13話 大きな寄り道
なぜ彼らは裏道を進むのか なぜ自分たちを隠すのか なぜ嘘をつくのか
その裏には何かがあるのだろうか
仮に本であれば 開いて表と裏を同時にさらけ出せるけれど
肝心の中身はうつ伏せのまま 表と裏に隠されてしまう
大人って大変そう
日の出の明かりに照らされ始めた王国の街並みは、静かの一言だ。
剣士ら大人3人、咲ちゃんとぬしちゃんの5人は貸家の扉を開け、王国の東にある大門へと足早と向かっている。
足早とは言うが、5歳児の歩行に合わせているため普段の彼らの速度と比べれば僅かに遅い。
ソワソワ、コソコソ。音で表すならこうか?
まるで何かに見つかってはいけないかのような、そういう足早だ。
「よーし、狙い通り人通りはまだ少ねぇな」
石畳で舗装された大通りを歩かず、家屋や店の影になっている細道を優先して先頭を進む赤き鎧に身を包んだ剣士が進んでいく。
「衛兵の人がいるけど、まだ大丈夫・・・かな?」
赤い鎧の後ろには緑のローブ、杖を焦げ茶色の布で背中へと巻き付けた風使いが何かに少し怯えた様子で続いて歩いていく。
「ぼうけんだね!」
「ぼうけん」
さらに後ろには目線を少し下げないと頭が見えない子供が2人並んでアヒルの子のように遅れないようについてきている。
いつもの園児服ではなく、遠目から見れば体躯が他三人と比べ場違いなほどに小さい体躯にほぼ茶色一色の姿は、まるでドングリが足を付けて歩いているようにも見える。何せ頭のターバンのような帽子で髪も隠しているのだ。そう思っても仕方がない。
「下手にキョロキョロするな。怪しまれるぞ」
若干挙動不審になりつつある1人に指摘をするのは最後尾にいる青き軽装鎧でまとまっている弓使いだ。
道順を間違えないか。仲間が手抜かりをしないか。子供がはぐれないか。
見るべきものが増えた彼の声は、ややキツイ。
裏通りを歩き、ずっと歩き、大通りと繋がり出ては歩き続け、衛兵に近づく時は2人の幼児の壁になるように誤魔化して歩く。急ぎ早に。
咲ちゃんは想像の中でしかないが、まるで泥棒のように歩く三人に疑念を抱き始めた頃には東の大門が目の前に見えていた。
「おっきーい!」
やはり大きな門と言うだけあって、でかい。
近寄るほど大人であっても全貌は見上げなければ見る事はできないであろう。
遠目でもわかる年季の入った石レンガの塊に、木材と金属で作られた大きな横開きの扉はまさに国の扉と言うだけの物であり、圧巻の一言。
遊園地でなくてもこんな物がちゃんとあるのかと、改めて見た咲ちゃんはその大門のように空いた口が塞がらない。
同時に、内側だからかもしれないが雰囲気が以前に見た大門と違うようにも咲ちゃんには見えていた。
もしかしたら、前にぬしちゃんと見たのは西の大門だったのかもしれない。
大門の近くには巡回している者を除いて、西門と同じように衛兵が2人門番を務めていた。衛兵はどちらも全身を鈍い輝きを放つ鉄の鎧で身を包んでおり丈夫な槍を杖の様に地面へ突き立てている。
東門へと5人が近づき兜でわからないが、こちらへ顔を向けたであろう衛兵に剣士は手を上げて、風使いと弓使いは会釈、咲ちゃんは剣士を真似たのか腕ごと天高くあげて挨拶をし、さらによくわかっていないぬしちゃん天を貫くが如く両腕をビシッとあげ、その姿は空をも飛ぶ勢いだ。
子供の元気で挨拶にしては突き抜けている挨拶に笑ってしまいそうになりつつも衛兵が挨拶を返そうとした。
「・・・?少しお待ちください」
が、何かに気づいたか。衛兵が5人へと声をかけ止めてきた。
「何か、問題ありましたか?」
一体誰の声色かと咲ちゃんが声のする方に顔を上げれば、剣士のものであり驚いた。初めてお弁当を届けるため職場へで見たお父さんのような口調変わりである。
「いえ、子供を2人も連れてまでどこへ向かわれるか気になりましてお引止めいたしました。お答えいただいてもよろしいでしょうか?」
「この子たちに外の世界を見せてあげようと思いまして。塀の中だけだと窮屈ですしね」
