7話 芽生えた光
少女は目覚めたところは・・・。
・・・明るい場所。
不思議な輝きを放つ青い光が辺りを照らしてくれているようだ。周りには何も物は無い。
ここはどこだろう?すごく疲れて眠ってしまった気がする。
青い光の中から何かがこちらに歩いてくる。その何かは人の形にも見え、青い光の正体そのものであった。
青い光を放つ誰かが目の前に立ち、屈む。
その青い光はゆっくりと手を伸ばし、子供の頭を撫でる。
その手は温かく、心地よい。このまま眠ってしまいそうだ。
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「うーん・・・」
小さな小部屋のベッドの中で咲ちゃんは目を覚ました。修道院の2階にある小部屋だ。
?
左手が温かい。その温かさは知っている。左を振り向けば、ぬしちゃんが手を握りながら一緒に眠っていた。
「ぬしちゃん!」
「・・・ふぁぃう」
「あ、ごめん!」
「だいじょうぶなんだ」
つい呼んでしまい起してしまったが、眠る前のことを思い出し咲ちゃんは青ざめる。
「ぬしちゃん!あし!!あしだいじょうぶ!?」
急いで布団の中にもぐりぬしちゃんの太ももを確認する。
刺さっていたらしい傷跡が残っていたが出血などはしておらず、ぬしちゃんも元気そうだ。
「うん。おばさんたちがなおしてくれたんだ」
「よがっだよぉおお・・・!!」
「・・・ふぇ」
ぬしちゃんに抱き着きながら咲ちゃんは泣き始めた。
少しして誰かが扉をノックをせず入ってくる。院長、年長のシスター、次々とシスター達が入ってくる。いつもの白い修道服ではなく、寝間着姿であり、泣き声を聞きつけ急いで駆けつけたのだろう。その手にはランプを持っている。
「咲ちゃんぬしちゃん!大丈夫ですか!?」「怖い夢でも、みたのかい?」「もう起きてもだいじょうぶなの?」「無理しちゃだめよ」
小部屋が静かに騒がしくなる。咲ちゃんは一斉に心配されて驚いてしまい、ぬしちゃんにギュっと抱きしめる。驚いた拍子に涙も止まってくれたようだ。
「う、うん、もうだいじょうぶだよ」
「をことぬしもげんき」
「よかった・・・あなたたち2人にはとても助かりました。私たちが体を張るべきなのに・・・」
シスター達は思い思いに心からのお礼を伝える。その姿は心なしか人、というより神への敬服に近い。
その反応をどう受け取ったか、片や恥ずかしそうに布団で顔を隠そうとし、片や銅像のようにシスターたちを見つめている。
その反応に対し申し訳なさが混ざっているが、微笑ましくも思い院長は会話を続ける。
「あの輩、賊の者たちは今日のお昼、ですね。王国の衛兵の方々が引き取りに参りました」
「もう、咲たちのこと・・・いじめてこない?」
「ええ、もう安心してください」
咲ちゃんはホッとする。
が、落ち着いたのもあるのか気になっていたことを聞く。ぬしちゃんの事を諸々である。
「いんちょうさん、ぬしちゃんのこと・・・どうしてよけたの?ぬしちゃん、いいこだよ」
家に帰れない、家族に会えないことよりも、咲ちゃんにとっての1番の不満がそれだ。誰もかれも親友にばかり矛先を向けられては誰だって腹も立つ。
「その事については、本当に、本当に申し訳ありませんでした・・・」
「ふぁぃう」
院長は頭を深く下げ、謝罪を述べた。ぬしちゃんはいつもの調子だが、咲ちゃんはまだ納得がいっていないようだ。
「・・・祈りの儀を行った時に、ぬしちゃんからは底なしの闇が溢れたのです」
「やみ?まっくらなことなの?」
「はい。サキちゃんは明るい光、ぬしちゃんには真っ暗な闇。闇とは自尊心の強い者が持ち、今日襲ってきた賊の者のように悪い人が持つことが多いのです」
その言葉を聞き、咲ちゃんはカッとなり怒鳴る。
「そんなのちがう!!ぬしちゃんわるいこじゃないもん!!」
「はい、まったくその通りでした」
「・・・え?」
しかし、院長は素直に同意する。あれれ?と怒った感情がどっかにすっ飛んだのか咲ちゃんは困惑する。
