僕らはまたすれ違う
目が覚めると、崩れた瓦礫の上で寝ていた。空は曇っていて青空なんか見えなかった。周りにはコンクリートの大きな建造物があり、草木が生えている。「草木」と言っても見たことない木の実がついたものや、見たことあるけど色が全く違うものしかなかった。服はボロボロで、大したものではないが怪我もしていた。
「えっと・・・大きな戦争に巻き込まれて・・・最新の化学兵器が世界の各地に落とされて・・・ここにも落とされた・・・あれ?私って・・・誰?うぅ・・・思い出せない・・・」
何が起きたのかは思い出せたがなぜ自分がここに居るのか、自分がどこの誰でどんな人生を送ってきたのかが全く思い出せなかった。
「どうしよう・・・誰か・・・いないかな・・・」
瓦礫から立ち上がり、フラフラと荒廃した世界を歩き出した。
倒れたビル、動かなくなった時計、窓ガラスが割れたコンビニエンスストア、見たことのあるものが壊れ、得体の知れない植物に覆われていた。目を上に向けると、頭上を見たことも無い色の鳥が飛んで行った。
「あんな鳥見たことない・・・」
目を足元に落とすと、足と足の隙間を目が横にもついたムカデにも似ている昆虫がスルスルと通って行った。
「うわぁ!?な、なにあれ・・・」
見たことの無い物や生物を目にし、私はこれからどう生きていこうかと考えた。
「どうしよう・・・人一人いないし、見たことないもんばっかり・・・水とかあるんかな・・・何食べたらええんやろ・・・」
大きなため息をついて、近くの瓦礫に座る。すると、座った瓦礫はぷにゅっとした柔らかな感触で、「ぷにゅ〜」っと言った。
「ん?ぷにゅ?」
恐る恐る自分が座っている瓦礫に目をやる。灰色の中型犬くらいの大きさのスライムがいた。
「あっ・・・えっと・・・やばい・・・」
「ぷにゅ〜!!!」
スライムの上からのいて、後ずさる。スライムは怒っているのか徐々に大きくなってきた。
「あぁ・・・に、逃げなきゃ・・・!」
逃げようとすると、スライムから伸ばされた触手に足が取られた。
「うわぁ!うっ・・・やめて・・・食べないで・・・」
ずりずりとスライムに引き寄せられていく。
もうダメだ。そう思った瞬間、ドンッという鈍い音と共にスライムの「ぷぎゅぅぅぅ!」という叫び声が背中越しに聞こえた。叫び声の後、足を捕まえていた触手が液体になった。
「えぇ・・・?なに?なにが起きたの?」
「大丈夫か。」
状況が把握出来ず、へたりこんだままで居ると誰かに話しかけられた。顔をそちらに向けると、そこには黒いマント、黒いシルクハット、ペストマスクをした大柄の人が立っていた。
「大丈夫です・・・あなたが助けてくれたんですか?」
「あぁ、助けたと言ってもスライムを潰しただけだがな。一人か?」
「一人です・・・」
「そうか、じゃあ私と来ないか?女性一人では危ない。」
「ほ、本当ですか!?じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
「あと、これをつけておけ。」
手渡されたのはガスマスクだった。
「どうしてですか?」
「ここの辺りは少し前まで毒ガスが蔓延していた。念の為だ。」
「ありがとうございます!優しいんですね!」
「・・・私が怖くないのか?」
「うーん、そうですね・・・怖かったけど、私を助けてくれたので悪い人ではないでしょう?」
「まぁ、悪い人ではないな。とりあえず、ここだと危ないから、私の家に行こう。」
「はい!ありがとうございます!あの、あなたの名前は?」
「名前なんてないから、好きなように呼んでくれ。」
「わかりました!・・・じゃあ、先生って呼びます!」
「うん。君はなんと呼んだらいい。」
「私ですか・・・じゃあ、先生から頂いたガスマスクからとって、ガスって呼んでください。実は私、自分の名前覚えてないんです。ついさっき目覚めたんですけど、目覚める前の記憶がなくて、名前も、自分がどこの誰で、なんであそこで寝ていたのかもわからなくて、困ってたんです。先生に出会えてよかった!」
「そうか、大変だったな。記憶が戻るといいな。」
「はい!」
先生のあとをガスはついて行く。なにもかも覚えていない真っ暗な現状にやっと刺したひとつの光を追いかけるように。
ついて行くと、半壊したアパートについた。アパートの203号室に入る。靴を脱いで綺麗に並べた。
「ここが私の部屋だ。雨風がしのげて敵に見つかりにくい場所だ。安心しろ。」
「は、はい!」
部屋の中は敷かれっぱなしの布団が端っこにあり、真ん中は小さな丸いテーブルとタンスもある。でも、それだけだ。必要な物以外は不要と言うような部屋だった。
「何もないつまらない部屋ですまない。好きなところに座ってくれ。」
「いえいえ!わかりました!」
とりあえず、小さな丸いテーブルの近くに座った。後ろには窓があり、ベランダにつながっている。先生は玄関から見て右側のドアに入った。少しして水の入ったコップをふたつ持ってきた。ひとつをガスの前に、もうひとつは先生の前に置かれた。
「この水はろ過した水だ。味はそこまでだが体に害はない。飲みたいならいくらでもあるから。あそこのろ過室でくめるから。」
「ありがとうございます!いただきます!」
コップを持ち、水を飲む。カラカラに乾いた喉に水が潤いをもたらす。味はお世辞にも美味しいとは言えないが飲めないほどの味でもない。
「は〜・・・喉が乾いてたからとても嬉しいです!生き返った〜!」
「フッ、それはよかった。」
先生もコップを持ち、ペストマスクを外した。ペストマスクを外した先生の顔は人ではなかった。人の顔とは程遠い、化け物の顔だった。でも、怖さはなく緑色の目からは優しさが滲み出ている。まじまじと先生の顔を見ていると先生と目が合った。思わず目を逸らしてしまった。
「怖くなったか?こんな顔だからな。」
「違います!ただ、目が綺麗だなって思って・・・すみません・・・まじまじと見てしまって・・・」
「いや、いいんだ・・・目が綺麗なんて世界がこんなふうになってから初めて言われたよ。」
「世界がこんなふう?前の記憶があるんですか?」
「あぁ、元々は人間だった。化学兵器の影響でこうなった。」
「そうなんですか・・・えっでも名前・・・」
「名前は覚えてない。どんな人生を送ったかは覚えているがな。」
