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異世界転生 ツイン園児ぇる  作者: をぬし
第二章 未知満たす冒険
12/128

9話 おかしのえにし

生まれて初めて味わった お菓子


こんな美味しい物は 今まで食べた事がなかった

コタコタを求めて ぬしちゃんは 走る 駆ける

また食べたい すぐ食べたい


少なくとも、咲ちゃんはそんなことを考えていない


 ちょうどお昼が過ぎ、夕刻の間くらいだろうか。人通りの多い中、黄色の帽子にピンクの洋服、チェックのスカートを着ている二人の女の子の姿があった。すれ違う人々は何事かとそれを避ける。

 1人をおんぶしながら驚くほどの速度で駆け抜ける女の子、咲ちゃんとぬしちゃんだ。


「ふぇぇえーー!?」


 あまりの速さに何かにぶつかるのではと咲ちゃんは不安でいっぱいだ。

 特に逃げてるつもりはないまま、食欲に任せに任せた走りに男たちは追いつけなかったようで姿は見えない。


「おじさん、どっかいっちゃったんだ」


 走りながらぬしちゃんはコタコタの包みを持っていた男を探していた。ここまで早く走っていれば追いつきそうなものだが、姿を見失う。


「あ、あれ?ぬしちゃん、あのおじさん!」

「む」 


 一応、探してくれていた咲ちゃんが見つけ指を差し案内する。これもまた前にやった気もするが。

 案内した方向には、何の店だろうか?そこそこ大きな店のように見えるが、扉は西部劇の蝶番(ちょうばん)のようになっており外から中が見える仕組みになっている。

 上を見上げれば、看板がありコップに入った()()()()の絵と文字が書いてあり、それは日本にあるような文字でもひらがなでもなくぬしちゃんはまったく読めなかった。


 が、


「えっと、・・・()()ってかいてあるよ?」

「さきちゃん、よめるのか」

「う、うん!しゅうどういんでおしえてもらったの。えいご、もおとうさんからきいてたけれど、ちょっとちがってたの」

「む、でも、をことぬしたち、みんなとはなせてるんだ」

「うん、咲もね、おはなしできてたんだけど、ときどきわからないことばでおはなししてて、それできづいたの」



 咲ちゃんには読めた。


 というのも、院長やシスター達と話ができていた中で、たまにだが理解できない言葉を発することがあり、話ができるのに何故かノイズがかかったかのように理解できない言葉があったのだ。


 もしかしたら、と修道院の書室を見てみればひらがな、ましてや日本語でも英語などでもなく見た事のない文字でしか書いてなかった事に気づき、勉強したのが理由である。


 勉強の結果、咲ちゃんは文字を覚えたことで今まで理解できなかった言葉が読めるだけでなく、言葉としても理解できるようになれた。

 ちなみにぬしちゃんは()()()は話していたことに興味がなかったため、遊び惚けていた。


「さきちゃんすごいんだ。をことぬし、よめないんだ」

「えへへ!すごいでしょ!」

「・・・をことぬしたちが、おはなしできてるのは、なんでなんだ」

「え・・・っと、わかんない」


 結局謎は残るが。


「バーってなんだ」

「まえにね、ドリンクバーってあったよ!いっぱいのみものをのめるの!」

「おお、えもかいてあるんだ、コタコタがあるとうれしいんだ」

「そ、そうかなぁ」

 

