24.5話 休息
彼らには休息と確認が必要だ
少しはしゃぎ過ぎている気もするが
恐れを無くすには娯楽が最も必要なのである
食事も取り、汗で濡れた身体の汗を拭い、一行はしばらく休息を取る事に決定した。
偶然ではあるのだろうが小半刻のたった今でも、大蛇もネズミも現れず、休みたい時に休める彼らのなんと幸運なことか。
突き当りと壁画の間に彼らは位置をずらし、彼らは十分に身体を休めることができたのだ。
風使いの彼女も心身ともに休ませることで、短時間による回復に努める事ができ、まだまだ戦えそうだ。となりに寄り添って、昼・・・だろう。
お昼寝をしている咲ちゃんも同様に落ち着きを取り戻し、目覚めてからぬしちゃんの折り紙遊びに参加した姿を、まるで2人の妹を見守る姉のように風使いは眺めていた。
「こーれのどこに力があるっつんだ?」
「ただの紙・・・のはずだが」
というのも、遊びとはまた別に大の男も2人紙でできた作品を手に取り観賞しているのだ。
客観的に見ればだが、武装をした男共が大真面目にも手裏剣という投擲武器を模した紙細工に手を出している様はチグハグ過ぎて似合わない。
大蛇を震え上がらせる程の力が込められると知った今では、ここにあるどの武器よりも知りえなければいけないのだから、そうも思っていられないわけだが。
「・・・やっぱ、ぬしのー力か?どうなってんだお前」
「をことぬしなのか」
「ぬしちゃんすごいんだよ!咲もおばさんたちもたすけてくれたの」
「修道女達のことか。今なら理解ができるやもしれん」
だが彼女の外も内の物も真っ白なカバンの中から適応に取り出してみたものの、同触れても爆発音を上げるような危険物には到底思えない。
であればだ。限定されているかはふめいをことぬしという少女に秘められた力に違いない。
「えっとね、ぬしちゃんがシュってなげてね!」
「おう」
「あたまにあたってどかーんして!けんもカキーンなんだよ!」
小さく細い手と足をバタバタと身振り手振りで体現する。全くもって力の入っていないその投げ方では自分の身長分ですら距離は伸びないであろう。
「お・・・?おーそうか!よーし、ぬしこっちに来ーい」
「うん」
まあ、白髪の専門家によるひょーげんりょくゆたかな説明はさておき。
「どうやって悪い蛇さんとかをやっつけてたんだ?」
「あたしもそれ、気になってたんだよね。どうやって戦ってたの?」
ある意味で言えば、これは作戦会議に近い。
もし彼女の力を解明し、ここで使えるとしたらこのダンジョンを脱する手助けになるかもしれないのだ。様子を見ていたはずの風使いも膝を引きずりながら近寄ってきては子供達をいつでも守れるように3人は囲むように円陣を組む。
謎の儀式のように周りにいる彼らに咲ちゃんはちょっとだけ面白おかしく楽しくなってくる。
「おててをぎゅってしてなげるんだ」
「力を入れてるの?」
「へぇ?やってみろよ」
「うん」
そう言い彼女はカバンから取り出す・・・かと思いきや。
ぬしちゃんが食べていたであろう若干乾いてきている食いかけのパンを手に取り、風使いの彼女に差し出してきたのだ。
まず1つ目、別に武器を模す必要も無ければ紙である必要が無いことがわかった。
どうやら、このパンを敵に投げつければ倒せるらしい。
んな馬鹿な。
とりあえず差し出されたのだから受け取るしかない。
「え、えっと・・・これは食べていい、ってことかな?」
「なげてやっつけるんだ」
「・・・あの先生、もう少しわかりやすく・・・」
「ぬしちゃんせんせい!」
「そうなのか」
をことぬし先生はどうやらスパルタなようだ。彼らで解明するしかない。
「待て、そのパンは本当に力が込められているのか?」
「え、どゆこと?」
「どうも何も、今お前触れてんだろ」
「・・・ゔぇ!??やばこれ!!」
確かに、そうだ。呑気に風使いの彼女は問題なく受け取り手に持っているのだ。力が込められているのなら彼女は、ここでアウトだ。
この期に及んでこの子供はまだ遊び感覚のつもりなのだろうか。
渡したパンを眺めながら涎を垂らし始めているぬしちゃんを懲らしめてやろうと剣士の彼は悪ガキのように憎たらしい顔でぬしちゃんに宣言しだす。
「あー腹が減っちまったぜ!おい風っ子こっちに寄越せ」
彼は強引に風使いの手に持っていた食いかけのパンへと籠手の付け直された手を伸ばし始める。
「む、をことぬしのなんだ」
「こら!このくらいでいじめんなバカ!」
「おにいさんいじわる!」
「大人気無い」
外野がやかましいやかましい。
彼らの文句を気にせずに、ついに食いかけのパンに・・・指が触れた。
キィンッ
「へ?」
「はぇ?」
剣士と風使いが出した声はなんとも間抜けなものだった。
風使いの手から取られそうになった食いかけのパンが、鋼同士がぶつかったような静かな音をだし籠手をはめられた剣士の左腕を拒絶したのだ。
風使いは微動だにもしていないが、反するように剣士は上へ打ち上げそうになった腕をどうにか引き戻す。
「っば」
ば?
