18話 憎汚の獣
奴らは下水を這いまわる
奴らは汚い物を好む
奴らの武器は大きく頑丈な前歯だけ
奴らは弱い 故に増える
はたいてもはたいても出てくるホコリのように
恐ろしいほどに
それでも 結局は弱いのだ
クレイジーラット。
世間一般でいうネズミとは一回り二回りとでかく、ドブネズミよりも好戦的であり余程の格上でなければ襲い掛かってくる害獣の代表格だ。
単体では最低限の武装さえしてれば、よほど抜けてない限り無傷で倒せるほどに弱い。
だが、奴らの本領は弱さ故に群れる習性にある。
サイズに非釣合な繁殖力で増え、人間の子供程の大きさの大群が襲い掛かってくるのだ。
その脅威は過去にも数度起き、大型のモンスターですら成し得ない災厄となって人類を脅かしている。
大変不衛生であり、疫病も、飢餓も、果てには災害まで引き起こす奴らは人類からの嫌われ者。
『憎汚の獣』奴らに相応しい相称だ。
本来であれば、下水や洞窟、廃墟などのじめじめとした暗がりを好み、天敵の多い明るい場所に姿を滅多に現わさない連中ではあるが、今回は事情が違うらしい。
遺跡の階段を下り、20歩進んだ辺りでもう奴らは襲い掛かってきたのだ。
中での光源は子供を覗いた2人の松明、中心には金属とガラスで作られた入れ物に油を入れて灯すランタンの明かりのみ。
本来であれば鼻と目の利く奴らのテリトリーであるこの暗闇は危険な場所と言えよう。
だが、己の弱さに自覚の無い個体であったのだろうか?
たった2匹で奇襲もせず愚かにも真正面から突撃してきた結果、先頭で剣を構えていた剣士の剛腕により一太刀、すぐさま一刺しで切られ、刺し貫かれた。
まあ、遅かれ早かれこうなることは決定事項と言えよう。
答えの見えてる問いを答えるかのように、その後どうなるかなど彼らはわかっていた。
「ゔぇぇええぇぼうぢがえるぅううう・・ぅ・」
新手のモンスターの鳴き声・・・ではなく、ぬしちゃんの背中におんぶをさせられている咲ちゃんの泣き声が2本の松明しか明かりのない遺跡のあちこちを打ち付けてるかのようにワンワン泣いていた。
「いや、ほらよ・・・でけぇねずみがいるっつってたろ」
「ごんだのねずみさんじゃだいもんっ・・・!」
「えぇ・・・」
暗いのが怖い、自分と同じくらいのねずみが怖い、そのねずみがグチャグチャになるのが怖い、あれもこれも怖い。
5歳児の腕力だから無事に済んでいるが、抱き着くあまりにぬしちゃんの細い首が締まりそうな有様だ。
泣き喚く上どんぐりに対し、下どんぐりは大きい声に目をつむりながらも暗がりも、目の前に倒れた亡骸を見てもまったく動じないが。
「うっわ、サキちゃんごめんねー・・・。ていうか、これでもまだ進む気なの?」
「しゃーねーだろ。上に居座ったところで、どっちも危なくなるだろうが」
「・・・奴らが寄ってくるかもしれん。よそ見はするな」
二つ重なった子供を挟んで、刺した剣を抜くと同時に血を払い次に備える剣士が前、カバンから取り出し腰にぶら下げたランタンを揺らしながら未だ子供を連れてく事に抵抗のある風使いが中、背後に松明を構えた腕を伸ばし暗闇の先を見通す努力をする弓使いが後ろ。
子供を前後で囲む隊列で一行は進んで行くにつれ、咲ちゃんの泣き声もヒックヒックと収まりつつ変わり、落ち着いてくる。
「だいじょうぶなのか」
「ゔ・・・・うん・・・」
幸運にもモンスターが現れる様子も無く、咲ちゃんの目尻の赤さが揺ら揺らと鈍く照らすランタンの明かりに照らされている。
そもそも、ぬしちゃんの方は大丈夫なのだろうか。ねずみとはいえ、死体を見てもその表情は普段通り瞬きするだけで変わらない。
「・・・おじさんたちは、いつもこんなことをしているの?」
「んぁ?・・・毎日ってわけじゃねぇけど、俺らはそうだな。俺の場合これしか思いつかねーよ」
お父さんから聞かされた、警察や自衛隊とも違う比喩ではない『戦う』仕事。子供の質問に背を向けながら剣士は答えた。
遺跡は一度階段を下りた後は小部屋のような場所があったくらいで一直線なため警戒は比較的楽に感じる。
「あたしは元々修道院にいたけど・・・色々あってねー・・・」
「俺は元衛兵だが、今は落ち着いている。狩人にでもなって外で過ごすのも一興だったがな」
「かりうど?」
