衛兵と元衛兵
はーい!いらっしゃい!
お泊りね?はいはい2人ね!馬車の旅ご苦労様!
ああ そりゃ繁盛してるからさ!
いやぁね?戦後祝いだーって兵士共がどんちゃん騒いでったりね
おかげさまでこの店もまだまだ持ちそうだよ!
下町のみんながこうしてニコニコ笑ってるのを見れるとこっちも嬉しくなるねぇ
あ そういえばそうそう!
あんた達の話してた子達見つかったよ 白と黒の2人!
宝石なんて御大層なもん持ってて驚いたよー!
少し前に ほら!あそこに座ってる青い鎧を着た人
今は三色の蒼鷹って名で有名でねぇ
教会に連れてったみたいなんだけど
今はお城に
あ もう知ってんのかい
それを早く言っておくれよ
蝶番のに取り付けられた扉がギィと音を立て開かれる。中へと入ってきたのは灰色の短髪の素朴の顔立ちの男であり、彼が街中に出歩けば有象無象へと簡単に紛れてしまうような、そんな普通の男だ。
「いらっしゃい」
「三色の蒼鷹を探している」
「ああ!経験談でも学びに?ふふ!彼なら奥よ」
「ありがとうございます」
男に笑顔で応対するのは恰幅の良いこの酒場の女将であり、機嫌良さそうに快く案内し、男を誘導する。広くはない店内の片隅にある2人用の席の片側で座って待っていたのは影を宿していそうな蒼を纏う、弓使いだった。
「お待たせしました」
「問題ない。話をしようと城へと向かったが、見かけなくてな」
「あー・・・はは、そうですよね」
「む?」
弓使いと対面するように席に座ったこの男は王城の門を守護している門兵だ。安さ目当てに訪れる荒くれ者達の多いこの酒場においては肩を捻らない規則正しい歩き方は彼の数少ない特徴とも言える。
門兵が席についたのを見てから弓使いは机に用意されていた小さな容器に水を入れながら話だす。
「あれから調子はどうだ」
「コザクラサキ様達の一件で持ち場を離れたこと不問となりましたが・・・上にはドヤされました」
「王城の結界は今どうなっている?」
「破られた結界は修復されました・・・が」
「む?」
門兵は自身の手の甲を弓使いへ見せつけるようにゆっくり差し出し、その意味を悟る。
「明日を持って・・・衛兵を辞めることになります」
「なに・・・?」
明日には彼は門を守護する兵士でなくなり、肩書きの無い1人の人となる事に弓使いが目を見開いて驚いた。
「何故だ?確かにお前は魔法障壁を解除する鍵を持ちながら、持ち場を離れたが・・・その働きはサキとぬしの救出に繋がった。証言が足りなかったか?」
門を守護する兵士であった彼の行動は、客観的に見れば危険極まりない物であることは確かだった。巨大な城を囲う真の城壁とも言える魔法障壁を解除する籠手を持っている彼が何処かで倒れて奪われでもしたら、復旧どころの騒ぎではない。
国内ならともかく、国外・・・それも帝国の手の内に回ってしまえば障壁を作る魔導石を変えるだけでも国家予算規模の予算が飛んでしまうのだ。
戦後にその事実を知った剣士達と咲ちゃんの証言によって彼の行動は不問となったはずが、何故辞めてしまったのかと弓使いの表情が険しいものとなる。
「いや!それについては本当に感謝しておりますし、立場上怒鳴られはしましたが、同僚達からは褒められるくらいでして・・・こんなこと、初めてです」
「どういう事だ?」
「自分、その・・・笑わないで聞いてください」
門兵の表情が僅かに困惑を見せる弓使いとは対照的であり、穏やかな表情へと変わったのだ。
「自分・・・いや、俺。コザクラサキ様や蒼鷹や他の皆さんの必死さを見て、自分にも何かできないかな、と」
「何か?」
「俺もその、冒険家となって・・・ニホンを探せないかなって、思っての決断です」
「本当か!それはありがたい。サキ達も教会の者達も喜ぶだろう。では早速だが」
「あーと、あの!少々お待ちを!」
席を立ち上がる勢いで弓使いが驚いた姿を見れば、付き合いの短い門兵ですらその喜び様に気付いてしまい、慌てて言い直す。冷静そうに見えた弓使いが自身が武装も整えていないのに今にも連れていきそうな勢いに気圧されたからだ。
「王国外の地理はほとんど知りませんし、俺は遠征にも出ておりませんので・・・しばらくは準備期間ですね」
「なるほど・・・わかった。此方も協力は惜しまん。情報の共有の場も欲しいな」
「助かります。自分の話はまた後ほど・・・城内の現状でしたよね」
「ああ、頼む」
弓使いから注がれた用器の水を1口飲んでコホンと咳払いをし、明日には野に降る門兵が潤った喉で話始めた。
「まずは、豪商様と・・・あいつの処置についてです」
「あれからどうなった?」
「三色の皆さんの発見した元修道院と思わしき場所から多くの物的証拠が出てきました」
