拾う神
いつの頃から 泥や土が汚い物だと感じ始めたのか
幼き時には遊び道具にまでしていた物が
知恵が付くにつれ触れたくない物に変わりゆく
だが 奇妙な話だ
汚かった物を汚いと認識するほど
己の心が汚れて見えるのだ
では 泥ではなく 汚れた心を見た子供は
どんな反応を見せるだろうか
汚いと手放すか?
それとも・・・
一体、何が・・・起きたというのだ?
「いぇ!!?」
「ぎゃっ!??」
疲労と激痛で視界がぼやけて見えづらいが、私を引き連れようとした兵士どもが吹き飛んだ。まさか、帝国の連中が私を救う?
それはあり得ない。外堀作戦は失敗に終わった時点で私の居場所が無くなったからだ。
全ては・・・あのガキのせいで。
王は口を開かず、囚われた私の駒が余計な口を開く前に処理したが、私には小桜咲に並ぶ凄まじい力をあの黒髪のガキが持っている事は予想がついていた。暗殺者の連中の手際は良く、腕も確かだ。小桜咲という福音によって王直属の警護から闘将が外れた時、殺すのに絶好の好機が訪れた筈があの有様で驚いたよ。
幼児とは思えぬ身のこなしは嫌でも耳に入ってきたからな。只者ではない事だけは知っていたよ。
単細胞なガキ1人を誘導するのは布に水を染み込ませるのと同義、簡単だった。黒髪のガキを戦場へ放り込んだ時点で私の計画は成功はしているのだ。
「ちゃくちである」
両手を縛られ、片足は玩具にされ、我ながら情けない姿な私は随分と滑稽なのだろうな。
ボーッとした間抜けな顔、争いなど無縁の体付き、まともな武具などその身に1つ付けないコイツがまた現れた。
「おひげのおじさん、おたすけなんだ」
「・・・な、なに?」
私を・・・救いに、だと?聞き違いか?
「おたすけしにきたんだ」
どうやら本気のようだ。なるほど、理解が追いつかん。
退路は絶たれ、逃げ延びたところでここは両国の狭間といってもいい場所だ。王国の信頼を失い、帝国に捨てられた私に逃げ場などあるわけがない。
いや・・・このガキの力であれば可能なのか?だが、その後の追われる毎日を送るくらいであれば牢に繋がれ死を待つ方が楽だろうよ。
「おけがだいじょうぶなのか」
この、余裕そうな顔と喋り方に腹が立ってきた。なんだ、とはなんだね。
「は、っは!貴様には、驚かされたよ!おかげで私の計画、生涯は全て無へとなったわけだっ!」
口を開くたびに体が痛むが、それでもコイツには言ってやりたい。
どうせ私は処刑されるのだしな。
「まさか英雄様に並ぶ力を持っているとは!神様からの授かり物かね?お前のような持つ者はニホンとやらでは手厚く持てなされていたのだろうなぁ」
言えば言うほど笑えてしまう。
5歳児のガキ相手に身動きも取れない男が文句を言う現状に耐えかね兵士共が武器を抜いていくと言うのに、誰1人近づかない。
コイツは強い。怖いだろうよ。
「そして今度は私を助ける?助けると??はっはっはあ!!未だに私に騙されていたと知らずにまだ助けると!?保護者様は教育はしっかりしてるのかね!?」
殺意剥き出しの冒険家連中に聞こえるよう、大声で言ってやる。
現に今自身を殺そうとした相手を助けに戻ってるのだから、歯軋りしてないで素直に聞いた方がいいとは思うがな。
だが・・・どれだけ嘲笑い、陥れ、辱めてみせようと私の気が晴れることがないだろう。
「をことぬし、がんばったんだ」
これが成人、もう少し若くてもいいが、そのくらいの歳でもあれば私の言葉で憎悪に満たせてやれたというのに。
ああ、腹が立つ。
明確な理解を示せない相手との対話ほど、苛つかされるものはないだろう?
