。
「まず最初は感知の奇跡っていう五感と危機意欲を高める奇跡があるの」
『感知の奇跡』。聞いたことが無い。
「ごかん」
「ききいよくってなーに?」
「あ、そーだ!サキちゃんさ、危ない目に合う前に背筋にすごいゾワッってしたことがない?」
「おねえさんすごい!どうしてわかるの?」
なんで分かったのだろうか。熊、鼠の大群、罠を目の当たりにする前には毎度妙な不安を感じて正直落ち着かなかった。
「その魔法、奇跡を使うと曖昧なんだけれど危ない目や場所を事前に知る事ができるのよ」
「・・・あれ?」
そこまで説明されて咲ちゃんは疑問を感じ、目を瞑って考える。
それだったら山賊たちが現れたり、ネズミが数匹だけ現れた時にはなぜ起きなかったのか。あれだけ怖かったのに。
「でもね、ひゅーっ!てならなかったときもあったよ?」
「それだけど、誰かが怪我を負うような危険でなかったり、守ってもらってたりしてなかったかな?」
「あ!」
「もしかしたらだけど力を授かるって言われるから・・・神様が見てくれてるーってあたしは教えてもらったかな」
言われてみれば、守ってくれるシスター達やぬしちゃんが助けてくれて自分は怪我1つ負っていない。
ネズミ数匹であれば今周りで守ってくれる彼らのおかげでも余裕で倒せている。まあ・・・肉の抉れる様は見るに耐えられないが。
神様が見てくれてる。もしかしたら自分たちを見守ってくれているかもしれない。
その割に・・・そこだけ、風使いのそのセリフだけ空気が抜けたような空っぽに聞こえるのは少し不思議でもあるが。
「でもこれ・・・使いにくいのよ」
「どうして?」
答えてくれたのは横隣りを歩く杖を持った彼女ではなく、後方から答えてくれる。
「本来であれば、危機に陥る前に気づいて発動させなければならない」
「きき」
「そうだな・・・。危ない物を危ないと知らなければ、そもそも使う気が起きないだろう」
「さっきの大群だって、あたしは気づけてなかったし。果物を切るときに使うナイフだって危ない物だけど、反応しないもん。それに魔力持ってかれるし・・・」
この場所は危ない・・・かもしれないから使う。
使おうという危機感を本人が思わなければ『感知の奇跡』はまず使われることがない最終確認用の魔法ということだ。もちろん使ってしまえば、休息前の彼女のように精神的な疲労の負担にも繋がるために多用もできない。当然だが野獣の群れが近づいてると気付いた時点でこの奇跡の価値は無くなる。
思えば、大蛇も脅威に違いないのに反応しなかったのは弓使いの彼が先に気づいてくれたからだ。
咲ちゃんはそこまで理解をして、剣士の彼の発言が頭の中でピッタリとフィットした。
微妙とはこういうことかと。
「でもね、サキちゃんは多分、普段から発動されてるんじゃないかなって思ってさ」
「え・・・!?」
「魔法による壁の件もある。魔力が強いとそうなるのだろうか?魔力の消耗も見られない」
風使いと弓使いによって導きだされた答え。
「それよ、暗いとこでも見えるぬしとサキを合わせたら俺ら大助かりじゃね?」
剣士の結論に感嘆の声が漏れる
「ぬしちゃんとコンビ!」
「すごいんだ」
使い勝手の悪い魔法も常時出せるのならばその真髄を得たも同然。問題が起こる前には彼女が先に警戒を促してくれるのだから大助かりだ。
ではもう1つは?
「じゃさ!2つ目は光の奇跡って呼ばれてるんだけど」
光。その言葉は身体が覚えている。助けたいと許せないと感情が高ぶっていた時に、なんか出たあれかもしれない。
手元が白く輝いた後は力が抜けるように意識を失ってしまい一切覚えていないが。
「咲ちゃんのすごいまほうなんだ。をことぬしをまもってくれたんだ」
「ぬしちゃんおぼえてるの!?」
「うん」
黒髪の少女は覚えていたようで、おんぶをし続けているのに疲れた様子も見せない小さな力持ちが口を開く。
「・・・へ?守る?」
幼い彼女、ひいては修道院の皆も救った、艶やかで繊細な彼女の白き髪のような閃光を周囲に放つ魔法。
「わるいひとたちのおめめを、みえなくさせるんだ」
それが『光の奇跡』と呼ばれる魔法だろう。ぬしちゃんは両手も使わずに随分と誇らしげに自慢をする。彫像面はいつもと変わらないが自慢気に話す下ドングリの言葉は本当だろう。
本当であれば・・・。
突如足並みが乱れたのは、先頭の剣士が足を止めたからだ。
また大蛇でも出たかと思えばそうではない。見てみれば、剣士、風使い、弓使い全員が屈んで2人の少女のへと振り向く姿は何かの遊びだろうか?
