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異世界転生 ツイン園児ぇる  作者: をぬし
第二章 未知満たす冒険
16/128

12話 大人は仕事 子供は冒険

何をするにも準備が必要だ

目標 仕事 何でもいい  

人は心を整理して 挑むのである


「・・・んー・・・ふぁあ・・・」


 小さな窓から薄っすらと光が差し込む。か細い光に照らされた小さな体が目をこすりながら体をゆっくりと起こす。

 両腕を大きく広げ伸びをしてちょっと運動。これをすると起きた感じがして気持ち良く起きれるのだ。


 ベッドの壁側から聞こえる静かな寝息のぬしちゃん、扉側から若干うるさいイビキをかいている風使いのお姉さんがまだ夢の中だ。


 今日はお外、そう!冒険に出る日だ。思い出すだけで胸の辺りがウキウキしてくる。

 気持ちよさそうに眠っている2人を起こさないようにゆっくりと四つん這いで移動しながら中央から抜け出す。


 ベッドから降りてガチャリと扉を開け、リビングの先にはソファの影になって見えないがまだ眠っている剣士の・・・たぶんお兄さんと、今起きたばかりの弓使いのおじさんが床に座ったままテーブルに置いてあったボトルを使って乾いた喉を水で潤していた。近くの床には弓も置いてある。