剣士は間も置かず衛兵へと笑顔で答える。咲ちゃんはこれにもまた驚いた。普段の粗暴さが皆無であり、これがお母さんから聞いた営業スマイルというやつなのだろうか。
「そうでしたか。山賊が捕縛されたとはいえ、外には獣などの類もおりますし危険はありますからね。それと・・・」
衛兵の視線が子供2人へと移り、続けて話す。
「実はちょうど・・・その子達くらいの女の子が2人行方不明になっておりまして、心当たりはありませんか?」
行方不明。その言葉を聞き誰かが思いつく前に、剣士がぬしちゃんを、一番後方にいた弓使いが咲ちゃんを抱え上げた。ここ数日だけではあるが、最初に出会った頃よりも慣れた手つきではあるものの、突然の事に咲ちゃんは驚いてしまった。
相方は相変わらずの仏像面だが。だが風使いはその行動で何かに気づいたのか、表情を緩まったかのように見える。
いつの間にか、反対側を陣取っていたもう1人の衛兵も近寄っていた。
「この子達ですかい?実は俺の兄貴と嫁のせがれなんですが、家で預かっているだけに飽きちまったみたいでしてね。せっかくなんで近場でキャンプでもしようかと考えたんですよ」
剣士の言う事がどれもまったく心当たりが無く、否定しようとした咲ちゃんに シッ と弓使いに人差し指で小さな唇を抑えられた。
「それにこいつは男の子ですぜ?ほれ、しっかり挨拶しな」
「あいさつ。おはようなんだ」
ええー・・・。
心情を言葉にするならこうか。白髪の幼女の顔が物語っている。
「え!?男の子、でしたか。これは失礼しました!いやはや子供はどうも見た目で判断できませんね」
「はっはっは!そうですよね!自分も預かった時に気づかなくて、気を使って風呂に入れてもらったら付いてたんですよね!」
「そうなのか」
さっきから言っていることにまったくついていけない。というか、ぬしちゃんは女の子だ。お風呂に一緒に入っているからこそ咲ちゃんにはわかる。
付いてるとは、男の子の・・・とにかく、ぬしちゃんには付いていないのである。
だが、何か意味があったのかは衛兵達の様子をみれば明らかであった。1人が帳簿のような物を取り出し確認を取り、結果が出たようだ。
「そうですね・・・。さすがに服を脱がすなど・・・いや、お引止めして大変失礼いたしました」
「気にしないでください。にしても行方不明ってのは物騒ですね。どんな特徴か教えていただけますか?」
「はい!5歳の女の子が2人、髪色は黒と白、黄色のキャップ、ピンク色の服、チェックのスカートに靴と、かなり高価な服装をしていたようです」
「そうですか」
そこまで話すと、衛兵2人の様子に変化が起きる。
「3日前に街中を物凄い速さで走り回っていたところを目撃した者は多くいましたが、それ以降音沙汰がなく・・・今も、捜索中であります」
「不逞な輩に誘拐されてしまったのか、誰かが匿ってくれたのか・・・。後者であることを、切に・・・願っております」
「そ、そうか・・・」
行方不明の子供の事を離す衛兵は拳に力がこもったためか帳簿が震え、地面へ突き立てている槍も悟らせないようにしてはいるが、カチャカチャと音を聞こえてくる。
その音は未だ子供を見つけ出せてない自身の力の無さを嘆いているかのようだ。
「・・・っと、俺らも何かわかったらお伝えします。」
「お引止めして申し訳ございありませんでした!あなたたちの武装であれば十分でしょう!お気をつけて!」
話を終えたのか、衛兵2人は大門の端、話す前に立っていた場所へと戻った。
「カチカチのおじさん」
が、足を止め、急ぎ大門の外へ出ようとする5人へと振り向きなおす。
「カチカチ?・・・ああ!鎧のことですね!どうかなさいましたか」
ぬしちゃんが引き留めたのだ。
表情こそわからないが、子供に話す声色で衛兵の1人は聞き返す。
引き留めたのが想定外だったのか、ぬしちゃんを抱えたままだった剣士の額に焦りの色が見える。正確には、咲ちゃんとぬしちゃん以外三人ではあるが、誰かが気付いた様子はない。
一体何を言い出すのか?