「サキ」
「ふぇ?」
遊びなどではない、これは命懸けだ。恐らく彼ら3人とも同じ発想に至ったのであろう。
「絶対・・・使うんじゃねぇぞ・・・!!」
「や、さっきの話は無しね、使い方は帰ってから・・・ね?」
「使ったら、次の食事でコタコタは抜きだ」
「え」
「ふぁぃう」
そう話す剣士達の表情は、遊園地で財布を落とした時のお父さんのような表情をしていた。
『光の奇跡』
端的に言えば白き光を放ち、明かりを灯すだけの魔法であり、範囲や場所の調整は使用者の力量により操作ができる。
風使いのように力量不足の者は松明の方を扱えば無駄に魔力を消耗せずに済むために、修道院で努めている修道女でもない限りは使われることがない。
だが、この奇跡による最大の特徴は、奇跡の力を得て光による耐性を得ていない者には光がほとんど素通りするのだ。
目隠しをしたり腕で覆い隠そうとしても遮る事が難しい摩訶不思議な光というわけであり、実際に使用をする場合は天井など距離を置いて使える場所でなければならない。
大蛇ですら傷1つ付けれないような『守護の奇跡』が扱え、恐らく欠点も無く常時『感知の奇跡』を発動し続けている白髪の少女の力。
太陽をレンズを使って直視するような力を目の前で使われてしまったらどうなるか?
その時は・・・敵味方、周囲の生物全てを無差別に視覚攻撃をする最強最悪の兵器として君臨することになるのだ。
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彼女への説得と約束を終えた彼らが探索していた右の通路は緩やかに左に曲がる通路であり、途中まで完成している左の通路と合わせると風使いの予測の1つである円形に中央を囲むように進む仕組みとなっていた。
左と違うと言えば・・・彼らは息を呑むことになる。
大蛇住まう、人という生物すら殺しに来ているダンジョン。
比喩ではなかったのだ。
今も最初と変わらない1本道ではあるのだが、楽しく話せて歩けていたのは最初だけ。遠目から気づいて見てみれば鉄棒で作られたの柱が均等に細かく彼ら5人を迎えるように並んでいたのだ。
その檻、牢屋と思わしき物には鍵がかかっているために入ることはできない。実のところ、風使いの彼女は鍵開けの心得があるのだが・・・果たして牢屋を調べて何が解るというのか。鉄牢に塞がれた部屋から外に出られると思う者はいない。
この乾燥も原因であろう。中には乾ききり、よく燃えそうなぼろ布を纏い、骸となった先客、それを宿にしている得体のしれない虫・・・それをどう子供達に見せずに進めるだろうか。
王国でも同じことをしていただろうか?彼らは体格を利用し右並びに並んでは左に歩かせている子供達の視覚を塞ぐようにして歩く。
幼き悲鳴が上がってしまったが今はそれしかできない。
「ここって・・・ほんと、なんなのよ」
「質悪いってのは間違ってねぇだろ。サキ、ぬし、右見るんじゃねーぞ」
「みてない、よ・・・」
「うん」
沈黙でいるだけでは心が参ってしまいそうだ。少し乾いてきた唇を水で潤しながら彼らは話始める。
「床の跡を見ていたが、先の大蛇の1匹この先から来ているようだ。古いものもいくつか見つけている」
「そ、そう・・・。地図も作ってみてるけれど、ちょっと当てになんないかも」
「こーも一直線だしな。牢屋にしてもでけぇし長ぇしわけわかんねぇ」
弓使いは床の砂ぼこりや引きずり具合を見つけ、挟み撃ちにしようとした大蛇はこちらの通路からやって来たことに確認を取る。
風使いの当てにならないといった地図は丁寧に描かれており、右と左の通路は円を描くように造られているのか、このまま進んで行くと地図の真ん中に大きな空洞ができてしまう。
