黒白の天使像・下
ん?俺は護衛だ
馬車はもう動かねぇぜ
あーそうそう あの黒い髪
久々に戻ったら超有名で腹立つぜ
そうじゃなくて あー
このコタコタ 持っていってくれるか?
ガキの 心配なんかしてねーよ
風使いの呪文によって練り上げられて放たれた風魔術は剣士にだけ直撃し、鎧によって重量が増しているはずの屈強な身体が子供の丈ほどブワリと浮かんでは無慈悲にも落とされた。
「どぉあはぁああ!!?」
うつ伏せのままに落っこちた哀れな剣士の断末魔が響き渡る。
男の性を垣間見た聖女の視線は冷たく、庇う余地無しと見捨てられた剣士のなんと哀れなことか。
「あら!皆さん来たようですね」
「ぅおぃっ、無視すんな先生ぃ・・・」
彼女が本気を出せば背の高い家1軒ほど巻き上げてから落として骨折させるくらいは余裕だが、足元を掬われて転んだ程度の衝撃でしかないのは風使いと呼ばれる彼女の魔術がそれなりに秀でているからだ。
「おねえさんすごおおいい!!」
「おお!すげぇ器用」
「ふふーん!これくらいあたしに掛かればちょちょいだよー!」
「にんむたっせいである」
「ぬしニンジャ!お勤めご苦労!」
「ごくろう!」
大の男1人を浮かばせてみせた技術に感心する勇者と呼ばれる青年、魔法であればなんでも大絶賛の咲ちゃん、ボーッとした表情のまま敬礼するぬしちゃん、偉そうに鼻を鳴らす風使い、笑顔で合流した聖女。
各々が適当に倒れ伏す剣士に挨拶をして通り過ぎていき、そんな彼の横で立ち止まったのは弓使いだけであった。
「・・・トンガリぃ、お前、俺の味方だよな?お前も胸がでけぇ方がいいよなっ?」
“魔力は胸の大きさに比例する”
咲ちゃんという存在を知るまではそんなしょーもない空想論を嘘か真か信じていた弓使いとの仲を信じて寝転びながら放った剣士の言葉。
そう、弓使いは同志であり、男なのだ。女性の体躯について興味があり、大きいか小さいかでいえば、まあ大きい方、と答えるくらいには剣士とは酒の席で何度も話をしている。
しかし、悲しいかな。
咲ちゃんが守護の奇跡を見せてくれた時のことを彼は忘れていないのだ。
「・・・黙秘」
「てんめぇえええええええっっ!!!!」
2次被害を避ける為に、冷酷にも弓使いは仲間を見捨てて教会へと逃げたのであった。
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青年と聖女、冒険家達が咲ちゃんとぬしちゃんを連れて教会の扉を開けて中へ入るなり、元気な声が教会内に響き渡る。
「こんにちは!」
「こんにちはなんだ」
「本日はお越しいただき幸福至極で御座います」
青年は咲ちゃんと、聖女はぬしちゃんと手を繋いでやってきた彼等を出迎えてくれたのは、嗄れてはいるが明るい声で話す神官の老人だった。
親の代から死を司る三神を信仰し、信者達が離れ、徐々に廃れていく間も祈り続けたこの教会の長であり責任者だ。
「本当に・・・よろしかったのですか?私たちは石像を、祈りの場を頂くだけでも良かったというのに」
「なに、死を司る神でしたからな。生まれ変わるという意味でも形だけ残してしまうより、これが正しいと考えておりました」
「輪廻の青、転生ですか」
「左様です」
聖女と話す神官の老人に一行はついて行く。いくつもの長椅子に挟まれた中央を歩いていけば、横並びに並ぶ修道女達が咲ちゃんとぬしちゃんに心からの笑顔を向けて道を作ってくれていた。
森の中の修道院で仲良くなった者も、王国に来てから出会った者、みんなが明るい笑顔で自身たちを見つめている事に、咲ちゃんは照れ臭くなってしまい青年と繋いでいた手をぎゅっと握りしめていた。
案の定ぬしちゃんの表情は変わりもしないが、それは巨大な三神の石像が飾られていたはずの場所に、どこも幅広い白い布で覆い隠されている事が気になっていたからだ。