「馬鹿おめぇ!?馬鹿か!!?どうやって食うんだそんなもんっ!!!」
「リーダー、そうじゃない」
黒髪の少女の力は機能しており、条件はわからないが発動したのだろう。
「ぬしちゃんのちから!おもいしったか!」
「をことぬしのかちなんだ」
「こんにゃろめ・・・っ!!」
パンを奪い取ろうとするわるものを成敗することができた気になった咲ちゃんにぬしちゃんは、2人揃って仁王立ちになり偉そうに発育が皆無な胸を張る。
えばる其方は愛らしくも憎たらしい。剣士の心は子供臭い悔しさに溢れてしまった。
「で、でもこれ、ちょっと違うかも・・・?」
「パンに腕を弾き飛ばされる男も初めて見たが、爆発とは違うな。珍しい、ものを見れた」
「どっちに言ってんだてめぇ!?」
両腕を組み鼻で笑いだした弓使いにパンに腕を弾き飛ばされた男は恨めしそうに睨みつけるが、ぜんぜんこわくない。
食べかけのパンが風使いから返され、食事の続きに入りだし始めた少女の専門家である咲ちゃんが繰り返す。
「えっとね!いまみたいにわるいひとのけんをカキーン!ってとばしたりできるんだよ!」
「まさか、この剣もか・・・!?」
「そんなきがするんだ」
今度の白髪の少女の言葉が驚くほど頭に刷り込まれる。話の内容もそうだが、非現実な話ではあったが、現実となった今なら白髪の少女の話の意味に理解が足り得る知識を手に入れた。
「パンの件を見るに、もしかしたら物であればどれも弾けるのではないか?」
「それ、凄くない!?」
まるで質量のお化けだ。紙一枚で鋼を弾き飛ばせるなどとは、どういう冗談か。そんな安上がりで高性能な防具があればどれだけの人が欲しがるか。
「マジかよっ。ってーと・・・あれか?生身にぶち当たるとどうなるんだよ?」
「なまみ」
「物じゃなくて身体にって意味だ」
左腕の籠手を気にしながら質問する剣士に弓使いが補助も入り、黒髪の少女は答える。
「おねんねするんだ」
「ドカーン!ってむらさきになって、たおれちゃうんだよ!」
2人の少女の説明によれば、爆発の正体がこれだろう。大蛇に防具と呼べる物があるとすれば矢を跳ね返し半端な刃であれば通りにくい厄介な鱗があるが、生身と言えば生身だろうか。
だが・・・違和感が彼らの思考にかぎ爪のように引っかかる。大蛇は恐らくぬしちゃんによる攻撃に2撃喰らった事になるが、眠らなかった。力によるなんらかの蓄積や抵抗でもあるのか、大蛇のような巨体には効果が薄いのか、あり得そうな原因はいくつか彼ら3人は思いつく。
だが、5歳児の子供相手に恐れて逃げるのは・・・どう説明を付ければいい。
もしかしたら、ただの睡眠とは違う別の何か。それが要因かと、思ったところで咲ちゃんが続けて話す。
「しゅうどういんでもね!わるいひとたちをいっぱいたおしてくれたんだよ!」
修道院。悪い人。おねんね。倒れる。
その末路。
「・・・あぁ」
捕まった賊は早々と処刑されたのではなかっただろうか。
数日も目覚める事がないまま。
2つ目。黒髪の少女の力によって闇夢に堕とされた者は数日は起き上がれず、当然抵抗はできない。
要因はまだ不明確だが、眠らされてしまったら生死の権限がぬしちゃんと周囲の者達の手の平の上。
少なくとも、男が2人がかりで討伐した大蛇ですら恐怖によって全力で逃げ出す、力。
「っあ」
あ?
「阿呆おめぇ!?阿呆か!!?んなもん触らせんじゃねぇよ!!!」
「リーダー、頼んだのあんたでしょ」
効果の半分を思い知ったパンに腕を吹き飛ばされる男は抗議するが、先に触ったのはあんただ。風使いが一蹴する。
しかしながら、効果のあったはずのパンに触れていた彼女が平気だったのも不思議だ。触れていた箇所を眺めては、むしゃむしゃと食べ終えたぬしちゃん目に移す。
「どうしてあたしは平気なんだろ?」
「おねえさんいいひとだからだよ!」
「咲ちゃんとをことぬしをまもってくれた」
「そう・・・そうかな!ありがと!」
確証はないが、けっこう単純な理由・・・かもしれない?
