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第84話 お色直し

ちょっとはやめのこーしん!


よんれきゅーはなかった!


ぜひ、たのしんどくれやす~

 泥パックは聞くが、砂を顔に塗りたくったものはなかったはずだが。クナトはそれをつけてどうするの?って煽りたい。空から落ちて頭から地面に刺さる。それ、なんてギャグ?


 引き抜いたクナトは顔面蒼白だった。いや、それは元々か。聖骸(レリック)は大概が美白の肌を持つ。それは性別に限らない。つまり、カルトも、その配下も肌が綺麗だ。


 あれくらい綺麗だとうちの家族が黙っていないだろう。肌とか髪とかその他諸々。とことん手入れしてそれを保つ。俺には訳がわからないが、それが若さの秘訣というやつなんだろう。


 うちの家族のことはいいんだ。クナトは無言で固まっている。これ、エリアボスで使い物になるのかな。ボウリングのピンみたいに飛ばされてもにこにこするだけの的になりそうだけど。


「クナト……おーい。大丈夫か?おーい……だめだな」


 ペチペチと頭を叩いてみたが、まるで反応がなかった。なんだかんだ、クナトはクナトって感じだな。キョテントは張ってないが、クナトは守護者召喚で呼んだから、送還すれば返せる。


 味噌汁ご飯もユークもクナトのことはもう眼中に入っていない。硬直状態のクナトは使えないって瞬時に理解してしまったのだろう。つまるところ、俺はクナトの処分を任された者、清掃員ってところか。


 送還されたクナトだが、あれはどこに還されるのかな。突然消えたクナトが気絶して帰ってきた、だなんて十分事件だと思うけど。そこらへんはユークに一任した。今回は活躍できなかった蜘蛛聖霊におつかいを頼んだ。今回は余裕で達成できるはずだ。


 前衛が一人減ってしまったわけだが、次は誰を呼ぼうか。そう考えていると味噌汁ご飯が提案をしてきた。


「ここでキョテントを張らないかしら?」


「蠍の縄張りの中心だけど?」


 蠍の残骸が山のように転がっている。それを身体から出した巨大な骨の腕でまとめていくユークを眺める。いつの間にそんなことできるようになったのだろうか。


「だからいいんじゃない。油断できない戦場が好きな人しかいないじゃない、PMにはね」


 否定できないのは辛いところ。確かにそうだ。俺もそんなところが好きだ。早速準備に取りかかるが、まずは場所を決めよう。岩の中には入れるが、身体の大きいものが挟まってしまいそうだ。


 ないなら、俺達がその場所を作ればいい。


 ユークが巨大な骨の腕で岩を積み重ね、俺が糸で補強し、味噌汁ご飯が爆弾で風穴を開けた。人工物だが、それでいい。ここに訪れるPHがいたところで、蠍の群れに襲われてそれどころではないはずだ。


「なかなかいいものができたわね」


「秘密基地みたいでいいよな」


「今日の八雲様は一段とかわいいです」


 一人違うことに感想を述べていたがスルーしよう。身体の砂を払い落として拠点に戻る。拠点に戻れば、少なくとも前衛を務められる人が一人はいるはずだ。


「お、いた」


「ん?あれ、八雲じゃん。どうしたの?」


 そこにいたのは毎度お馴染みのカルトだ。カレー炒飯の風呂で世話になったので、ちょうどタイミングが良かった。お礼を言っておこう。


「さっきはありがとな」


「あー、いいよいいよ。八雲が逆上せるのなんていつものことだからね。それよりどうしたの?珍しい組み合わせだけど」


 確かに俺とユークはよくいるが、味噌汁ご飯が加わっているのは珍しい。


「目的地が一緒だったんだ」


「へぇ、どこに行ってたの?」


「砂漠かな」


「砂漠!?あそこあっついよね!僕それで諦めたもん。もしかして砂漠越えたの?」


「それは俺と子蜘蛛だけで越えた。今は岩場かな」


「いいなぁ……町の住民に聞いてたけど、あそこには貴重な薬草があるから是非にでも採取に行きたいんだけど、あっついんだよね……」


 カルトは消極的だった。意外だ。貴重なアイテムのためなら、我慢してでも行ったるわ!ってなるかと思ったけど、暑いのは本当にだめなんだな。


「ほう、行きたいのか?」


「……もしかして行ってるの?」


「そのまさかだ」


「……暑い?」


「砂漠よりは幾分かマシだったな」


「じゃあ行こうかな」


「よかった。これで前衛は確保できた」


「ん?前衛?」


「クナトが戦闘不能になってな」


「そんな強力な敵がいるの?」


「いや、事故だな」


 事故。それも転落事故。空からの落下はさすがに堪えたはずだ。クナトがどれだけ丈夫だろうと頭から突き刺さったら、だめだろう。落下した矢みたいな刺さり方してたもんな。身体もピーンって気をつけしてたもの。


