17話 目的
彼らは目的地へと歩き続け いずれは到着する
ちいさな彼女たちにとって それすらも大変な事である
本来の目的 先日話したことなど忘れるほどに
少し騒がしくも特に危険も無く、無事に朝を迎えた5人は軽い食事に片付けを済ませ、遺跡と呼ばれる場所へと目指してまた歩み始める。
咲ちゃんは案の定すぐに疲れてしまうので、リーダーである剣士の指示でぬしちゃんにおんぶをさせる。
他2人も黙認こそするものの、心配しながらぬしちゃんの脚力と体力を当てにしていた。
平原ばかり続いていた昨日とは違い、凡そ1時間も経たず周囲に少しずつ変化が表れてきた。
まず辺り一帯が平原ではなく、少しずつ木々が見え始め何かを隠すかのように目立ち始める。
次に全員の足音が土や砂利を踏んだものではなく、コツコツと鳴りだしてきた。
元は塀か、柵か、壁だろうか。残骸のような物も目につき始め、中には生き物を模した彫刻の彫られたオブジェのような物もある。
周囲の足元を見てみるが、人の痕跡らしき物はまったく見当たらず、長い事放置してたか、近寄らなかったかのどちらかだろうか。シミのような物しか見当たらない。
おんぶをされ目線の高くなった咲ちゃんは物珍し気にキョロキョロと見渡す。
「到着!今から中に入る用意すっぞ」
立ち止まった先を見て、目を光らせるほどにウキウキとした気持ちに咲ちゃんは襲われる。
「すごい!」
「おお」
剣士たちが一度地に荷を降ろす先を一望すると、見る限りほとんどが石造りの建造物。至る所にツタやコケに蝕まれ、劣化からか色褪せ掠れている姿は数年で表すことは不可能なほどの年季から見るに、まさしく遺跡としか言いようがない。
角ばったデザインで作られた祠があり、扉はない。周囲の建造物の残骸と同じもので作られており、屋内はかなり広いが真の入口は中央にある下り階段。
他に気になるところがあるとすれば、植物のようにしなやかだが、頭部らしい物が合わさっている壁を削って作られたであろう壁画だろうか。
階段の奥を覗こうにも闇で遮られて肉眼では明かりでも灯さなければ中に入ることもできないであろう。
かつて、そこには鉱石とも宝石とも取れる過去の遺物が発見されたと言われていた。
だがそれ以外にはここに見える壁画以外、めぼしい記録のない。
彼らは『紫鉱の遺跡』と呼ばれた場所へ到達したのだ。
ぬしちゃんは初めて見たように眺めているが、到着と同時に小さな背中から降りた咲ちゃんはこの遺跡と似たような場所に覚えがあった。
「ゆうえんちみたい!」
「お?」
「え、なになに?」
「・・・準備は進めておくぞ」
今朝の様に聞き覚えの無い言葉が白髪の少女の口から放たれ、剣士は準備をする前に金属と皮の擦れる音を立てながら近寄り目線を合わせ、興味に惹かれて後を続く風使い。
弓使いは話は任せたと言いたげに周囲を警戒しつつ、剣士の運んだ大型カバンの中身を漁りだし、ぬしちゃんは親友を降ろした後も遺跡を眺めたまま遺跡のオブジェにでも溶け込みそうなほどに微動だにしなかった。
「ゆうえんちって遺跡があるの?」
というのも、子供達から時折でてくる聞きなれない言葉が家に送り届ける彼らにとっては手がかりになるかもしれないのだ。
「えっとね!ゆうえんちのなかにね!こーんなたてものいっぱいあるんだよ!」
「また聴き慣れねぇのが出てきたな。どんな場所よ?」
「いろんなのりものがあって、たくさんあそべるところ!」
「遺跡で・・・遊ぶ?」
またも難解めいた言葉に悩み始めるところであったが、風使いが閃いたように前のめりになり声を張り上げた。
「遊ぶ場所・・・園って、もしかして国の中に遺跡があるってこと?」
「うん!おっきなおうこくなんだよ!」
「いやまて、国の中に国があるってことか?もしかして・・・ニホンって大陸じゃね?王国なんだろ?」
さすがに子供の記憶力では意味を理解してないように見え、全部鵜呑みにするのは不味いと判断する剣士。
「そこはね!みんながあそぶためにつくられたって、おとうさんがいってたよ!はいるときに、おかねをつかうけれど、さきは ねんぱすがあるからいつでもはいれるんだよ!」
「・・・それって、娯楽施設を作るためだけに遺跡を囲んで国を作っちゃったって・・・こと?」
「さすがに・・・なくね?マジだったらヤベーよ、お前らんとこ」
皆が遊ぶために造られた。
歴史的価値のある遺物利用して国が建てるならともかく、欲を満足させるがための見世物とし、娯楽のみを目的に建造される。
あまりにもふざけた発想だ、真実か若干疑わしい話しを聞いている二人の頭によぎる・・・が。
「・・・寂れてるここよりマシかもな」
「中途半端に管理して、結局ほっぽってるもんね」
未知の鉱物が落ちてたから探索したものの、以後発見された話はなく、放棄しようにも荒らされても困るから国の管轄とした・・・だけのこの遺跡とは扱いが雲泥の差では?
