第88話 幻想
どうも。今日整体に行ったら、足の硬さが70代のおじいちゃんと言われた作者です。
今回は三人称スタイルでお送り致します。楽しんでいただければ幸いです。
《砂獄装甲蟹を討伐しました。》
《称号【砂獄装甲蟹討伐者】を獲得しました。》
《PM専用報酬:砂獄装甲蟹の鍋、砂獄装甲蟹のグローブ、砂獄装甲蟹の金庫、キョテント1つ、生存ポイント1000P,スキルポイント10SP,ステータスポイント10JP》
いつものファンファーレが鳴り響き、それぞれに討伐報酬が贈られる。皆、自身に贈られてきた報酬を確認して、残された蟹を解体をしに集まった。目線を合わせてお互いに指を折り合い見せる。
一番高かったのは意外にも八雲だった。
「じゃあ俺が解体するってことで。みんなはちょっと待っててくれ」
八雲がユークを連れて蟹のもとへ向かうとカルトは掌を合わせた。
「お願い。僕はちょっと武具の手入れをしないといけないからね」
八雲を見送ったカルトは地面に突き刺した大剣を引き抜いて座り込んだ。そんなカルトにアーガスは手を差しのべて大剣を渡すように促した。
「カルトの分も俺に任せておけ。カルトは素材の配分を頼む」
「おっけー、ちょっと数が多いけど任せた」
「これくらい少ない方だ……いつもよりはな」
「あー……いつもごめんね」
平謝りをするカルトにアーガスはため息を吐くが、手をヒラヒラさせてカルトを追い払った。
カルトがその場からいなくなると、並べた武器を見比べた。一番ダメージを受けた武器を手に取ると、早速作業に入った。
アーガスに武具を預けたカルトは次々と解体する八雲の様子を見に来た。ユークはカルトに気付くと場所を譲った。
「あれ?手入れは?」
「アーガスに頼んだ」
「そっか。ユークに素材渡してるから検分よろしく」
「検分って、いや、まぁいいか」
ユークと二人並んで素材を分配していくカルトを余所に八雲は無心で解体していった。
四人がそれぞれ行動しているなか、一人離れた場所で採取している者がいた。味噌汁ご飯だ。元々彼女は採取を目的にこの地に訪れた。
ボスエリアには採取できるポイントがある。ボスエリアはボスさえ討伐してしまえば、一番安全な場所である。それを知っている味噌汁ご飯はこの時間に採取を済ませることにしたのだ。
もちろん、それを独り占めする気はない。今回の戦いに味噌汁ご飯の貢献度は限りなく小さい。やったことといえば、カルトの武器を拾ったことと落ちてくるハサミを爆破し、慢心してハサミに潰されただけだ。
つまり、ほぼなにもしていない。
それでも彼らは味噌汁ご飯に追求したり、素材の分配を少なくしたりはしない。なぜなら、目先の利益だけを見ているわけではないからだ。
八雲は特に興味ないと考えている。いや、もしこの蟹が美味しかったら、子蜘蛛たちのために美食確保に走るだろう。それも今度は子蜘蛛たちを連れて周回を始めるほどに。
アーガスは蠍の甲殻を多量に八雲から買い取ったからか大人しい。それでも素材は平等に分けるはずだ。
カルトは味噌汁ご飯と個人的に取引を行っているので、平等な取引を行うために、ここでもそれを実行する。
そんな三人が集まっているのだから、貢献度など気にすることなく、平等に公平な分配を行うだろう。それが味噌汁ご飯には少し辛いところがあった、という心情的な行動であった。
採取に関してだが、この中では一番技術力が高い。スキルレベルもさることながら、技術の高さもこのゲームでは重要だ。
その技術は味噌汁ご飯のリアル能力もあるが、ラファムという種族もこの能力を高めている。
「これは……あれに使えるわね……」
一人含みのある笑みを浮かべて採取を続ける味噌汁ご飯を遠目に観察していたユークはぞわりと震えていた。それをユークに使うとは限らないが、嫌な予感がすれば、誰だろうとそう感じるはずだ。
