20話 未知とは
冒険家は自ら危険を冒し 世界を探求する者だ
得た物 見つけた物を 生かし生かされ
時には 殺し殺される
だが 彼らは冒険家を目指す者達であり
冒険家でもなければ 勇者など手に届くわけがない
力と知恵を蓄えた ただの人である
地鳴り、地響きだろうか?揺れこそ酷くはないが遺跡のあちこちから引きずるようなと音が反響し響いてくる。
「2人を囲めっ!!」
松明と剣を構えた剣士の一声で鞭打つように弓使い、風使いが行動に移した。
「何が起きている・・・!?」
後方の番人である彼は持っていた視界の確保のため松明を軽く投げ捨てた後に壁画の前へと駆け寄って彼も剣を構えた。
「あたしから離れないで!!」
子供を守る防衛線である彼女は咲ちゃん達の盾となるように両手を天井に向けて男連中がネタにされる程に薄っぺらい『守護の奇跡』の構えで備える。この地響きで破片だろうと落ちてきてしまえば致命傷になりかねない。
「じ、じしん!ぬしちゃん、あたま!!」
「そうなのか」
2人とはもちろんこの場に相応しくない幼い彼女達の事だ。幼稚園で教わったように咲ちゃんはぬしちゃんの手を掴み小さな体をさらに小さく丸くなる程に屈み空いた片手で革の帽子を抑える姿勢を取る。
危機感を毛ほども感じさせないぬしちゃんは、横に習えと親友と同じく一緒になって丸くなり、その姿は廊下の隅っこなどで越冬を試みるテントウ虫のようにも見える。
しかし、5人はすぐに気づくことになる。
壁画を背にしていたはずが、その背後から明かりが漏れてきていることに。
「ちょ、なになになに!?」
「壁から離れろっ!俺が前に出る!!」
慌ただしくも、風使いはドングリのように丸まっていた2人の少女を壁画から強引に引き連れ、割って入るように剣士が壁画の方へと向き構えなおし・・・壁画だと思われた門が開かれた。
彼らの目に飛び込んできたのはまず、光。暗闇に目が慣れていたために眩しく感じたその輝きは魔法石による明かりであった。
壁画の先にはこれまでのジメジメと陰鬱とした道中とは違う黄土色のレンガのような石材が使われている。
何より目につくのは大人の頭より上の位置に杭が壁に均等に打たれており、魔法石を結んだ紐で奥へ奥へと繋がれているところ。
千切れてしまって衝撃に負けたのか割れている魔法石も多く見当たるが光源としては差し支えない程の明るさは保たれており、一見する限り汚物などのネズミの痕跡がまるで見当たらない。
恐らく、過去に見つかった鉱石はここにあるのではないか?今までに壁画が動く、など話ですらでなかったのだ。
「すごい!すごい!!咲たちぼうけんしてる!!いしもぴかぴかしてる!?」
「たんけんなんだ、ゴーである」
幼い彼女たちは目をらんらんと輝かせ未開の遺跡への第一歩を踏み出した。
「い、いや、いやいやいや行くわけねぇだろが!」
「まま待ちなさいこらっ!!」
「俺が抑えるっ!」
行くわけがない。
恐怖なぞ好奇心で吹っ飛んだ白髪どんぐりと、余計な事にだけ関心を示す黒髪どんぐりは三人がかりで止められ、弓使いと松明を投げ捨てた剣士の手によって襟をつかまれた猫のように軽々持ち上げられた。
「わわ!?おたからあるかもだよ!?咲みつけたい!」
「うわんなんだ」
知らない地、未知への探求。冒険家を目指す者でなくとも高級な甘味料のように甘く魅惑的な言葉だろう。
それは裏を返せば・・・地図も作られておらず、何が潜み、何が仕掛けられているかもわからない。いつ戻れるかも不確定であり、端的に言えば命の保証はない。未知とはそういうものだ。
この遺跡自体も数で襲い掛かるモンスターの巣窟となっており危険があることは赴く全ての者が知っている事実ではある。
だが、既知と未知ではまるで危険の意味も違ってくるのだ。
魔法石のぼんやりとした明るさすら怪しく見える未知の遺跡に子供連れで突っ込むとどうなるか?