剣士の言う牢屋は、1人閉じ込めるにしては5人でも十分住み込めるような部屋がいくつもあり、そのどれもが家具らしい物は見当たらない。元人間であった骸はどれもうつ伏せか仰向けで倒れており、中には骨が砕けている者も多い。
気になるとすれば、鎖の破片と思わしき鉄くずが散らばっており、鉄牢が1か所だけこじ開けられたような形跡が残っているところか。
まさか、先の大蛇でも閉じ込めていたとでもいうのか?もしかしたら・・・。
牢獄を通り抜け、これ以上見ずに済むと一息漏れる頃。
道の先を見据えた剣士はそこで思考が釘打たれたように打ち止めがかかる。
「うっそだろ・・・!?」
剣士は鎧をカチャカチャと鳴らし、速足に目標へと向かっていき、後続は彼に続いて走るしかない。左の通路と床の面を合わせて距離で計算すればちょうど大蛇が圧縮されてしまった少し先。
左には3度目となるあの壁画が壁一面に描かれているが道中の物よりも劣化が酷い。
右には壁しか見えず、怪しい物も見えない。ただうねり交わるような文様が施されている。
風使いの彼女はそこで地図の作成で走らせていた安物の筆先を休ませることになる。
通路の先、端の影に這いつくばる大蛇の亡骸。首から上は無残にも切り伏せられており、辺りへと流れているだろう血流は今では乾いているだろう。
地図が繋がってしまったのだ。
「ど、どういうこと!?」
「いや、どうつったってこりゃ・・・」
行き止まりではない。
左手には壁画があり、もしかしたら開ける方法があるだろう。
例えば・・・床の凹みに風を吹き込むとか。
「おお」
「ここ!とびでてるよ!」
こんどは飛び出ていた。
幼い彼女達の眼が指す先には壁画の横、大人であれば問題なく届く位置には不自然にも飛び出ている煉瓦の仕掛け・・・押せば壁画が動くのだろう。
「押したら動くの・・・かな」
「かもしんねぇけど。さすがに出口じゃねぇだろ?」
「様子見をしたいが、ここ以外の道は」
そう・・・大人であれば問題なく届いてしまう。
「咲ちゃん、がったいなんだ」
「うん!いっくよー!」
「「「がったい?」」」
黒髪の少女がテンションの上がり過ぎたウサギのように垂直に飛び跳ねたかと思えば、咲ちゃんの身体も宙へと浮かび出した。剣士たちは落ちそうな彼女達に手が伸びそうになるが、白黒2人の絆の前に心配は不要。
白髪の少女の大股に開かれた両足、その太ももが黒髪の少女の狭い肩とのジョイントに成功、すぐさま細き二の腕と小さな手を白髪の少女の両足を支え転倒防止にも抜かりはない。
2つの影が重なり見事、肩車モードへの移行したのだ。
幼い彼女達2人は意思、というより遊び心が通じ合っているのだろう。星でも飛び跳ねてるかのように楽し気な子供達につい場所を忘れ笑みがこぼれそうになってしまう。
その小さな体に何をどう詰め込めばそこまで力が湧いているのか?頭の分も筋力にでも注いでいるのだろうか。ぬしちゃんの身体の構造は未知未明のままだ。
「せぇーの!」
「なんだ」
2つのドングリがトーテムを作り出し、咲ちゃんの手袋をはめられた手が壁から不自然に出っ張っている煉瓦に押し当てられる。
大蛇が住まい、牢屋の存在も判明したこのダンジョンから自分達は出たいのに、最深部へと繋がる道をこうも易々と開けるなどと・・・なんて元気で健気な子供達なのだろうか。
じゃねぇよ、まて、まて、こいつらは何をやっている?笑ってみてる場合じゃない。
「ば、馬鹿まだ押すなっ!!」
その岩で造られたであろう仕掛けは子供の力でも容易く空気が押されるよう押し込まれ・・・壁に凹凸が無くなる。
剣士の制止などでは壁画は止まってなどはくれず、無慈悲にも下へと沈んでいく。
地図の中央、空白への扉が開かれてしまったのだ。
子供の手が届く位置に・・・危険な物は置いてはいけないのである。





