神のお膝元
おかえりぃ そんな言葉を言えるのが
こんなに幸せな事だなんてねぇ
はい 本当に
あの子達も もちろん大切だけれどねぇ
あんたも同じさぁ
いなくなれば みんな悲しむよぅ
申し訳ございません でも
わかってるさぁ
この老いた身体じゃぁ あの森は厳しいからさぁ
無理はなさらないでください 叔母様
ひっひひひ そうかい?
それじゃあ1つ 庭の花壇の面倒を見てもらおうかねぇ
はい 任せてください
あ その前に
なんだぃ?
緊張が解け お酒に負けて寝過ごしている愚か者を叩き起こして参ります
囀る声が彼女の耳を撫でる。木陰を辿ればチュンチュンと愛らしい鳴き声で奏でる小鳥が羽休めをしており、王国の教会の平和を示していた。
鳴き声に癒されながら教会の入口にある花壇へと打ち水に使う手桶を使って水を撒く2人の女性がいた。
1人は純白の法衣をその身に纏い、美しい金色の長髪を靡かせる凛とした顔立ちの女性。その美しい容姿と『奇跡』の力を扱える事から聖女を近隣から持て囃されているが、聖女様などと呼ばれることには慣れておらず、近しい者達には咲ちゃんとぬしちゃんの呼び方に因んで先生と呼ばれている。
「はぁあー・・・だっるい。外に行ったら花なんていっぱいあるじゃん」
もう1人は聞く者全てを陰鬱とさせかねない気怠い溜息を花壇へと吐き捨てながらも同じく水を撒いていた。深緑色に染められた地繋ぎの衣服だけでなく、手や足にまで魔力の込められた宝石と装飾が施されている装備は一級の魔法使いであり、風魔法の使い手である。
悪態をつく風使いに聖女は手作業を止めずに言葉で嗜める。
「育み、生かし、最後を見届けることに意味があるのです」
「花粉でくしゃみが止まんなくなる事があるし、わざわざアタシらがやんなくても外の日当たりの良いとこに埋めちゃう方がいいんじゃない?」
「確かにここの花壇には値の付く植物ではありませんし、薬用でもありませんね」
「それなら育てたって意味ないでしょ?見た目は綺麗かもだけどさ」
薬草であれば人を助け、香水に加工ができるのなら財布が潤うかもしれないが教会の花壇にあるのはそうじゃない。
教会の花壇には、いくつもの細く白い脣が緩やかに曲線を描いて伸びている花が植えられている。真っ白な花弁は陽の光に当たれば綺麗に映えるが、金銭的価値が無いことに風使いでなくとも周知の事だった。
「では、この花がサキちゃんとぬしちゃんだと思ったら?」
「へ?それなら大事に育てるかな」
「では、他の子供達・・・いえ」
土の湿り気と雑草が混ざっていないか確かめるため、聖女は屈みながら花壇の地へ手に触れる。
「この花がアナタだとしたら、手間だからとのに放ちますか?」
「そー・・・」
勢いで言い返そうとしたが、それが誤りだということに風使いはようやく気付く。
囲いの中で育てられた花が価値が無いと知ったら捨てるのか?
「誰もが優れた力を持って産まれるわけではありません。私は寒村に育ち、賊に追われて森の中・・・あの修道院に訪れました」
「え・・・?そう、だったんだ」
「はい。幼い私は魔法を扱う学のない子供ではありましたが、そんな野の花を育ててくれた人もいるのです」
「えっと、院長さんだったんだっけ?最初はここに一緒に来たっぽいお婆ちゃんかと思ったけれど・・・」
「年齢と歴だけで言ったらそうなっていたかもしれませんね」
土弄りを終えた聖女は水桶へと手を伸ばし、土を洗い落として知らなかった事実をジッと聞いていた風使いへと笑みを向けた。
「率直な意見として、この世に神など存在しません」
「・・・へ!?」
神を崇め、信仰を重んじる教会の者とは思えない発言に風使いは喉から驚きの声を絞り出す。何言ってんだコイツは、とそんな表情で。
「捨てるも拾うも人であり、神なんて上から見下ろしてるだけなんですから。人でも物ですら無いですよ」
「愚痴ってたアタシが言うのもなんだけど言っちゃって良いの!?」
「当然です。あんなのただの石です、石。私が信じているのは今も昔も三神でもそれ以外でもありません」
「え、えぇえ?そりゃアタシだって神様なんて信じてないけどさ・・・」
聖の字を抜いたような聖女の発言に風使いは驚いてはいるが、そんな彼女も神の存在を信じていない。
自身が苦境に陥った時に作ってくれるのは仲間であり、最終的には自分自身の力で抜け出さなければならないし、信心深くも無い子娘が窮地に立たされた瞬間に神に祈るのも格好悪いからだ。
