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第87話 竜華の槍

すまない、少し遅れた。

戦闘シーンにあまりに書き慣れていないところがあるので、生暖かい目で読んでください。



 放電が続き、次第に身体の自由が失われていくのが見てとれた。手の先は相変わらずぐちゃぐちゃだ。こんなところをいつまで触れているのは嫌だ。でも、それ以上にこれほど大きな敵と正面から戦うのは面倒だ。


 俺をここまでイラつかせたのはこのエリアボスが初めてかもしれない。というより、あの蟹がおかしかった。嫌な感じがした。


 目の前であれほど馬鹿にしてくるエリアボスは見たことがなかった。ここは第二エリアボスだが、奥に行けば行くほど、感情を揺さぶるような魔物に会うのだろうか。これが本当にゲームなのか、現実なのか、判断がつかなくなってくる。


 子蜘蛛たちも幼女精霊も、クナトにユーク、クシャとマシャ。ゲームの中にいる俺の大切な人たち。


 現実じゃないから、ゲームだから、感情を示さないなんてできない。好きだから楽しいし、可愛いから父性が出てしまう。ゲームだから、現実じゃないから、そんな区別はする必要はない。


 ここはゲームで非現実でも、ここにいる限り、ここが俺の現実だ。


「決めた。もっと全力で楽しもう。ゲームだからとか現実だとかどうでもいい。今を楽しもう」


 蟹の中を手を抜き取り、張り付いた蟹肉を払いとる。雷術を解除して蟹が再活性するのを待つ。次第に鈍足だった蟹のハサミが息を吹き返してきた。


「いいよ、来て」


 鈍重だったハサミは雷からの解放で瞬発的に早くなり、俺の予想を遥かに越えた速度で迫ってきた。間合いを見誤り、巨大な壁に打ち当たった。急な加速で力を受け流すことができなかった俺はバランスを保つことができず、遠く離れた地面まで飛ばされた。


 砂漠の砂に打ち付けられ、砂まみれになった身体を払い、見上げると、そこにはとてつもなく巨大な蟹がいた。ゆっくりと立ち上がった蟹は身体を揺らして砂を落としていた。その中に見覚えのある人がいた。


 カルトとアーガス、味噌汁ご飯の姿もあった。カルトは両手に大剣、ユークと同じ骨の腕を背中を生やしていた。外見は骨の竜を纏った戦士だった。隣にいたアーガスは竜の戦士そのものだった。アーガスはハンマーではなく、槍を持ち、反対の手には荷物と化したユークが抱えられていた。


「お、八雲じゃん。八雲も落とされたの?急に動いたもんね」


「ああ、多分俺が雷を解除したせいだと思うけど……」


「雷?いいなぁ、雷。使ってるだけでかっこよくなれそう。それで、八雲はこれからどうするの?僕はこれからあいつにお灸を据えるつもりなんだけど……」


「俺も今から本気でいくよ」


「そっか。なら、どっちが先に倒すか競争だね」


「それなら、俺も混ぜてもらうぞ」


「アーガスもか」


「私も」


「うんうん、これは競いがいがあるね。それで、味噌汁ご飯はどうする?」


「やってやるわよ!」


 全員の意見が一致したところで、明るかった視界に影が降りた。見上げるとそこには背中で見たものよりもさらに巨大なハサミが迫ってきた。それはまるで隕石のようで、あれに当たれば一撃で倒されてしまいそうな、そんな恐怖があった。


「ここは俺が」


「合わせなさいよ!」


「任せろ」


 蟹の巨大なハサミに対して、味噌汁ご飯は爆弾を投擲した。そしてそのすぐあとにアーガスは槍を前に突き出し、そのままハサミに向かって飛び出した。自暴自棄になったわけではなく、なにか考えがあるのだろうか。


「『竜華槍』」


 アーガスがそう呟くと突き出した槍に竜の幻影が出現し、先に飛んでいった爆弾に命中した。しかし、爆弾は爆発することなく、アーガスの槍に張り付いた。失敗に見えたが、アーガスは構うことなく、槍を突き出した。


 槍の先が蟹の巨大なハサミに接触した瞬間にスライム爆弾は爆発した。しかしアーガスへと衝撃はいくことはなかった。アーガスの放った竜華槍が爆発の衝撃をハサミに押し込んだのだ。そして竜華槍はハサミに無数の亀裂の花を咲かせた。


 さらにアーガスは刺さった槍を登り、亀裂の入った箇所に蹴りを加えた。それによりヒビが拡大し、甲殻は砕け散り、プリっとした蟹肉が姿を現した。


 苛烈な攻撃が加わったことで振り下ろしたハサミを身体に引き戻そうとする蟹だったが、伸びきったハサミを逃がすわけがなく、一人の男がすでに駆けていた。


 背中の巨大な骨の腕に持った槍を地面に突き立て、棒高跳びの要領で空高くにうち上がったカルトは左手の大剣をハサミの根元に斬りつける。しかし、硬い甲殻がそれを阻み、ほんの僅かしか食い込むことはできなかった。


