幸運の道標
お待ちしておりました
あ その
私のことは あの人は何か
そうですか
私は 騙されていたのですね
はい 孤児だった私を迎え入れてくれて
厳格で聡明な方だと
少なくとも私は思っておりましたが
こんな話 申し訳ございません
はい 救ってくださった御恩と償いの為
この身をコザクラサキ様
そして
をことぬし様の使用人として
尽くさせていただきます
数々の煌びやかな装飾が施された一級品の棚、写鏡、献上品の名画に芸術品や趣向品。
「ふむ」
その男は少し前に新調された棚の横にある大きな壺に触れ、目を瞑る。壺の口と耳から肩にかけて金が埋められており、それ以外は肉食獣を従える人間を象った紋様を描かれた茶色に染められている。
その時、机の上にある魔導石が光り輝き、扉ぼ前を守護する兵士の声が聞こえてきた。
『豪商様がお見えになられております』
「通せ」
『っは!』
返事の後から少しして、扉を開かれる。
「お待たせいたしましたな」
「よい」
王の臣下にして親友である豪商が杖を付きながら王室へと入ってきていた。
「お前のことよ。酒には酔っても勝利の余韻に浸っているわけではあるまい?」
「これほど忙しいのなら、仕様人と共に牢屋で過ごしておった方が幾分か楽だったかもしれませんな!」
「真実を捕らえる為とはいえ自ら投獄に走るとは、思い切った事をしたな」
「とはいえこの腹だけでなく、賭けにも前に出過ぎましたがな!はっはっは!」
「・・・世話を掛ける」
「王よ、お気遣いなさらず。少し腹は出ておりますが、この身には王への忠誠心で詰まっておりますゆえ、ご安心を」
「其方が王国に残ったのは幸運だった」
冗談混じりに笑い飛ばしている身なりと恰幅の良いこの男の綱渡りとも言える行動は効果的だった。
裏切りの偏重を見せていたはいたものの、
知将の確固たる信用を前では下々の言葉が通じない。かと言って同格の者が「怪しいから調べろ」と命令すれば物証は得られても確証を得るまでに時間が掛かる。実際に一部の衛兵には有りもしない子供の移動と保護命令を間に受け、ただ1人違和感に気づくことの出来た使用人の言葉は耳を傾けられることが無く追われていたのだ。
であればと、知将とほぼ同格の権力を持つ豪商が知将と共犯だと宣言するという、己の信用を逆手に取った作戦には、流石に王も心臓に悪かったことを記憶している。
「其方のところの使用人には、そうだな。特例として名誉勲章を授けなければ」
「なんと!その配慮だけでも嬉しいのですが、よろしいので?」
「コザクラサキまでも手中に収められてしまっていたやもしれぬ。それに・・・」
王は壺から手を離し、大きな窓へとゆっくりと身体を向けた。公では絶対に見せることのない王の表情に豪商は覚えがあった。
懐かしむような、切ないような、憐れむような、複雑な感情を1つにぎゅっとまとめた姿は子を持つ者であれば気づくだろう。
「亡くなってしまわれた姫君も窓掛けを使ってはよく脱走をしておられましたな」
「初めて知った時は頭を抱えたものよ。面子を守れば娘は反発する。甘やかせば周りが世継ぎがどうのと騒ぎ立てる」
「何度も城が小さければと愚痴を溢しておりましたのは今でも覚えておりますぞ?」
「城内を走り回ると下の者に示しがつかない、というのは建前でな。実の所、腰がキツかっただけよ」
「その心中、お察ししますぞ」
「ふははは!その腹では辛かろう」
「はっはっは!階段を上り降りするだけでお互い辛いですな」
アイタタと腰に手を当てる王の仕草に合わせて王室に2人の笑い声が飛び交った。
「儂のように臣下でなく、陰ながら友人として接していたのかもしれませんな」
「違いない・・・では本題に入ろう。内密に話したいことがあるのだろう?」
「お察しの通りです。ささ、こちらに」
「話そうじゃないか」
大きな写鏡の前には古美術品と見間違うほどの美しい椅子が2つ。本来であれば使用人に任せる手間を豪商は気にもせずに王と向かい合わせに座れるよう位置をずらし、王に席を座らせてから自分も座り・・・両膝に両肘を当て、まるで呆れた者にでも吹き掛けるように豪商は重く息を吐き出した。