「おふとんかぶってるんだ」
「おふとん?」
「お布団かもしれませんね、をことぬし様!」
「ようやっと主役が来たねぇ!」
何かが布団で被っているのかと疑問を抱くぬしちゃんと咲ちゃんの視線は通路先にいた者達に声を掛けられ女豹と見知った使用人の存在に気が付き、その隣には門兵だった男と熊男の2人が布に手を掛けて何かの準備をしているところだった。
戦争が終わった後、女豹と熊男は剣士達と手を組んだようで、三色から五色になったらしいが、王国での生活はあまり変わってはいないが、大きく変化したのは残りの2人だ。
元門兵だった男は王国衛兵の鎧を脱いでは冒険家としての道を歩み始めたらしく、灰色の髪とどこにでも紛れてしまいそうな顔つきにはまだ咲ちゃんは慣れておらず、ぬしちゃんに至っては誰かも分かっていないようだ。
そして豪商の使用人兼 咲ちゃんとぬしちゃんの付き人であった彼女は、豪商の計らいによって城内だけでなく城外でも生活することがある咲ちゃんとぬしちゃんのお世話を諸々を任されている。
「サキ様とぬし様のお座席はご用意してあります!お城からふわふわの敷物を拝借しておりますのでお疲れになられましたらお呼びください!」
「ふわふわ!」
「ふわふわなのか」
「はい!ふわふわです!喉が渇きましたら果実水、お手が空きましたらオリガミもご用意してあります!」
「おりがみ」
「ご配慮ありがとうございます」
「いえ!お気になさらないでください、聖女様」
というのは建前。実際は自由に、そして好きに子供達のお世話をしてほしいという大雑把なものであり、咲ちゃんとぬしちゃんからすれば世話焼きの保母さんか近所のお姉さんのような存在となっていた。
渾身的に子供達に尽くしてくれる彼女の姿勢は使用人というだけではない愛情がこれでもかと詰まっており、教会内でも彼女の評判は良い。
だが、テキパキと雑務や給仕をこなしてしまう彼女を快く思わない者もいる。
「あ、あたしの立場が・・・お姉さんってちょっと被ってるだけなのに・・・!」
「聞けば10年以上も豪商の邸宅及び王城で使用人として務め、生前の姫君とも縁があったらしいな」
「あたしだって料理くらいしてるし?お菓子くらい渡してるし?っていうかあたしらの住んでたとこだって掃除とかやってるし、話し方とかちょっと被ってんじゃん」
風使いは自身と近い年頃のメイドと呼ばれる使用人がサキちゃん達と仲良くしている事に少し不満そうにしながら弓使いへと耳打ちしながら愚痴を話す。
自分の方が先にお姉さんだったのに、という嫉妬たらたらで不貞腐れた風使いに対して弓使いはどう気遣って答えたものかと考えた後に答えを返した。
「お前は素で子供のような話し方だが、彼女はサキ達が聞き取りやすいように話し方を合わせていて礼節を弁えている」
「どういう意味?」
「気配りの経験の差が愕然と違う。まったく被ってなどいない」
「トンガリ、うざーい」
「うるさい、静かにしていろ」
とても教会で語るような内容ではない話しをしている内に神官の老人が台座の前へと歩いていき、そして立ち止まり貫禄のある佇まいで一行に振り向いた。
「では皆さん、お好きな席にどうぞ、お座りください」
鎧についた土埃を払ってから教会の中へと入ってきた剣士を確認したところでそう告げると、熊男を除いて各々が教会で用意されている長椅子へと座って行く。
咲ちゃんとぬしちゃんは使用人の誘導で子供用の柔らかな敷物の用意されている長椅子へと案内され、その両脇には聖女と青年が付き添うように座り出す。
冒険家、修道者、王国の連なる者。
咲ちゃんが席を振り返れば、森の中で迷子になってから関わってきた多くの人々がここに集まっている。