「おじさんは、こわいのか」
「・・・!怖がらせてしまったかな?自分も未熟ですね」
「そうなのか」
「ははは!・・・そのようです」
衛兵はターバンのような帽子を付けた幼い子供を相手に素直な言葉で返す。衛兵の意外にも素直な発言に三人組は目を見開いた。特に風使いと剣士は驚いた様子であり、まるで見た事もない物を目の当たりにしたようであった。
「いなくなったひとが、みつかるといいんだ」
「はい!もし見つかりましたら、お友達になれるかもしれませんよ!」
「おともだち」
「お、おう!そうだな!よし行ってきますぜ!」
「応援ありがとうございました!」
話を切り上げようと剣士がポンポンと抱えているぬしちゃんの頭を軽く叩きながら大門の外へと歩き始めた。
慌てているのか普段の口調が混ざってしまっているが、衛兵は気にせずお礼の言葉を述べて見送る体制を整える。
先頭に続き、始終下手に喋らないように気を付けていた風使い、咲ちゃんを抱えたまま再度会釈をする弓使いが大門を進んでいく。
王国を背にし、五人は日の出のように晴れて、外へと出ることができたのだ。
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抱えられたまま王国の外へ出た咲ちゃんとぬしちゃんの目に映ったのは、なんとも牧歌的というか、見渡すばかりに植物が生い茂っており匂いも空気も何もかも王国内と違っていた。
日の光に照らされた畑が見え、畑を越えれば草むらにわずかに舗装された道が見え、少し先には川も見え、遠くには木々が生い茂っているのが見える。
人の手を借りた畑の先には自然しか見えない。おじいちゃんの家の周りですらここまでの、なんというか、手の込んでいない豊かさであろうか?手を掛けてはその豊かさを含んだ匂いを嗅ぐことはできないであろう。
悠久へと続く平原が、森が、山が、空が、透き通った景色を目の当たりにできたのだ。
だからこそ・・・。
感動とは裏腹に、ここが本当に日本ではない事を改めて実感することもできてしまい、まるで寂しさに胸の奥でギュっと掴まれたかのような感触に、咲ちゃんの瞳が涙に負けそうになる。
「あああーーーーー!!焦ったわマジで!緊張するわあんなもんちくしょー」
雑音が聴こえてくるのは先頭を歩く剣士の方からだ。肩の荷を降ろすが如くぬしちゃんを地に降ろしている。
「サキも降ろすぞ」
「う、うん!」
ただ、その大きな声に救われたか、涙も引っ込むと同時に咲ちゃんもゆっくりと地面へと降ろされた。
「ほ、ほんとゴメン。あたし息が詰まるかと思った」
「気にすんな。気持ちのいいもんでもないしな」
「サキ、黙らせるような真似をしてすまなかったな」
「咲はだいじょうぶ・・・」
「ふぁぃう」
周囲に流れるそよ風のように息つく五人。
後ろを振り返れば大きく見えた大門も今では小さく見えるくらいは歩いていた。
周りには彼ら以外には誰もいない。
「でも・・・おにいさんは、どうしてをうそをつくの?」
「いや、それは」
「うそはいけないんだよ!」
怒ってはいるのだろう。その愛らしい顔では迫力に欠けているが、幼くも芯のこもった叱咤に大の大人が牽制されてしまう。
小さな頭の中で気になる事がいろいろあるが、咲ちゃんは嘘があまり好きではなかった。
『サンタさん』
『遊園地に現れる大きなキャラクター』
『テレビでよく口喧嘩をしているスーツを着た偉い大人たち』
『朝になると車の上に乘ってメガホンで話している偉そうな大人たち』
お父さんや先生に聞いてしまえば、騙されてばかりで咲ちゃんは嫌になってしまっていた。
幼稚園のクラスメイトの男の子たちもよく嘘ばかりをついてくる。『大きな化け物を倒した事がある』など、全部ゲームの話であり、それをまるで自分自身がやったように皆に自慢をするのだ。
咲ちゃんは赤い鎧をまとった剣士を信じているが、そんな彼がどうして嘘ばかりついてるところを見て、心配になってしまった。
自分たちの家を探してくれるのも嘘なのではないかと。
「ね、ねえ。もうさ、話してもいいんじゃないかな?」
「リーダー、元はと言えば俺たちが蒔いた種だ。この子達には聞かせるべきだろう」
どちらを庇ったわけではない。風使いと弓使いがリーダーと呼ぶ男が彼女らへと顔を向かずに話しかける。
「確かに、嘘はいけないわな。悪い・・・って今日で何度子供に説教されんだよ、俺」
「あたしたちも、よ」
勘弁してくれ、と片腕を上げ手のひらをプラプラとさせながら話す剣士に風使いがフォローに入る。
その様子をずっと眺めていた咲ちゃんとぬしちゃんに弓使いが代わって答えを返す。
「嘘をついてすまない。歩きながら話そう」
「・・・うん!」
「うん」
立ち止まっていた五人は子供の歩幅に合わせて前へ進み始めた。
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三人から聞いた話。
ぬしちゃんから貰った金貨と言われるお金を使ってしまい、そのお金を返すために稼ぎに行くところであること。
自分たち院長さんたちの所に返した時にお金が無いと、三人が捕まってしまうかもしれないこと。
さっきの衛兵さんたちは自分たちを探していたこと。
それで自分たちを隠すようなことをしていたこと。
ぬしちゃんが勝手にお金や宝石を持ち出したことを思い出し、咲ちゃんにもなぜ嘘をついているのかが理解ができた。
でも・・・
間違えた事をしたのなら謝れば済むのではないのか?
