19話 紫鉱の遺跡
探求とは 意欲的であり
欲求とは 衝動的である
この二つは既知でも未知でも得る事ができるのだ
既知とは 意欲的であり
未知とは 刺激的であるが
刺激がどう作用するかは
既知となるまでは誰にもわからない
遺跡の中でコツコツと歩く音が4つ。
1つ目は鎧の音を気にしつつ先頭を歩く剣士。
2つ目は布の擦れるような音を出し歩く風使い。
3つ目はとても小さい黒髪の少女。
4つ目は着込んでいようと音を出さない弓使い。
探索にはまだ時間が必要なようだ。
咲ちゃんは体力が無さすぎるため、今ではこの暗闇では最高の目を持つ小さな力持ちにおんぶをさせられていた。
「黒いの。さっきは悪かったな」
「わるかった」
「ごめん、あたしもホントだと思わなかったよ」
「ほんと」
「・・・えーと、わかってるか?」
「ふぁぃう」
小さな彼女の言葉を信じなければ、矮小な獣とはいえ不意打ちを受ける羽目になったであろう。
それゆえ・・・謎も多い。
「つーか、お前ら2人は何もんよ?」
「咲たち?」
「サキちゃんの魔法もだけど、ぬしちゃんもなんだか、規格外っていうかさ」
恐らく、力とある。自重と同じ物をおぶりながら大人の速度に劣らない脚力も備えている。さらには走れる。それどころか追いつくのも一苦労であり、弱音も吐かない。
果てには闇をも見通すその眼だ。魔法であれば納得はできるが、肉眼でやってのけた彼女は人知を超えているのだ。
身体能力は最早、5歳児の枠などすでに壊されている。
「ぬしちゃんやっぱりすごい!咲のひーろーなんだよ!」
「ひーろー・・・ってなに?」
「みんなをたすけてくれる、すごいひと!!」
またもや聴き慣れない言葉に横にいた風使いが猫背のように腰を曲げながら革帽子かたはみ出ている白髪の少女に顔を向ける。
「恐らく護衛か、兵士のことではないか?その力であればベアウルフから逃げおおせたのも納得できる」
「トンガリすっかり肩持っちゃって。ほんとに凄いけどね」
彼女の力を文字通り間近で感じた弓使いは断言する。
「ぬし」
「をことぬしなんだ」
「・・・弓に興味は無いか?」
「勧誘してんじゃねーよ!」
少し気持ちが行き過ぎてはいるが。
「えへへ・・・!」
咲ちゃんの顔には先の恐怖などどこかへ飛びさったようだ。
それほどに、親友が褒められるのは自身の事のように気持ちが暖かくなるのだ。
「にしても、変わった名前よね」
「なまえ?」
変わった名前とはなんだろうか?そんなことは一度も言われたことが無く2つのどんぐりはきょとんとする。
「コザクラ サキっつったか?普通は名が後じゃね?」
「ううん!咲たちのなまえはそれがふつーだよ!」
「ニホンではそれが一般的なのだろうな」
文化の違いなど国ごとによりけり。そう思えばおかしな事も無い。
「でも、をことぬし・・・って ぬしが名前でいいの?」
「をことぬしは をことぬしなんだ」
「ぬしちゃんはぬしちゃんなんだよ!」
「をこと・・・をこ、・・・んー」
黒髪の少女の名前はあまりに奇妙だ。付けるにしてもこれは無い。
それは、白髪の少女の小さな口から答えてくれる。
「でもね・・・ぬしちゃんはほんとうのなまえじゃないって、いんちょうさんがいってたの」
「何?」
「だから、ぬしちゃんまほうがつかえないんだって・・・」
「それって、真名じゃないってこと・・・?」
祈りの儀の跡に院長から聞かされた言葉と同じだ。
「をことぬし、おかあさんがいないんだ」
「父親は・・・どうした?お父さんのことだ」
「おとうさん。いるのか」
足りない口から出るには、なんとも残酷な答えだ。
どうもこの黒髪の少女の話し方は独特すぎ、あまりにも乏しい感情の根幹に察したのか、風使いと弓使いの表情が苦いものに変わる。
彼らの中で何か葛藤する何かがあるのだろうか。
剣士は前方へ身体を向けたまま顔が見せないが・・・若干俯いているように見える。
「でもね!だいじょうぶだよ!」
遺跡に入った直後とは打って変わり、持ち直した咲ちゃんの明るい声が耳に入る。
「咲のおうちについたら、ぬしちゃんもいっしょにくらすんだよ!」
「やくそく」
彼女たち2人を無事に家に帰す。
その事を忘れてなどはいないが、改めて依頼の重要性を知る事ができた。
大人でも得る事ができない力こそあれ、結局は5歳の子供なのだ。
「お姉さんたちが、絶対守るからね!」
「何かあればすぐに言え」
「うん!」
優しい励ましの声。
それに太陽の様に明るい笑顔で答える咲ちゃんに釣られ笑顔になり、
「おねえさん、よわそう」
「こいつしずめたろかっ・・・!」
当てにして無さそうなぬしちゃんに約1人怒りに打ち震えた。
「あー・・・とっととやる事やって、帰るぞ!」
会話に入り込まず俯いていたはずの剣士の一声に気づき前方に見直せば、なぜか顔だけ上に向けている。
何をしているのだろうか?