それぞれが思い思いの行動をし続け、一人、また一人とやることを終えて八雲が解体した素材を受け取っていた。解体には、さほど時間のかかる作業があるわけではないが、今回は敵の数が多かった。
そして見上げるほど大きな蟹がいる。それを遠目から眺め、解体後にどうなってしまうのかと冷や汗をかく。蟹はでかい、つまり解体後の素材も巨大だ。それでダメージを受けることは考えづらいが、もしあり得た場合、解体後に大変なことになってしまう。
それを危惧した八雲は天網を張り、転移巣に切り替えてすぐに転移できるように準備をした。その様を目撃したユークはごくりと固唾を飲んだ。
なぜそんな緊張感を持っているのか、カルトはジト目で見ていたが、いつものように深読みをしているなら、あんな警戒心剥き出しで行動してしまうのだろうと一人納得した。
そろりそろりと近寄った八雲はそっと蟹に触れて解体をした。すると、予想通り、巨大なハサミが落下してきた。落下音を察知した八雲は瞬時に転移して難を逃れた。
砂煙を巻き上げた巨大なハサミは八雲が先程いた場所へと突き刺さっていた。それを遠目にみていた者達の予想は裏切られた。すぐに落下してきたハサミへと近づき、八雲の安否を確認した。
八雲が転移できることを知っているが、それをどんな条件でできるかを知っているわけではないため、ハサミの真下へと声をかける者が続出した。
彼らを見て八雲はユークと誰が一番最初に振り向いて気付くかゲームを始めるほどに気付かれることはなかった。
あまりにも気付かれなかった八雲はカルトの肩をポンポンと叩いた。
「今、僕はやきゅもふ!?」
カルトは反射的に八雲への言及をしたが、添えられた指に阻まれ、うまく言葉を述べることができず、奇怪な返事をしてしまった。
「え、やく……ええ!?」
あまりの出来事にカルトは顎を外す勢いで驚いていた。それに続いて気付いたのは手入れをしていた途中のカルトの大剣を放り出してまで八雲を心配したアーガス。
そして素材であるハサミに爆弾を仕掛けたことで、無理矢理引っぺがされた味噌汁ご飯。
「よかった、よかったぞ!」
「よかったわ……無事で」
「よかったけど……事前に言っておいてよね……そんな芸当ができるってさ」
本当に心配させてしまったようで、八雲は素直に謝罪をした。もちろん三人ともそれを許した。怒っているわけでもない。確かに声を荒げてしまったが、それは心配していたからこそ、声が大きくなってしまっただけなのだ。
八雲の無事を確認が終えたので、すぐに素材の分配にとりかかったのだが、問題が発生した。それは八雲に襲いかかったハサミだ。一個というのはわかるが、取り分けることができないのは、非常にやりづらい。
そこで、これをどうするかは持ち帰って決めることにした。他に素材が手に入った時の事を考えれば妥当かもしれない。しかし、ここで分配はいらないから、ハサミを求めるものがいた。
「俺がもらっていいか?他の素材はいいからさ」
「え、でもいい素材もあったけどいいのかい?」
「俺には加工する技術がないからな。それなら、あのハサミを丸々もらってスキル上げに使うよ」
「ふーん……」
「なにか疑う要素あったか?」
「別に?」
「そう?」
「うん、なんでもない」
「そうか?」
「なんでもないって」
ぷいっと顔をあわせないカルトに観念したのか、八雲は小声で事情を話し始めた。
「……食べられるのかなって」
「んん?」
「毒がなさそうだし……」
「んん!?あれを食べるの!?」
意外な答えが出たことに驚いたカルトは八雲と蟹ハサミを交互にみた。幾度か確認した末、やはり驚愕するカルトに、八雲はこれまであったことを話すことにした。
それはこのボスエリアにたどり着くまでに起きた出来事だ。それも蠍のプリっとした海老のようなお肉についてだ。それを聞いたカルトが大剣を持って蠍を探しにいこうとして止められた。そこでアーガスが放り投げられた大剣を見つけてしまったのは仕方のないこと。