「どんな人生だったんですか?」
「・・・」
「教えたくないならいいんです!すみません!変な事聞いちゃって!」
「いや、いいんだ。」
「いつか話してください!」
「いつか、な。」
その後、先生にいろいろなことを教えてもらった。食べられる草や木の実。知らない生物に出会った時の対処法。水のろ過の仕方。早く逃げるコツ。教えているうちに頭の上にあった太陽は沈みかけようとしていた。
「そろそろ夜になるな。」
「やっぱり夜の方が危ないですか?」
「あぁ。夜は月の光で凶暴化する化け物が現われる。月が出ていなければ昼間にそのへんを歩いている化け物達と同じくらいの強さだが、月の光を浴びることで体力や力、俊敏性などが格段に上がる奴らがいる。」
「なるほど・・・」
「まぁ、夜は建物の中で寝ていれば襲われることは無い。」
「その見分ける方法とかあるんですか?」
「そうだな・・・とりあえず夜に歩いている奴らは可能性が高い。それと普通のやつは暗闇だと目が黄色に光るが、月の光で凶暴化する奴らは目が赤に光る。そのくらいだな。」
「なるほど・・・そいつらの呼び名とかないんですか?」
「ないな。」
「あっ、じゃあ私がつけてもいいですか!」
「いいぞ。」
「やったー!じゃあ・・・『月光』とかどうですかね!」
「月光・・・まぁいいんじゃないか?単純だがいいと思う。」
「単純・・・まぁわかりやすくていいでしょう!」
ガスはにこりと先生に笑いかける。マスクをつけている先生の顔はどんな表情をしているかわからないが、笑っている気がする。
外が暗くなり、寝る準備をする。その時ふとガスはこれからどうしようと思い、先生に相談した。
「先生、私これからどうしましょう・・・」
「どうしましょうってとりあえずガスがどうしたいかだな。ガス以外の人間を探すのもありだし、このまま暮らすのもいい。ある程度の知識を得て、私と別れて一人で生きていくのもひとつの道だ。」
「一人で生きていくのは絶対に無理です!人間を探す・・・ちょっとしてみたいですね!」
「じゃあ・・・人間を探そう。明日くらいからでいいな。」
「はい!」
これをきに先生とガスの人間を探す旅が始まった。
次の日の朝。先生の隣の部屋、204号室で目を覚ました。昨日は、204号室で先生に借りた毛布にくるまって寝た。毛布をたたんで部屋の隅に置き、先生のいる203号室に向かった。
開けっ放しのドアに手をかける。ギィィというあまり好きになれない音をだして、扉が開いた。
「先生〜いますか〜?入りますよ〜。」
返事はないがちゃんと入る宣言をしたので堂々と入っていく。しかし、部屋には誰もいなかった。
「ん〜おかしいな・・・先生〜?いないんですか〜?」
返事はない。本当にいないらしい。とりあえず、顔を洗って、水を飲んだ。
「さぁ、これからどうしようか・・・」
ちらりと窓の外を見る。まだ日が浅く、少し暗い空に見たことない鳥が飛んでいる。
「外に行くのは自殺行為だな。ここで大人しく先生の帰りを待とう。」
204号室で見つけた小説を読みながら、先生の帰りを待った。
待ち始めて30分ほどして、扉が開く音がした。入ってきたのは先生だった。
「あっ、先生!やっと帰ってきた!」
「いたのか、ガス。またしてしまってすまない。」
「心配しましたよ!何してたんですか?」
「あぁ、ガスの服がボロボロだっただろ。だから、着れそうな服を探してきたんだ。」
そう言って先生はガスに紙袋を渡した。
「えっ!?私に!?」
「サイズが合うかはわからないが。」
「ありがとうございます!」
「あっちの部屋で着てみてくれ。サイズが合わなかったら次は一緒に探しにでも行こう。」
ガスは先生が指さした玄関から見て左側の部屋に入った。
部屋に入ると、先程の部屋の半分くらいの大きさで真正面に机と椅子があった。机に紙袋を置き、中から服を出した。黒のシームレスダウンパーカーに黒のストレッチパンツ。シームレスダウンパーカーの方には腕の部分にオシャレな黄色の線が2本入っている。
「おー!綺麗!」
早速、着替えた。
着替え終わり、紙袋に元々着ていた服を詰め込み部屋を出た。
「先生!どうですか!」
「・・・似合っていると思う。」
「えへへ。ありがとうございます!」
「よし、これで行けるな。」
「今からどこに行くんですか?」
「この拠点から北に行こうと思う。」
「なるほど。」
「北に確か放送局があったはずだ。そこで無線機を確保して、無線で呼びかけてみる。たぶんだが人がいる施設があれば無線とかでここに来いとか言うはずだからな。」
「なるほど・・・放送局はここから遠いですか?」
「人間が歩いて2日くらいでつくかな。」
「”人間が”?」
「あぁ、ちょっと危険だが早く行く方法が一つだけある。」
「どんな方法なんですか?」
「まぁ、外に出ればわかる。ペットボトルに水をいれてこれに詰めてくれ。ペットボトルは二本。水を入れてる間に朝食を作る。」
先生にリュックサックと1Lのからのペットボトルを渡された。
「はい!」
水をくみにろ過室に入る。蛇口の下にペットボトルを置く。こぼれないようにペットボトルの口にろうとをつける。あとは横についているバルブを右にまわせばろ過された水が出る。
「先生は凄いなぁ・・・こんなろ過装置作っちゃうんだもんな・・・」
中は見えないがどんな構造かは教えて貰った。中にある石や布の間を水が通ることで水を綺麗にして、最後に火で少し湯掻いて殺菌のようなものをするというもの。「簡単な構造だ」と先生は言っていたが、簡単でも中に入れる材料を集めたり、これを1人で作るというのは難しいだろう。火に関しては太陽光でつくように計算されて作られている。先生は「前の世界ならこんなの出来ないが化学兵器で汚染されたものは強化された状態だからこんなことも出来る。戦争じゃなくてこういう事に使えば前の世界ももっと良くなっただろうに。」と言っていた。元々太陽光で火をつけることは出来たらしいが時間がかかって誰もしようとしなかったらしい。だけど、化学兵器で汚染されて簡単にできるようになったとか。
「あっ、危ない危ない。もういっぱいだった。一本目終了〜二本目〜」
バルブを左にまわし、一本目に蓋をし二本目をさっきの一本目と同じ状態にする。バルブを右にまわし水を入れる。ふわっと美味しそうな匂いがガスの近くを通った。