「何故、奴を生かすので?」
「知将・・・その名は堕ち、ただの罪人か」
王国だけでなく、王の命をも脅かした全ての元凶。戦場にて首を落とされてもおかしくない状況の最中に予想外の乱入者によって妨害されたが、ただのその場凌ぎでしかない子供の浅知恵であり、冒険家達がお菓子で釣る事によって騒動が収まった時にはその場の誰もが唖然としていた。
「まだ殺すつもりはない。少なくとも、この後の発表を終わるまではな」
「それは同情で?ベラベラと帝国との内情を話す奴が信用していいものか。気味が悪いですぞ」
「奴の罪は許されるものではない。まあ・・・下手に生かしてしまえば、子供1人に王国が怯えていると兵達に思われても仕方がないものな」
「情が残っているわけではないのですな?」
「安心するが良い。少なくとも、この城からコザクラサキと をことぬしの2人が離れるまでの間はな」
「と、言いますと?」
2人が離れるまで。その理由がわからずに豪商は腕を組んで頭を捻る。
「|コザクラサキがこの目を治してくれた時にな、余の身体に燻っておった疾患が全て消え去ったのを知ってこう思ったよ。この力、手放したくないとな」
「その点はご納得ですな。ニホンが見つかった後にも友好関係を結ぶ為にも必要な措置だったと踏んでおります」
「だが、軽率にも をことぬしという少女を引き離したのは実に愚かな判断だったと今でも思う。看守の話ではな、知将と共に書室にいた其方の元へ暗殺者がやってくる手筈であった、とのことだ」
「な、なんと・・・!?ですが、書室に訪れた兵の者は襲撃の件しか・・・」
考え込もうとした豪商はハッとした姿を見て、王は微笑みながら答えを言った。
「言っておったな。お前の使用人は命を救われた恩もあり、あの2人に付き従えさせたと。その使用人を襲った者は、書室へ向かう予定であったと」
「陰ながら・・・この命は救われておったと・・・!
「偶然ではあるのだろうな。こちらが命のやり取りをしとるに、横で幼児が食事を始めだした時は、生涯最期の光景がこれかと絶望したよ」
「それはなんとも、いや、どう言い表せばよいのやら・・・」
「ふははは!まあ、つまるところはこうよ」
王は席を立ち上がり、棚の横に置いてある大きな壺の前まで歩いて戻るのを見て、豪商もギシリと音を立てて立ち上がる。壺を大切そうに撫でる様子は豪商が王室へと入るときと同じであることを見間違えなかった。
王室のあらゆる家具が交換される中、横になって倒れていたこの壺だけは王の指示によって片付けられることがなかったのだ。
「そういえば、ここに来た時も撫でて手に触れておられましたな。少し傷もはいっておるようで・・・」
「願掛けよ。この中にはな、闇が入り込んでおるのだ」
「闇ですと?」
「うむ。余にしか見えぬがな」
「ふむ・・・?」
目利きである元商人の目からすれば高額の大きな壺にしか見えず、とても魔力が込められているようには見えず、喉を唸らせる。中央には転がって付いた傷のような傷跡があり、大きく価値は損じているが王は構わずその手に触れては撫でていた。
愛でるように大きな壺を優しく撫でる王の表情は不思議と暖かい。
「光は幸せを分け与えるが、闇は不幸を飲み込むと余は知った。だが、侮ればその逆も然り」
「2人のこと、でよろしいですかな?」
「そうだ。余はなこの国を豊かにする名案を思いついたのだよ」
「それはお聞きしても?」
咲ちゃんとぬしちゃん、2人の少女を陥れた者達はことごとく災いが降り注ぐ。人が巻き込めば人を、物が巻き込めば物を、国が巻き込めば国が不幸になる。
「コザクラサキ、をことぬし。この両名を王国全体を挙げて祀る事にした」
「ま、祀る?」
「王国の未来は明るく、闇をも見通すのだ!ふはははは!」
全力で尽くせば巨大な幸運が舞い込んでくる・・・かもという王の考えに、この時ばかりは豪商は空いた口が塞げなかった。
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