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第83話 不倫の一歩手前

昨日は平日でしたね。……祝日?なんですか、それ。知らない言葉ですね。

 巨大なハサミは岩石を砕きはしたが、ここまで届くことはなかった。丈夫ならと安心できるかと言えばそうでもない。いつ壊れるかもわからない岩石に命を預けるのは難しい。


「危ないわね……」


「ここは離れましょう。蜘蛛聖霊が安全な道を……いや、やめときましょう」


 そもそもな話、このサソリ達を連れてきたのは蜘蛛聖霊だ。問い詰めるつもりはないが、今回は運が悪かったということで、大人しくしてもらうことにした。


「うーん、どうせまた襲ってくるし、殲滅しながら行かないか?」


 しつこい相手を放置したところで、数が増えていくだけで後々面倒になるに決まっている。それに味噌汁ご飯の目的である採取もこのままじゃ、品質の悪いものしか取れない恐れもある。


「しかし八雲様……あの数ですよ?」


「問題ない。優秀な配下を呼べばいいだけの話だ」


「まさか、ここにもキョテントを張るつもり?勿体無いわ。ここで使うべきじゃない」


 首を振りながら否定する味噌汁ご飯。俺だってそんな勿体無いことはするつもりはない。


「来い、クナト……【守護者召喚】」


 魔法陣が目の前に現れ、執事服の男が顕現する。一切困惑する素振りを見せないクナトは俺を見据えると跪いた。


「やっと俺もクナトの領域まで来れた。これなら、全力で共闘することもできるだろ?」


「勿論で御座います、八雲様」


 クナトは立ち上がると、何もない空間に手を伸ばした。すると、手の隙間から光が生まれ、一本の剣へと変化した。


 クナトはそれを掴むと、頭上でこちらに敵意を向けて攻撃するサソリに対して振り抜いた。光を帯びたその斬撃は暴れるサソリのハサミを根元から切断した。


 突然の出来事に混乱したサソリは硬直していた。


 俺は背中の爪で岩石に突き刺しながら駆け登り、そのサソリの足元に潜り込むと、脚に糸を繋げ、サソリの後方へ疾走した。すると、脚を引っ張られたサソリは踏ん張ることができずに前方に倒れた。


 尻尾でなんとかバランスを取ろうも、それだけでは止まることはできなかった。無様に倒れ伏したサソリに、クナトはトドメを刺さずに、残されたもう一方のハサミを切り飛ばした。


 なんとか立ち上がろうとするサソリの脚を一本一本、糸槍で岩石に縫い付けていく。標本のようになったサソリは戦意を失い、動きを止めた。それを見た他のサソリは逃亡を計ろうとするが、逃がすわけがない。


 天網を真上に張ると、そこから雷天糸を食らわせる。雷天糸は発生源の天網から真っ直ぐに落ちる雷のような糸だが、ぶつかった先で地面を求めて、巡りめぐって地面に到達し、縫いつける。


 サソリの身体を巡った糸は細やかな関節さえも封じ込めていた。そのせいかサソリの動きが壊れた機械のようにぎこちない動きをしていた。


 そのサソリを乗り越え、次のサソリに駆ける。残りは二匹。一匹はクナトに任せて、俺は横向きに天網を張り、それをジャンプ台代わりにして加速する。空中で無防備だが、背中を向けたサソリには気づかれていない。


 サソリの背中に乗り込むと、一本の糸槍をつくり、サソリに突き刺す。その際に一つの仕込みを入れた。背中の違和感に気がついたサソリは足を止めて身体を震わせる。


 振動で浮かび上がったところで、サソリは今までにない動きをした。尻尾を器用に折り畳むと、横に一回転した。


 巨体なだけあって背中の上で浮いていた俺は尻尾の先によって叩き飛ばされた。このままでは着地に失敗する。そこで再び天網を横向きにして、後方に手を伸ばして張った。


 蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶の気持ちがなんとなく理解できる体験だった。サソリは飛ばされた俺を見据えると、再び逃亡を計った。だが、そこで俺の仕込みが発動した。


 サソリは尻尾の先に毒をもつが、レベルもそうだが種族的にも上位の存在である俺の毒に勝てることができなかった。仕込みは毒。糸槍に染み込ませたことで、身体の内部で効果を発揮するまでは時間の問題だった。