肝心の相方は話は聞いているが特に反応を示さない。
「ぬしちゃんは・・・」
院長はそこで言葉が詰まる。言えない、というよりはバツが悪く言いにくい、そんな感じだ。
「・・・そうですね。ぬしちゃんの物に力を宿す魔法は、今までに無かった魔法です」
「そうなのか」
「もしかしたら、ぬしちゃんが元々持っていた力、なのかもしれませんし、魔法かどうかもわからないのです」
正直言ってしまえば、うーーん?という言葉が合うだろう。ベッドに座っている二人の女の子にはよくわからない話であった。
10日前までは魔法の存在すら知らない、5歳の子供にする話としては説明の説明不足と言ったところか。
考えに考えた結果、
「えーっと、ぬしちゃんはとってもいい子で、特別なすごい力をもっているのです!私が気づけてなかっただけです!」
「おお」
「ぬしちゃんすごい!」
後ろにいた年長のシスターからは少し呆れたような声が聞こえるが、子供たちには理解の色が見える。本来伝えたかった事とは違ってしまうが、5歳の子共相手なら十分だろう。
「それとですが、近々この修道院から王国の教会に移動します」
「おうこく?咲たちもいっしょにいくの?」
「勿論です!ですが、今日は疲れたでしょうし、また明日説明いたしますね」
色々な事で頭がいっぱいであったが、魔法を使っていた時に疲れとはまた違う、酷く体から力が抜けるような感覚がまだ残っている。無我夢中でやったことに自分がほんとに魔法を使えていたのかよく覚えていない。
咲ちゃんはわからないことがまだいっぱいあるが、明日教えてもらえばいいのだ。
「咲ちゃんは魔力の使い過ぎで今まで眠っていたのです。お腹とかは空いておりませんか?」
「おなか、すいちゃったかも!」
「をことぬし、パンをのこしてあるんだ」
「わかりました。早速咲ちゃんの夜食を用意しましょう。ぬしちゃんも気にせず食べていいですからね」
2人はシスター達に抱っこをされ、下の食堂へと向かい、院長と年長のシスターが部屋に残った。
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ふぅ、と話し終えた院長が一息。
「・・・確かに、あの子たちは、幼いですから。仕方ないのかも、しれませんねぇ」
一体何のことか、わかってはいる。
「そうです・・・そうですよね」
年老いたシスターから仕方ない、と言われ院長は同意する。
「ぬしちゃんは私、いえ・・・私たちの事を当てにしてなかったのでしょうね」
「咲ちゃんの事を、一心に、考えるがゆえに、ですか」
今、世界に存在する属性に火、土、風、水、雷、がある。これらは口での詠唱を行う『魔術』、手や足などの動作により発動させる『印術』などから発動させる一般的な属性だ。
しかしそれとは別に、光と闇の属性があり、この2つはかなり特殊な部類に入る。
光は他者を重んじる、奉仕する、など祈りを通じ、治癒、守護、周囲に影響を及ぼす力を身に付ける。神から与えられた力と言われたのが所以で、『奇跡』と呼ばれる。
闇はというと、自身を重んじ優先する心から生まれるもので、自己強化や物などに取り付かせる呪いなど・・・ハッキリ言って評判は悪い。自分勝手で周りを考えない者ほど強い闇を持つのだから尚更だ。
どんなに周りの者が止めようと、邪魔をしようと、助けようと、自分の意志を何よりも優先し、咲ちゃんを守り通そうとする尋常ではない強い意志。
それがぬしちゃんの闇の正体であった。
良く言えば、どんな苦境に遭おうと自分の意志を曲げず貫く強い子と聞こえはいい。
しかし、言い換えれば、勝手に行動する時は周りを頼りにしておらず、自分が1番と考えてる他ならない。
「なんとかしますと言った私にぬしちゃんは、なんとかをやってくる、と言い飛び出したんです」
「・・・そう、でしたか」
「私は・・・信用されて、いなかったのです」
つまり・・・
『お前じゃ誰も救えない。自分の方が上手くできる。』