「ああー納得いかねぇ。トンガリ、お前も触れや」
「遠慮する。それよりも試したい事を思いついた」
「あ?」
こっちだって守ってんだろ、そうぼやく剣士の提案を即座に断った弓使いは立ち上がり行動に移す。
円陣の一柱が動き、ご利益がありそうなくらい満腹になって満足そうなぬしちゃんの近くに寄り、告げた。
「ぬし、頼みたい事がある。力について知るために必要だ」
「うん」
元衛兵、彼の性分、どっちもあるだろう。こと検証にかけては弓使いは熱心に打ち込む性格をしている。
剣士と風使いの2人にも弓使いの戦術案の発想に勉強になった事が多くあり、それを軸に失敗と成功を繰り返し身に付けた力や技もある。
任せるつもりで彼らはじっくりと様子を眺め耳を傾けていた。
「ぬし、あの悪いおじさんの首から下を狙って自信作をぶつけてみろ」
「がんばる」
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あぐらをかいていた剣士は跳ねるように起きあがる。
青き装備で身を包み、弓を扱う冷静な彼は・・・執念深かった。
さっきからやたらと当たりが強いのには心当たりが剣士にはあるが、本当に納得がいかない。
「トンガリふざけんな!あ、あいつだって笑ってたろうが!」
「アタシワラッテナイデスー」
「おねえさんいいひと」
「彼女は疲れている、イタシカタナイ」
「お、お前ら・・・!??」
少し前まで襲撃があったのに、こんなダンジョンの内部で何をやっているのか。
剣士対黒髪の少女の、2度目の決闘が始まろうとしていた。
「いや待て待て待て!ぬし待て待てって!」
「けっとうなんだ」
「あの時と違ぇっての!何構えてんだ!」
「をことぬしのパン、とろうとしたんだ」
「いやまじ悪かったって!出来心だったんだよ!」
「そうなのか」
「お前それ解ってねぇ時言ってね!?」
カバンから2種類の武器を取り出す彼女が、今は猛烈に怖い。
まさかこちらが武器を取り出すわけにはいかないのだから質が悪い。どんなハンデだ。
というか、まさか。
「ぬ、ぬし、お前まさか、あの時も・・・!??」
「しょうぶなんだ」
彼女だけ、真剣だったのでは。
不公平すぎる。そのもちもち肌をもみ倒してやろうか。
勝負の合図も勝手に宣言した ぬしちゃんの容赦ない1発目が右手から投げられた。それは紙ヒコーキと呼ばれる彼女達の国に伝わる空飛ぶ乗り物らしく、幼い彼女達しか知らない物だ。
黒髪の少女の身長から紙ヒコーキは斜めにそよ風が運ぶように昇っては一回転する。
だが相対する彼は知っていた。たった一枚で作られたその形状は意外にも素早い物だと言うことを。風の加護を受けていない重い重心を上手く使いすんでのところで紙ヒコーキは太ももの横を通り抜けていく。
「ま、マジで投げてきやがった・・・!お前らそろそろ止めろや!」
外野に目を向ければ、こちらに向かって鼻で笑う弓野郎。満足そうですね。
白髪の少女を太ももに乗せ、その小さな手を操って手を振る仕草をする薄情者。可愛いですね。
だが、真剣勝負によそ見など戦う者にはあるまじき行いではなかろうか。一方は戦う気すらなく防戦しかできないのだが。
黒髪の少女、ぬしちゃんが投げたもう1つは、紙を4つ使って作られた大きな手裏剣。それを横ではなく、縦に垂直に回転するように異様にも手慣れた大振りで投げつけてくるそれは、トマホーク。
1つの円にも見える程に綺麗な回転を描いたそれは、回避に成功した剣士の胴体に狙いを澄まして飛んでくる。
鎧が重く、さすがに鎧を装着しての連続での回避は身体がキツイ。
いや、まてよ?
剣士は鞘が付いたままの剣を構え、紙で作られたトマホークを弾き返すがために、迎え撃った。
言わばこの戦いは、ごっこ遊びだ。大人は子供の相手を全うするために、いい様に演出せねばならない。
キィンッ
鞘の付いた剣ごと腕が跳ね返される。正直に言えば、重力に逆らうかのようなこの一撃に鍛え上げられた身体をもってしても防ぐことができない。素人であれば手放してしまうだろう。
獣程度では、この彫像面敵わない。そう脳裏に過る彼は次にどうするかを考えた。
どんなセリフが良いか・・・どうでもいいわ。
「ぐぁあああ!やられたー!」
いや、ないわ。なにこれ、だせぇ。半端に尻もちをついて、やられ方としたは30点くらいだろうか。下手くそだ。
「だっさ」
「うっせぇ薄情女!!」
帰ったら部屋に虫でも投げ込んでやろうか。
「ぬしちゃんすごい!おにいさんよりつよい!」
「しょうりである」
あーへいへい。・・・でかくなったら本気で敵わねぇかもな。
「でかしたぞ、ぬし」
絶対許さねぇかんな。
尻もちをついたフリをしたまま仲間に呪詛を吐く剣士の手元と太ももの隙間には、ぬしちゃんの投げた紙細工があり・・・彼はそれを手を取った。
これが知りたかったんだろ?
3つ目。彼女の手から離れたものは、効果は一度切りだってことを。
もっと他に方法あっただろうが。