毒があるにも関わらず、狩りに出掛けようとしたカルトに疑問をもつ八雲だったが、カルトがそれについて説明すると納得した。
聖属性なら毒も解毒できる上、浄化することでその肉を食べても安全だという。納得した八雲はすぐにこの後にどうするべきか計画を練った。その瞬間、クナトの不運が決まった。
子蜘蛛達に蟹の肉を食べさせてあげたいと言ったことで八雲は分配に関係なくハサミを手にいれることができた。ここにいるメンバーは少なからず子蜘蛛たちに助けてもらっているので、食べ物をあげるくらいなら、構わないと考えていた。
ハサミの甲殻については別途交渉して取引を行おうという話になった。他にも素材は出たが、それぞれが欲しいものが違ったため、簡単に取り分を決定することができた。
蟹の解体と討伐報酬の分配が終わり、ボスエリアでのやることを終えたので、次のエリアへと向かうことになった。味噌汁ご飯が少し名残惜しそうにしていたが、ユークが味噌汁ご飯の手を引いて出ていったため、それがなんだったのか、気付くことはなかった。
ボスエリアを抜けた先には第二エリアと同じく岩場が続いていたが、奥にはまた森があった。つまりこの砂漠は森に囲われているということだ。もし、先日起きたエリアボスの解放が起きた場合、砂漠が広がる可能性も出てくる。
第一エリアボスは現段階では弱い部類なのでそこまで影響があるわけでもないが、環境まで変わる可能性が出てくると悠長にしている間にお互いの拠点が侵食する可能性がある。
精霊樹の周りに墓地ができてアンデッドがうろうろするなんてことが起きてしまう可能性もある。それだけではない。邪精霊が幼女精霊のところへ向かうかもしれない。子蜘蛛たちが周囲を固めているとはいえ、完全に守ることは難しいだろう。
今後考えられる事象については後程対策を練る必要があると八雲とカルトは頷いた。他二人は家や活動拠点というものが存在しないため、特に気にしていなかった。
岩場には小動物の魔物しかおらず、味噌汁ご飯が採取するために別れた。それからアーガスもここで鉱物を採掘すると行って離れていった。そのため、八雲とカルト、ユークの三人で森を探検することになった。
森は近くが砂漠のためか、いつも見る森とは毛色が違った雰囲気をしていた。硬いものではなく、樹木が毛羽立ったような衣に包まれていた。地面には草があまり生えておらず、砂に覆われていた。
それを見たカルトが目を輝かせていたが、八雲にはピンと来ていなかった。
森なのだからマイナスイオンが飛び交い、涼しいイメージだったが違ったようだ。毛羽立った樹皮が辺りの水分を引き付けているのか、森の中は蒸し暑かった。
「これは期待できそうだね」
「え?なにが?」
「ふふん、進んでからのお楽しみにしよう」
「ええ?」
カルトはご機嫌そうに笑った。進むに連れて樹木が減ってきたが、森に差し込む光のせいか遠くを見ることができなかった。開けた先になにがあるのか、それを知りたかった八雲は走り出した。それに着いていくようにカルトとユークも走った。
その先には、色とりどりの珊瑚の島が太陽の光を乱反射して生み出した神秘的な海があった。浜辺には人が形跡はなく、誰にも知られていない、そんな光景が三人の心へと感動の波が押し寄せた。
幻想的な光景は人の身動きを止め、呼吸を忘れてしまうほどの感動がそこにはあった。立ち尽くした三人を邪魔するものは現れることはなく、たっぷりと堪能することができた。
ザザァと押し寄せた波が岩にぶつかり、大きな音をたてると、はっとした三人が意識を取り戻すことができた。
「はっ……綺麗すぎて見とれてしまった」
「僕も」
八雲の感想に同意するように二人は頷いた。浜辺にそっと踏み出した三人は辺りを警戒しつつ、海へと近づいた。ふわっと吹く風には塩辛さを感じ、波が押し寄せる音に癒しを感じた