本人がそう言ったわけでもない。だが、5歳児相手にそう言われたも同然である。ただ上から眺めていただけの自分に何ができるのか、悔しいがその通りだ。
実際にぬしちゃんはなんとかやってのけたのだ。咲ちゃんを守る、ただそのために。
院長の頬に雫がポタポタと垂れる。悔しさか、不甲斐なさか、力の無さか。
「もう、情けないったらないですよ。子供におんぶにだっこされてどうするんですか!」
「まあ、お上手、ですね」
「冗談じゃないです!もう!」
しかし、そこには憎しみなどの類はまるで無かった。
茶化すシスターから渡されたハンカチで目、頬に流れた涙を拭う。
「にしても、あの子達の力は生まれが関係してるのでしょうか?」
「そのようちえん、でしたね。とても優れたところだったとも?」
「真名を知らずに使えているぬしちゃんは・・・
「それでしたら、サキちゃんの・・・
下の食堂に向かうまでもう少しかかりそうだ。その姿は、あえて例えるのなら団地で行われる井戸端会議をするおばちゃんの様にも見えた。
この2人は話込むと、長い。
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今晩の献立は菜園で取れた野菜を使ったスープにサラダ、以前行商人から得たパンだ。今回は特別にと修道院では貴重なジャムも用意してあり、いつもより豪華である。水の入ったコップの下にはいつもは使われていない白い布製のコースターが敷かれている。
来客でもない限り使われていなかったコースターではあるが、少しでもと豪華に見せたいとシスター達の配慮であった。
「さあサキちゃん、召し上がれ」
「いただきまーす!」
咲ちゃんの元気な声を聞き朝の疲れはどこ吹く風か、2人の子供が無事が確認することができ、シスター達は微笑む。
ぬしちゃんはシスター達に勧められ、残しておいたパンをむしゃむしゃ貪る。
「ぬしちゃんもスープもっと飲む?たくさんあるわよ!」
「いっぱいのむ」
コンコンッと、鍋をおたまで叩き汁を取りシスターの1人が丁寧にスープを運んでくる。人質として捕らえられていたシスターだ。
体や顔にあったアザはそこまで酷いものではなかったようで、奇跡の力で跡は残らなかったようだ。
シスターはスープをテーブルに音を立てないように置き、ぬしちゃんと同じ目線になるように屈む。
「おばちゃんね、捕まっちゃった時・・・ほんとはすごい怖かったのよ」
「そうなのか」
「でもね、ぬしちゃんが飛んで助けに来てくれた時、涙が出ちゃうくらい嬉しくて嬉しくて・・・死ぬのなんて怖くないって思ってたのにね。おばちゃん、情けなくってね・・・」
助けられたシスターは話している内に涙声になってくる。その眼には涙が浮かんでいる。他のシスター達もテーブルを囲むように座り話を聞いている。その様子を見て、咲ちゃんも食べる手が止まっている。
「怖くて、体も痛くて、わたしだけサキちゃんのところに逃げちゃって、声をかける事しかできなくて・・・ぬしちゃんが矢に刺さっちゃった時はもうね、心の底から自分を恨んだわ」
力の有る無しに関わらず、立ち向かう勇気を持てなかった自分があまりに愚かだと。そんな自分を恨んだと。
話しているシスターに限らず、ここにいる幼い子供2人を除いて全員が同じ気持ちであるかのようだ。シスター達は静かにうなずく。
「をことぬしは」
話を聞いていたぬしちゃんの口が動く。
「さきちゃんがこまっていたから、みんなをたすけたんだ。おばちゃんたちは、をことぬしたちにやさしくしてくれたから、がんばった」
だから、と付け足し、
「おばちゃんがないているのが、わからないんだ。かなしいのか」
コップの下にある布製のコースターを引っ張り出し、涙を流していたシスターに差し出した。
これで涙を拭けと。
シスター達はつい笑ってしまう。ちょっとでも豪華さを出そうと用意した物も子供から、ぬしちゃんからしてみたらただの布なのだ。
仮に近くにコースターではなく雑巾が置いてあったらどうしたか?