 コタコタの事しか今は頭がないぬしちゃんは咲ちゃんを降ろし2人は店の中に入る。

 その扉は簡単に開く仕組みではあるが、小さな2人には潜ることで違う意味で容易く入れる。


 店内は、机、椅子、カウンター、小物、どれも遊園地の中にある飲食店のような雰囲気であり、やっぱり西部劇のようなウェスタンのようなイメージで合ってそうだ。

 やたら活動的なぬしちゃんは店内を歩きまわる。初めて子供だけで入る店に咲ちゃんはおどおどしながらその後をついていく。


 歩いてみて気づいたが、どの客も鎧を付けてる者が多く誰もが弓や剣、盾に斧などの武器を持っており、修道院を襲った山賊を思い出させる。

 幼稚園にいたころであればはしゃいでいただろうが、その恐ろしさを経験した今では正直なところ、おっかない。


 もしかして、危ないお店では?棚の上を頑張って覗いてみれば、ドリンクバーも置いていない。


 咲ちゃんは怖くなりぬしちゃんの元へ急ぎ足になる。手を繋がないと怖くて仕方ない。

 ぬしちゃんの手を繋ごうとした瞬間、


()()()()()()()()なんだ!」

「わ!?」

「・・・は?」


 ぬしちゃんがコタコタおじさんを珍しく大きな声を出し、反応したのが2つ。声に驚いた咲ちゃんと、コタコタを包みから取り出して今まさに食べようとしていた男だ。


 トットットと足音を出しながら2人の少女が向かう先には、男性2人女性1人。

 何故か、机も椅子も使わず店内の隅っこで食事をしている。


「ぶっ、こ、コタコタおじさん・・・ぶふぅ!」

「よっ!コタコタお・じ・さ・ん?」

「お前の指示で買ってるのだろうが!」



 ぬしちゃんの呼び方にその3人が騒ぎ出す。


 お腹を抱えて笑いを堪えきれていないのは緑色のローブを纏っており、床に座りながらコタコタを頬張っている女性だ。近くの壁には長い杖が立てかけている。

 深緑色をしたショートボブカットで纏めた髪型、顔は幼さが残っているがヘーゼル色の瞳の下には少しクマが薄っすら見え勿体ないように見える。


 合いの手を出し茶化しているのは赤色の薄い金属鎧を身に付け、腰には剣、背中に大剣を背負っている男だ。

 ブラウン色の瞳をしたその顔は黙ってれば悪くないかもしれないが、意地悪そうな表情であまり好感が持てない。刈り上げてツンツンした明るい茶髪も重なって悪ぶった大人のように見える。その手にはまだ口のつけていないコタコタがある。