信用を失った者ですら受け付けたこの仕事が証明しているではないか。
彼女達の暮らしている国の事を冷静に考えれば、思い切った行動だとも思えてしまった。そして彼女は、ねんぱすという、恐らく貴族優待であろう物を所持していたらしい。
国全体で異様なほどに裕福だと思え、楽しそうに話す白髪の少女が少し羨ましく見えてくる。
「それにね!おおきなネズミさんもいるんだよ!」
・・・・・。
「ん?ネズミか」
遺跡や人の手が離れた、眼のつかない家屋などに住まう住人。
とにかく何かを貪り齧り、不衛生で病原菌を振りまく世界共通の嫌われ者だ。
「ここにもいるんだぜ?でかいネズミがよ」
「ほんと!?」
そもそも、そのネズミを含めた連中・・・遺跡に住まう害獣に用があってここに来たのだ。
野暮な考えではあるものの、いてくれなければタダ働きになってしまう。
「準備が終わったぞ」
「おわったんだ」
遺跡に入り込む支度を終えた円形の盾を片手で運ぶ弓使いの横には、黒髪の生えたどんぐりが先端に布切れの巻かれた太い木のぼっこ構えるように持ち並んでいる。
話を切り上げるのには良い頃合いだ。
「悪いトンガリ。任せっぱなしでよ」
「ごめんねー!」
「構わん。あとトンガリではない」
弓使いの持っていた円形の盾は剣士に向かい縦に回転しながら放り投げられ、剣士は容易く受け取り右腕へとベルトを巻き付け装着が完了する。
次に松明と呼ばれる物を祈祷師のように揺ら揺らと振り遊ぶ黒髪の少女から剣士は盾を着けた右手で松明を受け取り、風使いは自身のぶら下げている深茶色のカバンから何かを取り出し始める。
取り出したものはマッチ。
慣れた指さばきで剣士の松明へ即点火。
松明へと着火し、松明の本領発揮だ。
何度もこなしている彼らの流れるような一連の作業は目で追うのがやっとだ。
「こっからが・・・大事な話だ。よーく聞けよ」
剣士の声色が低くなり、咲ちゃんは身震いしながらも人が変わったかのような剣士の顔を見る。
王国で感じた少し情けないようでもない。
今朝の男の子のような前向きな子供っぽさでもない。
腰と背に携えた鋭い剣先のように鋭く険しい顔つきだ。
「まずは・・・黒いの、まだ白いのをおぶっていけるか?」
「おぶる」
「おんぶ、のことだ」
「がんばる」
剣士の指示通りにぬしちゃんは咲ちゃんに背を向け、少し慌てた様子で咲ちゃんは小さな背中へと乗っかり始める。
遺跡に到着する前と同じだ。
「俺が先頭、トンガリが最後尾に回って松明で照らす。間に風っ子がいるから、絶対に離れるな」
「うん」
指示は簡単な物ではあり、端的に言えば風使いについていけばいい。
「ちょ、ちょっとまってよ!中に連れてくとか正気!?」
だが、反論もでる。
「外で誰か1人残ってさ、見とくだけでもよくない?絶対危ないってば!」
客観的に見れば、彼女の発言は常識的でもっともな意見であった。
これから遭遇するであろう相手はネズミ・・・ではあるが、わざわざ物々しい連中を雇ってまでする仕事である。
ただのネズミではない。
だが、その意見を制したのは弓使いであった。
「もっともだが、そうもいかない理由が見つかった」
「どゆこと?」
「入口を見てみたが、人が来た形跡はなかった」
それがどうしたか?