簡単に想像できるほどの躊躇の無さが可笑しくて、その心根の優しさが嬉しくて、どうも笑ってしまうのだ。
ありがとうね、とシスターはコースターを受け取り、いつの間にか溢れていた涙を拭う。
「これはね、嬉しくて泣いてるの」
「うれしくてないちゃうの?」
ぬしちゃんとの話を聞いていた咲ちゃんが気になったのかシスターに聞いてくる。
「そうよ、嬉しいの。サキちゃんもさっきはどうして泣いちゃったのかな?」
「・・・あ!」
あれが嬉し泣きか!と今頃自覚した咲ちゃんは急に恥ずかしくなり、赤くなった顔を小さな両手で隠す仕草をする。
隠しきれていないのが可愛くて近くに座っているシスター達は隙間を除くようにからかいだす。
「むふふ、トマトさんなんだ」
「トマトじゃないもん!」
「ふぁぃう」
天使の贈り物か。悲しみなどは吹っ飛び食堂は笑顔で溢れていく。
まるで今日の事件など無かったかのように。当然そんなことなどないのだが、今の修道院は子供たちがやってくる前よりも活気に満ちてきた。
ここにいるシスター達は過去に疲れたり、心に深い傷を負ったり、未来を失ったりした者たちばかりである。
今の時代、3神を崇めるのは大抵そういう者たちなのだから仕方がない。
だが、心に空いた穴が埋まるような充足感を得てしまうとなんと不思議なものか。
そんなしがらみがくだらなく思えてくるから、それも仕方がない。
遅れて食堂にやってきた院長と年長のシスターはその団欒に混ざり、少し遅い夜食はいつもより盛り上がった。
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翌日。天気は晴れ、いつもの毎日が戻ったかのような朝が来た。
咲ちゃんとぬしちゃんはいつもよりも遅く朝に目覚め寝間着から服を着替え始める。お下がりの修道服は洗濯しているので園児服に決めた。
というより、ぬしちゃんの着ていた修道服は血の跡で酷く汚れてしまったので、せっかくなら咲ちゃんもという感じか。
着替え終わった2人は朝のお手伝いをするために部屋を出て1階に降りる。
先日の騒動が原因で椅子が凹んでいたり、燭台も・・・まるで全身全霊の力を込め連続で叩きつけたかのように圧し折れた、らしいので全て外の蔵の方に運ばれていてここには無い。
自分たちが気を失った後も大変だったのだろうか?特に話を聞かされていない咲ちゃんたちは気にせず進んでいくと、書室の扉が開き院長が出てくる。
「いんちょうさん、おはようございます!」
「おはよーなんだ」
「2人共おはようございます。今日はお手伝いはお休みで大丈夫ですよ」
その言葉を聞き咲ちゃんは跳ねるように喜びだす。手伝いは好きだけど、遊ぶのはもっと大好き。そんな感じだ。
「ほんと!?」
「昨日とってもがんばってくれたのですからもちろんです。それはもう足りないくらいに」
「こーんなに!?」
「こーーーーんなにですよ!」
咲ちゃんが両手をいっぱい広げてジェスチャーをすると、院長はもっといっぱいに広げてジェスチャーで返してくる。深呼吸でもしてるかのようだ。
「たいそうなのか」
「ちがうよ!ぬしちゃんへんなのー!」
ぬしちゃんはそのジェスチャーを朝の体操と勘違いし運動し始めたため、咲ちゃんが笑いながらそれを止める。
それを眺めていた院長は2人に目線を合わせるように屈む。咲ちゃんはなんとなく大切な話をする時と感じ取る。
「朝食がもうすぐできますので、それが終わりましたら2人に大切なお話があります」
「また、いのりのぎ?をするの?」
「あれとは違います。でも私たちにとって、もっと大事な事です」
咲ちゃんは大事な事と聞き、昨日修道院から移動する、という話を思い出す。
ぬしちゃんは、止めたはずなのにまだ体操をしている。マイペースなこの子供はなんでもよさそうだ。
「また後でお話いたしますから、今は食堂に向かってくださいね」
院長の話を聞き、2人の子供はすでに食堂へと向う。
近づくにつれ美味しそうな香りが漂ってくる。食事の準備はもう終わっていたようだ。
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朝の食事が終わり、シスターたちについて食堂からでると院長が祭壇前で待機をしていた。
元々壊れた椅子が置いてあったところには書室にあった椅子が用意されており、シスター達は咲ちゃんぬしちゃんを抱っこをして席に優しく座らせる。
「集まっていただきありがとうございます・・・わざわざ言う必要もなかったですね。ごめんなさい。これより大切な話をしますのでしっかり聞いてくださいね」
山賊たちも運ばれ、こんな辺境には彼女達以外にいないのだから、確かにその通りだ。
笑い声が聞こえてくるが、すぐに静まる。
