16話 朝焼けの赤
どんな人であろうと 意外な一面がある
見たまんまな人だっている
彼は別に早起きなわけではなく ちょっと乱暴なところがある
そんな彼は準備に関しては入念であった
「・・・ふぇ」
顔が少し暖かくなると同時に柔らかな眩しさもに襲われた。
咲ちゃん、ぬしちゃん、風使いの三人は広くもないテントの中で固まるように眠っていたようだ。
昨夜は途中まで記憶はあるものの、眠気に勝てずにここまで運ばれたようであった。
林を突き抜けてテントの隙間から飛び込んできた朝日の光が両隣に挟まれていた自分に直撃したのだ。
先日のように静かに起き上り、小さな体を伸び伸びと上に伸ばし気分と身体を整える。
テントの中を見回してみれば、荷物に含まれていた風呂敷をぐるぐる巻きにして枕にしたりそのまま広げ布団代わりに使ったり、ただの布がここまで使い勝手の良いものなのかと白髪の少女は少し驚き、今後の勉強となった。
・・・ブンッ
「あれ?」
・・・ブンッ
一体何の音だろうか?音は小さくもあるが、遠くもない。
光の漏れたテントの隙間から外を覗いてみたが、眼がテントの暗がりに慣れてしまったのか非常に眩しい。
少し怖い気も起きたが、テントにはいない2人が外で何かをしているのかもしれない。
咲ちゃんは思い切って外へと静かに飛び出し、周囲の景色が露わとなった。
手前には今は面影も無く鎮火している焚火の後と近くの林を見れば風呂敷で腹を隠すよう程度に覆い隠し座りながら器用に眠る弓使いの姿が見える。朝日に照らされたその寝顔をよく見てみれば、お母さんがキャーキャーと喜びそうな顔立ちでもあり、いわゆるイケメンと呼ばれるのではないだろうか。
ブンッ
間隔を開けてまた音が鳴る。
「起きたか。白いのはしっかりしてんな」
音の主が振り向き目と目が合った。
その両手には彼の背中に背負っていたはずの大きな両手剣が握られており、どうやら素振りをしていた音がこちらにも響いてきたのだろう。
「おはようございます!もー!しろいのじゃないよ!」
「っはは!おはようさん。しろいもんはしろいだろーが」
気でも使ったのか、それとも起こすためであろうか。
テントから少し距離を置いたところに朝日で一層に焼けた色に輝いている剣士の姿がそこにあった。
一向に名前で呼んでくれないその意地の悪い顔が少し憎くもあったが、その見て呉れの割にしっかりとしている所もある・・・ような気もしなくもないので、別にその呼び方のままでもいいのかもしれない。
「おにいさんはれんしゅうをしてるの?」
「練習?・・・まあ、練習だわな」
そう告げるや否や剣士はまた素振りへと戻ろうとし、構え直した。
彼のもつ大剣は単純明解、その名の通り大きな剣だ。
長さは1mとちょっとはあるのだろうか?腰に差している鞘の付いた剣とは違い、巻いて挟むように背負っているだけに、一度抜いてしまうと戻すのが大変そうな武器だな、そう咲ちゃんは感じ取る。なんとなくではあるが。
クラスの男の子たちが自慢するような煌びやかで装飾を施された剣ではないが、その重厚さ、分厚さ、鈍く輝く鋼の質感には緊張に近い感情が生まれてくる。
両手で大剣を前に突き出すような構えを取り右足だけを後ろに下げて、大きく縦に振り被り・・・勢いよく降り下ろした。
ブンッッ!!