そう言いたげに、風使いは眉を曲げ遺跡の入り口へと向かい始めた弓使いの後を追い、黒髪のどんぐりも指示通りに風使いのそばを離れずついていく。
入口、階段周りの床。中は若干広くはあるが奥行きが原因で日陰となっており薄暗くて見えにくい。
そこに剣士の掲げた松明で明るく照らされる。
火の明かりによって照らされた屋内を風使いは目の隈を持ち上げるように凝らして視認し、すぐにやめた。
「うわ・・・気持ち悪!」
「きたない!」
風化したできたキズではなく、何本もの細いひっかき傷の跡が床や壁の低い位置に付けられており、シミのような物は糞尿の跡であった。乾き具合と壁の傷跡のホコリ具合から新しいものもある。
理解はできたが、見せなくていいのにわざわざ見せてきた男に1人を覗いて女性から非難の目を浴びる。
「でもさ、あいつら夜行性だし外にあんまり出ないんでしょ?」
「それがな・・・ここら一帯に奴らの痕跡がずいぶんと多い」
「数が増えすぎて溢れたか、遺跡に天敵でも住み着いたか、両方の可能性もあるかもしんねぇ」
「弱い奴らではあるし、夜にしか来ないかもしれん・・・だが、いざ現れた時にサキたちを守りながら1人で対処できるか?」
「あ、あいつらって群れるんでしょ?えぇ・・・!?」
仕事の部類で言えば正直、割に合わない案件だ。
かといって、断ればまた信用を失い、見合う行動をしなければ働き損だ。
「咲たち、だいじょうぶ・・・?」
「がんばる」
やはり、5歳の子供など連れてくるなど愚かな行為であったのではないか?
「だが、難しいことでも無い」
「数が多けりゃ適当なとこで切り上げてちゃっちゃと逃げりゃあいい。投げやりな仕事だしな」
男二人の口調が柔らかくなる。
言われてみればそんな依頼でもあるが。
「じゃあ・・・やばいのがいたらどうすんのよ」
「そんときはそれを報告すりゃいいんだよ。無理に戦う意味もねぇだろ」
「うーーーん・・・わかったわよ。援護が必要だったら教えてね」
「頼む」
咲ちゃんにとっては理解の難しい内容でよくわからなかったが、なんとなく自身が危ない状況にある気がして今も支えてくれる小さな背中に込める力が不安から強まってしまう。
「ぬしちゃん、咲こわいよ・・・」
「だいじょうぶ」
大丈夫と聞いたのは何度目だろうか?
手を握った時と同じく、背中越しに伝わってくる温もりが咲ちゃんの救いであるのだ。
「やくそく」
「え?」
「さきちゃんがいないと、おうちがわからなくなるんだ」
夜に交わした小さな契り。
「う、うん!いっしょにおうちにかえって、シチューたべるよ!」
二人がいないと叶わない約束。
「だから、をことぬしは・・・」
「悪い!待たせたな」
そう言いかける頃には三人の話し合いも終えたのか遺跡への出立の合図がやってくる。
「ぬしちゃん、あたしから絶対離れちゃだめだからね」
「ぜったい」
「そそ!絶対よ」
「うん」
諦めたようにも心配したようにも見える彼女の表情は険しい。目の隈のせいか一層影を落としたような顔つきになってしまうのは勿体無く見えるのは野暮な考えだろうか。
皮や金属の擦れる音を立たせながら剣士と弓使いが鞘から剣を抜き、片手に松明、もう片方に剣を構え臨戦態勢を整える。
過去に自分たちに向けられた刃と同じではあるが、今度は自分たちを守るために振るわれる力に咲ちゃんに小さな緊張が走る。
ぬしちゃんは案の定いつのも張り付けたように変わらない表情だ。
だが、咲ちゃんは忘れていた。
いや、何度か話を聞かされてはいたが、今になって思い返せばおかしな話だ。
「つーわけで!ここに憎たらしいでけぇねずみがいることは確定だ!」
今回の件に関しては剣士に非はまったくなく、依頼内容の説明時点でもしっかりと彼女達も含めて話してある。
「全部倒す必要はねぇ!適当にしっぽでもぶった切って持ち帰るだけだ!」
一種の防衛本能でも働いていたのか、勘違いして聞き取っていたのだろうか。
「これより!害獣討伐に入る!行くぞお前らっ!!」
「「おうっ!!」」
「おーなんだ」
「・・・あれ」
咲ちゃんの言う『おおきなねずみさん』とは着ぐるみのキャラクターの事である。
だが、自分たちはそのネズミをやっつけるために来たわけだ。
「・・・・・あれ・・・」
小桜 咲ちゃん。5歳の女の子。
頭は良いが、普通の5歳児である。
頭に浮かんだことをそのまま言ってしまい、食い違いが起きても致し方の無い事ではある。
この後、少女は非現実的な現実を思い知ることとなった。





