14話 初めての野宿
実力を測るのは必要な事であり 相手を知るきっかけでもある
隠すつもりがなくとも 知らないだけで痛い目を見るのは
力に限らず 関係にも影響を及ぼす らしい
王国と出て歩きに歩いて、畑を越えた先には広々と見渡す限りに広がる平原や木々、霞んで見えるほどに遠くに見える山、目線を少し上げれば無限に続く青々とした空が世界を覆っている。
剣士、風使い、弓使い、幼い女の子2人が道、というには利用する者が少ないのか自然で満ち満ちて乾いた土や雑草ばかりであり、彼らが馬車も使わず土の上を進む様は文字通りの地道である。
道中アホの子が問題にならない問題を起こしこそしたものの、彼らは休憩を挟み順調に目的地である遺跡へと近づいてきている。
彼らが歩みを止めないように、昇りに昇ったお日様も少しずつ、少しずつ沈んでいき、薄いオレンジ色に周囲を照らすほどの夕焼けに辺りは照らされている。
そして、夕焼けに照らされるのは平原だけではない。そこには2つの影が向かい合う様に立っていた。
1人は日の輝きでさらに赤く染められた鎧を着込んだ男が右手に持った細長い木の枝を肩にかけるように構えている。向かいにいる小さな影に向けるその表情は面倒そうに額を緩めているものの、隙を感じさせないのは実力あってのものだろうか。
もう1人は・・・ちんまい。蒸れたのが気になったかターバンを被り直し黒髪が飛び出ており、後ろから見ればドングリに髭が生えたかのように、ちんまい。5歳の幼子が我が物顔で拝借した紙をシュルシュルと巻きに巻き、細長い針の様に形状を変え構えて・・・いる。一応。
その紙剣を細い右腕を天へと掲げている姿は、伝説の剣でも得たかのようであり満足げだ。その銅像のように変わらない表情も心なしか満足気だ。
各々の剣代わりに用意した得物を構えた姿を照らす影が傾くほどに伸びている。
突如、一陣の風が吹き荒れる。その風は自然と起きたものではなく人為的な物だ。
特に合図に決めていなかったが、好都合だ。
大きい影、剣士が動いた。雑草を乱雑に踏み歩く音を立てながら肩に木の枝を乗せながら対する相手へと向かっていく。
対する小さな影、ぬしちゃんは細い右腕を前に突き出し自作の紙剣を迫りくる男へと向ける。ハッキリ言って、リーチが致命的なまでに差があり、あまりにもあんまりな体格差だ。
歩いていたかと思えば男は前かがみの姿勢になり鎧を身に付けているとは感じさせない速度で一気に相対する相手へ距離を詰める。黒髪の少女の経験からだが、その動きは早くもないが、遅くもない。
素人の方がまだマシなレベルではあるが、どんぐりも、本人なりにではあるが、接近してくる男を身構えた。
そして二つの影が重なるころ、剣士は木の枝を振りかぶった・・・直後。
ぬしちゃんはすかさず自身を軸として右手に持った紙剣横へと向け、左手で支えるように防御の態勢を取った。
「はい負け」
「はぼ」
木の枝をしならせながら縦に降り下ろし、ただ前に丸めた紙を突き出しただけの出っ張った頭に叩きつけた。
直撃する寸前で加減を入れたためか、飛び出た頭に着けた帽子にやんわりとした感触をぬしちゃんは肌で感じ取る。
夕刻となり野宿の準備に目途がついた頃に、以前約束した剣士とぬしちゃんの行った剣劇ごっこが無残な結果に終わった。
剣士の彼からしてみれば、もぐら叩きに近いが。
「・・・をことぬしのまけなんだ」
「いやいや、だとしても無い。これはねーよ。上から来てんのに前に構えるとかアホか!」
「おったまげた」
彼が言う様に、あまりに酷い。
いや、一般の剣術もしてない5歳児からしてみれば実際普通ではあるが、咲ちゃんの言う黒髪の彼女が強い、それは明らかな過大評価だったのかもしれない。