下げた右足を一気に前にだすと同時に大地を叩きつけるが如く降り下ろした大剣を、離れていたにも関わらず鋼の輝きによる剣筋の一端しか見る事ができなかった。
「すごい!」
想像よりも重量があるはずにも関わらず、剣先を地につかせずピタッと止まり即座に構えなおせる彼の筋力と握力に驚かされた。
良く思えば自分の体を片手で軽々と持ち上げるような男であり、今まさにその力量を目の当たりにしたと言えようか。
「鍛えてっからな。つーか俺にはこれしかできねぇ」
「ちからもち!」
「おう!力持ちよ!」
野原を駆ける風と朝日の出と剣士の熱意の入った返事が合わさり、なんとも気持ちの良い朝を迎える事ができた。
その気合いの入った笑顔に向かって咲ちゃんはトテトテと近寄っていく。
子供が近づいてくるのを目にした剣士はその大剣を手に触れさせないように片手持ちに変え剣との距離を離す。
「おとうさんみたい!」
「へぇ。お前の親父も剣を使ってたのか?」
「ちがうけど、えっとね、こう」
咲ちゃんのギュっと握りこぶしを作った小さな両手をお団子の様に重ねてながら伸ばすが、両手を使っても剣士の片腕と比べるとあらゆる面で圧倒的に劣っており、その愛らしい小さなお団子で何をするのか気になって眺めていた。
「えい!」
咲ちゃんは何も持ってない両手を体全体で使って振り回した。
「・・・は?」
だが、剣を扱う男にとって白髪の少女の振り方がかなり特殊な事に気がついた。
彼女が行ったのは両手を振り子のように背中に持ち上げたかと思えば、そのまま下からぶちかますように振り上げたのだ。
剣というよりは重量を武器にした大鎚の振り方であったのだが、咲ちゃんが貴族の娘だというイメージとかけ離れているように思え、剣士は理解が追い付かなかった様子であり、咲ちゃんはなんども同じジェスチャーで教え始める。
「親父さん、何振り回してたんだ?」
「えっとね!ゴルフ!」
「ご、ゴル?・・・それもニホンにある武器なのか?」
「ぶき?ちがうよ!ボールをとばしてあそぶんだよ」
「ボールを・・・飛ばす?」
空となった右手を顎に当て剣士は考え込み始める。そのような道楽は彼にとって聞いた事も無い話だが、それはあくまで庶民レベルであり貴族の、それも聞いた事のない地名のものだ。
「球を飛ばすってーと、的かなんかあんのか?」
「うん!えっとね、このぐらいのボールをね!」
と、細く小さな両手の人差し指と親指をくっ付けたそのサイズは幼児の手の平サイズ程の小さなものであり、
「おう、それで?」
「コーーン!ってぼっこをつかってナイスショットするの!」
「な、ないすしょっと?技の名前かなんかか?」
先ほどと同じように下からボールを打ち上げ、
「それでね!ちっちゃい穴にいれるんだよ!」
「穴って、どのくらいでどの辺りよ」
「えっと・・・このくらいで」
白髪の少女は先のボール2つくらいの穴の形を表現した後、遠くを見つめ剣士も目線の先を探しだした。
「あのへん!」
「・・・」
「あのやまっぽいところ!」
「・・・」
あのへんと指示した場所は・・・野原を越え、辺りの木々を越え、流れる川を越えた先にある山の近く。
歩いて向かえば数十分はかかる程の距離。
空いた拳が入り切るか不明なほどの穴。
片手で握りしめられる程度のサイズのボールを全力で殴り飛ばし穴に入れる、遊び。
「・・・無理じゃね?」
「なんかいもボールをとばせるけれど、おとうさんは1かいでいれたことがあるんだよ!」
「うっっそだろ!?」
それだけの敷地をどう用意するのか。
それほどの道楽を行えるほど彼女の国は豊なのだろうか。
日本にいる貴族は皆そうなのだろうか。
剣の扱いに秀でたはずの剣士にとって、彼女の父親が一体何者なのか不鮮明になってしまったが興味のある話が見つかったのか、地に着いた事に気を回せないほどに剣が大きく傾かせ、剣士は屈んだ。
「なあ、いまのゴルフってーの教えてくれないか?」
「え!?で、でも咲、ふりかたしかわかんないよ」
「そこ!それが知りたい!頼む!」
「えぇえ!?」
彼女の話が本当であれば、ゴルフというのは娯楽・・・のように見せかけた高度な技術を使った武芸のような物。
それだけの小さな球を棒を使い正確に捉え、遥か彼方にまで吹き飛ばすその技術は剣士にとって教えを乞うに値する魅力があり、幼児に詰め寄るその姿は傍から見れば事案になりかねないほどに興奮気味であった。
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「いくぜ先生!」
「せんせいじゃないよ!」
離れた位置で剣士の様子を眺めている咲ちゃんの否定などお構いなしに剣士は構え直し姿勢を整える。
先ほどの素振りと違うのはここからだ。
端的に言えば上からではなく下から背後へと大剣を振り被る物で、剣の扱い方としてはかなり見栄えは悪い。
いざ遠くで彼を眺めていて気付いたが、ゴルフというより野球のフォームに近いようにも見えたが、もうどっちでもいいのかもしれない。
だが、そこからは咲ちゃんの想定外だ。
前方に少しずつ踏み込みながら大剣を振り子のように縦にブンブンと音が鳴るほどに速度を上げながらコマが転がるかのような軌道で振り回す。
これは握力、筋力も必要だが、なによりも自身と鎧の重量を生かした重心移動を計算に入れないと行うことが不可能な程に無茶なぶん回しだ。咲ちゃんどころか、風使いや弓使いですらできないかもしれない。
「ぅおらあっっ!!!」
寝ている隣人など気にも留めない大声と共に重心と全身の筋肉を利用した渾身の振り上げでフィニッシュ。
風でも吹いたのだろうか。彼から放たれる風圧が辺りに吹き荒れたのでは?
