21話 3人
自身が夢見た 望んだ場所に到達した時 どんな気持ちになるだろうか
望んでもいない場所に到達した時 どんな気持ちになるのだろうか
どちらも何かに 誰かに 感情をぶつけたくなるのではないだろうか
遺跡の中でドタバタと響かせる音が3つ。
1つ目は鎧の音が煩わしい先頭を駆ける剣士。
2つ目はせわしなく後ろを何度も確認しながら走る風使い。
3つ目は2人も幼児を抱えての全速力だ。
彼らはとにかく今起きている危険から遠ざかろうと、必死に、ひたすら真っ直ぐに走り抜け・・・気づけば突き当りにまで到達しており、そこで道が左右に分かれている事に気づく。
合わせたわけでも無いにも関わらず、追手が来ないかその場の全員が背後を恐る恐る振り返る。
・・・足音は、聞こえない。
魔法石で照らされているため、ぼんやりとは見える壁、床、天井を各々が気になるところを探してみるが、思い当たる異常は・・・ない。
害獣共が好んで住処にしてそうな穴が開いている・・・などということもない。
「さ、咲たち・・・たすかったの・・・?」
不幸中の幸いか、魔法による妨害と壁画が閉じた事によって奴らはこちらに入り損ねたようだ。
「「「はぁぁぁぁ・・・・・」」」
緊張を解す、いや、解したいがため彼らは一斉に息を整える。
「どんだけ放置されて、んだよ、ここはよ・・・」
「だ、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶなのか」
米袋のように抱えられている2人の子供に心配されながら剣士がドカッと石壁を背もたれにし、悪態をつきながら大きく寄りかかる。
彼らが入口で抱いた不安はある意味的中したと言えよう。
だが、彼の様に悪態をつくのも無理はない。
3年前には鉱石なような物が発見され、予想ではあるが数カ月は探索で盛り上がっていたはずであり、保護と称した害獣狩りが始まったのは2年前からだ。
だが、あの数は・・・ない。逃げ場のない内部で、それも一介の者が相手にするなど、無理に等しい。
今までに引き受ける人物がいなかったのだろうか。まあ、報酬は安いし、場所は汚い、近場ですらない、当然か。
子供も連れていくのだ。それだけに情報は集めきっていたし、実際道中は問題など無かった・・・はずだ。
「咲たち・・・もう、でられないの?」
「そうなのか」
「っ・・・」
息遣いだけとなった遺跡の中で、単純でありながら痛い言葉が彼らの心に冷たく染み渡る。
少なくとも、どんな理由であれ彼らは上品に取り繕っていたのかもしれない。
返す金がないからと子供を隠し通すあまり、子供を危険地帯へと連れていき、目測が誤った結果閉じ込められる。
そもそもの問題は、根っこが腐っている事に気づいていながら押し通した・・・中途半端に人が良いところに問題があったのではないか?
・・・この子達に、どう説明をすれば。
「・・・言いにくい話になるが、いいか?」
「・・・おう」
未だ彼らの身を案じている咲ちゃん達を床へと降ろし、静かに息を整えた口から憶測が語る事を剣士は許可を出した。弓使いの表情は、先の暗がりの中にいた時よりも暗い。
「予想の1つ・・・あの壁画の他にも入口のような物があり、奴らはそこに潜んでいたのではないか?」
直後、1人の女性が目も隈も歪ませ、弓使いを睨み、叫んだ。
「はぁ?・・・あたしのせいって言いたいわけ・・・!?」
「ひぅ・・・」
お前が壁画を開けたから。そう聴こえてしまった彼女の怒号は密室となったであろうこの場所ではよく通る。
自分に言われたわけでもない咲ちゃんが怯むほどに。
険悪な視線を剣士は片腕で遮る。まだ話は終わっていない。
「・・・根拠はあんのか、あ?」
だが、制止をしたはずの彼の声色は、害獣狩りの時ですら聞いた事のないほどに熱が籠っている。
咲ちゃんは知っている。彼も怒っているのだと。
今までの彼らが彼らでないような・・・。
だが、変わらずぼーっとした顔の親友の影に隠れて彼らの様子を、怯えながら見ている事しかできなかった。
渦の中心にいる弓使いが気にした素振りも見せずに語り続けた。
「俺は最初に地響きのような音が聞こえたが、壁画が動いている事に気づけなかった・・・内部全体から音が響いていたからだ」
「っ・・・」
そうだ。
仕掛けが原因だとしても、遺跡のあちこちから聞こえてきたのだ。そうでないなら、壁画を背にしている自分達はただの警戒だけを重ねた大バカ者だ。
「ここに来るまでに部屋はいくつかあったが、俺たちはよく調べていなかったな」
「そりゃこいつが・・・見えちまうからしゃーねぇだろうが!」
一泊置いて、一言。
「そうだ」
抑え込んでいた火山のような熱が噴火した。
「何様だてめぇっ!!!」