「おはようおじさん!」

「おはよう。サキは起きるのが早いな」


 他の2人と違って冷静でお母さんがよくテレビでキャーキャー言ってる人のような人だけれど、ここ数日で咲ちゃんは気づいた事があった。


「おじさん、ねぐせたってるよ」

「む・・・今起きたばかりだったからな。カッコがつかないかもな」


 ちょっと抜けているところを垣間見せてくれてホッとできる。()()()はあの人達とは違うのだ。


「寝ぐせならサキも負けてないぞ」

「あ・・・ほんとだ!」


 抜けているのは咲ちゃんもであった。ウサギの耳のようにピョンと立っている自身の髪に触れ気づいた。


「洗い場にいって顔を濡らしてこい。終わったら3人を起こすぞ」

「う、うん」


 会話は終わったとばかりに残った水を飲み終え、コップをテーブルに戻しても、行動に移らない咲ちゃんに弓使いが気付く。


「どうかしたのか?場所は覚えてるだろ」

「え、えっと」


 この子は聡いと判断しての弓使いなりの信用しての言葉にどう感じたか、咲ちゃんは言葉にできないでいた。

 弓使いは片膝をついて座ったまま咲ちゃんの方へ体を向け、眼を合わせもう一度離す。


「しばらくはここには戻れなくなる。気になる事があるのなら今の内だぞ」

「う・・・うん」


 持ち物の事か、行く場所が気になるのか、それとは違う何かか。

 相手が子供だからではなく、相手の思考が自身の判断では想像つかない時は流さずに必ず本人の口から聞くのが元衛兵の性分だろう。

 弓使いにしてみれば普通の事だと思ってはいるし周りからしてみても判断として間違ってはいないが、子供からしてみると少し圧が強くて声に出すのがちょっと怖い。


 咲ちゃんは喉から勇気と一緒に絞りだすように弓使いに確認する。


「おじ・・・さんは、ぬしちゃんにひどいことしない?」

「・・・?どういうことだ」


 話の意図が見えず、弓使いは胡坐(あぐら)をかき考える時の癖なのか腕を組み始め、目をつむり今までの自身の行動を思い返す。

 が、ぬしちゃんに関係することで心当たりが思いつかない。

 そうとくれば、と弓使いは可能性がありそうだと判断したことを咲ちゃんに確認する。


「もしや、俺の顔が怖い・・・とか、眼が怖いとか?それか遊び相手が欲しければ、すまん。慣れていない」

「え、えと、それはだいじょうぶ!たぶん」

「そうか。では、何かあるのか?」

「だいじょうぶ・・・かも、だけど」


 外見か素行、どちらもハズレだ。少なくとも咲ちゃんの緊張は否定と同時に多少吐き出せたようで、弓使いはその小さな口から出される言葉を待ち構えた。


「おじさんは、()()をつかってひどいこと、しない?」

「・・・!」


 冷静な、冷静そうな弓使いではあったが、覚悟をしていた言葉にも関わらず胸の奥に痛痒する何かが起きた。

 風使いの話と己の配慮の無さが頭に巡り、咲ちゃんの意図が手を取るように理解をするに至った。


 親友を打ち抜いた物と同じ武器を持っている自分が気になって仕方がないのだ。

 慎重に、だが急ぎ姿勢を正し 正坐(せいざ)になり子供にも伝わる真摯な姿勢で弓使いは話す。


「安心してほしい。そのような下衆(げす)な事は絶対にしない」

「・・・ほんと?」


 咲ちゃんの疑念を晴らすように、優しく、心からの心情を述べる。床に手を伸ばし弓をまるで咲ちゃんに差し出すかのように掲げる。


「もちろんだ。この弓と矢はサキやぬし、仲間を守るためにある。相手が悪であったとしても、間違った使い方をしないことを誓おう」


 声は力強く、弓使いの行ってきた有様を具現させたかのようだ。咲ちゃんはその声に飲まれそうになるが、嫌な気はまったくしない。

 その眼は修道院を去るときの勇者に似た眼をしている。


「サキ。お前は友達を酷い目に合わせた(やから)と同じように俺が見えてしまったか?」


 咲ちゃんにはどう言葉に表せばいいかわからないし、弓使いの男とはまだ数日しか過ごしていない。過去に何があったかなど思いもつかない。

 が、言っている事が嘘ではないのは幼い頭でもわかる。ぬしちゃんを傷つけて尚、平気でいられるような汚い眼ではない。

 その眼を例えるなら、強い決意を秘めた眼だ。


「ううん!こわくないよ!」

「そうか・・・よかった」


 白髪の5歳の子に理解が及んで弓使いは安堵し、姿勢を崩す。


「でも、ねぐせがかっこわるい!」

「・・・うるさい。あとで俺も洗いに行く。早く済ませてこい」

「うん!」


 憑き物が取れたような足取りで咲ちゃんは洗い場へとトタトタと小さな足音を立てて向かう。


 洗い場への扉を開閉し咲ちゃんの姿が見えなくなると同時にソファがゆっくりと重みに軋む音を上げた。


「・・・終わったか?」


 剣士の男の確認を取る様に弓使いは溜息で返す。


「聞いてたのか」

「そりゃ横で話し込んでりゃ普通に起きるだろーが。なんか空気も重かったしよ」


 真面目な話の最中に首を突っ込むほど剣士は野暮ではない。誰も彼も、災難にあった5歳の子供にだってしがらみがあり、実際あったのだ。茶化すつもりなどこの男には毛頭無い。


「・・・トラウマになってなければいいが」

「とりあえず道中肉は無しか?見えないところで狩りなんて気は回せねぇぞ」

「用意した食料だけで十分持つだろう」

「そーだな。害獣はしゃーないとして、他はどうとでもなるだろな」


 あれやこれやと男2人で方針を決めていき、残りの寝坊助2人も起こし、旅支度を始めた。



------------



「おーし、荷物確認だ。まず俺!物品、テント担当な」


 室内で男2人、女1人、女児2人。各々の荷物及び担当確認が始まった。

 まずはリーダーである剣士の男は道具の管理を任されている。テントや油、他にも旅に必要な物、魔力の込められた魔道具なる物も用意されているとか。


 今の剣士の姿は、言ってしまえば完全武装だ。


 金属製の赤い籠手(こて)に鎧、鉄板入りのブーツ、いつもは身に付けていない両端の尖った鉢金を頭に着け、背中にはなめした革で巻かれた大剣をフックで補強し、腰には大剣にぶつからないように鞘の付いた剣を身に付けている。

 ベルトや小物入れが大量に付いているこげ茶色の大型カバンをこれから持ち運ぶのだから相当な重量になるだろう。


「次はトンガリ!食料担当な」

「トンガリじゃない。用意もできている」


 最早トンガリで定着しつつある弓使いの男は食料担当だ。

 仕入れた野菜やパン、日持ちのするジャムなどの食品を揃え、黄土色をした縦に大きい荷袋2つに詰め込んでいる。熱に弱い事を除けば保存食としても優秀なコタコタも完備だ。


 弓使いの装備は身軽さを重視された軽装の類の装備だ。


 群青色をした鉄板を仕込んだ皮鎧を身に付け黒いズボンにベルトの付いたブーツ、弓を弾き絞るためか彼の身に付けている手袋は左手のみ薬指と小指がむき出しになっている形状になっている。小さな雑嚢カバンを右の太ももに身に付けている。

