15話 歓談
林はあるが 森ほどではない
以前は2人 今は5人
食事も小さなお部屋もあるけれど
夜の闇は変わらない
あの日の夜とは違うけれど
本当にそうなのだろうか
大地を照らす焼けたような赤は鳴りを潜め、周囲は暗く街灯など存在しない小さな林の中だ。照明があるとすれば涼し気な青色の月明かりと弓使いの灯した焚火の炎のみ。
咲ちゃんはキャンプが初めてではない。4歳の時に一度だけ家族と一緒に外で野宿を体験したことがある・・・が、それでも夜は怖い。
周囲の種類もわからない虫の鳴き声がシンシンと聞こえ、普段なら遠く感じる音が暗闇の中では驚くほど透き通って聴こえてきて、誰かがついていてくれないと、心細い。
何せ、また大きな化け物が出てくるかもしれない。襲われるかもしれない。ケガをするかもしれない。
そんな実体験を今の今まで忘れてしまっていたことなど思い出したところで後の祭りだ。
今は焚火を中心に用意をした食事に手を伸ばし、今までの道中や先の失敬騒動について大人3人で静かに騒いでおり、咲ちゃんとぬしちゃんは2人並んで座りながらシートの上でパンを食べていた。
焚火の前には王国で手に入れたであろう果物等日持ちがしない物から並べられている。
帽子を脱ぎ、蒸れた汗が乾いた柔らかく綺麗な白髪を揺らし、親友の方へ顔を向けてみる。自分と同じように怖がっているかと少しだけ期待をしてみたが、案の定の銅像面でパンを頬張っている。
自分は怖がってても、この黒髪の少女はまったくいつも動じない。
ぬしちゃんは怖くはないのだろうか?
どうしてあんな化け物に立ち向かえるほどの勇気があるのだろうか?
寂しいとか、つらい、とか思わないのだろうか?
ムシャムシャと容赦ない食べ方でパンを貪っていたぬしちゃんと目が合った。
綺麗な水色のような青色のような、そんな眼に吸い込まれそうになるが、お餅のようにふにふにした口回りに付いている尋常でない食べかすをどうしても眼で追って数えてしまう。
少しは気にすればいいのに。
「をことぬしのパン、ほしいのか」
「ち、ちがうよ!ぬしちゃんみたいにくいしんぼうじゃないもん!」
「くいしんぼー、つよそう」
眺めていたら勘違いされ、照れ隠しで言い返してみたがどうやら通用してないどころか意味もわかっていなさそうだ。
恥ずかしくなってしまい、まだ手に残っていたパンに自分もかぶり付いた。食べかすなんて気にしてやるものかと意固地になっても止める者はいない。
「にしてもよ、どうやってそこまで強い魔法使えるようになったんだ?普通じゃねーよ」
自分に話を振られたのだろうか?身体のことでネタにされ若干苛立った様子の風使いに迫られている剣士の男が白髪の少女に顔を向けている。そんな彼らに巻き込まれないようにしてるのか静かに顔を伏せながら食事を取っている薄情者もいるが。
咲ちゃんはパンをしっかりと飲み込みんだあと、ゆっくりと話す。
「咲もわからないの。ばーっておててをね!まえにだすとつかえるんだよ!」
「教えてもらった・・・とかではないか?」
「えっとね、シスターのおばあちゃんたちのまねをしたらできたの!」
「えぇ・・・」
会話に入り込んできた弓使いの質問に答え、あり得ないと言わんばかりに呆気にとられる風使い。
「こういうの天才っつーのか?・・・ずるくね、お前」
「ふぇ!?咲・・・ずるいの?」
籠手を外した片方の手を器用に使い食事を取っていた剣士が軽くではあるが妬ましいような目線を白髪の少女浴びせ、何がずるいのかが理解が追い付いていないのかその小さな口から可愛くも少し間抜けな声が上げた後、「言い過ぎ」とでも言いたげな視線が二つ剣士に刺さったのかボソリと詫びの言葉聞こえてくる。
続けて何故ずるいのか?一応、専門家の女性が説明してくれるようだ。
「ずるい・・・というより、サキちゃんくらいの小さい子が魔法が使えるだけでもすごい事なんだよね」
「さきちゃん、やっぱりすごい」
先ほどまで感心がないのか食べることに夢中なのか会話に入りさえしてこなかったぬしちゃんが初めて興味を示す。