「え?ちょっと、泣いてんの!?」
「ああっ!?うるせーんだよ!とっとと行くぞ!」
ねずみがいようとお構い無しか、ガチャガチャと落ち着きなく赤い鎧の鳴らし先へと突き進んでしまう。
なんとなく気づいてはいたが、誰よりも人情脆いのかもしれない。
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遺跡の内部は、なんとも単調だ。
道中部屋こそあれ、扉などは無く、めぼしい物も無く目についた家具や本など劣化や齧り後でボロボロになり使い物にもならない。
害獣共の寝床となっていたようで食料らしき残骸もあるが、幼い子供に見せられる物ではなかった。
もう1人の子供には見えてしまうようなので、彼らは特に調べもせずに素早く部屋を出る。
僅かに横に波を打つようなただの一方通行で集中し続けていると眩暈を起こしてしまいそうだ。
気休めに壁に松明を近づけては見るものの、大小問わず篝火があるだけで、掃き溜めとなっている。
紫に輝く宝など本当にあったのか疑わしくなるのも頷ける。遺跡と感じたのは入口とその周りのみ。
何か、違う物でも見せられているような・・・。
その何かはわからないが。
ネズミこそ随分と出たものだが、咲ちゃんとは違う意味で今では恐れる事など皆無だ。
黒髪の少女の青い瞳の前では暗闇を利用した小癪な待ち伏せなど児戯に等しい。
数を減らすなら矢を射かけ、少なければ石でも投げておびき寄せる。気づいているぞ、と。
同時に、奇妙でもあった。
道中彼らが遭遇した回数は6回目となったが、数の大小こそあれ、こちらが多数になる状況になっても逃げる選択を一向にしないのだ。
もっと言えば、入り口にまで痕跡を残している割に数が少ない。
そこまで考えた彼らは子供連れなだけに助かってはいるが・・・。
そして、変化は起きた。
また足が止まる。またねずみかと思い咲ちゃんは恐る恐る勇気を出してぬしちゃんの頭を避けて前を見てみたそこには、剣士の松明で照らされた壁一面の壁画。
入口にもあった、植物のようにしなやかに見え、その先には膨らんだような形は頭のような、同じ壁画だ。
つまるところ、行き止まりである。
「ここで終わりか?」
「思ったより少なかったね」
これでこの遺跡を走破できたのであろう。一同は安堵の息を漏らす。
「咲たちもどれるの?」
「ああ。外に出て少し離れたら食事にしよう」
「空気悪すぎだし、とっとと戻るぞ」
「さんせーーい!」
ここにいる必要もやる事も終わった。
安心したからか余裕のできた咲ちゃんは、もう一度壁画を眺めてみると、単純に見えたその壁画は中々に描き込まれているようで、少し気になってしまった。
「このえって、どんなえなの?」
「絵?この壁画の事?」
杖を支えるように地に突き立てた風使いも壁画へと注視する。
「あたしにはヒョロヒョロした感じにしか見えないけどね」
「蛇ではないか?」
「あ!それっぽいかも」
弓を背の荷に括り付けていた弓使いに言われてみれば、頭部のような物があり、植物の様にしなやかではあるが、手足も枝のような物もない。
だが植物に見えたのは致し方が無い。
頭と思われた周りにはひし形の点々が囲う様に描かれていて、咲ちゃんには花のようにも見えたのだから。
「ふーん?よく見りゃ、蛇以外にも色々描いてんのな」
剣士が空いた右手で指差す位置は壁画の枠部分。
ロープの網目のように思わせる細かい模様で囲まれており、中央を蛇で飾るとしたら、これは鱗を表している・・・かもしれない。
「ほうせきってどこにあったの?」
「ん?そういやどこだろうな」
話を覚えていた咲ちゃんの問いの答えを剣士は知らない。
「確か、外にあったと聞いた。情報通りであれば、それ以外にめぼしい物は無かったらしい」
「は?外?」
「えぇ・・・それじゃ誰か落としただけじゃない?」