「半月も経たない内に三神を祀るこの修道院には様々な事がありました。この近辺にはいなかったはずのモンスターの出現、賊の者たちによる襲撃。モンスター出現の際に助けてくださった青年の話によれば、帝国と王国による大きな戦争が始まるとの話もあります」
咲ちゃんはシスター達と一緒になって話を聞いている。難しい言葉少しあるが、雰囲気で大体つかめた感じかうなずいている。
もう1人は、ご飯を食べて体が温まったのかスヤスヤと眠りそうだ。
「ここにいる誰もが世を捨て、静かな最期を求めるがため、この修道院へと導かれたことでしょう。『天』『地』『輪』を司る三神を私たちは崇めてきたことでしょう」
祈りの儀の時もそうであったが、院長の声は静かだが声に張りがあり修道院内で響く。
「しかし・・・!死を受け入れていた私たちがなぜ、死を受け入れなかったのか?なぜ戦ったのか?逃げなかったのか?胸に手を当ててみてください。」
この場にいる子供たちを除いて全員が胸の中心に手を当て、眼をつむる。
違う祈りのように見えたそれに咲ちゃんは慌てて両手を胸に当てて同じように眼をつむる。すると、祭壇の方から足音がゆっくり近づいてくる。
何か間違えたのだろうか。怒られるかと不安に煽られる前に、頭に何かが乗っかりそのままゆっくりと動いた。
眼を開けてみれば、右手で咲ちゃんに、左手で眠りこけているぬしちゃんに手を乗せ撫でていた。
今まで見てきた笑顔とは違う。
だが、懐かしく感じるような安心できるような優しい笑顔。
それは形こそ全く違うが、お母さんがよくしてくれた顔だ。
「あなたたちのおかげで、私たちは変わることができたかもしれません。本当に、ありがとうございます」
「咲たちの、おかげ?」
「はい。この修道院にやってきてくれた事に、私たちの心を結んでくれた事に、感謝いたします」
院長に気を取られ気づかなかったが、周りを見てみればいつもの祈りをしているシスター達の姿。
その祈りが向けられていたのは三神を象った像ではなく、自身に、ぬしちゃんに向けられていた。
えっ?と素っ頓狂な声をあげ、咲ちゃんはもう一度周りを見渡す。椅子を、椅子の下を、背もたれの後ろを、何かを無くしたかのような探しぶりは可愛らしかった。
「もう、お行儀が悪いですよ?」
「ええっ!・・・咲たち神様じゃないよ?」
「わかりやすく言いますと、神様に祈るよりも優しくて、誰よりも勇気を持ってる咲ちゃんとぬしちゃんに祈る方が誰のためになると考えたのです」
祈る?自分を?やることはわかりやすいが、意味が理解できずうなるような声を上げ咲ちゃんは考えだす。肝心の相棒は、美味しい物を食べる夢でも見ているのだろうか?大好きな友達なのにちょびっとだけ憎く思えるほどに涎を垂らしながら気持ちよさそうに眠りこけている。
自分たちのことなのにあまりにのんきな相棒を見て、咲ちゃんは考えることを、やめた。
仕方のない子、そんな言葉が相応しい。さて、と院長は立ち上がり、話を続ける。
その声は明るい。
「改めて、私たちは信仰対象を変え、より強い信仰心を持つために王国の教会へと向かいます!移動は明日の朝に出発、荷物の運搬は先日来てくださった衛兵へ言伝を渡してあるので本日来られる予定です」
快活に話すその姿は、凛々しくも若々しい力強さがあった。
実際、若い。今までが違う自分であったかのように、気分も晴れやかに楽しそうに話す女性が、そこにいた。
その姿を見て安心したのか涙を流す者がいる中、話はまとまったようだ。
「この修道院は放棄します。母と、祖母の墓標として・・・残していきます。こんなに大きなお墓なら、絶対喜んでくれますよね?」
「はぁ・・・まったく、まだここの院長なのにねぇ、この娘は」
「これから新しく私たちが築くのです。これぐらいの事言ったって母は怒りませんよ。それよりも・・・」
ね?と顔を向けたその女性は、院長などというお堅い人ではない。
その女性は、これだけ話し続けてもぐっすり眠っているぬしちゃんへ歩み寄り、そのぷにぷにのほっぺを両手で優しく引っ張った。
「こら!寝てるんじゃなりません!!」
「はぼぉ」
「はぼぉじゃありません!大切な話をすると言ったのに何寝てるんですかあなたは!命の恩人でも言う事を聞かない子はぁー、バツを与えます!」
話も聞かず咲ちゃんにだけ任せてのんきに眠っていたぬしちゃんを起こし、そのほっぺを揉みしだく。揉むたびに はぼぼ、と間抜けな声が漏れてしまいそれが可笑しくて室内は笑いで満ちる。
お姉さんがいたらどうなのだろうか?咲ちゃんは今までと違う院長の姿に見惚れてしまう。
その穢れなく、快活でありながら凛としたその綺麗な顔立ちに仕草は、男であれば見惚れてしまうような聖女がそこにいた。
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