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ワールド・リアリスト  作者: 京-ケイ-
1/1

プロローグ/天使と悪魔の誕生

 

 1999年3月12日--“悪魔が生まれた”



 分娩室の一室にて一人の男の子が誕生した。

 名前は、朱鳥(あすか)

 女の子みたいな名前だが、紛れもなく男の子だ。

 側から見たらそれは吉報とされる出来事。だがそれは、後に悪魔と恐れられる存在の誕生だったのだ。



 ***



「片桐教授の子供が産まれたそうだ!」

「本当か!?」

「天才の子供が誕生だー!!」


 東王大学にある片桐研究室。

 そこの教授として席を置く片桐楓(かたぎり かえで)の生徒たちは、その報告を受けて喜びに打ち震えていた。

 彼らがただの生徒に過ぎないにもかかわらず、教授である楓の子供が誕生したことを喜ぶのにはそれなりの理由がある。



 “片桐楓は天才だから”



 教授兼研究員をしていた片桐楓は、誰からも認められる天才であった。


 優れた容姿を備え持つ彼女にアプローチをする者も多く、芸能人並の人気だった。

 天才美少女研究員がどこの玉の輿を捕まえるのかで、世間を賑わせたこともあった。


 それでも彼女は、幼馴染だった奏多(かなたと結婚することを選んだ。自分を一人の女として、同等の人間として扱ってくれた彼だけが楓にとって一生一緒に居たいと思える、唯一の存在だったから。


 それに対する世界の反応は、“()()()()


 その一言だけだった。

 もちろん妬み僻みもあった。そんな言葉を気に留めない彼女に、次なる期待がかかる。


 それは、第一子の誕生。


 天才の子供は天才。そんな期待が膨らむ中生まれたのが朱鳥だ。

 もちろんニュースを見た楓自身、自分の出産が世の中に注目を浴びていることは知っていたし、そして思った。「この子は私のように“天才”という、私にとって汚名だった言葉を被りながらこれから生きていくんだな」と。


 他人にとっては褒め言葉なのかもしれない。それでも楓にとっては一番聞きたくない言葉だった。

 言ってしまえばそれは、彼女にとって悪魔の囁き(・・・・・)のようなものだったから。

 もちろん小さい時なんかはそう言われて悪い気はしなかったけれど、それが歳をとるにつれて期待が膨らむことで彼女を襲うプレッシャー。彼女一人ではとても背負いきれないものを与えられていた。


 理論上成功すると報じれば更に期待が膨らみ、実現不可能だと分かれば(てのひら)を返したようにがっかりされる。自分でもそれは仕方のないことだと分かっている。それでも、楓は負けず嫌いだったから何度も立ち上がった。

 苦しくても、辛くても、決して弱音を吐くこと無くもがき続けて遂に辿り着いた。


 好きで進んだ道じゃない。幼少期の頃に天才と言われてそっちの道に進むように言われてから二四年が経過してようやく、


『1998年10月5日。ノーベル物理学賞受賞!!』


 楓は期待に応えるようにノーベル賞を獲った。人々は再び、片桐楓に“天才”という言葉を浴びせた。

 だけど楓は、喜ぶことが出来なかった。


 何故ならそれは。


 彼女にとっては既に、汚名だったから……。


 そしてその17ヶ月後。

 分娩室に赤ちゃんの「オギャーオギャー」という、小さくも大きい鳴き声が響き渡った。


「楓……頑張ったな!」


 ずっと一緒に居てくれた奏多が、自分の手を握り、涙を流しながら労いの言葉をかけてくれる。

 これ程嬉しい事はない。

 それでも楓は、言葉を返すことができなかった。

 涙を流す彼の顔が、声が。

 意識の中から次第に届かなくなってきていたのだ。

 不思議な感覚--。

 今まで感じたことの無いそれに、楓はこう思った。「ああ、これは。汚名を浴びせられて苦しんだ私を救ってくれる、天使からの贈り物なんだ……」と。


 奏多と、生まれたばかりの子供を残して一人旅立つのは、少々心苦しかった。申し訳ない気持ちにもなった。


 それでも、片桐楓は、何にも抗うことなく。


 世界から置いていかれるように。


 この世を去った。

 

 


 それは、世界が初めて、“天才”と呼ぶに相応しい本物を、失った瞬間だったのだ。





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