咲ちゃんが後ろから聞こえた声に振り向いたのは幼稚園で聞いた事のある単語に興味が惹かれたからか。
そういえば隣の組の子が得意な・・・ジョブ、らしい。たぶん職業のことだ。
「狼などの獲物を捕らえ、解体して毛皮を得たりそのまま食す。そんなところか」
「かいたいってなに?」
「平たく言えば、殺して毛皮を剥ぐことだ」
「え」
聞いてみて、咲ちゃんは少し後悔をした。これまでに実際に味わい今一番聞きたくない言葉でもあり、目の前で起きた事でもある。
「ころしたら、かわいそう・・・だよ?」
そう幼稚園で先生から教わっているし、お父さんもお母さんも優しいと褒めてくれる。殺してしまうのはよくないことだ。
突然、ぬしちゃんの歩みが止まる。風使いのお姉さんが止まったから足となってくれている親友も止まったのだろう。
「サキ」
「え?」
声の主に名前を呼ばれ、少し戸惑ってしまった
その彼女が止まったのは先頭、剣士が足を止めてこちらに顔を向けていたからだ。
だが、戸惑ったのは、初めて剣士の口から名前で呼ばれた他ならない。
「お前、肉は好きか?」
「う、うん。おうちでたべてたよ」
外でしてくれたように目線は合わせてくれない。
聞かれたことに迷子になってから一度も食べていないハンバーグを思い出しながら、素直に答えた。
「そんじゃあ、でかい化け物に襲われたらしいが・・・どう思ったよ」
「ひぅ・・・・こわ、かった」
「そうなのか」
食べられてしまう。それがとても怖かった。
脈絡はわからないが相槌を打つぬしちゃんとは違い、風使いと弓使いはいつもと違い口を挟まず辺りを警戒してくれている。
剣士の行動に何かを察したように。
「そのでっけぇ化け物から守るのも、生きるために飯食うためにも、俺たちが今日を生きるためにも必要な事がある」
「で、でも・・・」
「そう、可哀そう!お前らはそれでいいんだよ」
周囲に気を付けながら、松明で照らされた剣士の影が揺れ、こちらへと身体を向ける。
友達を叱る先生のような横顔から一転、調子のよさそうな、それでいて最近は少し好きになってきたいつもの顔に戻った。
「世界にはな、気にせずにお前らを傷つける連中がいる。もしかしたら、それで死ぬかもしれねぇ」
「・・・こ、こわい」
「俺らがいる今は隠れていい、逃げてもいい、戦わなくていい。その間に仲間を守るために・・・そいつを殺しちまうかもしれない」
「ふぁぃう」
幼稚園でも家でもこんな荒事を教えてもらったことが無い。いけない事を教わってるような気もするが、最近学んだ経験を得た咲ちゃんにとって、説得力のある説明に耳を傾けている。
親友は頭を傾けているが。
「まぁ、もしそれで死んじまった奴がいたら・・・俺らの代わりに泣いてあげてくれ、な?」
見下ろすように腰を曲げている剣士の顔は、口は笑ってはいるがおでこは困ってるような、暗い遺跡の中でも灯りのおかげで窺うことができた。
なんというか、これでわかってくれと言いたげであり背が高いのに声色は妙に低姿勢であった
「それ、あたしら悪者っぽくない?時間返してよ」
「20点」
「いや、がんばったろ俺・・・!」
どうやら身内にとっては微妙な内容だったようで。
いつもの横槍に槍取りに戻り、咲ちゃんは少しだけ、恐怖がまぎれるような感触に引っ込む涙と一緒に心も落ち着くことができ、一同は歩みを進もうとする。
みんなが歩きだしているにも関わらず、視点が変わらない事に咲ちゃんはすぐに気づいた。疲れてしまったのかはその仮面のように変化の無い表情からは読めない。
こんな暗闇で棒立ちは不味い。そう判断したのか最後尾にいた男が前方に小石を投げつけ僅かな音を鳴らす。
「トンガリ、どうした?」
「え、なに!?」
制止の合図だったのだろう。前方にいた二人が即座に武器を構え、剣士は前方を警戒、風使いは背後に振り向き理由に気づく。
「ぬしちゃん?」
「どうした?疲れたか?」
松明の火がぶつからないように後方へと灯りを伸ばし、膝が付かない低姿勢となって、呼吸しかしてない程に微動だにしない黒髪の少女に声かけをする。
5年の歳月しか得ていない彼女達では、害獣共にとって格好の獲物。立ち止まり隊列が乱れてしまっては命に係わる。
「ねずみさんがいるんだ」
その一言で金属音が二つ鳴り、魔法石を括り付けた杖がシャランと音を鳴らす。時間を掛け過ぎたのか、すでに奴らが目視できるほどに迫っている。