謝っても済まないのが、大人なのだろうか。
嘘は好きじゃないし、気づいた時は嫌な気持ちになった。
けれど。
ぬしちゃんが勝手に抜け出して、勝手に物を持ち出したのが一番の問題なのだ。
自分よりもそれがわかっているはずなのに、ぬしちゃんのせいには一切しない彼らを、咲ちゃんは嫌う事ができなかった。
勝手に出てきてしまったのは自分もなのに。
大人って、よくわからない。
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王国から歩み始めてから1時間が経過した。
「ふぇ・・・ふぇぇ・・・」
「おーい、もうばてたのか?」
咲ちゃんの歩みが格段に遅くなっていた。
今では風使いの手を繋いで歩いてはいるが、それでもペースが遅い。
咲ちゃんどころかここにいる誰よりも圧倒的に荷物や装備により重量が重いはずの剣士の男から一声を掛けられてしまう。そんな彼は余裕そうに変わらず先頭を歩き続けている。
「ちょっとー!まだ子供だし仕方ないでしょ!」
「いや、黒いのは平気そうだろうが!」
咲ちゃんと手を繋いでいた風使いが剣士に女々しくも空いた手を振って剣士を大声で怒鳴る。大声で話すくらいには先頭と距離が離れているのだ。
黒いのと呼ばれたぬしちゃんはいつもと変わらない表情で咲ちゃんの横を歩いている。
確かに平気そうだ。
「とはいえ、この遅れはよくない。俺とリーダーは背中に荷物がある、任せた」
「ってちょっと!?あたし、そんな力ないんだけど!」
「荷運びで鍛えた腕があろう。がんばれ」
「たった一日で肉付くか!!」
一方後方で風使いに雑な提案をするのは弓使いか。筋力は無くとも騒ぐ元気は十分だ。
「ふぇ・・・咲、まだ、がんばれるよ・・・!」
などとは言っているが、限界が近い。
咲ちゃんは幼稚園ではぬしちゃんとよく遊んではいるが、折り紙や積み木、絵本を読むことが多く、言ってしまえばインドア派であり、身体を動かす遊びは得意ではない。
家ではお父さんの読んでいる本を見ていたり。お絵描きやおままごと、テレビを見て過ごす事も多く、外に出ても過保護なお父さんが抱っこをしてくれ、心配症のお母さんが車を出してくれ移動をするのに苦を感じたことがなかった。
ほかの子供と比べても頭が回りが早く賢いが、ぶっちゃけ運動能力はド底辺に近い。生まれたての子亀の方がまだ褒められるレベルに。
むしろ、夜の森でモンスターと呼ばれる化け物に襲われた時は走れただけでも奇跡だ。二度と味わいたくないが。
「えーーーっと・・・あーもう!」
「なーに渋ってんだ風っ子!」
頼りないが何とかしたいのか。もたつきだした後列に発破をかける声が先頭から聞こえてくる。
「をことぬしがおんぶするんだ」
そんな中、咲ちゃんをまたいで風使いとは反対方向から提案と言う名のボールが飛んでくる。
ぬしちゃんからだ。
「え!?いや!無理だって」
「だいじょうぶ」
5歳児が5歳児を運ぶ。
子供だからといって、平均でも17キロはあるはずであり、それも女の子が運び続けるなど到底無理な話では?