 コタコタおじさんと言われ赤鎧の男に怒っているのは、正に外で見かけた群青色の髪色をした男性であった。

 近くで改めて見てみれば細身に見えたその身体はしっかりと鍛えられており、もう1人の男と同じく瞳はブラウンだが頬のところに傷跡などがある。

 大きな弓と矢を背負ったその男は他2人と比べて、なんとなくだがしっかりしてそうな雰囲気がする。


 咲ちゃんの第一印象はこんなところか。ぬしちゃんはお構いなしに3人組に近寄りまだ食べていない男性2人に小さな手を伸ばした。


「おじさんをおいかけてきたんだ。コタコタほしいんだ」

「あ?あーー、これはだな、ってなんで子供がここにいんだ?」

「これは買ったもので俺たちが売っているわけじゃない」


 コタコタが欲しいと言われた途端、バツが悪そうな剣士らしい男と、少ない情報で事情が理解できた弓使いであろう男がそれぞれ反応をしめす。


 弓使いが続けて話す。


「小さな包みだけ持ってる俺が売ってるわけがないだろう。買うなら俺を追いかけるより俺と逆の方を辿るだろう」


 そりゃそうだ。ただお菓子を買ったおっさんを全力で追いかけただけである。


「ぬ、ぬしちゃん、おみせにいきたかったの?」

「・・・おみせってなんだ」

「・・・えぇ」


「お前ら、大丈夫か?」

「ちょっと、かわいそう」

「俺のせいではないぞ」


 可哀そうな女の子2人、特に黒髪の方に哀れみの目を向ける3人。その周りには何か色々と残念な空気が漂ってくる。

 その中で咲ちゃんが最初に動き出した。


「あ、あの、コタコタのおみせはどこにあるの?」

「ここから出て大通りを南方に突き抜けた後に露店道がある。そこの1つにこの菓子を専門にしてる店があるんだが・・・二人で行けるか?」

「わ、わかんない。おかねもないから」

「だよねぇ、追いかけてきちゃったんだし?」


 買う場所がわかっているのならわざわざ追いかけるなどしないのだから当然だ。弓使いの説明にコタコタを食べ終えた女性が慰めるように声をかける。

 剣士の男は話を変えるように疑問をぶつける。 


「つーか、お前ら親はどこにいんだ?あと少しで夕刻だしとっとと家に帰ったほうがよくねぇか」

「えっと、えっと・・・いまは、おうちないの」

「はぁ!?親くらいいんだろ」

「おやはいないんだ」

「いやいや、じゃあどうして王国なんかにいるんだよ。」

「コタコタが、たべたかった」

「・・・それだけかよ」

「ど、どうしようぬしちゃん」

「ふぁぃう」



「・・・まじかよ」

「え、どうゆうことなの?」

「・・・もう一度言うが、俺のせいではないぞ」


 迷子、よりもっと不味い状況ではないのかと3人組は考え出す。

 だが、そんなことはお構いなしにぬしちゃんは要求しだす。


「おじさんのもってるコタコタがほしいんだ」

「いや、それどころじゃねえだろ」

「コタコタたべたら、まんぞく」

「物乞いかお前は!この菓子はその、あれだよあれ」

「あれってなんだ」

「あーとにかく!あれなんだよ!」


 ぬしちゃんと剣士の男のやり取りに咲ちゃんは疑問が浮かんだ。

 お菓子に執着している相棒はともかく、この男はけち臭いというか、渡したくないのに取り繕った話で誤魔化しているような、そんな気がするのだ。

 子供ですら見抜かれる対話に杖使いの女性がはいはいと呆れた様子で割り込んでくる。


「ごめんねー、これさー私たちのお昼ごはん(コタコタ)なのよ」

「え!」


 驚いたのは咲ちゃんか。これは菓子と聞いていたのに昼ごはんだという。

 昼食、という言葉が出てから男2人はバツが悪そうに暗くなる。一体なんなのか。


「おなかすかないの?おかしだよ?」

「すいちゃう・・・かなー、あはは」

「ちゃんとごはんたべないと、ちからがつかないんだよ」

「いや、そりゃーそうなんだけどよ・・・」



「おじさんたち、()()()()なのか」


「「「ゔっ・・・」」」



 まるで串刺しにでもされたようだ。ぬしちゃんの一言に刺し貫かれた3人は綺麗にハモる。絞り出した声は綺麗とは言えないが。


「おじさんたちも、おかねないの?」

「う、うるせーな!お前らも同じだろうが!」

「子供相手に何を張り合っている。・・・金がないのは否定できんが」

「もうずっとコタコタだもんねー・・・あーあ」


「えぇ・・・」


 なんというか、咲ちゃんには妙にこの3人が小さく見えてきた。少なくとも何も持っていない子供の自分が人の事を言えるわけではないが、どうも頼りなく見える。


 それとだが、この3人の話と周りを観察していて解ったことがいくつか見つけた。


 よく見れば厨房らしいところがカウンターの奥に見え、調理をしているような音が聞こえてくるので、ここで作られた料理で食事を取ることもできるのだろう。

 外で買ったお菓子で昼ごはんを済ませるのならわざわざ店で食べる理由がない。それも机も椅子もつかわずこんな隅っこで。だが、客としてはあまりに邪魔なはずなのに店の人が咎める様子もない。