 伸縮性のあるマスクもつけており、口と鼻を隠したところはまるで忍者のようにも見えて面白い。


「食料はよし。薬品はどいつだ?」

「あたしに決まってんでしょ!準備できてるわよ」


 薬品など扱えるのは5人の内3人、それも担当が2人決まっているのだから残りは1人しかいないだろう。


 風使いの女性。身に付けている物は見るからに軽そうだ。


 フードの付いた緑色のローブを身にまとい、腰には深緑色おしたベルトを2本巻き付けてその細いウェストが浮き彫りとなっている。しかし、ローブの裏には鎖帷子が仕込まれており丈夫。中にはダボっとした黒い長袖の服に黒タイツにブーツを履いている。

 彼女の持っている木製の杖の先端には魔石が丈夫な紐で何重にも括り付けられており、魔石の容量分を杖で負担させる事ができる魔法使いにとって必須とも言われる物だ。


 肩から腰にかけてぶら下げている年季の入った深茶色のカバンはぬしちゃんの持っているカバンと色と中身こそ違えどそっくりだ。



 3人組にとっては慣れてるのかすらすら流れるように荷物確認を終えた。


「・・・んーとだな、・・・何が入ってんだ」

「ぶきなんだ」


 川の様な流れが突如でかい石で塞き止められたかのように凝固する。


 ぬしちゃんと咲ちゃんの服装はいつもの園児服ではなく、茶色をメインとした子供用に仕立てられた薄い革のチョッキに下には布製の子供服、頭にはターバンのような簡素で軽い丈夫な革製帽子、子供用手袋と靴も色を揃えて身に付けている。

 というのも、2人のいつも身に付けている園児服は帽子が明るい黄色に服はピンク色であり、あまりにも目立ちすぎるのだ。

 もし獣にでも襲われでもしたら、見通しの悪い夜中だろうと


 風使いと似ている形をした白色の肩掛けカバンを底から持ち上げてみた剣士は、その余りの軽さに呆れてジッとぬしちゃんを睨む。


「お前よ、・・・なんとなくわかるんだけどよ」

「そうなのか」

「開けるぞー」


 承諾など言おうと言いまいとお構いなしに剣士は容赦なくぬしちゃんからカバンを取り上げ開きしゃがみながら中身を見た。

 咲ちゃんと他2人も、一緒になり覗き込み・・・。


「なんとも綺麗に折り込んだものだな。これならよく飛びそうだ」


 感嘆の声を漏らすのは弓使いか。弓使いが手に取ったのは紙を8枚使ったリング状の紙細工だ。獣、主に犬の躾の1つに円盤を使った遊びがあるが、その円盤として使うのに持って来いな形であった。つまるところ、よく飛び、よく浮く造形をしている。


「あ、これ前に作ってた紙ヒコーキ?だよね!ヒコーキって名前、サキちゃん達のところの乗り物なんだっけ?すっごい飛ぶよねこれー」


 風使いがヒョイっと手を伸ばし持ち上げたのはニホンにある空を飛ぶと言われる乗り物を象った紙細工だ。

 王国にいる子供も鳥を真似て似たような物を作ってはいるが、意外や意外。羽を折り曲げたり羽ばたかせるよりも()()()()な物のほうがよく飛ぶとは思わなかったため興味を引いた。