これだけ多くの大人達が1箇所に集まるのは幼稚園の催し物以外で初めてではあるが、その中に家族は1人としていない。
だが、未だ家族と再会できていないにも関わらず、これだけの人が自身と親友の為に集まってくれているのだと知った咲ちゃんの胸の内は、不思議と寂しさは薄れて嬉しさでいっぱいだった。
幼稚園にいた時は咲ちゃんばかりが目立ってしまっていたが、ここにいる誰もが ぬしちゃんも見てくれているのだ。
「王国の建国以来より、この教会は天、地、輪の三神を崇めておりました。死後の世界へと運ぶ神々でございます」
静かになった教会の中では神官の老人の嗄れてはいるが教会の隅々まで通る力のある声はよく聞こえ、よく届く。
「神々は我々信徒へ神聖な光の加護という形で慈悲をお与えになってくださった。光を、癒しを、守護を。その御恩を忘れたことは一度たりとも忘れたことがございません」
しかし、と神官の老人は付け加える。
「皆さんがご存知の通り、コザクラサキという少女がこの教会へと訪れ、人智を超えた力を行使してくださった時、私は神の降臨を垣間見ました」
咲ちゃんへと向けた神官の老人の表情はとても柔らかく、優しげな表情に咲ちゃんはなんとなく恥ずかしくなってしまい、小さな両手で顔を覆い隠した。
「そして、白く眩く照らす光の側には、伸びた巨大な影のように守ってくださる守護神がいてくれたのだと、ようやく我々は気付いたのです」
そこまで話したところで、青年の隣で暇そうに天井を眺めていた ぬしちゃんを両手で担ぎ上げ、自身の頭へと運んでいった。肩車をされたことに驚きもしてくれないが、青年の頭にしっかりとしがみつく姿は板についていた。
「はぼ」
「王国も救ってくれた英雄様だぞー!」
「ぬしちゃんずるーい!」
「えいゆうである」
青年の頭の上で指2本をしている上機嫌らしい ぬしちゃんは咲ちゃん共々、王国の中心人物となっている。
王が大々的に2人の少女の比類無き貢献を公表したのもあるが、邪魔する者全てを闇に堕とす黒髪の少女の大暴れは兵士から冒険家達へと広まったのか、今となっては王国に住まう者に畏敬の念を抱かない者はいないに等しい。
「まあ、少し悪戯好きなところがありますがね」
「おえかき、いっぱいである」
「こら!反省なさい!」
「はんせいさん、かけばいいのか」
「ち・が・い・ま・す!」
新しく買い直した子供用鞄から筆を取り出し始めた ぬしちゃんに聖女が静かに叱り、教会は笑いで包まれた。
この守護神は困ったことに遊び歩く先々で隙あらば落描きをしていく上に、勘違いした住人が魔法陣と勘違いする始末。
気まぐれに描かれる兎に犬やら鳥とか鼠の絵が何を、誰を脅かすというのか。後に残るのは、もっとやれ、と剣士や女豹は笑い、聖女と弓使い達が家主や謝るだけだ。
「では、老ぼれの話はここまでに・・・兼ねてより準備を進め、生まれ変わる形となって教会へ招くことがようやく叶いました」
神官の老人がそこまで言い終えると、熊男へと目線を向け、それを合図にゆっくりと被さっていた布が剥がされ内側が顕となる。
「王国でも有数の鍛治士と呼ばれる彼が半月の時を掛けて作ってくださった、世界で二つで一つの神像・・・盾白と黒鞘の天使像です」
そこには、祈りを捧げる2人の子供を象った大きな石像が横並びに向かい合うように両膝を付いていたのだ。
「ぬしちゃんだ!おっきなぬしちゃん!!」
「おっきい咲ちゃんである」
丸みを帯びた鳥の羽を生やしている大きな咲ちゃんとぬしちゃんに2人だけでなく、誰もが感嘆の声を上げていた。
「うおおお!サキとぬし!つーかでけぇ!!」「うわ!なにあの羽!かわいいー!」「手に持っているのは、ふむ、なるほどな」「やっぱりクマちゃん石工のウデも大したもんねぇ」「・・・全身全霊の、自信作だ・・・」「流石英雄・・・ど、どう呼んで良いのものか」「ああ!御二方がこんなにも!凄いです!」