 この3人がこの店の者と家族であれば、この扱いはちょっと酷い。


 家族でないとしたら、ここは、もしかしたらだが、


「ここって、おとまりできるの?」

「あ?知らないで入ってきたのか。ここは宿屋も兼ねてんだよ」

「まあ女将(おかみ)に聞く必要があるが、・・・どうして気づいた」


「え、えっと、おじさんたちをみてたら、その」

「それだけでわかっちゃうの!?」

「俺ら見てって・・・なんか釈然としねえぞ」


 杖使いの女性はその5歳にも満たないであろう女の子の洞察力に驚いたようだ。他の2人も振る舞いだけで気づかれるものなのかと動揺した。片方は愚痴ってるが。


 そして、咲ちゃんの言葉に気になったのはもう1人いた。


「さきちゃん、ここはおとまりできるのか」

「う、うん。たぶん」

「じゃあ、もどらなくてもだいじょうぶなんだ」

「で、でも、おかねがもってないよ」


 金がない。まず咲ちゃんは何も持ってきていないのだ。

 正直、ここに残るよりさっきの荷運びをしてくれたおじさん達のところに戻るべきではないか?あの場所に戻った方が、なんとかしてくれそうな気もする。


 が、


「をことぬし、たぶんおかね、もってるんだ」

「ええ!?ぬしちゃんもってたの?」

「それっぽいの、もってきたんだ」


 そういえば、ぬしちゃんの持っているカバンから金属が擦れるような音が聞こえた気がしたが、それだろうか?


「おかみさんは、どこにいるんだ」

「子供だけで泊まる気か?あの厨房にいるおばさんだよ、って見えねぇか」


 剣士の男はぬしちゃんに近寄り、その小さな体を両手で持ち上げた。かなり筋力があるのか軽々と持ち上げるが、持ち方は雑だ。ネコでも拾ってきた子供のような持ち方だ。

 しかし、おかげでぬしちゃんは店内がよく見えた。カウンターの奥に恰幅の良いエプロンを付けた女性と調理を手伝っている男性の姿も見えるが、前者が女将と呼ばれる女性だろう。