「クンクン・・・この匂い!卵焼き?スクランブルエッグ?朝ごはんなんだろ〜」
ご飯のことを考えると思わず笑みがこぼれる。バルブをいつもより少しだけ右にまわして水の勢いを早めて、早く終わらした。二本目に蓋をしてリュックサックに横にして詰めた。リュックサックを背負うと少し重いなと思えた。
ろ過室を出るとさっき感じた匂いがさらに強くなって、ガスの鼻腔をくすぐる。
「いい匂い!朝ごはんはなんですか!」
「おつかれさま。スクランブルエッグをトーストの上に乗せて、トマトケチャップをつけたやつだ。」
先生が料理の乗ったお皿を小さな丸いテーブルの上に置く。
「おぉ〜!」
美味しそうな焦げ目がついたトーストの上に黄色のスクランブルエッグが乗っている。その上に赤いトマトケチャップが綺麗な二重丸を描いてついていた。
「卵がガスの服を調達しに行った時たまたま手に入ったから作ってみた。パンは自家製だ。トマトケチャップもトマトを取ってきて自分で作った。」
「さすがですね先生!自給自足だ・・・」
「早速食べようか。」
「はい!いただきます!」
「いただきます。」
パクっと大きな口でかぶりついた。パンとスクランブルエッグがよく合う。トマトケチャップも美味しい。これなら毎朝食べたい。
「どうだ?」
「美味しいです!とっても!1年毎朝これでも飽きない自信あります!」
「フッ、そうかなら良かった。」
先生は笑うと目を細める。その仕草がガスはとても好きだ。緑の綺麗な目を細めて笑う。人間ではないがとても人間らしい。
「これを食べたら出発する。」
「わかりました!」
窓の外は太陽がさっきより上がり、外は明るくなっていた。
朝食を食べ終わり、食器を片付け203号室を出た。外にはちらほらと化け物化した生物が歩き回っていた。
「先生!結局、どんな方法なんですか?」
「あれに乗るんだ。」
先生が指さした方には、青い馬が二、三頭歩いていた。
「えっ!?あれに乗るんですか!?」
「あぁ。この辺で1番足が早い。少々気性が荒いがな。」
「ど、どうやって乗せてもらうんですか・・・」
「簡単だ。これを食べさせればいい。」
そう言って先生がマントの中から出したのは黄色いブルーベリーのようなものだった。
「それは?」
「あいつらの好物だ。これを口に突っ込めばあいつらは私たちの言うことを聞くようになる。」
「どうしてですか?」
「あいつらは、食べ物をある時にしか食べない。」
「ある時?」
「主人などに忠誠を誓う時だ。あいつらはほかの生物や自分たちの中で自分より強いと思ったり、尊敬に値すると感じるとこの木の実を食べさせて欲しいと持ってくる。それを持ってこられた側が食べさせてあげれば成立。」
「なるほど・・・」
「私はいるから、ガス。」
「えっ・・・まさか・・・」
「そのまさかだ。行ってこい。」
「マジですか・・・」
「あぁ。死にかけたら助ける。」
「何をしたらいいんですか・・・」
「あそこの紫の豚いるだろ。」
「はい・・・。」
「あの豚をあいつらの前で倒せばいい。」
「・・・それ、本気で言ってますか?」
「あぁ本気だ。」
「昨日スライムに襲われてた人があのいかにも凶暴そうな豚と戦って勝てるとでも?」
「そうだな・・・その時は戦う術がなかったからなこれを使え。」
そう言って先生はマントから拳銃を取り出した。
「それはベレッタM92Fだ。」
「ベレッタ・・・M92F?」
「まぁ見ての通りハンドガンだ。弾は15発入っている。」
「私、銃使ったことないですよ・・・」
「大丈夫。敵に向かって引き金を引くだけだ。セーフティーは外している。今、引き金を引けば弾が出る。」
見ると安全装置と思われるレバーのようなものは上を向いている。本物の銃なんて持ったことない。手が微かに震えている。
「こ、これで殺れと・・・」
「あぁ。あの豚は確か美味かったはずだ。あの大きさなら、今晩のおかずになるし、干し肉にしてやれば長持ちする。」
「なるほど・・・」
「まぁ、とりあえず、行ってこい。早くつきたいだろ。ほら、これ。」
先生にさっきの木の実を渡され、リュックサックを先生に預けた。右手にハンドガン、左手に木の実を持った状態だ。
「そうですね・・・じゃあ・・・行ってきます・・・」
「頑張ってこい。」
先生に見送られ、豚の元へ行く。もちろん、青い馬からこちらが見えるように。ガスの中には、恐怖心とやらなければいけないという使命感が入り混じったもので埋まっていた。
「もう、やるしかない・・・」
ガスは銃口を空に向け、1発打った。大きな銃声が周りに響き、紫の大きな豚はこちらを向いた。ちらりと背を向けている青い馬の方を見るとそこにいる全ての馬がこちらを向いていた。前を向き直り、紫の豚と目を合わせる。豚はガスに気付き、ガスを睨みつける。1分ほどガスと豚の睨み合いが続き、先手に出たのは豚の方だった。
「プギィィィィャャャ!!!!」
豚が大きな声で叫びながらガスに向かってくる。だが、ガスは一切動かず銃口を豚に向けて銃を構えた。
「あいつ、びびって動けなくなってるのか。助けに行くか。」
先生がそう言って走ろうとシルクハットに手をかけた時、1発銃声が響いき、ドスンという何かが倒れる音がした。音の先を見るとガスの目の前で豚が倒れていた。
「・・・」
ガスは銃をぼとっと地面に落とし、自分も地面にへたり込む。緊張が一気にとけ倒せたという安堵感と嬉しさに立っていられなくなったのだ。ガスの元に先生が行く。
「先生・・・私、出来ました!」
「あぁ。よくやったな。」
そう言って、ガスの頭を撫でる。先生はこの時、ガスがこの世界で生き抜くのに必要なものを持っているのではと実感した。
「これで青い馬・・・来てくれますかね?」
「あぁ。捌くのは私に任せて少し休んでなさい。」
「はい!」
先生が倒れている豚の元へ行く。その背中をガスは地面に座って見ていた。すると、後ろから青い馬がトコトコとやってきてガスの隣に立ち、ガスの左手に顔を近づける。
「君が私を認めてくれるの?」
そう言って、左手を開くと青い馬は手の中にあった木の実を食べた。木の実を飲み込むと青い馬はガスの顔に自分の顔を近づけてきた。
「クルルル」
「可愛い鳴き声だね。」