 ヒコーキもこのような形をしているのかと思うと完璧に信じてはいないが納得ができる根拠が垣間見えた気も起こる。


「ふふーん!ぬしちゃんすごいでしょ!」

「をことぬしすごいのか」


 親友を褒められ嬉しさのあまり仁王立ちになりながらご満悦の表情を浮かべる咲ちゃん。



 剣士はというと、子供2人が手裏剣と呼ぶ星のような形の紙細工を人差し指と親指でつまんでプラプラと揺らし、ぬしちゃんの眼前に突き出す。


「んで、これでどう戦うってんだ?あ?」


 女の子の小さな手で作られたにしては丁寧な作りであり、邪魔になるからとわかってはいるのに、多少粗暴な彼ですら壊すのは(はばか)られるのだ。

 数枚程度なら旅の最中のおもちゃ代わりに持ってかせてもいいとも思っている。


 だが・・・。


 これからしばらく王国に戻れないというのに、カバンの中身を漁ってみれば出てくるのは紙、紙、紙、紙・・・。軽いわけだと呆れても誰も文句は言えないだろう。

 剣士なりの気遣いで、折れないようにひょいひょいと取り出しやっと違う物がでたと思えば申し訳程度にコタコタの包まれた袋がでてきたのだから力が抜けてくるものだ。

 さすがに弓使いと風使いも苦笑いだ。


「ぬしちゃんすっごくつよいんだよ!わるいひともこれでやっつけるの!ぶきもキーーンってふっとんじゃうんだから!」

「がんばる」


 しかし、()()なのだ。この自信がどこからくるのかが未だわからない。

 使い方は今咲ちゃんが幼い説明をしながら投擲(とうてき)するような仕草で理解はでき、カバンの中にあるどの紙細工もその動きに相応しいが・・・。


 コツンと硬いものにぶつかる音がカバンの中で起こる。


「あ?なんだこりゃ」

「え、なになに」


 ガサガサと紙でできた波音を立てる海の底があと少しで見えようとしたとき、明らかに手触りの違う物がまさぐっていた戦士の籠手にぶつかった。

 今は倉庫に隠している珍しい物でも見つけたのかと風使いが未だしゃがんでいる戦士の上から前のめりになって、それを見た。


「!!お、お前これどっから持ってきた!?」


 底から強引に取り出した本人は心当たりがあるのかそれが何かわからない周りの者を置いて1人で慌てだす。


 本来であればホコリを被って今後も日の目を浴びる事が無いであろう物。雑ながら汚れを拭き取ってあったそれは動物の骨で作られたクリーム色の笛だ。

 笛と言うにはあまりに小型であり、見た目だけであれば咲ちゃんにはそれが運動会で使われてたホイッスルに似ていた。


「あっちのおへやでみつけたんだ」

「あっち?」


 あっち、と指差す先には倉庫だ。

 最近では買い出しや荷物の整理も多く鍵をかけておらず、5歳児の身長でも届くのだからイタズラに入ったのだろう。


「おい、誰か目を離したのか?」 

「あ、あたしちゃんと見てたし!寝る時も一緒だし!」

「俺もだ」


 ぬしちゃんがいつ入り込んだかは3人は気づけなかったが。


「それよりリーダー、その笛はなんだ?」

「そーよ。あたし知らないんだけど」

「えっ、ぬしちゃんのじゃないの?」

「ふぁぃう」


 一見して普通の笛にしか見えないそれがなんなのか。

 弓使いの言葉で話は本題へ戻る。


「あー・・・()()()()()っつってな、昔へんな商人から親父が買った物らしい」


 説明を始めながらどこか懐かしむように剣士が語りだした。


「俺は農村出身なんだけどよ、値段も馬鹿になんねぇのに仕事が楽になるっつって親父は勝手に喜んでたよ。実際、笛を使ったら家畜が寄ってきたしな」

「ほお?便利な物だな」

「・・・そんなんじゃねーよ」


 褒めたつもりの弓使いだが即座に剣士が手首を振りながら違うと否定される。


「なぁにが!羊寄せだ!?効果が強すぎて関係ねぇ狼共もどんどんやってきて最悪よ。家畜は全滅、親父も俺を(かば)って、もう会えねぇ」


「え・・・」


 誰の声が漏れたか。隠しているつもりではあるが、怒号を含まれた悲し気な声で思いを叫ぶ剣士にかける言葉が見つからず、事情を知らなかった弓使いと風使いも戸惑いを隠せない。


「おとうさん・・・しんじゃったの?」


 心配か、同情か。

 咲ちゃんは真っ直ぐと御心のままに声をかける。


「・・・ああ。()()()()()()()