ーーーーーーーーーーーー
王の暗殺に失敗した。
今まで闘将が王の近辺から離れる絶好の機会をしくじったのだ。
頭目は赤牛と呼ばれつつある大柄な剣士とその連れ、内1人は元衛兵。頭は教養のない男ではあるが、どいつも腕は確かで私の配下では太刀打ちできなかったほどだ。
夜間に抜け出した子供を追いかけた矢先に事態に遭遇した・・・などと翌朝に聞いた時は、腹が内側が煮え繰り返りそうだったよ。
その子供というのが小桜咲という少女の片割れ、をことぬしという名前とも言えない珍妙なガキであったと、付かせていた使用人からようやく聞き出せた事に私は初めて冷や汗をかいたものだ。
王が私も含めて内通者に警戒しているという事だからな。また毒を仕込もうにも豪商の奴が小桜咲の存在が非常に厄介極まり無い・・・筈ではあったが、大凡の答えはすぐに理解する。
闘将が王の警護へと戻り、をことぬしという侵入者を小桜咲とと並んで客人として迎えたからだ。あの時、私の中で繋がる物が見えたような気がしたよ。
半月以上前に運ばれてきた手駒であった山賊共の容態。
紫鉱の遺跡捜索の報告に紛れていた|蛇の亡骸のそばに落ちていたらしい紙細工。
山賊と同じくして外傷の無い意識不明の暗殺者。
これは・・・使えるかもしれない。
そう思案を巡らせていた夜、私は奴と遭遇した。
「こんばんはなんだ」
珍妙な語尾だ。どんな教育を施せばこうなるのやら。
「うんちとおしっこをしにいくんだ」
小桜咲は厠をトイレとニホンの言葉で話していたそうだが、コイツから知性を感じられない。
「をことぬしはものをなげて、やっつけるんだ」
物体を飛ばす魔法か?風魔法の類
・・・何か隠している?いや、そんな頭はコイツにはないか。
「おひげのおじさん、こまってるのか」
ああ、困っているとも。貴様をどう利用すれば良いのかをな。
・・・まてよ?
「をことぬしは咲ちゃんと しんゆうなんだ」
なるほど。親友とは結構な事だ。
命懸けで守りたいほどに
「咲ちゃん、あぶないのか」
そうだとも。あと数日もすると帝国と戦争が起きる。
帝国は悪い人たちで、小桜咲を攫おうとしているのだよ。
「おひげのおじさん、おたすけしてくれるのか」
もちろん。私が悪い人達の場所へ案内してあげよう。
黒い鎧を身につけた者達は全て悪党だ。
お前が戦っている間に、小桜咲は私が守ってあげよう。
「おうこくのひとたちも、まもれるのか」
そこはお前の頑張りしだいよ。
とにかく帝国の者達をたくさん倒せば、倒した数だけ救われるかもしれないな。
「そうなのか」
そうだとも。
「おひげのおじさん、ありがとうなんだ」
こちらこそ。
お陰様で良い算段が思いついたよ。
小桜咲と使用人を利用して王国に混乱を起こし、コイツを使って帝国を疲弊させる。私の配下を返り討ちにしたのだから、もっと腕を奮ってもらおうではないか。
戦力差と私の誤った作戦に踊らされた王国は敗北し、私が唆したとも知らずに疲弊した帝国は私を受け入れるしかないのだ。
「をことぬし、いっぱいおねんねさせてくるんだ」
大切な親友を守る為に出向き、力尽きた黒髪のガキは殺され証拠も消えてくれれば万々歳だ。
「おじさんとおはなしはないしょ。わかったんだ」
では私の捨て駒共、頑張りたまえ。
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ふと・・・黒髪のガキと王城の廊下で騙した時の事を思い出す。
10年に及んで積み重ねた私の玩具をコイツは私ごと平気で崩しにやって来た。
そういえば、久しく地に落ちておらず忘れていたな。
「頑張ったぁ?お前は底無しの馬鹿だなぁ!?その励みによって私がこのような目に遭っていると気付いてないのかね!?」