剣士がこいつと指す者はただ1人。彼女は闇を見通せるが、嫌でも見通してしまうのだ。
連れてきた手前、努力はしたが全てを隠すのは無理があるのはわかっていた。
これまでの現場も汚物も目を覆いたくなるような物全て、この5歳児は目にしてきているのだ。
表情こそ普段とまったく変わらないが・・・だからこそ今は問題だ。
それを今度は子供のせいにするのかと、怒りに顔を歪ませた剣士の剛腕が震え始める。
「本音を言おう。俺は・・・浮かれていた」
「は?」
だが、次に放たれた言葉に目は見開き、拳の震えも怒りも変に収まってしまった。
何を言い始めるのか判断できなくなったからだ。
「壁画の謎が解けそうになった時、俺は期待をしていた。この子達がいれば何か見つかるかもしれない、と。そんな気持ちで背後を守っていた・・・つもりだった」
「そりゃ・・・」
「あ、あたし・・・」
同じ気持ち、だと。そう言葉を伝えようとしたが、彼らは言えない。
確かに、言いにくい話だ。
誰に。
咲ちゃんは何が彼らの中で起こっているのか読めず、驚いてしまった。
弓使いは子供達の方へ向き、しゃがみ、屈み、頭を下げ始めたのだ。
「これは・・・俺が、俺達が招いた問題だ。2人危険な目に合わせて、本当に、本当にすまない・・・」
「え、えと、その」
弓の手練れである彼は、自分が許せなかったのだ。
彼女、もう1人は眠っていたが、彼女達に誓ったのに。
仲間を守るどころか、すでに子供を巻き込んでいた癖にこの有様だと。
「必ず・・・必ずだ。俺が・・・俺達が必ず帰路を見つけ出して見せる」
「あっ」
強い決意を秘めた目。白髪の少女は彼から告げられた誓いの朝を思い出した。
なぜ、この人はここまで渾身的に気にかけてくれているのか。
しかし、それは1人ではない。
「俺もだ」
剣士の彼も同じように跪く。彼も、弓使いとは違うが熱意のこもった眼差しをこちらに向けてくる。
「こんなリーダーで、かっこ悪くてすまねぇな」
「かっこわるいのか」
「ぬ、ぬしちゃん!」
また気を悪くしそうな言葉を吐く親友に窘めようと学習した咲ちゃんは行動に移すが・・・剣士の彼は怒鳴りすらしない。
「最初っから間違ってたんだよ。俺の責任だ」
「せきにん」
「おう!・・・ぜってぇ戻るぞ」
彼女達にではなく自身に言い聞かせるように彼は気を改める。
「あたしは・・・違うし・・・」
ポツリ、と。
そう聞こえた。
「お前・・・」
両手で杖を握りながら目を伏せている声の主は、風使い。
もじもじとそう呟いた彼女は酷く困惑しているようだ。
剣士が何かを言い出す前に、鎧を背中から軽く叩かれ弓使いに諭される。
「俺達と違い、最初こそ反対していた。ここに入る時も止めていただろ」
結果的に彼女は賛成を示してくれてはいたが、事あるごとに子供を連れていく事に反対を示してくれていた。
事情が重なってしまった結果、男達の意見が通ってしまったに過ぎない。
「何回も止めたし・・・あたしだって、悪いと思ってる!トンガリの言いたいこともわかったけど・・・けど!!」
臆病でお調子者。
「あたしがっ・・・いちばん、悪い、うっ・・・みたいじゃん・・・」
彼女は、責任に圧し負けそうになり、両目から溢れ出しそうになる感情が抑えきれなかった。
散々止めた素振りをしてた挙句、今回の騒動を引き起こしてしまったのは自分なのではないか?いけるかもと、魔法を使わなければ、見つけなければ・・・。
臆病なところこそあるが、彼女は咲ちゃんのように幼稚ではない。どれだけ今が危機的状況なのか理解する頭がある。
だから、嫌だ。
だが、男達のようにキッパリ割り切れるほど、彼女は勇ましくない。
だから・・・汚く見える自分が、嫌だ。
過去の自身のような。
彼らの足跡しか残っていない、乾燥している石の床に雫が落ちる。
「お、おねえさんわるくないよ!わるいのねずみさんだよ!!」
遠く、小さくなって薄っすらとしか見えない壁画の方へ指差して、咲ちゃんは猛抗議。相手は、自分達を追いやったネズミに対してだ。
というか、あんな恐いのはネズミなんかじゃない。悪い化け物だ。
咲ちゃんからしてみれば、1人が泣いてしまうような悪い事を彼らがしたなどと思ってなんかいなかった。
「でも・・・あだし・・・」
自身の置かれている状況が理解できていない子供の優しさに満ちた言葉で、泣き崩れそうになる。
心の重さに負けそうになる彼女の足元に、黒髪の少女が歩み寄っていた。
「おねえさん、つよかったのか」
「ぇ・・・」
「まほうで、いっぱいやっつけてたんだ」
弓使いの体に視界を遮られている中で、その青く、大きく、吸い込まれそうになる瞳には見えていた。