風使いは食事をしながら空いている右手の人差し指だけを天に差す仕草をしながら説明を続け、その姿はまるで妹に教授している姉のようにも見える。
「サキちゃんの使った魔法は『奇跡』って言われててね、教会の人たちみたいに信じる力の強い人が使える魔法なのよ」
「しんじる?」
「真似をするだけじゃ普通はできないし、あたしの聞いてる限りだと子供が使えたーなんて話ないんだけれど」
縦にピンと立てた人差し指をそのまま頭へと持っていき悩んだ様子を見せながら「できちゃってるんだよね・・・」と間を置いて呟く。
「それも、大人数で行ってもできるかも怪しいほどの出力のな。正直、信じられん」
その声色は警戒というよりは心配をしているかのような優しさを含んだもので、片膝を上げたまま気に寄り添ったまま食事をしている弓使いの声が周囲に届く。
「おねえさんはできないの?」
「あたしは・・・ちょっと使えるくらいで・・・自信なくすかも」
「ご、ごめんなさい・・・」
「ち、ちがうって!文句とかじゃないんだから気にしなくていいのよ」
誰もが責めてるつもりはなかったが、自身の力の理解がまだ薄い咲ちゃんにとってはそのように聞こえてしまい、バツが悪そうに口先を尖らせて謝ってしまう。
「咲、わるいこじゃない?」
「つーか逆なんだよ。んまぁ、あれだ。お前はすげぇって事を言いたかったんだ俺らは」
「そう!それ!ただ、凄すぎてあたしらがびっくりしちゃっただけなのよ」
「言葉が足りていなかった、すまん」
剣士と弓使いのフォローで咲ちゃんのご機嫌は持ち直せたようだ。
周囲を照らしてくれる焚火のようにほのかな明るさが彼ら表情に戻って来た頃、黒髪の少女はその食べかすの付いたままの顔を炎に照らされ赤みを増した鎧を身に付けた男に向いている。
「?黒いの、どしたよ」
黒いのの銅像のように変化の乏しい目線に剣士は気がついたようだ。
「あかいおっさんはつよそう」
「てめぇ・・・んまぁ、ありがとよ」
次にパンを食べ終えた空となった右手を天高く伸ばし しなやかに降り下ろし指差したその先には風使いの姿。
「よわい」
「泣くわよ!?」
「ぬ、ぬしちゃん・・・いいすぎだよ」
ここ最近5歳児相手に雑な言われを受けに受けて目から今にも溢れそうなほどウルウルとしてきた風使いを若干哀れに思いつつも弓使いが総意をぶつける。
そして・・・
最後に暗がりに溶け込みそうな群青色の装備を身に付けた弓使いとぬしちゃんの瞳が合う。
「あおいおじさんはわからない」
「そうか。・・・何が知りたい?」
「おじさんは、さきちゃんをまもれるのか」
「ぬしちゃん・・・?」
どう守るのか、それが知りたい。
ここ数日でこの2人の子供の行動を弓を扱う彼は思い返す。
自分勝手な割に遊ぶこと以外が適当なこの少女は友人のこととなると意外ではあるが行動力と決断力がある。
手段こそまだ掴めていないが命懸けで行動に移すことを風使いから聞いた子供が負ってはいけないような傷跡、そして咲ちゃんの話に、休憩こそあれ自身と同じ体重の友人を担ぎ弱音も吐かず歩き続けた精神力と脚力が証明している。
行き過ぎて異様とも取れるが。
「なるほどな」
賢かろうがアホであろうが結局は5歳児。
ただ安全な場所で平穏に過ごした子供であれば適当に流す事もできるのだろうが、彼女達の場合はそうもいかない。
ある意味、彼女からはまだ信用を得られていない発言が出たにも関わらず剣士と風使いも口出しはしようとしない。
小桜咲という少女は百聞を聞いて完全に理解してくれるだろう。もしかしたら十も必要ないくらい聡い。
をことぬしという少女はと言うと、驚くほどに真逆であり一見して手づかみで教えると良く覚えてくれる、野生児じみた子供である。
ではどうすべきか?
木々に重なっていた人影が揺らめく様に動き始める。
「的を頼んでもいいか?」
「久しぶりだな」
「はいはーい」
弓を持っているから弓使い。外見だけで判断するならばそれまでだ。
ではどう信用を得るか?