“民草とは搾取される物である”
「お前は私に騙されてたんだよ!!ここまで気づかない馬鹿とは!笑いものだぁ!いんやぁ?それとも誰かの入れ知恵ですかなぁ??」
“民草とは踏まれる物である”
「いやぁ今のお力は生まれながらの才能で??努力もせずに始めから持っているとは!世の中はどうしてこうも不公平なのか!?」
“民草とは貪られる物である”
「だからこそ教えてやろう!周りの者はなぁ、お前自身を見ていないのだ!わかるか??お前の生まれ持った力にだけしか興味がないということだ!!」
“民草とは操られる物である”
民草とは・・・。
「力のないお前は空っぽで!無鉄砲で!!無能で!!!誰からも愛されんクソガキってことだぁっ!!!!」
弱き物である。
者ですらない、道具なのだ。
他人から劣っている事を嫌う、劣等感から始まった私の人生は5歳児の子供に崩された。今まで積み上げてきた箱を面白半分に押し倒された気分だったよ。
「私はなぁ!王国も帝国もどっちも潰れてくれれば良かったのだよっ!!下々をそこらの雑草としか見れないような国家が憎くてっ、恨めしいっ!!!」
だから、全てをぶっ壊してやろうと?
いや、国家の上に立って甘い蜜でもすすってやろうと?
「お前だけじゃない!お前の親友とやらも!!冒険家共も!!雑兵共も!!使用人も!!ゴロツキも!!一国の王も!!!」
ああ、そうか、そういうことだったか。
「何も持たないそこらの平民に堕とされるのをっ・・・私は見たかったっ!!!!」
私は、見返したかったのか?
例えば、世界最高の武を持つ闘将のような。どんな致命傷だろうと治してみせる小桜咲のような。そんな奴ら。
特異な力を持つだけで注目を浴びて、英雄視をされるような奴らに伝えたかった?
「私は・・・私はっ・・・!!」
物語の片端、姿すら無く、単語だけで終わるような・・・端役のまま終わりたくなかった。
それならせめて、悪役として目立とうとしていたのか?
何をやっているのだ・・・私は?
まるで、駄々をこねて騒ぐ子供ではないか。
「おひげのおじさん、わるいひとだったのか」
そうだ。これ以上無いくらいの悪党だ。
「をことぬしに、うそをついたのか」
当然だ。そうすればお前を動かすことができたから。
「そうなのか」
そうだとも。
「でも」
・・・。
「おひげのおじさんのおかげで、おうこくのひとたち、たすかったんだ」
・・・は?
「おひげのおじさんが、つれてきてくれたから、咲ちゃんも、みんなも、まもれたんだ」
・・・何を言っている?
「おひげのおじさん、いっぱいがんばったんだ」
なぜ 頭を撫でる?
「をことぬし、みんなをまもるんだ」
どうして お前が私を慰めるのだ?
私は お前は私を恨むべきだというのに
「おひげのおじさん、ありがとうなんだ」
なぜ お前が
お前だけが 中身を見ても尚
寄り添おうとする
「咲ちゃんにおねがいして、おけがなおしてもらうんだ」
やめろ やめてくれ
「をことぬしもいたかったけれど、がまんなんだ」
優しく しないでくれ
「いっしょにがんばるんだ」
小さなお前に 縋ってしまうから
「ぅあああああああっっ・・・!!!!!」
「いいこいいこなんだ」
その時、私は気を失ったのだと思う。
片足に木片を埋め込まれて痛いはずなのに。
死を間近にして心労が鉛の如し重くのしかかっていたはずなのに。
泥沼の底から引き上げられ、雑ながら優しく介抱してくれたかのような気分だ。
不思議と私の胸の内は 穏やかに晴れていたのだ
読んでくれてありがとうございます
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