地味だ地味だと言っていた、彼女の力を目の当たりにし気が変わったのか、はたまた改めたのか・・・それはわからない。
「おへやもあけてくれて、咲ちゃんもまもってくれたんだ」
幼い彼女達にしてみれば、奥への扉を開けてくれて気持ち悪いネズミも一掃してくれた恩人でしかない。
そして、珍事件が起きる。
「ありがとうなんだ」
度の過ぎるマイペースで自分勝手で手癖も悪い唐変木が、弱そうとコケにしていた彼女の足に・・・自ら抱き着いてきたのだ。
ある意味、壁画の秘密を発見したことよりも、害獣の大群に襲われることよりも・・・珍しい、いや、錯覚だろう。そうであってほしい。
「ぬじぢゃんんぅぅ・・・・!!」
「はぼ」
突如現れた拠り所に泣きつく、幼い彼女達の恩人。抱き着く力が強かったのか握ると音を出す人形のような声が黒髪の少女の口から漏れる。
付き合いの浅い剣士達こそ黒髪の少女らしからぬ行動に驚いたが、最も驚愕させられたのは口をあんぐりさせている少女が1人。
修道院ですら、シスター達を召使い程度にしか扱っていなかった親友の姿もそうだが、思えば親友がお礼を言うのは聴き慣れない。たぶん褒めてることはあっただろうが、「ありがとう」は、初めてかもしれない。
風使いの彼女の事は遊び相手をしてくれたりして、さっきの事でもっと好きになったくらい、なのに。
今まで無かっただけに、大好きな親友に頼られているのは、なんだろう。
ちょっとだけ・・・ずるい。
嫉妬。心も体も未成熟な白髪の少女の胸の内に起きるモヤモヤ。
「おじさんたちもがんばってたもん!がんばってたでしょ!」
「そのつもりだが・・・」
行き場のないモヤモヤを晴らすがため、頬を膨らまし、ドカドカしている割に全然力の入っていない足音を立てて男達の元へと白髪の少女はやってくる。
「つーか、急にどしたよ?何むくれてんだ?」
「しらないっ!おにいさんきらい!!」
「えぇ・・・」
気迫の欠片も無い怒り顔で何故か励ましに来たかと思えば、やっぱり怒られた。行き場の失った怒りが赤き鎧をすり抜けて直撃してしまった。
修道院のシスター達であれば、咲ちゃんの心を悟れたのだろうか?
だが、今は彼女の心を探り当てる時ではない。
「風っ子さん!もういいか・・・?」
冗談めかしているが、剣士の声には心配をを隠し切れていない。
隠すつもりがなかったのかもしれない。お人形のようにぬしちゃんに抱き着いていた腕を風使いは優しく解いた。
「もう・・・大丈夫!リーダー、ありがとね」
「気にすんな」
瞼を埃の付いていない裾で溢れた感情を拭い払った彼女の目は赤く、隈と相まって言いにくい形相となっており若干怖い。
「トンガリさ、言い方どうにかなんないの?だからあんた顔が良いくせに女にもてないのよ。サキちゃんたちに謝るなら最初からそう言えばいいじゃん ごちゃごちゃと回りくどくて訳が分かんなくなったじゃないのよっばぁーーか!!」
「そ、そうかもしれん・・・気を付ける」
責めれそうだと責め立てて、弓使いの薄い装甲を通り抜け文句の散弾が乱れ撃たれたが、彼の誤解は解けた。
「気になる事は俺にもあるが、とにかく脱出だ!隊列はさっきと同じだが・・・風っ子、地図を頼む。羊皮紙が余ってたろ」
「わかったわ。さっきの壁のとこからでいいよね」
自身のカバンから目的の物を探し、泣いたショックで落としていた杖に彼女が気付く頃。
「サキは・・・ぬし、このままお前に頼むわ。」
「うん」
元気づけてくれた黒髪の少女への彼なりのお礼だろう。歳の差は大きいが、ようやく目では測れない対等な目線で剣士はお願いをする
「危なくなったら・・・俺達が全力でなんとかするからよ」
・・・?
反応がない。
飲み込まれそうになるほどに綺麗な青い瞳には時を止める力も秘められている。そんなあり得ない勘違いをさせられる程の・・・違和感?
少なくとも知識の有無に関わらずとにかく応答してくる彼女ではないような。
「・・・おい?」
「準備できたよー」
「いつでも行ける」
風使いの彼女の支度が終わったようで、2人がリーダーの元へと寄ってくる。気にこそなった剣士だが、
「ぬしちゃん!おんぶ!」
「おお」
背中から勢いよく誰かさんに負けじと咲ちゃんがぬしちゃんに抱き着き・・・
「おんぶなの!」
「おんぶ」
これも珍しい。お願いや心配でもなく、今の咲ちゃんは随分と強引であり、これも今までに無かった。
小っちゃく、柔らかく、暖かい咲ちゃんだけの特等席。この温もりだけは誰にも譲る気にならない。
「どうなってんだ、これ」
「わからん」
「あたし、怒らせちゃった・・・?」
仲違いせずに済んだものの、5人は未だ紫鉱の遺跡の深層の入り口で足踏みをしていたに過ぎない。
彼らの本当の冒険が始まろうとしていた。