「事故かー。その事故ってまた起きることある?」


「それはないかな」


「そっか。なら、行くよ。ちょっと待っててね。……あ、ちょっと僕の拠点に来てくれる?」


「ん、いいぞ。そんなに急いでるわけじゃないしな。いいよな?」


「いいわよ。私もちょっと補充が必要なのよね」


 味噌汁ご飯の同意を得られたので、俺はカルトのもとに行くことにした。ユークについてはルカさんに伝言を頼んでおいた。そろそろ復活してるはずだし、話ぐらいは聞いてくれる、と思う。


 カルトの拠点には始めてきた。どんな場所かと思えば、フィギュアのように死体が並んでいた。ヒデみたいに適当に放り捨ててたりせず、ちゃんと整列していた。


「ごめんね、ちょっと散らかってるけど、あがってあがって」


「これくらいなら気にしない。それで、拠点まで来て何か用事があるの?」


「それほどあるわけでもないけど、そろそろ八雲も服を着ないかなって?」


「服?着てるぞ?」


「着てはいるね。でも、ちゃんとしたやつ持ってないでしょ?」


「うーん?」


「八雲に似合いそうな服は幾つか見繕ってあるから、着てくれよ」


「……わかった」


 頷いて前を向いた瞬間、大量の服を持った聖骸(レリック)たちが現れた。


「は?え、カルト?」


「すまない……八雲にも犠牲になってもらうこと、苦しく思うよ」


 カルトは悲しそうに呟いた。よくよく思い出したら、カルトはいつも別の服を着ていた。おしゃれだなぁ、とか、よく着てるなぁって思ってたけど、まさか、餌食になった結果だったなんて。


「あの……なんで迫ってくるんですか?」


「それはですね、貴方様にこれを着てもらいたいからですよ」


 そう言って手に持っているのはうさ耳フードのついたニンジン柄のフードパーカーだった。ルカさんの好きそうな色してるな。


 俺は無我の境地でこの着せ替え人形に挑んだ。何回も何回も変えられる服。喜んでいるのは着せた本人たちだけ。カルトは遠くを見つめながら心ここにあらずだった。


「カルト、ジュースくれ」


 ぼけーっとしたカルトに一人の赤髪の少女が話しかけた。少女は人間の女の子には見えるが、それほど肌が白くなかったので、聖骸ではない。


「おい、カルト」


 無反応なカルトに何度も話しかける。肩を揺さぶっても微動だにしないカルトはさすがだ。そんなカルトの態度が気に食わなかったのか、痺れを切らした少女がカルトを平手打ちした。


 しかし、それは無意味に終わる。平手はカルトに触れることなく通り抜けていった。


「くそが!こいつ、こんなことに霊体化使いやがって!」


 暴れまくる少女はズカズカと俺のところまで来た。


「あいつはだめだ。お前、ジュース持ってねぇか?」


「……ジュース?」


「そうだ。俺様の主人格が飲みたがってんだ」


「これなら?」


「それはあの人参ジュースか?」


「ルカさんがほしいって言ってたから」


「それをなんとか貰えねぇか?」


「いいよー」


「ありがてぇ!今度、カルトに御礼させるわ!じゃあな!」


 少女は嵐のように去っていった。彼女が一体誰だったのか、わかるわけもなく、ただただ時間が過ぎていった。あぁ、今日はこれで終わりかな、なんて思っていると、満足いったのか、聖骸の彼女たちは去っていった。


 最終的なコーデは、黒のTシャツに白の蜘蛛の巣の柄が入ったものに、藍色の長めのシャツだ。蜘蛛の巣の中心にはよくみるとデフォルメした蜘蛛がいた。背中には腕があるが、ファンタジー素材なのか動かしても引っ掛かることがない。


「ふぅ……終わったようだね」


「貸し3な」


「うぐっ!?本当に悪いとは思っているよ。でも今のほうがかっこいいよ」


「かっこいい……!」


 八雲は「かっこいい」ということに敏感だ。なにせ、親からも知り合いからも可愛い可愛いと言われて育ってきた。しかし、八雲は自身のことを男と認識しており、自分の可愛さに気付いていない。