ガスは、甘えるように鳴く青い馬の頭や顎の下を撫でた。
「君の名前を考えなきゃね。何がいい?」
「クルル?」
「うーん・・・何がいいかな・・・」
ガスは、青い馬の頭を撫でながら考える。名前を決めるために馬の体を見る。馬の体は引き締まっていて、人間だときっとモテモテだろう。体の色は上から足元にかけて徐々に青色が薄くなってる。たてがみもサラサラしていて風になびく姿はとても絵になる。目はブルーダイヤモンドのように綺麗だった。
「ほんとに綺麗ね。特に目が・・・ブルーダイヤモンドみたい・・・そうね、あなたはダイド。かっこいい名前でしょ?綺麗なあなたにピッタリよ」
「クルルル」
名前をつけてもらったのが嬉しかったのかガスの手に頬ずりをする。
立ち上がり、ダイドを撫でていると先生が帰ってきた。
「いい馬を捕まえたな。」
「あっ先生!そうでしょ!ダイドっていうの!」
「そうか。ダイド、よろしくな。」
「クルル」
先生にダイドは頭を下げる。さっきの一瞬で自分のご主人より彼が上ということに気づいたのだろう。
「先生の馬はどこにいるんですか?」
「呼べばくる。だが、今はガスとダイドに必要なものを揃えないとな。」
「私たちに必要なもの?」
「これだ。」
先生がマントから出したのは、馬に付けるだろう器具だった。紫の皮がはられている、さっきの豚の皮だろうか。
「これは?」
「荷鞍だ。これを付ければ、ダイドに乗れるし、荷物を少しだが乗せられる。」
「なるほど!それはいいですね!」
「早速つけよう。」
ダイドに付けると、青い体に紫の荷鞍がアクセントになって、とても似合っている。
「かっこいい!」
「いいな。良く似合う。」
「クルルル!」
ダイドも嬉しそうに鳴く。
「ガス。」
「はい!」
「ここに荷物が入れられる。重量はダイドの頑張りで決まるができるだけ軽くしておけば、早く走れる。」
「なるほど・・・」
「まぁ、早く走りたい時は荷物は軽い方がいい。」
「わかりました!」
二人が話している時、ダイドは周りをキョロキョロと見て敵がいないかを警戒していた。
「ここに乗るんだ。乗る時はここに足をかけると乗りやすいぞ。あと、リュックサックの水はダイドに持たせておこう。」
「はい!」
リュックサックの水を左右の袋に一個ずつ入れ、先生に言われた通り乗ってみる。
「おー!乗れました!」
この時先生はガスとあの子を重ねていた。ガスの笑顔は先生の忘れていた感情を思い出させる。
「・・・」
「先生?どうしました?私の顔に何かついてますか?」
「あっ、いや、筋がいいな。この調子ならすぐに慣れてどこへでも行けるな。」
「ありがとうございます!」
「よし、じゃあそろそろ行くか。少し遅くなったな。まぁ向こうに行って夜をあかせばいいか。走らせたりする方法は歩いている時に教える。」
「はい!」
「じゃあ、馬を呼ぶ。少々でかいが良い奴だから驚かないでやってくれ。」
先生が指笛をヒューとならす。すると、向こうの方から赤の馬が走ってきた。しかし、その馬には少しおかしなところがあった。
先生の隣に立つその馬はダイドより大きく何より、羽があった。ガスは思わずわぁ・・・と声が漏れた。先生が撫でながら紹介を始めた。
「名前はガーネット。」
「ガーネットよ。よろしく。」
「しゃ、喋った!?」
「元はダイドと同じだったんだが出会って少しして、急にこの姿になってな。」
「進化的なやつですか?」
「まぁ、そんなもんだな。」
「進化して羽が生えたってことと、喋れるようになったわ。」
「な、なるほど・・・あっ、ガスって言います!よろしくお願いします!」
「・・・ふーん、あんたこういうのが好きなのね?」
「そんなんじゃない。助けたのがたまたまガスだっただけだ。」
「ふーん・・・」
ガーネットが下から上へ舐めるようにガスを見る。ガーネットは炎のよう真っ赤なからだに羽が生えている。たてがみはオレンジでとても綺麗だ。まつ毛は長く美人だ。
「ガーネットさんとても綺麗ですね!」
「あら、ありがと。褒めても何も出ないわよ。」
「普通の馬は褒めたらなにか出るんですか?」
ガスは首をかしげて尋ねる。ガーネットはため息をつくと、先生に何かを耳打ちした。すると、先生は少し固まったあとガーネットを睨んでこう言った。
「ガーネット。それ以上言ったら契約解消だぞ。」
「け、契約解消!?ちょっと!それはなしよ!」
「契約解消ってなんですか?」
「契約解消はさっきダイドに木の実を食べさしただろ。それが契約だ。それを解消することで自分の馬と関係を断ち切れる。」
「なるほど・・・関係を断ち切られたら馬はどうなるんですか?」
「関係を断ち切られた馬は・・・そうね、どうなるのかしら・・・」
「わからないんですか?」
「わからないわ。契約を解消された馬を見たことがないもの。」
「そうなんですか・・・」
「クルル・・・」
ダイドがかなしそうな目でガスを見つめる。
「大丈夫。ダイドと契約解消なんてしない。」
「クルル!」
「仲がいいのね?いつであったの?」
「ついさっきです!」
「ついさっき!?相当凄いことをしたのね」
「何も・・・ただ紫の豚を倒しただけです。」
「へーまぁ、凄いわね。」
「そうだ、ガス。」
「はい!なんですか!」
「銃をかしてくれ。弾の補充を。」
「あっはい!」
先生に銃を渡す。先生はマガジンを交換して、またガスにわたした。
「さっ行くぞ。」
「はい!何時間かかりますかね?」
「そうね・・・初めて走るならとりあえずダイドちゃんの様子を見て、ね。」
「そうだな。まぁ、早くて3時間かな。遅くて6時間だ。」
「わかりました!」
先生はガーネットに、ガスはダイドに乗って走り出した。
3時間ほど走っただろうか。先生とガーネットの後ろをガスとダイドが追いかける形で走っていた。
「ちょっと休憩するか。」
先生の一言でガーネットとダイドはスピードを徐々に落とし、やがて止まった。
「こっちだ。」
先生は2人と2匹が隠れられそうな壊れた家に入った。先生のあとに続き、ガーネット、ガス、ダイドも足を踏み入れた。先生はダイドの荷鞍から水の入ったペットボトルを一本取ると適当なとこに腰を下ろし水を飲んだ。ガスもペットボトルを取り、水を飲んだ。
「ダイドもいる?」
ダイドにそう聞くとダイドは首を横に振った。