「気持ちはわかるが、宝には罠が付き物ではないか?危険すぎる」
「俺らの仕事はもう終わってんだよ!こんなん見つけただけでもすげぇだろ?」
「・・・ネズミなんかよりもっと怖いのがでるかもしれないよ?」
「・・・っあぅ、ごめんなさい・・・」
「だめなのか」
彼ら3人は冒険家、に目指している者達であり、冒険家ではない。
片手抱えた子供達に諭す程度には常識的であった。
「今まで見つからなかった遺跡もあんだ。報酬増えるかもしんねぇぞ?」
「帰ったらコタコタいっぱい買ってあげるわよ!」
「今回の発見、ぬしの成果とサキの言葉のおかげもある。購入も良いかもしれん」
「コタコタいっぱいなんだ」
「コタコタいっぱい!」
とはいえ、彼らは王国に害獣狩りなど端数となるほどに大きく貢献できたであろう。
仮定ではあるが、この情報に値が付くとすれば金貨の貸し分には足りるのではないか?
子供と大人、それぞれが今後得る物の想像が膨らます。
そして、喜びに溢れそうな感情が・・・妨げられた。何に?
帰路の準備に入る剣士、風使い、弓使いの彼らは気づいていない。
ぬしちゃんは口から涎を垂らし始めている。
咲ちゃんに、妙な不安が襲い掛かる。妙とは奇妙だ。
大きな化け物が現れる前と同じ、背筋にピリッとくる気持ちの悪い、怖気。
何故かはわからない。
暗闇の方から怖気の正体が迫る事以外は。
「な、なにかいるよ!?こわいこわいっ!!」
魔法石で照らされる開いた遺跡とは反対。後方へと指を指しながら、咲ちゃんは震えた体をどうにかしたくて親友の背後へと隠れてしまう。
「サキちゃんどうしたの?」
「みえないけど、なにかいるの!!」
「後ろ?」
当然彼らは黒髪の少女のように暗がりを見通すことはできない。
「ぬしちゃん!後ろ見てもらえるかな?」
「うん」
見える者に任せた方が良いと判断した風使いが黒髪の少女へとお願いをし、答えはすぐに返ってくる。
「ねずみさん、いっぱい」
「何匹いるかわかるか?」
「む」
弓使いの指示で黒髪の少女が指折り数え初めてから彼らは音で知る事となる。
死にかけの千鳥が鳴いてるか如く、耳障りな鳴き声と共に雪崩のように遠くから少しずつ足音の波が響く様にこちらに近づいてくるのだ。
そして、数え終わった少女は両手をパーのまま彼らに伝える。
「・・・10匹?」
片手で5本、両手で10本。
「みっつくらいなんだ」
それが・・・3つ、くらい。
見える範囲で。
「奥に逃げ込むぞっ!!早く荷物を持て!!」
この狭い通路で数の暴力とは恐れ入ったか、早鐘を打つように彼らの行動は早いものだ。
「子供は任せろ!援護を頼むっ!」
「わっ!」
「おお」
弓使いは即座に剣を鞘へと納め、空いた両手で幼い彼女達を米袋を持ち運ぶように魔法石に照らされた奥へと駆け込み始める。
「風魔法!全部ぶっとばせっ!!」
「わ、わかってるって!!」
その彼に剣と拾いなおした消えかけの松明を握りしめ、彼に付き添い、残った彼女へと指示を出す。
『大気の力よ 我が前に』
周囲の見えない力、大気が風となり彼女の前へと集まり始める。
『集え 集え』
それは始まりに過ぎない。
魔法石の結ばれた杖が彼女の前で埃や砂を巻き込んで、船の舵でも切るかのように回転し、魔力の流れを手で送り、混ぜる。
『集え!』
目視ができないはずの大気が砂やホコリに小石が混ざり、さながら横に向いている砂地獄を体現してるかのように姿を現していた。
チュチュ チュチュ チュ チュ
チュチュ チュ チュチュ チュチュ チュチュ チュチュチュ
チュチュチュ チュチュ チュチュチュ チュ チュチュ チュチュ