 だが、それはカルトの狙い通りであり、振り下ろした遠心力を利用してさらに上へ飛び上がった。食い込んだ大剣をその力に活用したため、その大剣は取り残され、カルトに残されたのは右手に持った大剣だけだ。


「二人にばかりいいとこ魅せられるわけにはいかないよ」


 カルトは右手の大剣を両手で持ち、さらに巨大な骨の手で包み込んだ。合計四本の手で掴んだ大剣を振り下ろす。四本で持ったからといって、力が四倍になるわけではない。これは聖属性と邪属性の力を込めるためのものだ。


 聖属性と邪属性は反発する力があり、それを混ぜることで聖属性と邪属性、反発力という三つの力が合わさる。それをぶつけることで通常の三倍の威力を与えることができるのだ。


「名前は特にないけど、これならいける!」


 斬り込んだ大剣がハサミの根本に接触した瞬間、邪属性がまず侵食した。邪属性は抵抗がなければ、すぐに侵食する。そしてそれはハサミを強化させることはない。蟹の属性が邪属性でないことは明白である。


 侵食した邪属性は侵食した箇所を邪属性に変換させて弱体化させた。そして聖属性が邪属性を滅して、ボロボロになったそれを例の反発力が砕いていった。


「やった!ハサミを切り落とせた」


 巨大だからこそ落とせないと思われたハサミだったが切り落とすことに成功したカルトだったが、見謝っていたことが一つだけあった。それは、ハサミの真下にまだ二人の男がいたことだ。八雲は危険を察知してユークを連れて転移巣で逃げていた。


「カルト、貴様ぁ!?」


「カルトきゅん!?」


 ハサミという脅威をはね除けたアーガスと味噌汁ご飯は、安全を確保できたと休息を取っていたが、再び落ちてきたハサミに対応できず、二人は下敷きになってしまい、カルトには届くことはなかった。


 転移巣で逃げのびた俺だったが、二人も連れていけばよかったと後悔していた。ハサミの下敷きになった二人がリスポーンしていないか心配だが、まずはやつを片付ける必要がある。


 二人が行動不能のため、残っているのは俺とユークと、元凶のカルトの三人だ。正直なところ50の壁を越えた者しかいないので第二進化を遂げた程度のエリアボスなら、簡単に勝てると思っていた。


 おそらくだが、あの蟹はなにか特別な条件を得て現れたユニークモンスターだと考えられる。なぜならあの筋力に極振りしてそうなカルトの攻撃を受けて未だにピンピンしている。エリアボス補正のHPにしても化け物すぎる。


 それがわかったからといってどうすることもない。ただ、今を楽しむためはカルトと同じようにもう一方のハサミをもぎ取るだけだ。


「ユークは二人をどうにか救出してくれ。俺は奴の力を削ぐ」


「承知しました。御武運を」


 ユークは珍しく言うことを聞いて二人のもとへと向かった。


 残された俺は悠々と蟹のもとへ進んでいった。片腕をもぎ取られた蟹は錯乱状態であり、まだ近くにいるであろうカルトを探して暴れまわっている。砂が舞い、視界が非常に悪くなっているなか、俺は蟹に位置を報せるべく、行動を開始した。


 暴れまわる蟹の近くは危険だ。遠距離攻撃でなんとか場所を報せて落ち着かせるのがいいだろう。まずは魔法。遠くへ飛ばせるのは槍系統の魔法だ。それを何度か飛ばすと、錯乱状態が徐々に解除されてきた。


 一方からの攻撃を行ったことでヘイトがこちらに向き、蟹の視線はこちらに釘付けとなった。砂煙が落ち着くと、視界が良好になった。


 その瞬間、豆粒のような存在である俺に気づくことができた。甲殻の色も黒で髪が銀髪だったからか、カルトと似ても似つかないが、蟹からは同じに見えたのだろう。再び巨大なハサミは振り下ろしてきた。


 すぐに来るだろうと準備していた俺は、天網を蟹の視界にうつる場所に配置し、すぐに転移して蟹に話しかけた。


「俺はここだが?」


 俺の声を聞いて、鋭いハサミが俺の胸を貫こうとまっすぐ伸びてくる。それを真横に弾き飛ばし、蟹の追跡を掻い潜りながらハサミの根元に向かって駆ける。他のハサミが俺の邪魔をしようと突き進んでくるが、それをすべて避け、根元にたどり着く。


 関節の可動域の限界で、ハサミが襲いかかってくることはなくなった。人の関節に限界があるように蟹にもある。スライムやゴーレムにはないが、形がしっかりしている魔物には死角が存在する。