なんとも胡散臭い話になってきたものだ。この遺跡から持ち出した誰かがいるにしても、ここで採掘できるような場所はない。
過去の遺産として部屋に置かれていたが、価値の理解できない獣が運んだ可能性もでてくる。
一体どんな理由で建てられた建造物か。
もしかしたら、すでに盗掘されてしまった後だとも考えられる。
「むらさきなんだ」
「え?」
紫、と聞き声を上げたのは咲ちゃんか。
だが、声こそ出さないが1人を除いて誰もが声の主へと振り向く。
「サキ、一度降りれるか?」
「うん!」
弓使いの言葉で小さな背中から降りるのはこれで二回目だ。辺りに敵はいない今なら安全なはずだ。
「おい風っ子、松明もっとけ。サキ、俺についてこい」
「うん!」
「風っ子じゃないってば。壁照らしてればいいんだよね?」
「後ろは俺が見ておく」
ここは紫鉱の遺跡と呼ばれ、外ではあったが宝もでている。
そして、闇を見通す彼女の口から出た言葉も、紫。
もしかしたら自分達には見えない何かに気づいたのだろうか。今この場で彼女の発言を疑う者などいない。
風使いは杖を壁に立てかけ、カンテラと松明の2つの光源を用いて壁画の前へと立ち、弓使いは念のために背後を警戒。
「ほれ、どこだ」
「おお」
剣士は両手の汚れを確認した後、彼女達と出会った時にしたように、ぬしちゃんの身体を軽々と持ち上げる。
前のような拾ってきた猫のような持ち方ではなく、片腕を椅子代わり、身体を背もたれ、落ちないようにもう片方の腕を開けている。彼女の重さの欠片も無いカバンの中身を潰れないように寄せながら。
彼なりの変化を感じさせてくれた行動に咲ちゃんは安心したような気持ちになる。
お陰様で、鎧に浸らせた油が彼女の服に付きまとう事になるのだから、まだ配慮は浅いが。
「どこよ」
「ここなんだ」
ここと呼ばれた場所は、蛇の頭を囲うひし形の模様の位置。咲ちゃんが花びらに見えていた場所。
壁も壁画の色はカビの生えた鼠色ではあるが、紫色にはとても見えない。
「・・・まてよ」
「何かあるの?」
剣士は額の鉢がねがぶつかりそうなほどにカビ臭い壁に顔を近づけてみる。
廃墟などは雑菌が多すぎて素手で触るのは危険であり、幼い彼女達に手袋を着けさせたのもそれが理由だ。
ましてやこんな何がいるか分からない暗闇に不衛生な害獣が住まいとしていて顔を近づけるなど、正直なところ生理的自殺行為と同義である。
恐らく、この時までこの遺跡に来たものは同じ事を考えていたのだろうか?
それが盲点だったとも知らずに。
ひし形に描かれた溝の下側に、砂の様に小さい欠片ポロポロとべた付いてる事に気がついた。ホコリやアカとも違うパラパラと乾いたような汚れ。
「これ、塗料か?」
「じゃあ、このひし形って!?」
黒ずんで汚れてはいるものの、汚れの隙間を角度を変えつつ見てみれば紫も混ざって見えるのだ。塗料の中には劣化して剥がれてしまう物がある。それかもしれない。
「おはななの?」
咲ちゃんは最初に見て感じた事を口に出してみたところ。剣士達が驚いた眼に変わるのがわかった。茎の部分が長すぎるのが気にはなるが、今は剥がれ落ちてしまっている紫色のひし形を想像してみれば、実に容易く想像できる。
咲ちゃんは花や植物に見えたそれは、彼らにとっては蛇としか判断できずにいたようだ。
「あー、花!見えなくもねーな」
「蛇じゃなくて花?じゃあこのヒョロヒョロは茎でいいのかな」
意図こそはわからないが、見つかったと言われた宝石のような鉱石との共通を見つけたかもしれない。
「もしや、鉱石が地から生える事と掛けてるのではないか?過去の話かもしれないが、この遺跡の近くにでもあったとかな」
背後を警戒していた男の閃きに、より一層彼らは盛り上がる。
「お!それっぽいな!これ大発見じゃね!?」
「はっけん!ぬしちゃんだいかつやくだね!」
「はっけんなのか」
「お手柄じゃん!やったね!」