「ダイドやガーネットは水とか飲まなくてもいい体なんだ。生涯で食事や水分補給の回数は多くても3回程度。しかもその3回は大怪我をした時と契約の時だ。」
「なんでそんなに食べなくてもいいんですか?」
「まぁ、こんな世界になったってのもあるんだろう。詳細はわからないがな。」
「なるほど。」
「栄養分が体の中で作れるのよ!凄いでしょ?」
「へー!凄いです!」
ガーネットはドヤ顔をしている。先生は水をペットボトルのだいたい6分の1ほど飲んでいた。
「先生!まだ先ですか?」
「あぁ、途中で巨大ワームと巨大猪の喧嘩を見なければもう少し早くついたんだがな。」
先生はガーネットを見る。視線に気付いてムッとした顔でガーネットが反論をする。
「な、何よ!面白かったからいいじゃない!」
「はぁ。そうだな。結局相討ちで終わったけどな。」
「うっ・・・」
「まあ、いいじゃないですか!素材が手に入ったんですし!ね!先生!」
「まぁ、そうだな。」
「ありがとうガスちゃん!」
「いえいえ・・・あと何時間くらいで着きますか?」
「あぁ、あと3時間くらいだろう。」
「わかりました!」
「あと3時間でつくの?意外と近いわね〜」
「クルル〜」
2匹は顔を合している。何か話しているのだろう。
「ガス。」
「はい!なんですか!」
「乗っててどうだ?」
「あーとっても風が気持ちいいです!」
「そうじゃない。一応、アイツらのスピードは車並みだ。私は人じゃないから大丈夫だが、ガスは人だ。」
「あーその辺は大丈夫ですよ。ダイドに先生とガーネットについて行くよう言っていたので、やばいと思ったら顔下げてましたし、飛ばされないようにダイドにちゃんと掴まってましたから!」
「ならいいんだが。」
「はい!」
ある程度、休憩すると先生が立ち上がりダイドの荷鞍に水を戻した。
「そろそろ行くぞ。」
「はい!」
「りょうかい。」
「クルル!」
外に出てまた2人は2匹に乗って走り出した。
走っていると、廃れた大きなタワーが見えた。多分あれが放送局なのだろう。タワーの足元まで行くと先生がガーネットを止めた。ガスもダイドを止める。先生が降りたので、ガスも降りる。
「ここが放送局だ。」
「大きいですね・・・ここに無線機があると・・・」
「”可能性は高い”だ。行くぞ。」
「はい!ダイドとガーネットは?」
「ガーネット。ダイドを頼んだぞ。」
「はーい。さっ、行くわよダイドちゃん!」
「クルル!」
ガーネットとダイドはどこかへ走っていった。
「ガーネットが入れば大丈夫ですね!」
「そうだな。あいつならこの辺のことよく知ってる。」
先生が進みながら言う。ガスもダイドとガーネットの背中を見送り、先生のあとに続く。
中はボロボロで貼られているたくさんのポスターは掠れてもう読めない。置かれているパソコンは誰かに殴られたかのようにへこんだものや、線が出たものばかりでもし電気が復旧しても使えるものはないだろう。モニターは真っ暗でガスの顔を反射している。
「先生・・・本当に生きた無線機はあるでしょうか?今のところ生きた機械は見てませんよ?」
「そうだな。」
先生とガスは放送局をどんどん上にのぼって行った。
先生はある部屋へ入っていった。その部屋は「道具室」と書いてあった。
「道具室!ここならありそうですね!」
「ありそうだから入ったんだが。」
先生はマントからランプを取り出し、マッチで火をつけ部屋を明るくした。ガスにもランプをつけてわたした。
「ありがとうございます!」
「少し部屋が広いな。私が左を探すから、右はガスが探してくれ。」
「わかりました!」
「最低でも2個は欲しい。」
「はい!」
ガスは先生と別れ、右に進んだ。金属製の棚に綺麗に並べられたボロボロのダンボールを一つ一つ漁る。
「ないな〜」
棚を2つ分漁り、一息ついて次の棚へ行く。1つ目のダンボールの中身を調べる。
「あっ!これ!無線機っぽい!」
角の丸い四角い手に収まる大きさの箱から少し長い棒とダイヤルのような小さな突起が出ている。箱には小さなディスプレイと何個かのボタンがついていた。
「えっーと、1・・・2・・・3・・・6個ある!」
背負っていたリュックに無線機っぽいやつを全部詰め、一応見つけたところに目印の紙コップのゴミを置いて先生の方へ行く。
先生は漁り終えたダンボールを棚に戻していた。
「先生!」
「ガスか。どうした。」
「無線機っぽいやつを見つけました!」
リュックから無線機っぽいやつを取り出して先生に渡しながらそういった。先生は少し見つめると、ガスの頭を撫でた。
「これが無線機だ。よく見つけたな。」
「先生に褒められた!」
わかりやすく喜ぶガスを見ながら先生は無線機の数を確認する。
「・・・6つか。ガス。」
「はい!」
「これはどこにあった。」
「あっえっと!こっちです!」
ガスは先生を無線機を見つけた場所まで案内する。紙コップのゴミを置いて目印にしておいて正解だった。ガスがこれです!と指さしたダンボールを先生がさらに漁る。
「あった。」
先生の手には小さな円柱の形をした何かがあった。円柱の片方はポコッと突起がある。
「なんですかこれ?」
「電池だ。」
「でんち?」
「あぁ。無線機を動かすためのエネルギー源だ。」
「なるほど・・・」
先生が小さめの箱に大量に電池という物を入れ、箱がパンパンになると蓋を閉めてリュックに入れた。
「さあ、帰るぞ。」
「はい!」
道具室をでて元来た道をたどり、外を目指した。帰る時に同じ部屋を簡単にに見ていたがやはり人の気配は全くと言っていいほどなく、使えそうな機械も無かった。
外に出ると、ガーネットとダイドが待っていた。
「あらあら遅かったわねぇ〜待ちくたびれたわぁ〜」
「すまない。だが、ガスのおかげで予想より早く終わったがな。」
「ダイド〜」
「クルル〜!」
ガスは1時間ぶりに会うダイドの頭を撫でた。
「さぁ、早く帰るぞ。夜が近い。」
「はい!」
「りょうかい。」
「クルル!」
先生がガーネットに乗り、ガスがダイドに乗り先生の家に帰った。今度は寄り道せずに。
家に着くと、ガーネットはダイドを連れてまたどこかへ走っていった。
「ガーネットはずいぶんダイドが気に入ったみたいですね、先生!」
「まぁなガーネットにとって初めての同種の友達だからな。仲がいいに越したことはない。さぁ、晩御飯を食べて今夜は寝よう。無線機は明日試す。」