その判断を切っ掛けに決起しだした風使いが飛んできたボールを投げ返した。
「えっと、ほら!やっぱあたしが運ぶし!これでも30キロもある荷物持ったし!余裕よ!」
「おねえさん、よわそう」
弱そう。たった4文字の言葉。
「んっ・・・がっ・・・!?」
しかし、言われた相手にしてみればその言葉は剛速球そのものであり、か弱いであろう女性の心をプライドごとボロ屑の如く、容易く、砕き、粉砕した。
「ぶっ!あは、あーーーっはっはっは!!や、やべえ腹いてぇ!」
「・・・っふ。ふふ・・・」
前門の爆笑、後門の含み笑いに挟まれバットどころか心すら圧し折らんばかりの幼い言葉に風使いはその場に崩れ落ちた。
「ぬしちゃん、いいの?」
「うん。をことぬし、がんばる」
笑いと嘆きの渦の中、ぬしちゃんは気にもせず おんぶの態勢に入り、咲ちゃんがその小さくも頼りになる背中に体を預けた。
その姿はドングリが二つ重なったかのようだ。
そのまま立ち上がり歩き始め、大笑いをしていた剣士の元まで苦も無く辿り着くぬしちゃんを見て、一同は文字通り見直した。
「うお、すげぇな。・・・無理すんなよ」
「うん」
できるのならば茶化す理由はない。安心したのか剣士は子供に負けじと先頭を進む。
「へこんでないで俺たちも進むぞ」
「・・・ふぁい・・・」
さすがに涙目になっている弱そうと言われた女性を可哀そうに思ったか、弓使いが手を貸し立ち上がらせる。
「あたし、だっで、がんばるし・・・」
「・・・すまん」
涙目というか、泣いている。さすがに笑ってしまったのは大人気なかったか?
5歳児に泣かされる方もどうかと思うが。
一人の女性のプライドを犠牲に、問題は解消された。
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ぬしちゃんが咲ちゃんをおんぶしてからさらに1時間。
さっきまでの遅れを取り戻す勢いで、驚くほど彼らの歩みは速い。
周囲には平原が広がっており、遠くに見えていた森が少しずつ近づいているようにも感じてきた頃合いだ。
最初こそ心配になり後ろの様子を流し目で確認していた剣士ではあったが、今では前方に集中しながら目的地へと進んでいる。
歩幅に差があるはずなのに気を抜いたら追い越されそうなほどにぬしちゃんのペースが速いのだ。
「ぬしちゃんだいじょうぶ?つかれてない?」
「だいじょうぶ」
咲ちゃんの心配が必要ないほどの体力だ。息切れもまだしていない。
以前、森の中で同じように負ぶってもらった時にぬしちゃんが疲れているのをその背中から聴いて、見て、知っているのだ。
だが、それは勘違いであったことに咲ちゃんは気がついた。
慣れない森の中、視界は月明りだけの暗い夜。恐ろしい速度で化け物が追いかけてくる上に、足は草木で切り傷だらけ。そんな中で同じ体重の子供を負ぶって全速力で走る。
そんな悪条件の塊さえ無ければ、これほどの体力があるのかと。
「ぬしちゃんって、やっぱりすごい!」
いつも思ってはいるが、言葉にハッキリと伝えたくなった。やっぱりいつもぼーっとしている親友は頼りになるのだ。
「まだ子供だっつーのに、どういう原理だよ」
「?げんりってなーに?」
咲ちゃんの声に反応してか、1時間前と比べ距離が狭まっている剣士からの聞いた事のない言葉にドングリの上の方が興味を示す。
「原理ってのは、あれだ。どういう体の仕組みになってるかってことだよ」
「をことぬしは、をことぬしでできている」
「あー・・・はい」
ドングリの下の方の口ぶりから銅像からの説法の二の舞になりそうだと判断し、剣士の名に恥じないように話を切り上げる。
「そういえばさー、サキちゃんたちの着ていた服ってどこのブランドなの?糸でできてるのにツルツルしてて綺麗だよね」
「ちがうよ!ようちえんのおようふくだよ!」
「あの恐ろしい教えの・・・」
ぬしちゃんに続いている風使いの女性らしい着眼点に咲ちゃんが体が傾かないようにゆっくりと顔だけ向けて返答をする。