剣士は屈んだ後、木の枝を指で摘まみ、雑だが先生が教卓で使うようなステッキの代わりとして使い、実力も歳も圧倒的幼いぬしちゃんへと教授しだす姿は面倒見のいい兄と出来の悪い妹のようだ。
「お前はまだちっこいんだから頭より上から大体来るっつーか、じゃねぇと当てられんないんだよ」
「ちっこい」
「お前らを襲ったっていう野郎もそうだったんじゃなかったか?あとは槍とか細っこいもんで突かれたり足を払われたりか。」
「おお、そうだったのか」
言われてみればと、ぬしちゃんが納得のいくような仕草をしだす。修道院で襲ってきた山賊に剣を縦に振りかぶって来た経験をぬしちゃんは思い返していた。
「んまぁ、どうやって撃退したかは後で白いのからも聞くけれど、とりあえず形だけでもしっかりしとけ」
そう言いだした剣士の男は今はどんぐりとなっている黒いのの背後にまわり、その細い両腕を右、左、それぞれ優しく掴み頭より上へと持ち上げるように微調整をしながら手の案内する。
「この位置がいいかもな。その紙で防げるわけねぇとは思うが、マジもんの剣を持った時だろうがお前の短い腕じゃ前に突き出しても意味ないんだよ」
「そうなのか」
「そうなんだよ。そんなこと、起きちゃいけねぇんだけどな」
大きくなったらだとか、仮に今この時に剣を持っていたらだとか、そういうのではなくついつい教えてしまうのは彼の父親が原因だろうか。問題に巻き込まれる彼女を哀れんだからだろうか。
何故かはわからないが、黒髪の彼女には教えてあげたくなってしまう。覚えてくれるかは彼女次第だ。
「テントとか準備終わったよー!」
「おわったよー!」
離れから残りの準備をしていた2人の女性の呼びかけがチャンバラをしていた2人の耳へと届く。
「おーーう!すぐ行くー!」
「いくんだー」
少しずつ夕焼けがオレンジ色から赤色へと塗り替わっていく。
「ほら行くぞ。まだ確認したいこともあるしな。」
「うん。たのしかったんだ」
「そ、そうか?・・・また教えてやんよ」
2つの伸びた影の手が重なり、野宿場所へと向かう。
明るい内に彼女たちの事で調べておきたい事がまだあるのだ。
野宿のためにテントが設置されていた場所は小さな林に囲まれており中々良い立地であり、風が多少強くても木々が守ってくれ防いでくれそうだ。平原のずっと遠くに見えた木々の一カ所である。
そしてテントを張る時の咲ちゃんのはしゃぎようは尋常ではなかった。
「おねえさんすごいんだよ!!かぜがね!ぶぉーってとんでってね!こうなんだよ!」
「でしょ!?どーよあたしの魔法すごいでしょ!」
「そうだったのか。すごいんだ」
地面が綺麗であればほぼ平らになりそうなものの、砂利や小石に折れた枝が邪魔なのが分かったのだが、風魔法を放ち邪魔な物を全て見事なまでに吹き飛ばしたのだ。
危ないからと弓使いに体を支えられ間近で見ていた咲ちゃんは大はしゃぎだ。空に星が見え始めるより先に白髪の少女の目が星となるほどにらんらんと輝いていた。
チャンバラの時に一瞬起きた突風は彼女の魔法の流れ弾に違いない。
「つーか、さっきの風こっちまで届いてたぜ?火力は無ぇのに力はあんだよな」
「使い勝手の良さだけはずば抜けているな」
煽てられる事に慣れていないのか調子に乗り始めた風使いを筆頭に姦しくもワイワイしている女性3人には聞こえないように男2人は褒めてるように聞こえない称賛の言葉を各々が述べる。
だが称賛は称賛。彼女の魔法のおかげで小石などにつまずくこともなくシートを敷くこともできテントも傾きを気にせず設置することに成功できた。
これくらいならば、と自力ですることもできるが彼女の魔法のおかげで手軽に片が付いた。