「わかりました!今日の晩御飯はなんですか!?」
「そうだな。巨大猪の角煮でも作ってみるか。」
「角煮!楽しみです!」
「そうか。じゃあちょっと待ってろ。」
「はい!」
先生が台所に立ち、ガスは本を読む。30分程すると部屋にはいい香りが満ちた。
「さぁ、出来たぞ。」
「うわぁ〜!」
テーブルには巨大猪肉の角煮と味噌汁、そして先生が作ったパンがあった。
「いただきます。」
「いただきます!」
パクパクと角煮にがっつくガス。先生はそのガスの姿を見ながら、自分も角煮に箸をのばす。
「美味しいか。」
「はい!とっても美味しいです!先生の料理が1番です!」
「そうか。よかった。」
ご飯を食べ終わると、ガスは204号室に行った。窓からの月明かりに照らされながら明日はどんな一日になるか楽しみで仕方がない子供のような気分で眠りについた。
先生は食器の片付けをし、布団に潜り込む。ご飯中のガスの「はい!とっても美味しいです!先生の料理が1番です!」という言葉を思い出していた。嬉しかったというのもあるが、1番はあの子に言われた言葉とよく似ていた事だった。いろいろなことを思い出し、考えているうちに先生は眠りについていた。
目が覚めた。太陽は顔を出している、もう朝だ。今日は無線機を使えるか試す。ガスは毛布をたたみ隅に置いて204号室を出た。203号室の前にいくとドアノブに手をかけた。ギィィィと音を立ててドアを開く。
「先生〜起きてますか〜?」
「あぁ。来たか。」
「おはようございます!」
「おはよう。」
先生は無線機と電池、プラスドライバーを机の上に置いてそれらとにらめっこをしていた。
「無線機と電池・・・どうするんですか?」
「無線機の中に電池を入れるんだ。一応、ガスに見ておいてもらおうと思っていたから待っていたんだ。」
「あっ、そうなんですか!すいません!」
「いやいいんだ。じゃあ、始めるか。」
「はい!」
「まずお手本として私がやるからガスは見ててくれ。」
「はい!」
先生の横に座り、ガスはじっと集中して先生の手を見る。先生はプラスドライバーを手に取ると無線機の裏側にあるネジを回し始めた。
「そ、そんなことしたら壊れちゃうんじゃ・・・」
「まぁ見てなさい。」
先生は4箇所のネジを外し、蓋をパカッと取る。中は空洞で電池が2つ分入りそうなくらいだった。
「なんかバネがついてますよ?」
「よく気づいたな。このバネじゃない方に電池の突起がついてる方を入れる。」
そう言いながら先生がカチッとはめていく。はめ終わると、また蓋を元に戻し、ネジをしめ始めた。
「これで動くんですか?」
「そうだ。」
「へぇ〜・・・」
「不思議って顔だな。」
「はい・・・不思議です・・・」
先生はネジをしめ終わり、無線機の上についている棒をさらに伸ばした。一番左にある赤いボタンを押すとディスプレイに「START」という文字が浮かびすぐに消えた。そのあとディスプレイの真ん中には何かはよくわからないが数字が表示された。右上には小さくだが電池のようなマークもある。
「す、すごい!さすが先生!」
「よし、じゃあ手分けしてやるぞ。」
「はい!」
ガスは先生からもう一個のプラスドライバーを受け取り、作業を始めた。試した結果、6個中3個は中で導線が切れているのか電池を入れても反応がなかった。
「使えるのは3つか。」
「少ないですね・・・」
「まぁ仕方ない。1個は予備で置いておこう使えなかった3個からは抜いておこう。」
「はい・・・」
使えなかった3個から電池を抜き、横の方に置いておく。予備の無線機は先生のマントの中だ。
「こっちがガスのでこっちが私のだ。」
「わかりました!でも形も全く一緒だから間違えちゃいそうですね〜」
「・・・そう言えばガスの服を探しに行った時ついでに目印として使うかもしれないとテープを調達したんだ。これのテープを貼ればどっちがどっちのかわかるだろう。」
先生はマントの中から青や赤、緑などのキラキラしたテープを取り出した。
「うわぁ!きれい!」
「どれでも好きなのを使えばいい。」
「やったー!えっとじゃあ・・・緑!緑にします!」
「・・・そうか。いい色を選んだな。ほかの色はいいか。」
「はい!緑だけで大丈夫です!」
「このボタンとディスプレイは避けるんだぞ。あとアンテナも。」
「はい!」
緑のテープを無線機にぐるぐると巻き付ける。
「ボタンと・・・ディスプレイと・・・アンテナ・・・」
ぐるぐると先生に言われた場所を避けながらテープを貼る。無機質だった無線機は緑のキラキラしたテープで徐々に可愛らしくなっていく。
「できた!先生出来ました!」
先生に手渡す。テープで真緑になった無線機を手渡された先生は少し眺めたあと
「いいじゃないか。無くすなよ。」
「はい!」
リュックサックに入れる。このリュックサックは放送局に行った日から先生に貰ったものだ。
「じゃあ、探すか。」
「何をですか?」
「連絡を飛ばしている施設。」
「あーそのためにこれ手に入れたんでしたっけ。」
「忘れてたのか。まぁいい。」
先生は出しっぱだった自分の無線機を手に取り、アンテナをのばしスイッチを入れる。
「一応外でするか。」
「分かりました!」
先生とガスは外に出る。外に出ると先生がボタンを何回か押しつつ辺りをくるくると歩き回っていた。
「先生?大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。」
歩き回っていた先生が急に足を止める。
「きた。」
「えっ!?ほんとですか!?」
無線機からザーという砂嵐に混じって人の声が聞こえる。
《ザー…ここはザーですザーザーちょうザーくりかえしザーザー安全ザーかんぶつザーにありま…》
「なんて言ってるんですかね?」
「多分だが、『ここは安全です。かんぶつちょうにあります。』じゃないか。」
「なるほど・・・かんぶつちょうってどこにあるんですか?」
「この辺りでかんぶつちょうと言えば甘いに物で甘物町と言う所がある。」
「それってここからどのくらいですか?」
「確か・・・北東にガーネット達に乗って3日くらいだったか。」
「ガーネット達に乗って3日・・・結構な距離ですね・・・」