声を抑える気も無しに剣士が歓喜に騒ぐ。
その隣で隠す気も無しに満面の笑みの風使い。
弓使いは顎に手を当てて石像の意図読む事に夢中だ。
知ってましたと余裕ぶってはいるが興奮を身体を動かし誤魔化す女豹。
熊男の強面の口元は満足気に微笑んでいる。
国を救った幼すぎる英雄にどう言葉遣いをすべきか困る元門兵。
自身の新たな主人となる2人からメイドと呼ばれる事に感極まる使用人。
「左がサキちゃんで、大きな盾ですっぽり隠れちゃいそうだね」
「咲ちゃんかくれんぼ」
「この石像のように、これまで私達を救ってくださった世界最高の盾です」
「さいこう」
左側の小桜咲ちゃん像の持っているのは、両膝を付いている全身がすっぽりと隠れるくらい大きな円形の盾。
悪を跳ね返し、人々を癒してきた怖がりだけど心優しい少女に相応しい石像だ。
「ぬしちゃんが持っているのは剣の無い鞘ですね」
「さや?」
「ほらこれ、剣を納める筒。入れ物の方だよ」
「どうして、けんがないの?」
「こーんな危ない物が無くたって、ぬしちゃんは強いからさ」
右側の をことぬしちゃん像が持っているのは、中身の無い空っぽの鞘だ。
どんなに武器の扱いの長けた達人が加減をしようと到達出来ない、傷付けない優しい力の象徴だ。
「涙が・・・自分の子のように嬉しいよっ」
「この子達のことを知ってくれればぁ、きっとニホンを知っている人が来てくれるさぁ」
教会の壁際に列になって並ぶ修道女達が嬉しさのあまりに溢れる涙を手巾や服の袖を拭いだす。
自身達の信ずる子供達の神格化、それをようやく形にすることができたのだから、森の中で咲ちゃん達と出会えた修道女達の胸の内は至福で溢れてしまうのだ。
「では・・・コザクラサキ、をことぬし、黒白の天使として祀り、王国教会の下に神明を記します」
聖女は咲ちゃんの手を引いて、青年は肩車をしていたぬしちゃんを降ろし、2人が立つのは祭壇の前。祭壇、石像の前でどうすればいいのかと気にする咲ちゃんと、棒立ちのまま微動だにしない銅像。
「ふぇ!?」
「おお」
主役に向かってお祈り。
森の中の修道院で ぬしちゃんを花で飾って神様にして遊んだ時とは違う、本気なやつである。
「どど、どうしよう!咲、おいのりされたことないよ!」
「かたあしでたつのである」
「わ、わかった!」
祈られる側の極意を知る ぬしちゃんに唆され、手を繋ぎながら片足立ちになった2人はまるで、ハート型キャラメルのパッケージに写る坊やのように見えた、その時だった。
頭上から何かが落ち、ペタリと音を立てる。
「あれ?ちゅーりっぷだ!」
2人の足元に落ちてきたのはチューリップという花の形をしているが、平ぺったくテカテカとツルツルとした材質をして、裏にはピンが付いている。
「なふだなんだ」
「む?どうかなさいましたか?」
ぬしちゃんが拾い上げたのはチューリップを模した名札であり、近くにいた神官の老人から順に周囲が異変に気づき始め、それを見た青年と聖女が驚き、声を上げる。
「こ、これ!サキちゃんの持ってるネームと同じ奴じゃ!?」
「この見慣れない材質は、似ています!」
「咲のはひまわり!」
森で迷子になる前から ぬしちゃんは名札を元から持っていなかったことを思い出した咲ちゃんは、名札の名前を読もうとぬしちゃんの手元を覗こうとする。
「ぬしちゃん・・・?」
だが、名前を見ようとしたところで名札がヒラヒラとまた落ちる。
「お、おいっ!!ぬし!!!?」
異常に気づいた剣士の声もが届くよりも前に、ぬしちゃんが・・・倒れてしまったのだ。
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