であれば、と。
「そんならまだ時間があるな。おい白いの!」
「咲だもん!しろいのじゃないよー!」
外に出ても変わらず白いのと呼び続ける剣士へとぶんぶんと手を大きく振りながら怒ってますよ、と愛らしくも効果のないアピールをしながらも咲ちゃんはお呼ばれに答える。
「確か魔法が使えるんだったな。今それを使って見させてもらうぜ」
「・・・ふぇ?」
剣士の言葉にクリンとした大きな目を点にさせ、呆けた小さな口から間抜けな声が漏れた。
------------
「嘘っ!?何が使えるかよくわかってないの!?」
「えっと、そーだよ!おばちゃんたちのまねしたりして、できたんだよ!」
女性特有の高い声で驚いたのは風使いか。
「ん?ってーと・・・。悪い、どういうこった?」
「ふぁぃう」
咲ちゃんは魔法を使ったことはあるが、なぜ使えたのか、そもそも使い方自体まともに教わったこともないのだ。
それがどういう意味を持つことになるのか?理解に及ばないのは咲ちゃんだけでなくぬしちゃんも恐らく同様、専門外の剣士も同じであり、専門家へと教えを乞う。
「・・・!ふふん、では魔法へと知識の深いあたしが教えてあげましょう」
「俺も説明ができるが?」
「ちょ!?邪魔しないでよね!てゆーか黙ってて!」
「冗談だ。調子に乗らずにしっかり説明してやれ」
「わかってるわよ」
いつも茶化してくる赤色にマウントを取れたつもりが青色に釘を刺され大人しくなる緑色。
咲ちゃんは魔法よりも先に彼ら3人の関係性を熟知してきた気がした。
弓使いの指摘で気を持ち直し、人差し指を立てながら全員に、主に2人の女の子に聞こえるように説明を始める。
「魔法はね、今わかってる物で4つの種類で分かれてるのよ」
「よっつ?」
「よっつなのか」
4つと言われ指で数え始め出す2人の幼児に弓使いが微笑を含めて言葉を挟む。
「4個、指4本分だな」
「そそ。その1つはあたしがさっき使ったのは魔術って言われてて、言葉を使って放つ魔法なの」
魔術とは。
言葉に魔力を乗せ発動させる魔法の1つである。条件としては魔法文字に対する深い理解と才能に左右され、簡単な物であれば一般人レベルでも習得することができ、専門の学院で学ぶことができるのもほぼこの魔術だ。
相性もあるが火、雷、風、土、水の5属性を扱う事ができ効果は様々。
咲ちゃんが過去に勇者と呼んだ青年の使った印術が身体を使って発動させる物なら、こちらは魔力を乗せた言葉を使って発動させる物であり、イメージとしても正に魔法使いという感じだ。
そう、言葉を発する事で発動させるのが魔術なのである。
「ってことは・・・奇跡か!まじかよ」
「そうゆうことだよね」
「なるほどな」
そこまで説明が済んだところで弓使いは元より魔法についての理解の遅かった剣士も合点がいったようだ。
奇跡とは信仰対象に祈る力、端的に言えば心の強さから生まれるもの・・・と言うだけならば簡単だが、実際には神に祈らずとも使えたり、素質をあっても使いこなすに至らなかったり、力を授かるタイミングもカンによるものが多く、使える者も少ない。
他の魔法と違い光の属性を扱う事ができるが、努力や才能だけでは得難い魔法であり、術とも言えない謎の多い魔法だ。
「きせきなのか」
「そっ。奇跡。たぶんサキちゃんの使ってたのはこの魔法ね」
風使いがそう答えるや否や杖を一度足元へと置き、肘を大きく眼前へと伸ばし手の平をかざす。咲ちゃんとぬしちゃんはその姿に見覚えがあった。
声を使わずに手の平の前に琥珀色の壁が浮き出た。
が、壁と言うより膜のように薄く修道院のシスター達と比べると色が透き通り過ぎているようにも見える上に、叫びもしていない。心当たりがあるように咲ちゃんはその膜を目掛けて指差した。