「おお、たかくてよくみえるんだ」

「だろ?てーか、子供ってこんな軽いもんなんだな」

「わ!けんしのおじさんちからもち!咲もしてほしい!」

「たかいんだー」

「な、なんだよ急に」


 持ち上げただけで子供がはしゃぎだし剣士は妙な感覚に襲われる。遊んでるつもりがなかったのに喜ばれて、どうすればいいのかわからなってしまった。


「あっはは!なーに照れてんの?」

「う、うっせ!照れてねーよ!誰でもできんだろーが」


 杖使いに茶化されてムキになり反論する剣士を眺めて弓使いは微笑ましい者でも見るかのように静かに笑いだす。


「なーに笑ってんだてめー!お前のコタコタも食うぞおら!!」

「いや、あまりに似合ってなくて面白くてな」

「にあってないのか」

「降ろすぞ、()()()!」

「咲もやってー!」

「あたしもやってー!」

「うっせーぞ女共!」


 店内の隅っこが妙に賑やかになり、周りの客もいつの間にか大人と子供を合わせた5人を眺めて何やってんだと笑っている。


 からかわれた剣士はヤケになりぬしちゃん(黒いの)を持ったままカウンターへ向かい、ポフッとカウンターの上に置いた。


 カウンターの上に乗せられたぬしちゃんの姿は、そう。

 まるで、テディベア、熊の人形のようであった。


 人形のように綺麗に開いた手足が板につき厨房の方からも笑い声が飛んでくる。


「ほら、とっとと話をつけろ!」

「がんばる」

「ふふっ。かわいいお客さんだこと。こんなお店に何か用かいお嬢ちゃん?」


 このお店の女将だ。ブロンドので長髪、顔には小皺(こじわ)が薄っすら見えるが恰幅の良さから穏やかな女性、のような雰囲気を醸し出している。

 さすがにその賑やかさに気づいていたらしく、すんなり話に乗ってくる。


 ぬしちゃんを文字通り置いてきた剣士はやれやれと戻って、次は私!と言いたげに目をキラキラさせた白髪の刺客に待ち伏せをされていたことに肩を落としていた。


「をことぬし、ここでおとまりしたいんだ」

「をこと・・・あんたの名前かい?泊めてもいいけれどお金はあるのかい」

「もってるかもなんだ」

「おもちゃじゃないだろうね。うちでは手伝いは雇ってないからね」


 ぬしちゃんが持っていたカバンをゴソゴソしだした時、ちょうど咲ちゃんも同じようにつれてこられる。これで2匹目か。


「あーこれでいいか?」

「うん!」

「さきちゃんやっほーなんだ」


 自分でやったとはいえ、さすがにカウンターに2人乗せるのも女将に悪いため荷物を抱えるようにしてカウンターを上が見える位置で咲ちゃんを留める。


「なになに?なに出すの?」

「わからん」


 残っていた2人も黒髪の女の子が何を出すのか気になりカウンターへ覗く様に近寄ってきていた。

 先ほどそれっぽいと言ってたために、ただの興味本位で観に来たようだ。


 ぬしちゃんは目当ての物を取り出し、


「これなんだ」

「すごいぴかぴかしてる!これがおかねなの?」


 雑にカウンターにポイっと出してきた、金属がぶつかったような音を出したそれに、驚きを隠せなかった。


 確かにそれは、貨幣であった。問題はその()()だ。


 今この世界に流通しているのは一般的には銅貨、銀貨、金貨の3種類である。それ以外であれば物々交換となる。

 銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。ここの宿を1人部屋で1泊2日、銅貨20枚であり食事は別途で支払う必要があるが、この王国ではかなり安価なほうだ。

 普通の貨幣であればかつて大昔にこの貨幣を作った者であろう王族の横顔が描かれているものだ。



 しかし、をことぬしと言う名の女の子が出したのはそんな生易しい物ではない。


「なにこれ!?宝石じゃない?」

「いや、記章にも見えるが。装飾が見事だな」

「こ、これ作り物・・・いや、え、まじ?」

「長い事女将続けてたけれど、これはたまげたね・・・」


 それは若干分厚く、子供が両手を開いてちょうど同じ大きさになるくらいのサイズの装飾がされた金製のメダルだ。

 金貨よりも大きく、中心には恐らくではあるが、ガーネット、サファイア、ダイヤ・・・だろうか。3色に輝く宝石がはめ込まれておりこの世界に伝わる3神を象っているのだろう。


 おまけにメダルの次に金貨も6枚と次々と出し、その金色の輝きに目を奪われそうだ。

 その価値を知らないのだろうか。メダルや金貨をカウンターに乱雑にぽいぽい投げるぬしちゃんに剣士が叫ぶ。


「ちょ、ちょおまてや!傷ついたらどうすんだアホ!!」

「ふぁぃう」

「ふぁいう、じゃあねえよ!」


 言い方は若干荒いが、もっともすぎた。それほどまでに金貨に混ざる豪華なメダルは素晴らしい物であり、女将も他2人もその雑さに慌てる。咲ちゃんは状況がまだ読めていない。



 しかし、過ぎたるは(なお)及ばざるが如し、という(ことわざ)。過ぎたる力は足りない事と変わらないのだ。


 この店は王国でも安価で泊まることができる店なのだ。

 基本的に扱われているのはほぼ銅貨であり、長期で宿として活用するにしても銀貨である。


 まず金貨を持ち歩くような者はこんな安い宿などを使わないだろう。少なくとも金貨で支払いをする者はこの宿には今までにいなかった。

 さらに、豪華なメダルに至っては安く見積もっても金貨30枚はくだらない。貴族の収集家が見れば倍の高値でつくかもしれない。それも3枚。


 だが、持つ者がいれば持たざる者がいるのが世の常。


「でもねぇ・・・うちでこれを引き取っても、だせるお釣りはないんだよ。ごめんねお嬢ちゃん」


 店の方が払えるだけの額がない。


 この店は宿と食事、どちらにしても銅貨で交換できる物ばかりだ。見栄を張った男がカッコをつけて銀貨を出すことがあるが、お釣りを渡すのに手間な上に客側も銅貨が嵩張(かさば)って面倒になるだけだ。