「こ、こわいよ・・・」
「どこだ・・・!?」
だが、いくら見回し周囲を照らしても カビやアカで汚れた石の壁と床、何時の物とも知りたくないネズミ共の肥溜めとなってしまっている篝火があるくらいだ。
近くにはいない。弓使いは黒髪の少女の目線を辿り、答えに行き付き、疑った。
「まさか・・・奥に?俺には見えんが」
「みっついるんだ」
そこは松明の灯りなどでは照らしきれない、暗闇。
「・・・本当に見間違いじゃねぇか?」
「うん。こっちをみてるんだ」
「ちょっと、ほんとに?」
剣士が手に持った光源を片手に剣を構えたまま前に伸ばしてみるが、やはり暗闇、灰色の体毛など影も無い。信じてあげたいが所詮5歳児の発言に戸惑う。
しかし、彼女の言葉が本当であれば・・・3匹のクレイジーラットがこちらに気づいて最悪待ち伏せている事になる。
虚言かもしれない発言に対し、判断が早かったのは石で作られた床を確認し、剣と松明を床へ寝かせ、弓を構え始めた酔狂な男だ。
「おい、無理だって!」
「本気!?」
「確認する術ならある」
未だ暗闇に手を空かす剣士と風使いだが、気にせず弓使いは話を続ける。
「当たれば良し、外れても奴らの待ち伏せを確認できる」
「・・・あ-、わかった。頼むわ」
的は2つ。1つは仲間への説得だ。的を得た発言に彼らは射線を開けてくれる。
次が本番だ。
「サキ、一度降りてやってくれ」
「う、うん」
ぬしちゃんの足を見込んでのおんぶであったが、今は妨げになる。こっちこっちと手の振る風使いの元に咲ちゃんは向かい親友の様子をじっと眺めた。
弓使いは火の灯りに照らされる足元を確認し、四角形にマス目を描かれた床に弓使いは目星をつけた。見える範囲でだが、それがどこまでも続いてるかにように思える。
その床に触れないように指でマスをなぞり、黒髪の少女に見せつけた。
「ぬし、床はどこも形は同じか?この四角いのだ」
「うん」
その問い掛けを踏ん切りに弓を構え、自身では判断のつかない暗闇の奥へと射線を向ける。
「よし、足元のも合わせて何枚目にねずみがいる?できれば、止まっている奴。数えれるか?」
革の帽子からはみ出た黒髪が下へと垂れる程にぬしちゃんは頭を傾け、次第に目線が元の位置へと戻る。
まずは彼女の隣へと並び位置を目線より下に合わせ、矢を番えた。
「いつつ」射線が傾く。
「いつつ」射線が少し傾く。
「いつつ」射線が僅かに傾く。
「むっつ」ネズミの身長に合わせる。
そこで、何かを選ぶように大きな青い瞳を揺らす。
「よこにひとつ」マスを右へとずらした。
距離に合わせ、弓が限界まで引かれ・・・
「そこにいるんだ」
1本の矢が放たれた。
目視できていない、瞼の裏しか見ずに放ったかのような、そんな手触りだ。
弓を放つまでの手間とは裏腹に、10も数えられなさそうな幼すぎる測量士による成果は音となり伝えてくれた。
ギュァアアアアアッッ!!??
なんとも耳障りな奇声か。先のねずみと同じく絶命する時の奴らの鳴き声に疑っていた2人は目を見開いた。
「まじか!!」
「ほんとに見えてんの!?」
虚言などではなかった。
多少疑っていただけに、その反動で得た彼らの信頼は大きい。
どうやらその吸い込まれそうになるほどに綺麗な青い瞳には人間には無いはずの力が秘められていたそうだ。
ヂュウゥゥッ!!!
人間の存在を知っていたのか、小賢しくも待ち伏せを選択した奴らの選択は正しい。普通なら気づかずに襲われていたかもしれない。
だが、まさか屋内、それも暗がりだらけの中に飛来する矢など思いもしなかったのであろう。逃げもせずに失敗に怒り狂う獣の雑音が近づいてくる。
つまり、あと2匹。失敗した時点でただの悪あがきにしかならない。
この場に置いて最強の目を持っている黒髪の少女を前にしては裸も当然だ。
「よくやった!」
「ぬしちゃんすごい!」
「がんばる」
思いがけない測量士の誕生に今までに見せたことがない笑顔を隠さない男と、ねずみが迫ってる事など忘れて親友の能力に喜び跳ねながら近づいてくる咲ちゃん。
2人の賛辞に喜び照れる・・・などと このもちもちとした仏像面がするわけでもなく、闇を見通す青き瞳を持って無残にも蹴散らされるでかいだけのねずみをずっと、見つめ続けていた。





