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第80話 うさ耳、もふもふ

お礼です。今回は癒し回。

 徐々に覚醒していく意識と同時に目を開いていく。見慣れた天井に重みを感じる身体。視線を下にうつせば、そこには真っ黒な何かがあった。それが、なにかはわからないが、手触りは悪くない。


「えへへ……」


 撫でているとそんな声がした。よく見ると、それは髪の毛で誰かの頭だった。


「あれ、お母さん?」


 声を聞いてそれが誰かとわかった。そして今日の朝のことを思い出す。お父さんに褒め殺しにされたかなんとかされてたはずだ。そのせいで今のように頭がぽあぽあしているのだろう。


 ヘッドギアを外して、お母さんをベッドに寝かせ、俺は身仕度を整えた。お母さんに布団をかぶせ、エアコンを適温に設定して部屋を出た。


 リビングに行くとテレビがついており、FEOの特集をやっていた。しかし、情報が伏せられているため、チュートリアルで聞ける程度の内容しか報道されていなかった。


「ここまで情報規制されているものなのね……」


 ソファでごろんと転がってテレビを見ていたのは澪だ。食事をする机の上にはうどんが鍋ごと置かれているところを見ると、お母さんは簡単な昼御飯の準備はしてくれたことはわかった。


「あ、お兄ちゃん」


 うどんのつゆをつくっていると、ソファからこそっと顔を覗かせた澪がこちらを見ていた。


「どうだった?」


 何を?とは聞かない。それだけで澪はニヤッと笑った。それだけで言いたいことはなんとなく理解できた。


「そうか、よかった」


 澪をちょいちょいと手を招いて机に呼び寄せ、昼御飯を食べる。いつもよりも明るい食卓。嬉しそうな澪の顔は久々に見た気がする。ゲームに招待できてよかったと思う。


「それで、種族は決まったのか?」


「うん、狐さんだよ」


「狐か……今まで狐は見たことなかったな。見るのが楽しみだな」


「お兄ちゃんは?」


「蜘蛛だよ」


「げっ……蜘蛛ぉ……」


 そういえば澪は虫系全般が嫌いだった。嫌そうな顔をしている。でも、俺の子蜘蛛たちを見れば、きっと少しは克服してくれるといいが。


「今は人型だから」


「そうなの?」


「うん」


 つゆにうどんをつけて(すす)る。啜りたいが俺は啜るのが苦手なのでもきゅもきゅと食べるしかない。だから麺類は食べるのが普通の日本人よりも比較的遅い。


「明日からはどうするんだ?」


「一人でやって、それなりに強くなってからお兄ちゃんとやりたい」


「そっか。なら、強くなったら一緒にやろう。俺もエリアボス周回しないといけないからな……あ、そうだ」


 新規勢か入ってくる直前で俺が第一エリアボスを制覇してしまったおかげで、元々エリアボスがいた場所にエリアボスがいない。その上、第一エリアに第二エリアの魔物が侵入してる恐れがある。