 金貨を銅貨で換算すれば1000枚をこの小さな子供に渡すことになる。そうならないように客側が専門の店などで銀貨を銅貨に取り換えるなどするのが常識だ。


「え?咲たちおとまりできないの・・・?」

「なんとかしてあげたいんだけどね。さすがにここまで大きいとお店が困っちゃうのよ」

「ごさんであった」

「・・・お前、意味わかって言ってるのか?」


 咲ちゃんは落ち込んでしまい、ぬしちゃんは当てが外れぼーっとなっている。

 そんな中、弓使い達と眺めていた杖使いが割って入る。


「ってかさ!なに?あなたたちってどっかのお嬢様?」


 幼く、世間知らずで、家族がおらず、王国に住んでいない。

 そのくせ、変わってはいるが良い生地をした服装に、そして家宝とも宝石とも取れるこのメダルに金貨を持っているのだ。

 彼女達の事情はわからないが、普通ではない子供であることは誰が見ても分かる現場に居合わせてしまった。


 そう、()でも、気になってしまう。


「・・・!おい、隠せ」

「そうだな」

「女将、ちょっとこいつらを借りるぜ。こんな玩具(メダル)で泊まろうなんて世間知らずにも程がある」

「確かにその方が良いわね。よろしく頼んだわ」


 咲ちゃんを弓使いに預けた剣士の男が突然ぬしちゃんのカバンに金貨とメダルを勝手に詰め込み始める。

 玩具、と言い始めた剣士であったが、その口調は若干演技臭い。同じく感付いた弓使いもそのまま咲ちゃんを先ほどまで3人がいたところまで連れて行ってしまう。

 まるで米袋でも持ってるかのような運び方だ。


「ふぇ!?」

「ちょ、その持ち方はないでしょ!」

「うるさい」


 弓使いは子供の持ち方に抗議する杖使いを気にせずズカズカと進んでいく。

 剣士の方もカバンに金貨にメダルを詰め込んで、ぬしちゃんごと搬送されてくる。周囲の客はその雑な扱いに失笑したが、それ以外は特に気にならなかったようだ。





「ったく、危なかったぜ」

「え?なにが?」

「お前は学習しろ、風っ子」

「ちょっと子供っぽい変な言い方しないでよ!」

「ガキだろ」

「はぁああ!?」


 咲ちゃんとぬしちゃんを含めた5人はまた隅っこへと戻り、3人組は勝手に騒ぎ出す。

 何が問題だったのだろうか?わからないままに連れ戻された2人が3人の様子を眺めていると、剣士の男が咲ちゃんたちの目線に合わせるように片膝をついて屈む。


 第一印象と打って変わり険しい剣士の顔つきについ緊張してしまう。


「おい、あんな立派なもんこんな安い店でほいほい出すんじゃねーよ」

「このおかねは、だめなのか」

「そんな問題じゃねぇ。目をつけられたり広まったりしたらまずいってことだ」

「え?」


 んー?そんな擬音が聞こえるくらいに幼い2人には何の話なのかわからなかった。このお釣りが払えないことが何か問題だったのだろうか?