神様だって存在を信じてもいない相手に「助けて!」と祈られても嫌だろうし、風使いも自分を嫌っている相手に救いの手をなんて伸ばしたくはない。
だが・・・魔を扱う者であれば気付く“矛盾”が生じてしまう。
「先生の光の奇跡って、ぬしちゃんの足をくっ付けるくらい凄いよね?守護の奇跡だってすぐに壊れないし」
「本来であれば2人掛かりで行いがありますが、サキちゃんと比べてしまえば、私など一端でしかありません」
「アタシなんて痣とか切り傷ぐらいしか治せないし、守護の奇跡なんてちっちゃいもん」
「それは、信ずる気持ちが薄れているから・・・でしょうか」
「そう思ってたけど、違う。祈りの儀で、そうかなって思ったけれど」
『祈りの儀』
それは光の奇跡を扱う信徒達によって行うことができる儀式。
魔力の素質を正しく見極める事ができる為、魔を志す者は誰もが受けていく儀式だ。彼等の手によってこの世界には6つの属性が存在している事が判明されている。
『火』『水』『風』『雷』
その内の4つであるこれらは素質こそ祈りの儀にて判明されるが、勉学の努力さえすればどの属性も使うことができ、風使いとは言われてる彼女は『風』の素質があったから学んだだけで、その気になれば他の属性を学ぶ事だってできるだろう。
だが、残りの2つ である『光』と『闇』は異質だった。
世界には様々な術があり、言葉で呪文を唱える“魔術”、身体を用いて放つ“印術”、魔力の込められた道具を使う“呪術”など発見されている技法があるが光魔法だけは『奇跡』と呼ばれて認知されている。
理由は真摯に崇める信徒に神々が力を授けてくれる力であり、生ある者に活力を与え、傷を癒す事ができるのが光魔法だけであり、神を信ずる力が強いほど光魔法の力が強まる事から神々の奇跡に因んで名付けられたのだ。
一度身につけた奇跡の力は忘れる事は無いが、力の差異は神を信ずる心に左右される。だから教会に属していた聖女の奇跡は強く、神を信じず生きてきた風使いの奇跡は弱い。
「ただ・・・修道院で過ごしていた時には私の力は他の信徒達と同程度だったはず、ですね」
「じゃあ、王国に来てからって事?」
「そうかもしれません。と言いましても、測れるものではないのですが」
世間一般では。
神を信ずる思いの積み重ねによって『奇跡』は強くなる。
「じゃあ、先生の力が強いのって・・・」
「もしかしたら、神様というのは関係が無いのかもしれません」
「え?」
「ほら、話ばかりを聞いてないで、手が止まっていますよ!」
「あっ!ごめんごめん!忘れてた」
「サボるために話を振ったのでしょうが、あなたの持ち場は手伝いませんからね」
「違うってば!ちゃんとやるわよ!」
しかし、咲ちゃんのような例外がこの世には存在しているのだ。慌てて花壇へと水撒きの続きに入る風使いを叱咤しながら、聖女はそう考える。
「私が信じ、崇めているのがサキちゃんとぬしちゃんなのは変わるはずありませんもの」
森の中でひっそりと過ごしていく筈だった修道女達の前に現れ、心無い者達の襲撃から命懸けで救ってくれた子供達を信じる彼女の想いは若く、そして強い。
「え?なんかいった?」
「いいから!室内の掃除も残ってるんですから!」
「うぇ!まだあるの?」
「昼までに終わらせないとアナタだけ置いてサキちゃんとぬしちゃんに会いに行きますから」
「アタシだけ厳しくない!?トンガリもリーダーもどっか行ってるしアタシだっていいじゃん!」
「その怠惰けた根性が気に食わないのです!」
「はぁ!?ちょっと休むくらい良いじゃん!・・・寝過ごしちゃったけど」
「朝には終わる仕事がアナタのせいで遅れてるんです!文句を言わない!!」
「あー!あー!ごめんなさいって!はいはい!」
「“はい”は一回!」
仮に、神様がいるのだとしたら。
「うるさい巨乳!ちょっとよこしなさいよ!!」
「キョ、きょ巨乳ってなんですか!こら!土のついた手で触らないでください!!」
「子供から“胸が少ないんだ”って言われる気持ちなんて知らないでしょーね!!涙出てくるわ!!」
「それは!・・・頑張ってください!」
「ムキィイイイ!!!」
彼女にとって、咲ちゃんとぬしちゃんが神様となるのだろう。
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