 それを伝えると楽しみが減るのかもしれないが、これから始めるんだ。少しくらいなら情報を与えてもいいはずだ。


「もし、魔物に遭遇して、勝てないと思ったらすぐ逃げるんだぞ」


「それくらいわかってるわよ。ゲームの常識じゃない」


 そうなの?それなら、PHはなぜ俺と遭遇したら逃げないのか。不思議なこともあるものだ。


「あとは人に会ったら最初は逃げた方がいい」


「私達は狩られる側だもんね。厄介ごとには関わらないのがいいものね。わかってる。人の方が圧倒的に多いし、数には勝てないもんね……」


 狩られる側?そうなの?それは初めて知ったな。


「あとはそうだな……地形を活用するといいよ。罠も張れるし利点もあるからね」


「それもゲームの常識でしょ。もっと有用な情報ないの?」


「うーん、チュートリアルはちゃんと受けた?」


「もちろんよ。あんなの受けないとどうしようもないじゃない。身体もうまく動かせないなんて、ゲームを全然楽しめないじゃない!」


「あ、じゃあ、これはどうかな?PHの情報はどう?」


「もしかして強い人がいるとか?」


 強い人?そんな人いたかな?今度みんなにでも聞いてみよう。


「チュートリアルを受けてないPHがいっぱいいるのは知ってる?」


「ええ!?あれを受けてないの?」


「うん、受けてない。だからPHの魔法は弱い。だから魔法使いなら、もしかしたら勝てるかもしれない。魔法の発動時間を見て判断するといいよ」


「わかった。ありがとー」


「どういたしまして」


 うどんを食べ終わると、澪は買い物に出かけた。この暑い中、よく外にいこうと思うよな。あ、でもあの砂漠と比べるとそうでもないか。


 昼飯の後片付けをして、テレビを切る。その際に運営からのお知らせで、第二陣募集がされていた。募集開始は4日後だそうだ。またPHが増えるのかな。


 ゲームでかいた汗をシャワーを浴びて流す。ゲームをしていて気にならなかったが、髪が伸びてきた。セミロングはありそうだ。でも、この髪を切るのは俺に権利はない。


 お母さんと澪により髪の長さに関しては制限をされている。リアルの身体に関しては家族に握られているため、されるがまま。放っておくしかない。


 これが長男の務めか。他は知らないが、長男だろうとなんだろうと、最底辺のポジションである。女家系が強いところだとこんなものなのかな。


 お父さんはさすがに仕事に行っているので、そこら辺は配慮されているが、俺にはないらしい。なんでだろうな。


 シャワーを浴び終えて服に着替える。ゲームを再開したいところだが、部屋にはお母さんが陣取っている。なんとかして他の部屋に移ってもらわないと困る。


「お母さん、起きて……」


「えへへへ……」


 だめだ。起きてるけど、起きてない。仕方ない。背負って移動させるか。俺が華奢だとはいえ、お母さんくらいならおんぶすればなんとか持ち上げることができる。


 足を引き摺らないように気をつけて、お父さんの寝室に運び込む。二人は未だに一緒に寝ているので、そこでいいのだ。エアコンをつけて布団をかぶせ、その部屋を後にした。


 自分の部屋に戻ると、汗の匂いがしたので、消臭剤で消しておいた。水分補給ができるように水入りペットボトルを置いて準備完了。トイレも済ませておいてある。あとはログインするだけだ。


 ログインすると、隣にはユークがいた。それをにやにやと見つめてくる存在が三人。そして離れたところでこちらを見ている子蜘蛛たちがたくさん。なんだ、この状況。


「えーっと、おはよう?」


「八雲様、おはようございます」


 密着したままユークはそう言った。なぜこんな状況なのか。


「今は深夜だと思うけど、なんでみんな寝てないの?」


「ゆーくがママを独り占めしたから!」


「ゆーくひどい!」


「きょうはぼくたちのばんだったのに!」


 幼子蜘蛛たちから絶大な批判を受けているユークは、段々と罪悪感が芽生えてきたのか、幼子蜘蛛たちから顔を背け出した。


「その順番がよくわからないけど、順番をずらせばよくないか?あまり喧嘩してほしくないんだけど……」


 そう言うと、子蜘蛛たちはしょんぼりした。できないのだろうか?それなら、俺が言えばなんとかなったりしないのかな?