「あぁ。とりあえず、ガーネット達を呼ぼう。」
「はい!」
先生が指笛をヒューと鳴らす。するとガーネットとダイドが仲良く走ってきた。
「どうしたの?次の場所決まった?」
「あぁそうだ。」
「ダイド〜」
「クルル〜」
ダイドにガスが抱きついている間に先生がガーネットに説明をした。
「はぁ!?3日!?」
「あぁ。3日だ。」
「3日は私達はいいけどガスちゃんが危ないんじゃない?だって、3日なら野宿は1回はするでしょ?」
「そうだな。」
「ならダメじゃない!」
「だが、ガスは俺が守る。大丈夫だ。いざと言う時のために銃も渡している。」
「・・・まぁ、あんたがそこまで言うなら・・・信じるわ。ガスちゃん、ちゃんと守ってね!」
「あぁ。ガスには指一本触れさせない。あの時の二の舞は絶対しない。」
「・・・何があったか知らないけど任せるわ。準備が出来たら言ってちょうだい。私はいつでも行けるわ。」
「あぁ。ありがとう。ガス。」
「はい!なんですか先生!」
「行く準備をしろ。野宿覚悟だ。リュックに必要なものと大事なもの、水を入れておけ。」
「分かりました!」
「明日の早朝に出発する。」
「はい!」
「クルル!」
ダイドとガスは大きな声で返事をした。ガスは急いでろ過室に走り、ダイドはガーネットの元へ行った。先生もマントから色々出して手入れをした。
出発は明日の早朝だ。
朝、太陽がまだ顔を出していない時間に起きてしまったガス。とりあえず、203号室に移動する。先生がまだ寝ているかもしれないと、ギィィィという音がたたないようゆっくり開けた。少しキィと鳴ったが大丈夫だろう。足音を立てないようにゆっくりと先生が横たわっているそばへ近付いた。やはり、先生は眠っていた。この時間は眠っているのが普通だから仕方ないと先生の近くに座った。ガスは何故か懐かしい気持ちになった。なぜだかわからないモヤモヤ感に歯痒さを感じる。忘れてしまった記憶の中にそのモヤモヤ感の正体がいるはずなのに、思い出せない。ガスが頭を抱えていると隣から寝言が聞こえた。
「もえ…」
考え事をしていたためあまり聞き取れなかったがそんなことを言ったと思う。ガスは小声で「も…え…?」と呟いた。どこかで聞いたことあるようなでもやはり思い出せない。思い出そうとしても靄がかかって何も見せてはくれない。
「もえ…?聞いたことある…でも…思い出せない…思い出さなきゃいけない気がする…なのに…」
無性に涙が溢れた。思い出したいのに、きっと思い出さなきゃいけないのに、何も思い出せない自分に腹が立って、悔しくて、泣いてしまう。できるだけ声を押し殺して泣いているガス。泣いてしまうくらいに悔しくてたまらない。
「うっ…ひぐっ…」
泣いていると後ろからバサりと何かをかけられた。顔をあげると、毛布だった。
「大丈夫か。なにか怖い夢でも見たのか。毛布被ってろ。泣いてしまうのは、心が寂しい時の方が多いから。私も傍にいるから。」
「うぅ…先生…ひぐっ…ありがとうございまず…」
先生の言葉は暖かく、ガスの心をそっと包み込み暖めてくれた。先生はガスが泣き止むまでそばにいてくれた。泣き止んで毛布をはぐと、窓から見える空はいつもの太陽に少し照らされた薄明るい空だった。
「もう大丈夫か。」
「はい!大丈夫です!ありがとうございます!」
「よし。じゃあ朝ごはんを食べて出発だ。」
「はい!」
先生がいつもの朝ごはんを作った。ガスと先生は朝食を食べ、準備物の再確認をして外へ出た。
先生が指笛でガーネットを呼ぶ。すぐに走ってきた。
「ほんとに行くのね…」
「あぁ。」
「いいわ、その根性!私はその根性であんたを選んだのよ!」
「そうだな。行くぞ。」
「えぇ!さぁ乗って!」
「クルル!」
「ガーネット!今回は寄り道なしだよ!」
「フフフわかってるわよ!」
ガーネットが走り出した。それに続きダイドも走り出す。目指すは行くのに3日かかる甘物町。
あれから2日と半日がたった。先程、休んだ時にガスが先生に後どのくらいかと聞くともうすぐだと言っていた。実際に、余り植物がなく巨大な生物が溢れかえっていた周りは甘物町に近くなるほど植物が見られる数が増え巨大な生物は少なくなった。少し前までは巨大なワームと猪が縄張り争いをしているような風景が普通だったのに、今では鹿くらいの大きさの鳥が巣で寝ていたり、小さな虫が花の蜜をスっている。ガスはこの辺は汚染が進んでいない?それとも、汚染が少なかった?と考えた。
甘物町につく頃には周りは緑でおおわれた豊かな大地だった。
先生はガーネットからおり、ガスもダイドからおりた。
「すごいわね…こんなに草木が生えてるなんて…驚きだわ…」
「そうだな。」
「これも!あ、あれも!見たことある植物ばかりですよ!」
「そうだな。」
先生のあとをガスがついて行く。その後ろをダイドとガーネットが並んで歩く。
「来たはいいものの、ここからどこに行けばいいんでしょうか…」
「そうだな。…」
ガスの前にバッと片腕をあげる。止まって欲しい時に相手にやる行動だ。ガスはもちろん止まり、先生の後ろに少し隠れる。
「ど、どうしたんですか…?」
「なにかの気配がした。ガーネットとダイドのところまで下がれ。私が危ないって言ったら2匹と一緒に私が見えなくなるくらいまで逃げろ。」
「わ、わかりました…」
先生がマントから杖を取り出した。よくお年寄りの方が持っているような杖でとても綺麗な装飾がしてある。
「動物ではなさそうだな。誰だ。出てこい。」
先生が瓦礫の山に向かってそう叫ぶ。いつもの冷静さはあるものの目は大切な家族を守る狼のような目だった。
「あちゃ〜バレちゃったか〜!すいませ〜ん!怪しいものじゃないんですよ!」
そう言いながら出てきたのは白いシャツに白のズボンといった上下真っ白な人が出てきた。髪は天パだ。
「何者だ。」
「私はもう少し言った先の施設のミントと言います!人影があると聞いて偵察に来たんですよ!」
「なるほど。それは失礼した。」
先生はマントに杖を戻した。ガスも後ろから少し顔を出した。
「私は旅をしている。こんななりだが元は人間だ。こっちはガス。私の家族だ。」
「なるほど〜!よろしくねガスちゃん!」
ニコッとするミント。少し怯えながらも、ガスもぺこりと頭を下げる。
「ミントさん。施設はどこにあるんだ。放送を聞いてここまで来たんだが。」