一番後方にいる男は何かを勘違いをしたまま思考を巡らしているが、それに気づける者はここにはいない。
今はドングリのように森の子のような服ではあるが、元々着ていた園児服は2人分風使いの部屋のタンスの中へと閉まっていた。ブランドなど、お母さんが持っていたようなテカテカした立派な物だとは咲ちゃんは思っていない。
黄色い帽子、ピンクの長袖にチェック柄のスカート、ネームは咲ちゃんだけで、外履きの靴が2人分。
「・・・・あれ?」
何かが頭で引っかかった。同じように見える絵が2つ並んでいる中で間違いを探している。そんな引っかかり。
それもすぐに終わる。ぬしちゃんと幼稚園からでる時のことだ。
「ぬしちゃんって、ようちえんにいたとき、おくつはいてたっけ?」
「む」
そうだ。ぬしちゃんは幼稚園で外にいる時も靴をつけていなかったはず。最近目まぐるしく環境が変わっていて、おかしい事に見落としていた。
ぬしちゃんは歩きながら自分の足元へ見る。そこに映るのは土と自分の足だ。その細い足には弓使い達が用意してくれた茶色い靴を履いているが、そうゆうことではない。
「・・・くつ、なかったきがするんだ」
「えっと・・・あれ?」
ぬしちゃんは幼稚園ではいつも裸足であり、幼稚園を出る時もそのままだ。
いつ、靴を履いたのだろうか?
が、幼児2人は気づいたものの、どうゆうことなのか?自分たちは何が知りたいのか?だからなんなのか?
ただ疑問が増えただけだ。
真っ直ぐと歩けているはずが、ドングリな2つの頭の中はぐるぐると回りだしどっちも眉を曲げ、眼が細まりだす。
「なに?どしたの?」
「どうした?」
不安になった後ろの二人にノタノタと歩き出したドングリがぶつかりそうになった。まさか疲れたのだろうか。
その直後。
「はぼっ!」
突如ぬしちゃんが奇声を上げ、覚醒した観音様のように瞳孔が極限まで開かれた。
「え!?ちょ、な、なに!?」
「ふぇ!?」
「どうした!?」
「お、おい?」
聴きなれないアホな奇声に前方、後方、背中から驚愕の声が漏れたと同時だろうか。
ダダダダダダダダダッ!!
ぬしちゃんが真っ直ぐにドタドタと走り出した。その動きは自身と同じ重さを担いでるなどと到底思えないほどに俊敏であり、地に連打するかのような足音と共に状況が全く読み込めない剣士を通りすぎてゆく。
「ふぇええええ!!!??」
またなのか。
さっきまでの考えがドタドタ走りに吹っ飛ばされてしまい、諦めに近い気持ちが咲ちゃんの胸に芽生えていた。
「はぁ!?おいこら!おいばか!!おいとまれ!!」
見逃すわけにもいかずすぐさま剣士が追い掛けだす。しばらくは一直線ではあるが、アホに道案内などできるわけがない。
「なに!?走るの!?」
「道だけは外させるな!」
続けて風使い、さらに続いて弓使いが急ぎ剣士に追いつかんばかり走り出した。
幸いにも辺りに背の高い草などもなく、道もまだ目に見えている。
「おい!!まっすぐ進め!!|間違えんなよ!!」
重装備で全力疾走しながらの雄たけびにも聞こえる大声に返事こそ聞こえないがとりあえず重なった茶色いドングリ2つはまっすぐに進んでいる。
「なんで走るんだよあのドングリ!!」
「もしや、何かの力か?解明せねばなるまい!」
「ちょっと勘弁してよ・・・!!」
大人たちの注意や思惑を他所にぬしちゃんの走りは止まらない。
突然の疾走に驚いたものの親友の背を借りて駆け抜ける平原は、なんとも新鮮であった。
「ぬしちゃん!どうしてはしるの!?」
「・・・わかんないんだ」
「わかんないのに!はしるの?」
「わかんないから、はしるんだ」
一体何を考えたのだろうか。さっきの話で何かを思いついたのか、思い出したのか。
だからって、なんで走り出すのか。
なりふり構わず、たぶん、全力で走っているはずなのに少しずつ離れていく後ろの三人への申し訳なさに咲ちゃんが気付くまで、ぬしちゃんの進行は止まることはなかった。