「ころ・・・される」



 殺す。殺される。


 咲ちゃんはその言葉を聞き、今まで理解ができず頭の中で穴が空いていた何かがすっぽりとハマる感触に襲われる。


 月明りで覆われた森の中で熊のような何かに襲われた時。

 修道院で山賊と呼ばれた男達に襲われた時。


 誰かの、何かの命を奪うことを『ころす』というのだ。


 幼稚園に通っていた時に、誰かに潰された蟻を見たことがある。

 どうやって肉やハンバーグを作られているのか疑問に思ったことがある。


 死というのは気づかなかっただけで、とても身近にあるのだとわかった咲ちゃんは少し怖くなり、小さな身体が震えてしまう。



「だいじょうぶ」


 ふと声をした方に顔を向ければ、倉庫から勝手に持ち出したにも関わらず何食わぬ顔で話を・・・恐らく聞いていたであろうぬしちゃんが剣士に向かって話していた。

 何が大丈夫なのか脈絡が無い励まし対して、訝し気な表情で黒髪の女の子にぶつける。


「・・・何が大丈夫ってんだよ」


「をことぬしは、()()()()()がある」

「・・・は?」


 死んだことがある。

 この5歳児は何を言ってるのか?意味をわかって言っているのか?突拍子もない発言に間の抜けた声が出てしまった剣士だけでは無く、その場にいた誰もが疑問を浮かべた。


「死にそうになった、ではないのか?」


 というより、それしかない。死んでいたらここにはいない。これまでの経緯(いきさつ)を知った今ではこの子供達が死と隣り合わせであったことが大いにわかる。


「ううん。しぬのは、いたいんだ」


 しかし、弓使いのフォローの意味を知ってか知らずか。死ぬ、死んだの一点張りだ。


「それ、意味・・・わかってるの?」

「うん。しんじゃうことは、うごけなくなること。いなくなること。ころされること。きえちゃうこと。さよならすること」


 5歳児とは思えない、あまりに残酷な返答に風使いと咲ちゃんがはゾッとする。


「・・・っ」

「ぬ、ぬしちゃん・・・」


 いつものぼーっとしたような顔が、何かを悟り 達観しているような・・・錯覚も起きるほどだ。


「でも」


 意味を知っての言葉、理解しての言葉。


 何故かはわからない。たかが幼児の妄言ではないか。

 だがそれは、異質。異端。脳の裏で何かで叩かれてるかのような悪寒。


 辺りはただの家屋(かおく)の一室であるにも関わらず、黒髪の幼児を中心に闇が吸い込まれるかのように視線が集中する。いつもの幼い無表情が死化粧なのだろうか。


 咲ちゃんはいつもの親友が、親友のようではないように見え、完全武装の三人は小さな闇に吞まれるが如く視線が外せず次の言葉を待ち受ける。


「をことぬしたちは、いきてるんだ。だからだいじょうぶ」



 ・・・空気が固まる。

 冷え切った、だとか、恐怖、などでもない。


「い、いや、だから何が大丈夫かって聞いてんだけどよ」

「うん。いきてるから、だいじょうぶ」

「・・・生きてるから?」

「うん」

「俺が・・・か?」

「うん、いきてる」


「・・・はぁぁぁぁぁ・・・」



 それだけ???