「これは『守護の奇跡』っていうのよ。何かを防ぐ時に使えるのよ」
「それしってる!じゅもんはいわないの?」
「あたしはそういうの無いけど、気持ちの問題なんじゃないかな?」
「そうなんだ!」
確かに声に出した方が気合いは入るような・・・。二人三脚の掛け声のような物なのだろうか。
「っていうか・・・あたしこれ使えるようになったの去年なんだけど。とりあえず、サキちゃんもやってみて」
「う、うん」
「ファイトなんだ」
白髪の幼女が小さくて細い両腕を前に出す。シスター達を守ったあの時と同じように。
「えぃ!!」
めいいっぱいの力を込めた全力の発声、とはいえたかが5歳児の全力。勢いで目も瞑っており考え無しで行っている事が様子を眺めていた剣士と弓使いは手に取るように分かるほどだ。
剣士は何やってんだかと若干呆れ笑いをしかけたが。
瞬間、琥珀色の分厚くも鈍い輝きを放つそれは現れた。
「ゔっ・・・そでしょ・・・!?」
「すげぇ・・・!」
「・・・驚いた」
「すごいんだ」
咲ちゃんは心で思うがままにお願いをした結果、思いのほか簡単に出すことができたそれは、修道院で発動させてみせた城壁のように安心ができる光の壁であった。
となりで、恐らく同じ奇跡を発動させている風使いと見比べてみるが・・・。
「トンガリ、俺たちの考察は外れちまったみたいだな」
「・・・確かに、そのようだ」
咲ちゃんの城壁とも言える魔法は範囲も広く10人横に並んでも大砲からの砲撃ですら防ぎ切りそうなほどに分厚く堅牢である。
風使いのは、まあ、正直言ってしまえば教会にいる一般の信徒の方がまだ厚い壁を展開させることができるほどに薄っぺらい。
男2人が導き出した考察とは。
「胸の大きさは関係ねぇみてぇだな」
「間違いない」
豊満さは魔法の出力に関係ない事が今年で18歳になる女性と女児を用いて立証された。
「うるっせぇのよっそこ!!!」
「んがぐゅ!?なんで俺だけなんだよてめぇ!!」
「ふぇ!?」
その膜のように薄い尊厳を片手で覆い隠し足元に置いてあった杖を全力投球し見事 どちらかと言えば憎たらしく見えた赤い方に的中した。
突然の怒号と衝撃に驚いて咲ちゃんの壁が解いてしまった。
「おじさん」
いつの間にか弓使いの座っていた横隣りで微動だにせず立ち尽くしていたぬしちゃんが直撃を免れた方へと顔を向けている。
「おじさん、しっけいである」
「そーよ!失敬!失敬よばーか!!」
「し・・・す、すまん」
いつもぼーっとしている幼児から女性的観点から見た正論を解かれ、風使いからの追撃も受け弓使いは謝罪をせざるを得ない環境に陥ってしまった。
「いや、まて」
「はぁ?何よ」
今何を言ってもその薄い尊厳を貶された彼女の癪に障るであろうに、杖がぶつかった鉢金ズレの確認をしながらぼやく剣士が余計な事を思いついたように声に出す。
「もしかしたら将来を見越してるのかもしんねぇ!」
「え!咲おっきくなれる!?」
「さきちゃん、ないすばでぃになれるのか」
「ないすばでぃとは・・・?」
ここに火山があれば噴火でもしたのだろうか。
彼女の得意な魔法を考えれば台風であろうか。
「小さいって決めつけんな!!あたしだってねぇっ!?」
「うわやべっ」
眼には涙がにじみ出てきているようだ。子供達が来てからは薄まってきてはいるが眼の下の隈も相まって般若や鬼を思わせるかの形相で台風が巻き起こる。物理的に。1人に集中して。
すっかり辺りの日は落ち、台風も過ぎ、咲ちゃん達の初めての野宿が無事に始まった。
5000文字前後でがんばってみます