 だからこそ、格好いいというなかなか言われない、褒め言葉は八雲の興味を引くには十分だった。


「かっこいいか……かっこいいなら悪くないな、うん」


「だから、これからも格好いい服を着たくないか?」


 カルトからの誘いに頷きで返す八雲。しかし、今着ているそれは男性服ではなく、女性服である。それを知ることになるのは一体いつになるだろうか。


「それには暑さを軽減する付与がされてるから、砂漠でもいつもよりは涼しく感じられると思うよ。僕も着てるし」


「そっか、ありがと」


「いいのいいの。僕と八雲の仲じゃないか。そうだ、せっかくだし彼も連れていくか」


「彼って?」


「八雲は会ったことないかもしれないけど、前衛に特化したPMがいるんだ。アーガスって言うんだけど、知ってる?」


「知らないな」


「まぁ、顔合わせも兼ねて一緒に連れてくるよ。八雲は先に行ってて」


「わかった」


 カルトがアーガスを呼びに行ってる間に、一旦ログアウトすることにした。


 目を覚ますと、そこにはお母さんがいた。確かにお父さんの部屋に連れていったにも関わらずだ。全くおかしなこともあるものだ。お母さんをひっぺがしてトイレに向かった。


「あ、お兄ちゃん」


 トイレのノブに手を伸ばすところで、リビングから出てきたミオに遭遇した。


「お、ミオか。どうだった?」


「すっごく楽しかったよ」


 ミオは頬を緩めて笑った。目も笑っていたことから、相当楽しんでいることが見受けられる。


「そうか、よかったな」


「うん」


「これからまたINするのか?」


「まだチュートリアルをしないといけないからね」


「そうか、楽しめよ」


「うん」


 ミオは鼻唄を歌いながら自室に向かっていった。声色からご機嫌の良さが伺えた。


 お手洗いを済ますと、水分補給をして再び自室へと戻った。部屋には当たり前のように居座るお母さんの姿がある。それはもうどうしようもないもので、俺はそこに横たわった。


 すやすやと眠るお母さんは寝言を言っていた。


「んくぅ……あーたん……」


 お母さんは俺に近付くと、ぎゅっと腕を抱き締めた。それを剥がすことはできない、なぜなら俺は無力だからだ。


 マザコンと勘違い、いやドが過ぎたスキンシップに思えるだろうが、しかし、俺にはどうすることもできない状況なのだ。


 なにせお母さんは俺よりも力が強い。なぜなら主婦をしているだけあって力仕事が多い。それに比べて俺はモヤシも同然。部屋にこもってゲームばかりしている俺とは違うのである。


 引き剥がしてまたお父さんの部屋に連れていっても、ログアウトした頃には引っ付いているに違いない。お父さんが帰ってきているなら別だが、なぜか俺に纏わりつくのだ。


 かわいい息子だから?それだったら、可愛い娘のところに行ってくれよ。そう常々思ってる。だが、悲しきかな。ミオのところに置いていっても気が付くと俺のところにいる。何度試してもそうだった。だから、もう放っておくしかないというわけだ。


 そういうわけで俺はこの状況下でログインした。お母さんからの拘束力を振りきれないが、別に居心地が悪くはない。マザコンではないけど。


 ログインすると、俺を守る布陣で背中を向けた子蜘蛛たちの姿があった。なぜ広場にいるのかわからないが、ここでログアウトしてしまったからだろう。子蜘蛛たちはキリっとした眼光で辺りを警戒していた。


「あれ……おはよう?」


 心配そうに見つめて来ている者がいた。見慣れた顔をした彼らはフウマたちだった。俺が目覚めたのに気付くと、ぱぁっと輝くように笑って見せた。よほど心配していたのか、エンマとスイマが抱き着いてきた。


 いつもは一歩引いた位置でそわそわしてるだけだったのに、いつになく甘えん坊になっていた。エンマとスイマを抱き締め返して、ポンポンと頭を撫でていると、他の子蜘蛛たちが気が付いたのか、歓喜の声をあげていた。


 何事かと思える状況なのに、遠くに見えるカルトと味噌汁ご飯は微笑ましそうに見守っていた。特にカルトはにやついていたが、そんなにおかしいことでもあったのだろうか。


 いつの間にか列をなしていた子蜘蛛たちを順番にぎゅっとしてポンポンしてやった。すると、安心したのか、自分達の持ち場に帰っていった。いつも一緒に行動するフウマたちがぴったりと俺にくっついていて動きづらいが、なんとかカルトたちのもとへと向かった。


「悪いな、遅くなって」


「いいよいいよ。女の子は準備に時間がかかるって言うし、これくらい気にしないよ」


「さらっと俺を女の子扱いするのやめてくれ。俺は正真正銘の男だから」


 言い返すとカルトだけでなく、周りにいたほぼ全員が苦笑いを浮かべていた。子蜘蛛たちはというと、俺を見て「ママ、ママ」と言っている。誰か俺の味方はいないのだろうか。


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