 そこまで話して杖使いには理解できたようだ。


「そっか!盗まれたらやばいじゃん」

「な?ガキだったろ?」

「うっっさい!!」


「ぬしちゃんの、ぬすまれちゃうの!?」

「ばぁか!声がでけぇって」

「あぶぶ!?」


 つい声に出してしまった咲ちゃんは急いで両手で口を塞いだ。


「・・・あぶぶ」

「お前は何も言ってないだろう」


 わざわざ咲ちゃんの真似をして口を閉じたぬしちゃんに弓使いが『違う』とジェスチャーで留めた。

 だが、確かにそうかもしれない。どこで手に入れたかわからないが、ぬしちゃんの持っていたお金はまるで宝石のようであり、悪い人に盗まれてしまうかもしれない。

 咲ちゃんたちには思いつきもしなかった。



 だからどうなるのだろうか。

 状況はこの店に来た時に戻っただけだ。



「話戻すけどさ・・・あたしらどうすんの?」

「あー」

「・・・」


「ぬ、ぬしちゃんどうしよう」

「む・・・」


 


 幼い女の子2人と大人3人組が、行き詰まった。互いが互いの事情があり、問題もある。


 結局ぬしちゃんもコタコタを手に入れることもできず、咲ちゃんも半ば無理やり連れてこられ、迷子に迷子を重ねてるような気がした。3人組の方も何か悩みを抱えているようだが、何ができようか?



 それは3人組の方も同じようであった。そもそもこの3人は何を悩んでいるのだろうか。コタコタ騒ぎで忘れてしまっていたが、彼らは一体何者なのだろうか?

 口の悪い剣士、ぶっきら棒な弓使い、ヘラヘラしている杖使い。たぶん、貧乏。

 なんだかんだで助けてくれていたようで悪い人たち、ではないのはわかるが。


「・・・そういや」


 剣士が(つぶや)く。目線は、話がしやすそうな咲ちゃんに向かっている。


「お前たちはこれからどうすんだ?」

「咲たち?」

「おう。えっと?コタコタが食えて、もし泊まれる場所があって、そしたらどうするんだ?」


 剣士は咲ちゃんに問い掛ける。何か考えがあるような口ぶりだ。


「咲たちのおうちを、にほんをさがしてるの」

「ニホン?国の名前か?」

「ぬしちゃんといっしょに おうこくってところでさがしはじめるところだったの・・・」


 だったの。正直に話す白髪の女の子の声になんとも言えない疲れたような含みがあり、この子の苦労が伝わってくる。

 ・・・まあ、誰が原因かはなんとなくわかった気もして黒い髪の女の子へと目線がずれる。


「なるほどな。よし」

「おい」


 何かに気づいた弓使いの制止を剣士は目で断った。しぶしぶ承諾したのか、諦めたような溜息が聞こえてくる。



「お前たちの探しているニホン。()()として俺らが探すのを手伝ってやろうか?」

「え!?ほんと?」

「おてつだい」


 依頼、幼稚園の男友達のゲームでそういった話を聞いたことがある。それは嬉しい提案だ。喜ぶ2人の女の子に対し、驚く杖使いに結果がわかっていた弓使い、反応は様々だ。


「衣食住の協力もする!わからないことがあれば俺たちができる限り教えてやる!家にも帰れるよう全力を尽くす!」

「おお、かっこいいんだ」

「うん!」


 先ほどまでの貧乏で生活力の無さそうで微妙に頼りない剣士の姿はなかった。それくらい自信に満ちた振る舞いに咲ちゃんとぬしちゃんは感動する。

 もしかしたら日本に帰れるのかもしれないと、そう思わせるほどに。


「ただし!依頼の報酬、いや、条件がある!」


 報酬、そして条件。依頼には報酬を出さなければいけない。この場合は咲ちゃん達が出すことになるが、何が欲しいのだろうか?


 そして、剣士は力強く両手を合わせ頭を下げる。

 その姿を見て、咲ちゃんは 初詣で必死に合格祈願を祈る学生を思い出す。



「その、すまん!持ってる金貨だけでいい!前借りさせてくれ!!頼む!!」

「・・・えぇ」



 5歳児に懇願(こんがん)する情けない剣士が、そこに誕生した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コタコタ・・・。 何だかフィンガーチョコレート食べたくなってきたぜ。
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