「ふう……結構走ったな。クナトの方はどうだ?」


「すでに捕らえておきました」


「そうか。じゃあトドメをさすか」


 脅威がなくなったので、サソリにトドメを刺して解体していく。やはりあのぷるっとしたお肉様はまやかしだったのだろう。毒々しい肉しかでなかった。甲殻は硬くていいものだが、砂色だし、これをわざわざ身に付けたいとは思わない。


「よし、ユークのもとへ戻るか」


 クナトを引き連れてユークのもとへ戻った。岩石の上はガタガタしていて走りづらいが、これも経験だ。いずれ慣れるときが来るはずだ。第二エリアだけあってこの岩石エリアも広い。砂漠も広いが、ここも相当だ。


 戻るとユークは岩に腰掛け、膝の上に味噌汁ご飯を置いていた。


「おかえりなさいませ、八雲様」


「……」


「あぁ、ただいま。こっちは被害はないか?」


「問題ないです。それでですが……」


「……」


「どうしたんだ?」


 ユークはチラチラと下を見る。そこには地面と膝の上の味噌汁ご飯しかいない。黙っているのだが、視線はなぜかクナトを捉えていた。クナトは「なんでしょうか?」と味噌汁ご飯に問いかけていたが、見つめるだけでなにも言わなかった。


「おーい、聞こえてる?味噌汁ご飯?……駄目だな」


 味噌汁ご飯は全く反応しない。クナトを見つめるばかりだが、一体どうしたのか。仕方ないので、荒療治を始める。まず空の限界に天網を張る。さすがに連続で張ってMPが心もとないので回復をしておく。


「赦せ」


 掌に転移巣を張り、味噌汁ご飯に近付ける。こちらのことが視界に入ってないことは確認できている。なら、これくらいしたっていいよな。空の天網を転移巣に指定して、味噌汁ご飯を転移させる。


「ひぃ!?いやぁぁぁあああーーー!?」


 一瞬で空の彼方に飛んでいった味噌汁ご飯は、状況を把握できると絶叫しながら落下してきた。誰も助けないし、なんなら下にも巣をつくったので、問題ないはずだ。


 紐なしバンジーを絶え間なく行い続けた。地面に到達する間際で再び彼方へと消えていく。最初、地面までたどり着いたとき、ほっとするような声がしたが、すぐに悲鳴に変わった。


 絶望と安息を何度も繰り返すうちに味噌汁ご飯は無言になっていった。


 やっとこちらを認識するようになった、正確には虚ろな目で助けを求めるようになったと言うべきか。だが、俺が悪いとは思わない。いや、悪いか。でも、最初に無視をした味噌汁ご飯が悪くないかと言えば、悪いと思う。


「反省した?」


「……」


「したようだな。それで、なんで黙ってたの?」


 でろんでろんに溶けた味噌汁ご飯はぽつぽつと語った。拙い言葉を紡いで、飲み込んで理解するに、クナトに見惚れていたそうだ。


「そうか……でも、残念だがクナトは既婚者だ」


 クナトにはクシャとマシャのくましゃんコンビの嫁がいる。


「そうよね……いい男には必ずといっていいほど、パートナーがいるものよ。でも、それはそれで燃えるのよね」


 味噌汁ご飯は少女に変身すると、クナトにウインクした。それを余裕な笑みではね除けた。すると、味噌汁ご飯は「そうよね……」と諦める素振りを見せた。


「まぁ、いつかいいことあるさ。そんなことよりエリアボスの討伐にいこうぜ」


 先程の戦闘を思い出すと、やはり俺は戦いが好きかもしれない。いつもならクナトをからかっていただろう。それよりも面白いことを見つけてしまったのが悪い。


「八雲様に従います」


 クナトは俺の斜め後ろに立った。


「さすが八雲様です。とても凛々しい……」


 俺とクナトが蠍が逃げようとした方向に歩き出すと、ユークはそれに続くように歩いてきた。


 置いてけぼりにされた味噌汁ご飯は、「もう!置いてかないでよね!」と言いながら小走りで着いてきた。


 岩の間の道は狭くなったり広くなったりと不規則だ。誰かがここを歩くために出来ていないので、非常に視界も悪い上、足場が悪い。ふとしたときに転びそうな道を歩くにはそれなりに集中力が必要だ。