もしこれを王国に戻った際に報告すれば大きな見返りを貰え、ついででこの遺跡の再捜索も開始されるかもしれない。
少なくとも彼らのミスで失った信用を取り戻し、前のような生活に戻れる・・・くらいにはなってほしい。
「ってことは、もしかして下に落ちてるんじゃない」
座り心地の悪そうな椅子でくつろぎ始めている第一発見者に向かって親指を上に立て称えていた風使いはランタンを空いた手に吊るして床を隈なく探し出す。
「触れるなよ?後々面倒が起こる」
「わかってるってば。あたしってこういうのは得意・・・」
浮かれたかと心配して床に屈みこんだ光源に放った弓使い。
彼女は途中まで言いかけ、違和感に気づく。
「んー・・・?床がおかしいー」
「靴跡とかか?」
「跡とかじゃないけど、一か所だけへこんでるのよ」
引っ込むとは何か?答えたものの、剣士は我が物顔でのんびりしだしたぬしちゃんを降ろし、咲ちゃんもついていき4人で床を眺めだす。
床は四角いマス目でできており、汚れを除いてどこも同じに見えた床に1枚だけ子供であれば足を引っかける程度に引っ込んではいる。
「たまたまじゃね?地震だとかでズレたり割れたりすんだろ」
「そー・・・かも?」
遺跡とはそういうものだ。時代に晒されている外の遺物は当然として、内部も地震や劣化の影響を受けているのかもしれない。
ここに至るまで歩いてきた床を黒髪の少女の眼に頼り調べるのもいいが・・・正直時間の無駄にしか思えない。
剣士の発言がもっともである。
さすがに浮かれ過ぎたか。
咲ちゃんは何故だか唐突にお父さんの事を思い出す。
本とアニメが好きで、ゴルフが趣味。いつもいろんな話をしてくれてとっても頭がいい自慢のお父さん。
お母さんが毎度呆れるくらいに話が長すぎたり難しかったりして覚えるのが大変だった。
石でできた床、と聞き似ている諺を思い出した。
「いしばしをたたいてわたる!」
大きく、元気よく、スラリと口から飛び出した。
「いや、ここ橋じゃねぇし。なんで石橋よ」
「橋なんだから、渡れりたかったら・・・渡るよね?」
「えっとね、すっごくきをつけるっていみなんだよ!おとうさんいってた!」
「ふぁぃう」
なぜ橋を叩く必要があるのだろうか?
橋は渡り歩くために造られる物だ。
咲ちゃんの諺に悩む2人に不明な1人に答えたのは、頭の回る背後の番人からだ。
「例えてるのではないか?頑丈そうに見える橋だとしても、実は脆かったりしていたら困るだろう」
「あー、なるほどな!しっくりくるわ」
用心に用心を重ねる、そんな意味を込めた諺。
だが、咲ちゃんは本来の意味を理解しての発言ではない。
状況が似ていたのだ。
「あ。じゃあ、叩いてみる?音とか違うかもしんないし」
言うや否や、彼女はランタンを床に置き空いた手で杖を持ち、先端を使って面に合わせて自身の周りを突っつき始めた。
コツ コツ コツ コツ コツ コツ
凹みを確認。
コン コンコン
他の床は音が反響せず跳ね返されるような返事が来るが、違いを確認が取れる。隙間があるようだ。
「・・・どうする」
「ちょっと離れててね」
「え」
邪魔な松明を剣士へと渡し、言われた通りに距離をとった剣士の足元に2人の子供も足に隠れるように様子を窺う。
彼女は杖を横に寝かすように床に置いたかに見えたが、杖はわずかに浮いている。
両腕を杖に向かって伸ばし、手のひらをまるで押し出すように重ね、呟いた。
『大気の力よ手の内に』
杖が震え、彼女の手の平に透かした口笛のような音が集まり始める。だが、肉眼では見えないだけでそこには力が宿り始めている。
生まれた瞬間から共にいながら、それは亡骸となっても目にすることは叶わない。
『流れよ』
大気の流れを意図的に利用された風が床の隙間に吹き込ませるように彼女は放った。
ボゴッ
凹んでいた場所は、裏から押し出されるように今度は飛び出てきたのだ。
瞬間。
子供達だけではない、その場にいる者、場所全てが揺れ始めた。