「あぁ!わかりずらいんで僕みたいなのが偵察に来て大丈夫そうな人なら声をかけるんです!今回は先に見つかっちゃいましたけどね〜!」
「すまない。」
「いえいえ、いいんですよ!それでは、施設まで案内しますね!」
「ありがとう。」
「ありがとう!ミントさん!」
先生とガスはお礼をした。先生はガーネットとダイドにこの辺りで待っているよう言い、ミントに連れられて施設へ行った。
瓦礫の山の間を通り、草木がおいしげる林のけもの道を進んだ先に目的の施設は隠れるようにあった。
「ここです!」
「ここか。」
「お、大きい…」
その施設は大きく、壁は真っ白だった。窓も見えるため悪い場所ではなさそうだ。
「じゃあ行きましょう!先生!」
「あっまて、ガス。」
「どうしたんですか?」
「ミントさん、私のような異形なものがこの施設に入ればパニックになるかもしれない。」
「まぁ…そうですね…」
ミントは頷く。
「私はここでお別れだ。」
「えっ?先生…そんな…」
「ガス。出会ったのは1週間ほど前だが、この1週間はとても楽しく充実していた。ありがとう。」
「そんな…先生…!急すぎですよ!嫌です!」
「わがままを言うな。ほら。」
先生はガスの目から零れる涙をマントで拭う。
「ミントさん。あとはよろしくお願いします。」
「いいんですか?」
「はい。ガスなら友達もすぐ出来るでしょうし、とても強い子ですから。」
「そうですか…本当に…」
「本当にいいんです。元々こういう場所を探してそこにガスを連れていくのが今回の旅の目標でしたから。目的達成です。」
「そう…ですか…わかりました!任せてください!ガスちゃん!行こう!」
「うぐっ…ひっく…先生…」
ガスは先生のマントの端をつまみ、引っ張る。先生はその手をそっとつかみ、マントから剥がし、ガスの頭を撫でて去っていった。その後ろ姿は少し寂しそうだったが、これでいいんだと言い聞かせるようなことを言っているようだった。
ミントに連れられ、施設に入るガス。場所の確認や部屋、人などを丁寧に説明され、ここも悪くないのでは?と思った。部屋はミントと2人部屋だった。そうして、先生のことは忘れられないが、過ごしていた。
施設に入って3日目。前の記憶がないガスは、戦争の前までガスの友達だったという人に出会った。
「今はガスって言うのね!」
「うん。私の昔の名前は…?」
「もえかよ!」
「もえか…可愛いね。」
「そうでしょ〜!あっそういえばたくみくんは?」
「えっと…」
「あーやっぱそれも覚えてないんだな〜。たくみくんは君が4年間付き合ってた彼氏だよ。」
「彼氏…?そーなんだ…そんなことまで忘れ…うっ…」
ガスは激しい頭痛に倒れた。友達に名前を大声で呼ばれている。他の人が「誰か!担架を!」と言っているのも聞こえる。ガスは意識を失った。
ガスは夢を見た。誰かはわからないでも一緒にいるのが楽しくて、落ち着く男の人だった。そんな人と海辺を散歩していた。2人で適当な場所に座って夕日が沈むのを見た。その時、彼は「もえか、結婚しよう」と言いながら小さな紺色の箱をパカリとあけた。その中には銀色のキラキラと光る指輪が入っていた。私は「喜んで!たくみ、改めてよろしくね!」と嬉しそうに答え、彼に抱きついた。そこでガスは目が覚めた。 べっとりと汗をかき、呼吸もあらい。
「全部…思い出した…たくみ…今会いに行くから…」
そう言って、先生が持ってきてくれた服を久々に着て、人の目をかいくぐり施設の外へ出た。あの境目まで行くと、指笛を吹いた。ガスは来るだろうか、という不安がでた。しかし、不安はするまでもなく5分もしないうちにダイドが走ってきた。青色の綺麗なグラデーションの肌は変わらないが、頭に白い立派な角が生えているのに気づいた。
「ダイド!久しぶり!」
「ガス!会いたかった!」
綺麗な美声で返答してくれる。クルルと鳴いていたのが懐かしい。
「進化したのね!とってもカッコイイ!」
「ありがとう!やっとガスと話せて嬉しいよ!」
「あって早速で申し訳ないんだけど、先生の所へ連れてってくれない?大事な話があるの!」
「任せとけ!進化したから足が前より早くなったんだ!」
「ありがとう!」
ガスはダイドの背中に乗る。すると空気の膜のようなものがガスの周りを囲った。
「ダイド!これは何!?」
「これはシールドだよ!スピードが早くてもガスが耐えれないからシールドで守ってる!安心して!」
「ほんとに成長したね!ありがとう!」
「そうでしょ!さっ!つかまって!」
「うん!」
ガスはしっかりとダイドにつかまった。
そして、少し前までいた懐かしいあの半壊したマンションへは8時間程で着いた。
「は、早い…」
「でしょ!」
ダイドはドヤ顔をしている。
「うん!凄い!」
ドヤ顔をしているダイドを褒め、撫でる。手触りは変わらずとても良い。
「ふふーん!あっ、先生なら部屋の中だよ!」
「ありがとう!」
「行ってらっしゃーい!」
ダイドに見送られ先生の部屋、203号室に向かった。前と変わらず、ギィィィィィという音を立てて扉を開ける。
「先生〜いますか〜?」
「ガス?なんでこんな所に。」
「先生…いや、たくみ。あなたに会いたくて、戻ってきたの。」
「その名前…!?」
「施設で友達のさきにあって思い出したの。」
「そ、そうか…」
「ねぇ?どうして嘘をついたの?喋り方まで変えて…」
「君に…もえかにこんな姿の俺を見られたくなかったんだ…嫌われるんじゃないかって…でも、君は記憶がなくて…だから、嘘をついて…ごめん…」
「…やっぱりたくみはバカだね。」
「…」
「私は、あなたがどんな姿だろうと愛してるわ!例え、動物だとしても、化け物だとしても…ね…」
ガスもといもえかは先生もといたくみに抱きつく。
「もえか…ありがとう…」
たくみも抱きつきかえす。たくみはマントから指輪を取り出し、もえかの前に跪いた。
「もえか、僕の隣でずっと一緒にいてください。」
「もちろんよ!」
たくみはもえかの指に指輪をはめた。
読んで下さりありがとうございます!読んでどう思ったかなど感想を伝えてくれるととても喜びますし、ここはどういうこと?やここはこうでしょ!などのダメ出しなどもどんどん待ってます!誤字脱字も報告くださいますよう思います!