そう思わせられるほどに力強く、猛々しい一撃に咲ちゃんは緊張で胸がバクバクとうるさい。
「ふぅーーー・・・やべぇ、体力めっちゃ持ってかれるわ、これ」
彼の言う通りに先の素振りでは汗1つ流れていなかったが、今の動作だけで額には汗が滲んでおり息も若干乱れたようにも見える。
それでもすぐに呼吸を整えつつ姿勢も乱さないのは彼の実力から来るものなのかは、幼い咲ちゃんにはまだわからない。
「だ、だいじょうぶ?」
「おーう。いや悪い、やっぱ手ぬぐい取ってきてくれね?」
「てぬぐい、タオルだね!」
これからまた歩くのかもしれないのだ。綺麗で柔らかい白髪の髪をなびかせてテントの方へ体を向ける。
「これから遺跡に向かうのに、何をしている」
「わっ!?」
振り向くまでこちらに近づいて来ていた弓使いの存在に気がついていなかった咲ちゃんはお化けと勘違いしてしまい驚いて尻もちをついてしまった。
「びっくりした・・・」
「おい!足音隠してんじゃねーよ!」
「そんなつもりは・・・すまん」
幸いにも咲ちゃんのお尻に怪我はなかったようだ。
朝焼けに照らされた彼の装備は青々しく、海の様に鈍く輝いていた。転んでいた咲ちゃんを起こそうと伸ばした左手には手ぬぐいらしき物が握られており、その手を両手で掴んで引っ張り起こしてもらうことができた
よく見れば右手には水差しのような形をした水筒が持っており、どうやら起きてこちらの様子を窺っていたのは明らかだ。
白髪の少女をゆっくりと起こした後、剣士の方へ向かい手ぬぐいと水筒を運んでくれていた。
「あんがとよ」
「それよりも・・・さっきのはなんだ」
受け取った水筒で喉を潤し、手ぬぐいで汗を拭く剣士に放たれた声色は酷く呆れたような口ぶりであった。
というのも、気になるのは弓使いだけではなく咲ちゃんも同じであった。何せ、振り被り方だけが同じなだけで、壊れた風車みたいに振り回すなぞ教えてはいない。
「ああ!こいつから面白い話を聞いてな、俺流に編み出してみたぜ」
「。。。それでどうだった」
「あー。めっちゃ疲れる」
「だろうな」
「でもよ、当たりゃ一撃で終わるぜ?あれ。手ごたえはあった」
「そうかもしれないが、対人で当てられると思ってるか?」
「・・・来るってわかってないと無理かもな」
「疲れる、振りが読みやすい、隙だらけ。他の連中が聞いたら呆れるぞ」
「うるせぇ!」
咲ちゃんは今の彼らの会話を聞いていて既視感を感じていた。
そういえばクラスの男の子達も似たような話をしていたのを思い出し、幼稚園で過ごした日々がまるで昨日の出来事ではなかったのではないのだろうか、そんな錯覚が5歳の女の子の胸の内に生まれていた。
「ちょっと!うるさいんですけどー!!」
気づけばテントの方から波でも打ってるかのように酷い寝癖と難癖を付ける女性と、明らかに眠気と重力に敗北している親友の姿も咲ちゃんの瞳に映っている。
そういえば・・・日曜日にいつも早起きをして見ていたアニメはどうなっているのか。
悪い奴に負けないようにきっと今もがんばっているに違いない。
お父さんとお母さんは何故か自分よりも早起きをしてアニメの前に放送する特撮を見て盛り上がっていた。
でもカッコいい人が出てきてお母さんが喜んでるとお父さんがちょっと不機嫌になるのはどうかと思う。
少し馬鹿っぽいのに真剣に、だけど楽しそう。
そんな会話を繰り返す2人の男の姿が、自分とぬしちゃんのようでちょっと面白い。
でも、なんでだろうか。心に小さな穴が空いて、そこに風がすり抜けていくような、そんな感覚。
彼らにとって普通の生活、普通の会話をしているけれど、咲たちは?
その気持ちは一体なんなのか。
幼すぎる白髪の少女には、それが 切なさ なのだと理解するにはまだ時間がかかるだろう。
読んでくれてありがとうございます
Twitter:@vWHC15PjmQLD8Xs