答え単純明解。実力を見せればよいのである。
木に寄りかかりながら座り込んでいた男は音も無く立ち上げり、その手には立てかけてあった弓をすでに左手に取っている。背中に背負った矢筒には木の矢が20本と何か細工が施されている鋼鉄の矢が2本。取り出したのは木の矢の方だ。
自身の身体の一部だと言わせるかのように静かに素早く、絹でも編むような繊細な指さばきで構える姿勢を取る。
彼の持つ弓は丈夫な木材を使用されている派手さの無い世間一般的な物ではあるが、手入れがしっかり行き届いており、使い込まれたその武器は彼を体現したかが如く艶やかで凛とした一品だ。
少女二人はその姿から思う事は違えど目を離さなかった。
木製の矢を番えてから構えるまでの動作は効率のみを目的とした無駄を省いた動作であり、的を狙うのではなく獲物を射る弓の構えだ。
弓使いに気を取られている内に剣士と風使いが手に持っていた何かを突然投げだした。
「え」
間の抜けた幼い声がポツリ。そこからが始まりであった。
まずは剣士が乱雑に横へ放り投げた黄緑色にも見えるボールのような物。雑に投げただけに球速が早く弾道はお構いなしに関わらず瞬く間に射抜かれ、木の幹へ静かな音を奏でながら刺さったそれは、食卓に並んでいた果物の1つであるナシであった。
もう1つはどこだろうか。風使いの投げた物は空高くに放り投げられたように感じ見上げてみたものの、夜の暗がりで見るのは困難だ。
だが探しているのは咲ちゃんだけであり、幹に刺さったナシを見ている隙に弓使いがいつの間にか音も出さず立ち位置が変わっておりすでに矢を番えている。目まぐるしく目で必死で追う中、焚火から離れた暗がりに2本目の矢が放たれ、何かに当たる感触、二度目の音。
弓使いは放った矢の先には、同じ木の幹にもう1つの矢が赤いボールを貫いたまま刺さっている。
もちろんボールではなく、リンゴと呼ばれる果物であり、どちらも果汁を垂らしながら綺麗に穴が空いていた。
「暗闇を見通す力はないが、影さえ見えれば射るくらいはできる」
「へい、お見事さん」
「キザっぽーい」
「・・・うるさい」
彼らが言葉をかけるまでもなく見事なまでの弓裁き。
もし仮に、修道院で彼のような弓使いがいてしまったら庇うまでもなくぬしちゃんは射抜かれていたかもしれない。素人にもわかる熟練の実力者がそこにいた。
「一応剣も使えるが、どうだ。これで少しでも信用してくれるだろうか?」
幹に刺さった矢を抜きに向かいながら放つ言葉は幼い2人少女に向けたものであろう。
語彙力の乏しい5歳の子供からしてみれば「すごい」の一言だ。遊園地のパレードのようにどこを見ていれば良いか分からない一連の出来事に緊張で息を呑むほどに驚いた。
朴念仁のぬしちゃんですら最中に「おお」と一応、驚いてはいたほどに。
そして、2人の少女は各々の感想を述べる。
「たべものであそんじゃいけないんだよ!!」
「をことぬし、それたべたいんだ」
「そっちかよ!!」
礼儀と食欲が実力より上回ってしまったようだ。
「ふ・・・ふふ。1本取られたようだ」
観点の違いが面白いのか静かに笑いながら矢に刺さった果物を持ってきて黒髪の少女に汚れを取りつつ要望通りに1本差し出し黒髪の少女は右手で受け取るが、そのまま空いた手と交代させ、空いた手を弓使いへ伸ばした。
「あおいおじさんがとったのは、2ほんなんだ」
「ぶっ・・・ふ、ふふ。ゃめてくれ、ふふ・・・」
「おじさんわらった!」
突如弓使いが笑いをこらえ切れずもう1本を渡せずにその場で蹲ってしまった。
すでに何を示すために行った武芸などお構いなしに無言でもう1本早く寄越せと手を出し続ける欲張りも出来上がっている。
「いや・・・何が面白いかわかんねーんだけど」
「変なとこでツボるよね、トンガリ」
つまらない劇でも始終眺めていたような感覚を覚えた彼らには伝わらない何かが弓使いにはわかるのだろうか。だが、ここまで弓使いが楽しそうに笑うのは珍しいのか、その姿に釣られて徐々に辺りが笑いに包まれていく。
眉1つ微動だにしない者もいるが。
果たして、2人の少女には彼らの実力が伝わったのだろうか。
少なくとも、何事も無かったかのように綺麗に細い空洞のできた果物を気にもせず齧り果せたぬしちゃんには伝わっていないであろう。
賑やかになった夜の闇は不思議と怖さが薄れていたことに咲ちゃんは気がついた。
彼ら3人は前まではこのような毎日を過ごしてきたのだろうか?
鎧や服の色は何か理由があるのだろうか?
好きな食べ物はどんなものか?
どんな友達がいるのだろうか?
どこまで、どんな話をしていたのだろうか?
おぼろげなまま、咲ちゃんはテントで横になっており夢の世界へと旅立っていた。
あの日、ぬしちゃんと歩いた夜の森の中とはまったく違う。
テントがあり、火の温もりもあり、人もいて、ご飯も食べれて、親友が寄り添ってくれる。
白髪の少女のトラウマなど拭いさってくれるには十分であった。
大好きな親友の柔らかな暖かい手を握りしめたまま1日目の闇夜が過ぎていった。