「奴から直接聞き出したからな。俺が聞いても問題がない話か?」
「はい・・・元修道院を利用した帝国軍の拠点から王国の所有していた物資が運ばれていた様で、隠された中継地点として利用されていた様です」
「物資を捕休、そのまま本陣に攻め込む算段か。普通であればすぐに気づかれそうなものだが、隠蔽されていたわけか」
「元修道院の件については聖女様がお話しされていたみたいですが、恥ずかしながら・・・」
まんまといっぱい食わされた。
互いに見合わせた2人の顔にはそう描かれていたのか、弓使いは静かに溜息を吐き捨てる。国が信用する参謀が黒を白と手回しすれば表面上は白としか見えず、確認を怠ったのだ。
国民がその事実に気づけば、国の安寧をも揺るがしかねない大きな問題となるだろう。
「王国の物資については俺達は気が付かなかったが、刻印でも付いていたのか?」
「物資自体は一般にも流通している武器が多く、それだけでは判別付かなかったのですが・・・箱に見覚えのある落書きがありまして」
「・・・落書き?」
落書き。そう聞いた弓使いは小さな影を思い浮かべる。
「恐らく城内で描かれたもの、でしょうね。実は本陣で皆さんから受け取った書類の文面に共犯者らしき者、それも複数人も名が挙がってきたのですが虚偽の一点張りで証拠とはならなかった・・・のですが」
「まさか・・・ぬしが?」
「共犯者の中で鉄の輸入と武具の運搬を担当していた者がおり、捕縛後の証言で帝国に加担した連中が流れるように次々と捕まっています」
まだいた。巨悪の影に潜んでいたのだろう。そもそも国を陥れる計画など単独で行うわけがなく、兵士に偽装した者もいれば心変わりをしてしまった権力者もいたのだろう。
当然といえば当然であり弓使いにも理解してはいたが、これには鼻で笑って返す。
「皮肉だな。利用をするつもりが机ごとひっくり返されたわけだ」
「ごもっともです。をことぬし様の悪戯が裏切り者の尻尾ごと引っ張り出したとあると・・・注意をしにくくなってしまうかもしれませんね」
そう門兵が冗談混じりに口を滑らした時だった。
「なんだと?そんなわけがないだろう・・・!」
「え?」
突如として弓使いの空気がピリピリしたものへと変わり果て、門兵は唾を飲む。
「それとこれは話が別だ!ニホンに送り届けた時に他人に迷惑ばかりを掛ける子になっていたら俺達の管理責任になる」
「そ、そうなっちゃいますよね」
「自身の子で無いからと、客人だからと放任していればまた悪党共にまた付け込まれるやもしれん!」
「すみません・・・!あと、店の中で大声を出したら迷惑に・・・!」
「まさか俺達の目が届かんところで適当な扱いをしているのではないだろうな!?」
「そんなことは・・・!というか!こんな話をするために呼んだわけじゃないでしょう!」
「こんなとはなんだ!?それよりもぬしだ!城に行く。ここを出るぞ」
だが、そのピリピリとした感覚が殺意とは真逆の物だと気付き、門兵は呆れてしまう。まるで子を想い暴走する父親を相手にしているような気がしたからだ。
彼の衛兵としての経験が“面倒臭い”と危険信号を発しているのだ。
「今からですか!?流石に・・・急すぎます!昼過ぎには2人のことが国全体に公表されるのですから、それからでも・・・」
「国の事情など知らん。サキは利口だが、ぬしの奴は何度も言い聞かさん、いや、言い聞かせてもまた勝手なことをするに決まっている」
「待ってください!水だけ頼んで出ちゃったらここに来にくくなるじゃないですか!」
「なら好きに頼んでいけ。金は戻ったら出そう」
「そういう問題じゃない・・・って、あ!本気ですか!?だめですってば!!」
「何をする!?離せ!!」
席を立ち真っ直ぐと歩き始めた弓使いを羽交い締めにして止める門兵に向かってヒソヒソと笑いが飛ぶ。午前中の酒場で騒ぎ始めた2人はすでに注目の的だ。人の少ない時間帯が返って2人を注目させてしまっている。
「あの夜みたいに話もなく来られても困るだけですって!!」
「何故止める!?こうしてる間にぬし達が」
「まあ危なっかしい国とは思ってますけど!」
「なら行かせろ!」
「ダメですって!!また屋根に登る気ですか!?」
「するわけないだろう!」
「したじゃないですか!!」
「あれは緊急時だ!!」
「でしょうね!」
「なら離せ!!」
「どういう理屈ですか!!」
1つ言える事があるとするならば、ここには物語の片隅で立つだけの存在はいない。
脇役は、ここにはいないのだ。
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