 特に採取をしながら歩く味噌汁ご飯は、ちょっとした段差で躓く。それをクナトが助けると、味噌汁ご飯は恋した乙女のように顔を赤らめ、そっけなくお礼を言う。


 それを見せられる俺は一体どんな反応をすればいいのやら。味噌汁ご飯はあんな少女の姿をしているがオネェだ。いや、待て。オネェって確か男の身体に女の子の心を持った人のことを言うよな。


 この世界限定なら、少女の姿をして、女の子の心を持つのなら、それはオネェではなく、女の子ではないのだろうか。


 それなら、味噌汁ご飯は女の子ではないのだろうか。クナトを見つめる味噌汁ご飯の姿は正しく恋する乙女。あれはオネェだ!なんて口が裂けても言えない。


 オネェを気持ち悪いと言う人はいるが、味噌汁ご飯と話しているとそんなことは思ったことはない。面白いとは思うが。


 味噌汁ご飯にはさっき悪いことをしてしまった。この光景を見続けていると罪悪感が徐々にわいてきた。クナトにはクシャとマシャがいるが、別に女性と一切関わるなとは言われていない。


 これは別にクナトを犠牲にするわけじゃない。罪滅ぼしでもない。単純に面白いから、とか、そんなわけじゃない。


「クナトは魔法得意だったか?」


「い、いえ……申し訳ございません……」


「そうか。なら、味噌汁ご飯にサポートをしてもらおう。俺はユークにサポートに回ってもらうからな」


 これは面白いからとかではない。うん、やっぱり面白い。


 余裕を見せるクナトだが、若干口がひきつっている。この状況に至るとは思っていなかったのだろう。鶴の一声に味噌汁ご飯は、ぐるんと俺の方へと頭を向けた。なにそれ、こわい。


 二人に構っているといつまでたっても進めないので、早々に切り上げていく。俺が歩き出すとクナトはそれに従う。クナトが動けば、味噌汁ご飯も動く。


 同じような風景が続く。ゴツゴツとした岩にでこぼこの地面。魔物には遭遇しない。いや、しているのか。気配からして俺達が近付くと逃げ出している。遠くにも俺達を様子見している者がいる。敵意はない。ただ隠れているだけだ。


 お互いに安全なら俺からは言うことはない。


 逃げるものには言うことはないが、この岩を設置指していったヤドカリには文句がある。色も形も違う岩だが、ここにはそれしかない。だからか、より一層どこにいるのかわからない。


「迷いましたね……」


 ユークは空を見上げながらそう言った。この岩の迷宮はマップを見れば方角は大体わかるので問題ないが、なかなかにきついものがある。ユークの言葉に同意しつつ、状況打破に等しい上を目指すことにした。


「やっぱり上からいく方が楽だな」


 蠍はいるが、それほど脅威でもない。恐れる必要はないし、遠慮する必要もない。採取のために下を通っていたが、味噌汁ご飯の意識の八割がクナトに向いていたので、効率が非常に悪い。


 岩の絨毯の上にポツポツと俺達が浮かび上がると、遠くにいた蠍達が沸き立つ。馬鹿な獲物がやってきたとでも考えているのだろう。それは俺も同じだ。


 蠍の群れが自らやられに来るのだ。誠心誠意、おもてなしをしなくては。


「あの中を突っ切るから援護を頼む」


「お任せください」


 蠍の群れは数えきれない程いた。岩を踏み荒らしながら近付いてくる蠍達だが、岩の隙間に脚を挟むものもいたり、自分の重さを過信して岩を砕いて倒れたりと、残念な者もいる。それは一部だ。それでも数が減ったことは確かだ。


 突っ切るにしても隙間がないと避けるに避けられない。


「やっぱり多すぎるな……」


「そうね。なら、ここは私の出番よ」


 群れを眺めていると八割クナト二割採取の味噌汁ご飯がやってきた。クナトのサポートを頼んだが、クナトは俺が動いていないからか待機していた。


「爆弾?」


「そうよ。でもここからじゃ、届かないわ。なんとかしてこの爆弾をあそこまで持っていけないかしら?」


「それなら俺に任せろ」


 味噌汁ご飯に渡された爆弾は端的にいえば、スライムだった。最初渡されたとき、つい味噌汁ご飯と爆弾を四度見したほどだ。ぶにぶにとする感覚はあるが気持ち悪いものではない。