 幼児にしても語彙(ごい)力が圧倒的に乏しすぎる。

 いや、最初から答えを言っているのに雰囲気に騙され深読みし過ぎた方に問題があるのだろうか。


 栓を締め忘れた風船のように剣士の気が抜ける。何故子供の言葉に緊張をするに至ったのか全くもって不明。たかだか5歳の子供に不覚を突かれた。そんな気分。

 その思いごと溜息を吐いて捨てたのだ。

 心に抱いていた忘れたつもりの暗闇と共に。


「まあ・・・だわな!お前の言う通りだわ」

「ふぁぃう」

「んやよ、その ふぁぃうってなんだよ」


 暗い影はどこぞへと消えた剣士には、いつもの調子を取り戻した。


「あたしには家族がよくわからないけど、良いお父さんじゃん?ってゆーか、どーして言わなかったのよ!」

「子供に励まされてどうする。シャキッとしろ、リーダー」


 風使いから笑顔のフォローにむず痒くなり、弓使いから正論を吐かれ少し反抗したくもなったが、自分を気遣っての発言と気づくと、剣士は言い返せなくなってしまった。


「おにいさん!だいじょうぶだよ!咲たちもいきてるよ!」

「をことぬしも、いきてるんだ」

「うるせーっての!わーってるよ!生きてるよ!」


「おにいさんつよい!」

「おっさんつよい」

「・・・何やってんだ俺」


 冷静に思い返せば、子供が勝手に人の捨てられずにいた形見(おもいで)を持ってきだしたのを叱って終わる話であったのに、この体たらくだ。


 簡単な話だ。大切な家族が命がけで守ってくれたおかげで自分が生きている。


 たった()()()()のことだ。子供の前で何をへこんでいるのか。大の大人がかっこ悪い。

 荷物の確認のつもりが、すっかり茶番の主役だ。


 気恥ずかしさを紛らわせるため、籠手を着けた右手で剣士はツンツンとした髪がボサボサになるほど荒く掻きだし、話を戻した。


「とにかく!その笛は玩具(おもちゃ)じゃねぇ。危ねぇから置いてくぞ」

「む」


 憎くもあり捨てようと何度も考え、形見だと思い出すと決心できずに倉庫に眠っていた、取り上げたままであった羊寄せの笛をテーブルへと置いていく。

 こんなものを遊びに吹かれて、周りに危害が及んではたまったものではない。


「勝手に倉庫から物を持ち出すなんてダメよー?」

「そうなのか」

「ぬしちゃん・・・どろぼうさんになっちゃうよ」

「そうだったのか」

「・・・本当にわかっているか?」

「うん、わかったんだ」


 咲ちゃんは幼稚園から飛び出て迷子になってしまってから学んだことは数多くあるが、ぬしちゃんのことはどんどん謎が深まるばかりだ。

 よく思い返せば、遊び相手として幼稚園でのぬしちゃんしか自分は知らなかったのだろうか。わからないことが増えるということは、そうなのだろう。

 知らなかった面を知るほど嬉しくなる一方、変わらないこともある。


 やっぱり、頼りになる親友は信用がならない。


 剣士は目線を残る1人、咲ちゃんへと移す。


「さてとだ。白いの、()()()を持ったか」

「しろいのじゃないもん!もった!」


 ぬしちゃんもそうだが、子供には特に持たせるものが思いつかず、太い紐を結び付けて背負えるように改造した布袋を使い、咲ちゃんには畳んだ風呂敷を任せることになった。

 床に敷けば物を汚さずに物が置け、もし荷物が増えた際には包んで運べたりと、何かと便利な物なのが風呂敷だ。


 遠足気分の咲ちゃんはこれが気に入っていたため、花咲くような笑顔に押され任せたのが切っ掛けである。


「よーし、そんじゃあ」 


 子供の目線と合わせてるために屈んでいた剣士はカチャカチャと鎧の音を鳴らし立ち上がり、床に置かれていた大型カバンを大剣にぶつからないよう両腕を覆いあげるように背負いだす。

 まるで合図のように弓使いも荷袋を持ち上げ肩からぶら下げるように担ぎ、習う様に風使いも手でカバンを撫でるように触れ、違和感が無いか確認する。

 ぬしちゃんは今だ開きっぱなしになっていたカバンを閉じ、咲ちゃんはウキウキと楽しげな様子だ。


「目標は遺跡の害獣退治!休息も含め、到着は明日の昼前を予定!もちろん徒歩だ」


 リーダーらしいハキハキとした口調で改めて指針を簡潔に述べる。


「とっとと終わらせて、家に帰るぞ!!」


 赤き鎧に相応しい熱い(カツ)が4人に叩きこまれた。


「「おーーーう!」」


 はたして、初めから打ち合わせでもしていたのだろうか。

 活に打たれて二声、勢いに任せた風使いと咲ちゃんが右腕を天井へと勢いよく伸ばし、大声で応える。


「おーうなんだ」


 遅れて三声。

 打ち合わせを忘れていたのか、のんびりし過ぎたのか、とりあえず2人の真似をするぬしちゃん。


「・・・」


 打ち合わせなど聞かされていなかったのであろう。どう対処すべきか無駄に考え立ち尽くす残った男1人。

 弓使いは申し訳程度に右腕を力なく上げ、四声。


「お・・・おー」

「トンガリってば遅ーい」「おそーい!」「おそいんだー」


 ノリの遅さに女性陣から野次が飛んでくる。恐らく、このオチまで打ち合わせに含まれていたのだろう。笑顔いっぱいの咲ちゃんと、動く銅像(ぬしちゃん)はただ乗せられたのであろう。

 出遅れた男は迷いなくニヤニヤと憎たらしく笑う2人を恨めしそうに睨みつける。

 

「声ちっちゃ!もう一回、はい!」

「ノリ悪いぞトンガリ?もう一回、はい!」

「おじさんの おかおまっか!」

「トマトさん」

「う、うるさいわ!」




 咲ちゃんとぬしちゃんにとっては初めての冒険だ。修道院では周りは森ばかり、王国に来るときも荷馬車の中で隠れていてまともに外を見ていない。

 剣士、弓使い、風使いの三人と生活を始めてからはトイレの時を除いて外は()()()からと出してはもらえなかったが、今日は違う。



 白髪の女の子の胸の内には未知への好奇心と、家が見つかるかもしれない期待で膨らんでいく。


 どんな世界が広がっているのだろうか。

 どんな事が待ち受けているのだろうか。



 咲ちゃんは、いつの間にか家族に会えない寂しさはすでに心の奥底に引っ込んでしまっていた。


 

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