「反対されたら俺との添い寝をこれからは『なし』にしよう」


「「「「!?」」」」


「そんなに驚くことか?」


「「「交渉してくる!」」」


 そう言って幼子蜘蛛たちは出ていってしまった。これでなんとか?なるはずだ。なんでこんなことになっているのかわからないが、とりあえず無事に解決?してよかった。


「そろそろ、離れてくれるか?」


「あ……」


「汗をなんとかしないと気持ち悪いからな……俺も水浴びしてくるよ」


「お供します」


「え、俺、男なんだけど?」


「関係あります?」


「関係あるでしょ?」


 なんと言おうと着いてこようとするので、気にしないことにした。あの後、ルカさんがどうなったか気になったので、探してみると、いた。


 頭の耳を押さえてうずくまっていた。耳を引っ張るなんてひどいよな。ちらっとユークを見ると申し訳そうな顔をしている。


「ちゃんと謝るんだぞ」


「はい……」


「ルカさん、ユークが謝りたいそうです」


「やくもしゃま……耳が……耳が……」


 目をうるうるとさせながらこちらを上目遣いで見てくる。俺はなにもしていないのに、心に来るものがあった。


「うっ……ルカさんの耳は大丈夫ですよ。しっかりついてます」


 ルカさんの耳を優しく触れると、ルカさんはビクッとしたが、にへらっと頬を緩ませた。


「思ったよりもふもふしてる……」


 初めて触ったのだが、これはすごい。もふらーの気持ちがわかった気がする。


「うひゃぁ!?やくもしゃま……らめですぅ……」


 あまりにも気持ちよくてもふもふしてると、ルカさんが変な声を出し始めた。いかんいかん、俺が楽しんでどうする。


 ユークが謝る時間だったのに、俺が楽しむ時間に変わるのはよくない。ユークが懐疑的な目でこちらを見ている。


「ゆ、ユーク、謝るんだ……」


「八雲様……いいですけど……」


 変な雰囲気になってしまったが、ルカさんが元気になったから、プラス方向だろ。いや、そうじゃないと困る。


「ルカさん、ごめんなさい。大事なお耳を掴んでしまって……」


「八雲様からこんなご褒美を受けてしまったので、本当なら許せませんが、八雲様からご褒美を頂いたので、今回は許してあげましょう。ですから、八雲様、もっともふるです」


 ルカさんから催促されてしまったので、仕方なくもふる。決して俺がもふりたいからではない。ルカさんから頼まれて仕方がなくやっているのだ。俺がしたいからでは……。


 ルカさんのうさ耳を堪能していた頃、幼子蜘蛛たちの緊急会議が行われていた。召集されたのは各蜘蛛種族の王ならびに、それぞれが卓越した能力をもち、八雲に名前を覚えられている者たちだ。


「これより『第28回:ママと共に』会を始める。議題は『ママとの添い寝の順番について』だ」


 それを聞いて子蜘蛛ならびに幼子蜘蛛がざわざわする。順番については何度も話し合った話ではないのか、と。


「これについてはぼくたちから」


 その幼子蜘蛛たちは昨日の夜にママと添い寝をしていたはずだ。この議題をあげるということはなにかしら問題があったのだろうか。


「昨日、ゆーくがママを説教をしていたのは、つたわってるよね?」


 幼子蜘蛛の一人がそう言った。もちろん、全員に伝達されている。ママの行動は逐一連携される。今日のママは芳醇な匂いを纏っているため、本当ならここに集まっている暇はない。


 こんな会議、はやく終わらせてさっさとママのもとに行きたいとさえ考えている。しかし、緊急会議だ。外すわけにはいかない。


「もちろんだよ。それがどうかしたか?いつものことだよね?」


 漆黒の甲殻と黒の関節をしたアラクネのコクマが不思議そうに言った。それには他の子蜘蛛たちも頷いている。


「いつものことだけど、ゆーくが要求したのは『ママとの添い寝の独占』だよ」


 幼子蜘蛛の発言に、全員が驚愕した。そんなことしていいのか、許されるのか?と。しかし、ママがいいと言うなら、なんの反論もできない。


「あぁ、わかった。つまり、お前たちの番が来なかったってことであろう?」


 茶色の甲殻に黒の関節をしたアラクネのドーマが納得していていた。


「そういうことね。なら、貴方たちの順番を抜かすのか、それとも抜かしてやるのかって話題ね。でも、それなら、公平を期すために、順番をずらせばいいじゃない」


 緑の甲殻と白の関節をしたお姉さんのアラクネ、フウマが当たり前のようにそう言った。しかし、それを不服そうにしてる者がいた。


「順番なら、ずらさなくていいんじゃない?一応、順番は回ってきたのだから」


 全身真っ白の清楚なハクマが反論した。


「そこで、ママはこう言ったの『喧嘩するなら、添い寝を『なし』にする』って」


 子蜘蛛たち、幼子蜘蛛たちに衝撃が走った。


「それはだめ!」


 さっきまで反論していたハクマが焦りながら言った。それには他の子蜘蛛たちもだ。全力で首を縦に振って頷いている。


「では、次もお主たちの番ってことでいいじゃろう。前はユーク殿の番。ユーク殿の番のときはまた一つずらせばいいはずじゃ」


 ドーマの意見に皆、賛成し、会議は終わった。


 そして、皆が八雲のところへ訪れたのだが、そこにはすでに八雲がいなかった。残っているのは、にやにや頬を緩ませたルカさんとそれを微笑ましく見るクシャとマシャ、そして駄犬ロウマだけだった。


 残り香だけが拠点にあり、肝心の八雲の姿はなかった。一体、八雲ママはどこへ行ったのだろうか。

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