チュチュ チュ チュ
奴らの鳴き声。
ザァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
「ひぅ・・・!?」
「おお」
「見るんじゃない!!」
咲ちゃんどころか、幼い彼女達の目を身体を使って覆い隠している弓使いですら背筋で感じてしまう、脅威。
「何つー数だよクソッたれがっ!!!」
剣士の罵声ですら可愛く聞こえてしまう程だ。
こんなもの、鳴き声などではない。
『憎汚の獣』
その本質が迫ってきている。
まるで汚らしい嵐の音が心の奥にまで届いてしまい、汚された冷水を背筋にぶつけられたような感触にはただの人では怖気を抑える事ができないであろう。
ついには、弓使いの投げ捨てた松明の火の灯りに一面を埋め尽くす程の瞳が光りだすほどに、近い。
そして隈で凄みの増したヘーゼル色の瞳の先へ、手が伸ばされ・・・
『解き放てっ!!!!』
渦を描き、耳鳴りに襲われるほどに凝縮された大気の塊がクレイジーラットの群れに解き放たれた。
ドラを無秩序に叩き荒らしたような。それとも壊れたブブゼラか。
音こそ酷いが、彼らの目の前で起きている惨状とは打って変わりこちらは不気味なほどに影響はない。
それを身近で例えるとしたら、大量のホコリに箒で延々と掃く。それを人間大にしたら、どうなるのだろうか。
ある者は壁にぶち当たり。ある者は群れの下敷きとなり。ある者は脚が折れ。ある者は小石が目に潰される。ある者は不幸にも、ミンチになったかもしれない。
見えないというのは不便であると同時に、今この時に限り幸運だったろう。
彼女の本領、風魔法の発動は成功し足止めをすることができた風使いの彼女は地に置いていたランタンを雑に手に取り仲間の元へと全速力で駆けだし始める。
ズズズズッ
最中、嫌な予感が音と形となって時間を巻き戻し始める。
「おいっ!壁閉まってんぞ!!?」
「おねえさんはやくっ!!こっちだよ!!」
嫌な意味で彼らの生命線でもある壁画が閉じようとゆっくりと持ち上がり始めてのだ。
「な、んなのよもうっっ!!!!」
なんとも狙いを澄ましたかのような、悪魔の選択だ。
残った害獣の相手をし、脱出を試みるか。
未知未開、出られるか分からない遺跡に逃げ込むか。
どちらにするか、考えるまでも無いのが憎たらしい。
風使いであるがこそか、彼女の足は意外にも疾風を思わせる駆け足で、浮かび閉まりつつある壁画を軽々飛び越える事はできた。
大小の被害こそ与えたものの、考えるまでもない。
「俺が先頭!!とにかく走れ!!」
「わかっている!!」
「もうわけわかんないんだけど!」
「ご、ごわいぃ!」
5人は今まさに塞がれようとしている壁画から距離を取り、遺跡の奥へと走り出した。
先頭に剣士、弓使いが子供2人を抱え、杖とランタンを手に持った風使いと並走する。
「おお」
閉まりゆく壁画の先が気になった黒髪の少女、ぬしちゃんは背後にその青い目を向け、気づいた。
ネズミの姿が見えない程に壁画が昇ってきていたが、群れの影で隠れていた、波打ち蠢く・・・何か。
その肌は土くれの様に茶色く、ツヤツヤとしていて、春になると幼稚園で飾られる鯉のぼりのような肌をしており、少なくともネズミではない。
その頭には大きな顎があり、大きな口が開く頃にはもう姿を遠く、壁画も閉ざされていた。
非常時ですらぼーっとした表情を崩さない、おかしな彼女には、それが鬼ごっこをしているような・・・そんな気がしたまま大急ぎで走る弓使いに持ち運ばれてゆく。
奴らは、迫って来たのではなく、鬼から逃げてきたのだ。
命懸けで。