 根元に手を添える。この蟹はとてつもなく巨大だ。俺が爪で斬りつけたところでかすり傷にしかならない。なら、どうするか。俺はアラクネだ。斬りつけるのも突き刺すのも蜘蛛のやることじゃない。


 手をクロスさせて両手から最大硬度でもっとも細い糸を、その太くて大きなモノに出して巻き付ける。そして、擦り付けた糸が硬い甲殻を薄く削っていく。


 流れるように締め付けた糸は硬いところを通過した瞬間、そこになにもなかったかのようにすり抜けた。


「蜘蛛はこうでないとな」


 独り言ちる。両手の巨大なハサミを失った蟹は大いに暴れた。糸で足を締め付けることで動きを阻害することはできた。しかし、蟹はお構い無しに暴れまわった。とにかく暴れるものだから、糸で全体を拘束してやった。


「市場でよく見るやつだ!」


 動きを止めた蟹を前にしていると何処からか現れたカルトが蟹に指を差して笑っていた。よくみると全身に砂を被っていて満身創痍ではないものの、疲れを感じる笑いだった。


「さて、あとはトドメを刺すだけだが……」


「八雲がやりなよ。ここまでやったのは八雲だから。この勝負は八雲の勝ち」


「そうか。なら、トドメは任された」


 拘束した糸に手を当てて糸を締め付ける。ミシミシと音を鳴らしながら蟹の甲殻に食い込んでいく。それを二人で眺めていると、蟹のお腹がぱっくり割れ出した。あそこにも糸はあるが、それにしても外向きに割れたのは違和感しかない。


「まさか……」


「カルト、なにかわかるの?」


「いや、言ってみただけ」


「おい」


「でも、蟹だからもしかすると……」


 カルトが言いかけたその時、割れた腹から小さな蟹が現れた。小さいと言っても最初に倒した蟹と同じ程度だ。それが糸の隙間を通って外に出ていった。


「これはまずいね!八雲、僕は外に出たやつをやる。八雲はさっさと倒してくれ」


「わかった」


 カルトは蟹から離れて出ていった小さな蟹を追いかけていった。カルトが離れたことで雷術を存分に使えるようになった。MPを確認してどれだけのことができるのか、見てみると、MPの上限が半分になって、HPが二倍になっていた。


 そして種族名に父性の蜘蛛帝(アラクネスオリジン)と書かれていた。つまり、このモードは父のような強さを持つ蜘蛛であり、反対に母のような優しさを持つ蜘蛛のモードもある。


 俺はそっ閉じして現実逃避を始めた。左手で糸の拘束を締め付け、右手に雷術を纏わせ、蟹に殴りつけた。ステータスでチラリと見た程度だが、ステータスの右列の能力値が4分の1され、左列の能力値に加算されていた。


 つまり、父性とは物理特化のモードで推察するに、母性は魔法特化のモードであるということだ。今は全身甲殻を纏っているが、母性モードになると一体どうなることやら、ぶるりと震えた身体を蟹に殴り付けることでおさめた。


 威力の上がった拳は蟹の甲殻を容易に砕いていった。それほどまでに強化されたということか、それとも雷属性が弱点であるかはわからない。だが、それでも物理に強くなったことは確かだった。


 幾度か殴ったところで蟹の動きが完全に止まった。そこで解体をして、糸の拘束を一気に強めた。もしかしたら、中にあの小さな蟹がいるかもしれないからだ。そして案の定、多数の蟹がいた。漏れ出た蟹を処分したカルトは大剣を向けて牽制する。


 完全に拘束が完了したところで、巨大なハサミの下敷きになった二人を連れたユークが帰ってきた。二人は疲れたような顔をしていて、ユークは褒めてそうな顔をして俺のもとに来た。


「よくやった。任務完了だ」


「はい。ありがとうございます……えへへ……」


 ユークの頭を撫でてやると、頬を緩ませてにまにましていた。この戦いで褒めることはあまりなかったためか、よほど嬉しかったのだろう。


 救出された二人はというと、早速カルトに文句を言いにいっていた。しかし、カルトは元の口の上手さから、お叱りを回避して二人が悪いことにされてしまった。それにはアーガスと味噌汁ご飯はしょんぼりしていた。


 レベルもあって戦場なのだから油断するのが悪い。ごもっともである。これには二人はなんも言えんだろう。なにせ下敷きになる間際、跳ね返ったハサミを見てのんびりしていたのは確かなのだから。


 落ち着いたところで、残りの蟹の処理を始めた。俺とカルトはそれなりに狩っているので経験値をとったので、辞退した。そこでアーガスと味噌汁ご飯、ユークで分配して蟹のトドメを刺した。


 その瞬間、聞き慣れたファンファーレが鳴り響いた。

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