波へと恐る恐る近づくと、引き込んだ波が勢いよく流れ込み、足へと触れた波は冷たく気持ちのいいものだった。八雲はそれにニヤついていると、カルトがばしゃっと海水をかけた。
「やったな!」
「ぼーっとしてるのが悪いのさ!」
戦いの火蓋が切られると、優しい水掛から次第に本当の戦いに変化していくのはご愛敬。それをいち早く察知したユークは海辺から離れた森の日陰に逃げ込んだ。
殴りあいはしない。けれどもここには魔法がありスキルがある。よってやることはそれを駆使した戦いとなる。
八雲はカルトから距離をとると、水壁を発動してすぐに解除した。それにより、空高くまで登った水が自然落下してカルトに襲いかかった。
水の壁の意味が理解できずただ眺めていたカルトはその水をかぶってしまった。
「うわっぷ……魔法まで使うなんて……僕だってやってやるもんね」
そう言ってカルトが取り出したのは大剣だ。大剣の平らな面を海に打ち付け、巨大な波を引き起こした。
激しい波を目の前に、八雲は天糸を生成して波を切り刻んだ。そして水属性の魔糸に変換し、見えない糸を使ってカルトを拘束すべく襲いかかった。
しかし、それはカルトに読まれていた。
「甘いよ。【空虚】」
カルトは大剣に灰色と漆黒のオーラを纏わせて八雲に向かって一閃した。すると、糸は力を失い、海の藻屑と化した。
「さすがカルトだ。だけど、俺はまだ秘策を残している」
「ほほーん、僕を騙そうったってそうはいかないよ」
カルトは再び大剣の面で波を引き起こした。足が海の砂にとられ、瞬時に動けなかった八雲は直撃してしまう。
「やっぱりね。秘策なんてなかったんだ……なに!?」
波に飲まれたはずの八雲はその場で未だ立っていることに気がついた。おかしい、カルトの力からして波もそれだけ大きな力をもっている。それなのに、八雲はそれをものともせずその場に立っていた。
「残念だったな。俺にはこの程度の波など効かない」
「くっ……さすが足が八本あるだけはあるな。だけど僕にはまだ強力なカードが残っている!」
「なんだって!?」
こうして二人が水の掛け合いに白熱になっているなか、暇になったユークは砂浜で城をつくっていた。その城はいつしか街でつくったお城だ。それを真剣につくっているうちに二人のことなど気にも止めなくなっていた。
「いくよ、これが僕の奥義だ!」
カルトは大剣に灰色と漆黒のオーラを纏わせ、大剣を振り下ろした。それを見た八雲はまた空虚かと思っていたが、それは全くの別物だった。
「【断絶】」
その瞬間、嫌な予感をした八雲は咄嗟に切り裂き方向から脱した。そしてその予感は的中した。八雲がいた場所に灰色と漆黒のオーラが引かれたと認識した瞬間に、そこに存在した海がぱっくりと割れてしまった。
「あぶなっ!?」
「まだまだいくよ!【虚実】からの【断絶】」
虚実が発動した瞬間、先ほどまであった割れ目が嘘のように消え去った。そしてまた同じ構えをしたカルトが大剣を振り下ろすと再び海が割れた。
「やるね、八雲。まさか初見でこれを避けられるとは思っても見なかったよ」
「なら、俺だって奥義を見せて……あれ、ユーク?」
八雲がカッコつけながら構えていると、そこに今まで傍観していたはずのユークがゆっくりと近づいてきた。先程まで影が薄くなっていたのか、気付かなかったが、いつの間に近づいてきたのだろうと、八雲とカルトは不思議そうにしていた。
そんなユークはなぜか涙目である方向に指を差した。そちらを向くとそこには無惨な姿になったお城の姿があった。
「えーっと……」
八雲はそーっとカルトの方を向いた。するとカルトは気まずそうな顔を浮かべた。しかし、ユークはカルトだけでなく、八雲にも責任があるかのようにその涙目を向けた。
「「うっ」」
こうして白熱した水の掛け合いはユークの一人勝ちで終止符を打ったのだった。