 さすがに味噌汁ご飯の身体の一部ではないだろう。いや、まさかな。深く考えるのはやめよう。MPポーションを飲み、空に天網を張る。そして近くに転移巣を張り、天網も転移巣にする。


 それを味噌汁ご飯に興味深く見られていたが、気にしない。


 爆弾スライムを転移させて様子見をする。天から落ちる爆弾は、先程の味噌汁ご飯永久バンジーを彷彿とさせる。それにしても一体何個渡されるのだろうか。ひたすら転移させていくと、最初の一つが蠍の群れに落ちた。


 爆発音がした。遥か遠くにあるはずなのに音はここまで届き、砂煙は天上まで上がっていった。天網にかからないか心配だが、そんな低い位置にはないから、まだ大丈夫なはずだ。


 次々と転移していくスライム爆弾。それも見た目は美少女の味噌汁ご飯に渡されるのは悪くない。数が目に見えて減っていく。


 自分は不必要だと考えた味噌汁ご飯は美少女からスライムボディに切り替え、戦闘態勢を解き始めた。確かにMP消費するなら無駄だ。当分はこの渡される爆弾で十分だ。


 人型からスライムになったせいか、爆弾を渡される位置が下がった。腰を曲げながらの作業はつらい。クナトに味噌汁ご飯を持つように指示を出し、爆弾の投下を続けた。


「そろそろ終わりにするか」


 数だけでなく戦意も失いつつある蠍の群れを見据えて言うと、三人は同意してくれた。それでも爆弾を渡してくる味噌汁ご飯。よっぽど接敵するのが嫌だと思われる。なるほど、戦いは俺達に任せて採取に専念か。


「これで最後よ」


 そう言って渡されたスライム爆弾を投下する。最後の爆弾を見届ける。これで終わりか、と考えていると、クナトから一つのスライム爆弾を渡された。まだあったのか、と深く考えずに転移させると、遠くから悲鳴が聞こえた。


 プレイヤーでもいたのか、と思っていたのだが、そうではなかった。クナトを見ると満足したように頷いていた。あぁ、こいつやりやがったな。最後の最後のスライム爆弾は味噌汁ご飯本人。


 爆発に巻き込まれなければいいけど、砂煙でよく見えない。そして最後のスライム爆弾が地面まで到達した。あれに巻き込まれたら一溜りもない。


「クナトは味噌汁ご飯の救出な?」


 嫌そうな素振りを見せたクナトの肩を叩く。すると、クナトはその場から消えた。そしてまた、遠くから悲鳴が聞こえた。クナトも高いところが苦手だったのかもしれない。


「因果応報ってやつだ。自分の行いには責任を持とうな」


 砂煙がおさまったらいこう。それまでクナトには一人で頑張ってもらおう。なーに、敵は雑魚ばかりだ。なんの問題もないだろう。俺とユークはのんびりと二人のもとに向かった。


 砂煙がおさまり、蠍の残骸が溢れる道は爆発により、大きなクレーターを生んでいた。そこまでたどり着くと、中央に一匹のスライムがいた。それからクナトもいた。着地に失敗したのか、頭から地面に突き刺さっていた。


 不思議な光景につい笑いが溢れてしまったが、無理もないだろう。当のスライムはというと、クナトの姿を見て笑っていた。どうやらクナトのことは諦められたみたいだ。


「どうだ、クナトは」


「嫌いじゃないけど、これは無理よ……」


 その無理というのは、クナト自体が無理だといっているのか、それともクナトの今の姿を見て、笑いをこらえるのは無理と言っているのか。俺は後者だと思う。


「それを引き抜いたら素材回収と採取を頼む。採取は任せてもいいか?」


「もちろんよ。採取なら任せなさいっ!」


 元気になった味噌汁ご飯は嬉しそうに採取へと向かっていった。

次も楽しみに待っててください。我慢できる子はとっても偉いのですよ。でも、我慢しかできない子はだめだめです。我慢しないことも偉いことです。


矛盾してる?いえいえ、時と場合によりますよ。なんだってね。これ、便利な言葉。

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