第75話 澪の決意
恋焦がれた新作VRMMO。それをついにプレイすることができる。そう思っていた。
結果、抽選は外れていた。オープンβには参加できなかった、1000人という倍率で抽選に当たるというのは至難の業だった。だから、悔しかったけど、仕方ないと諦めることができた。
だからこそ、正式サービスの最初の10万人にはきっと選ばれるはず。そう楽観視していた。結果、これまた外れだった。
どうしてと何度も抽選番号の確認をしたが、何度見ても外れていた。
それなのに、お兄ちゃんは裕貴くんからVR機器と一緒にソフトコードまでもらって正式サービス初日からプレイしていた。
私がこんなに悲しんでいるのに、お兄ちゃんは毎日楽しそうに遊んでいた。眠っているお兄ちゃんを何度も邪魔しようと思ってしまうほどに。
ゲームをしていないとき、お兄ちゃんはいつも私を甘やかす。それはずっとそうだ。でも、いつもつまらなさそうにしていた。私には見せないようにしていたけど、雪姉と裕貴くんにはお見通しだった。
だから、そんなお兄ちゃんのことを気にかけた裕貴くんがお兄ちゃんにあのゲームに誘ったんだ。
私はそのことを雪姉が教えてもらって、お兄ちゃんがこんなに楽しそうにしているのに、私はそれを邪魔しようとしていたなんて、自分が許せない。
こんなこと、もしもママに知られたら、「たった二人の兄妹なんだから、喧嘩したら、めっ!」って言いながら一週間ほど拗ねてしまう。それはなんとか回避しなければ。
そんなこんなで一週間が過ぎた頃は、雪姉から連絡が来た。「ゲームがやりたいなら、お兄ちゃんを頼るのだ!」だって、よくわからないけど、それでできるなら、お兄ちゃんに跪いて乞うことだってできる。
お兄ちゃんはママに似て途轍もなく可愛い。そんなお兄ちゃんにビシバシされるのはそれはそれでいい。
学校の友達なんてお兄ちゃんを見て悦に浸ってる。さすがに私の前ではしないが、お兄ちゃんの写真を求めながらよだれを垂らしているので、なんとなく察しがつく。
そんなお兄ちゃんにこれから数年ぶりに甘える。それがなんとも恥ずかしい。中学生にもなってそんなこと、と思ってしまう。
しかし毎日のように見せつけられる、ママからパパへの猛烈なおねだり。それを思えば、私の甘えなんて可愛いものだ。なんだか緊張が解れてきた。
そして、私は勇気を振り絞ってお兄ちゃんに「やりたい」を伝えた。もし、ここで断られたら一週間は寝込んでしまう。そう考えてしまうほど、やりたかったのだ。
お兄ちゃんが珍しく険しい顔をしていた。まさか、お兄ちゃんにはできないのか。そう考えがよぎったが、お兄ちゃんもそのことを知らなかっただけだった。
それなら、なんで雪姉が知ってるの?という疑問が生まれたが、あの雪姉なら、と思い、疑問を霧散させた。
雪姉もそれはそれは可愛い容姿をしている。そしてその容姿の使い方も熟知している。無自覚のお兄ちゃんとは訳が違うのだ。
ある夏の日、授業で水泳が行われた。私は聞いただけだからそこまで詳しいって訳じゃないけど、本人に聞いたから間違いない。
一言で言うなら、無自覚お兄ちゃんの悲劇だ。
水泳をするなら、水着に着替えなければいけない。そして男子は男子更衣室に、女子は女子更衣室に。
そして、お兄ちゃんはあの容姿で男子更衣室に入った。当然のごとく、お兄ちゃんは痴女呼ばわりされた。そして女子更衣室に連行されかけてなんとか逃走した。そしてなぜか特別に個室が用意された。
同じく、そこに連行される雪姉。
お兄ちゃんは悪意ゼロ。それどころかなんで痴女呼ばわりされ、女子更衣室に連行され、個室に閉じ込められたのか、全くわかっていない。混乱の余り、着替える前の状態、つまり制服のままプールに入水するほどだ。
その点、雪姉は悪意MAX。堂々と男子更衣室に入る。そして再び騒ぐ男子達を指一つで黙らせ、男子達にお兄ちゃんの救出へ向かわせた。
使った指は人差し指で、先頭で騒ぎ出した男子の唇に合わせ、「静かにね」と言った。ただそれだけだ。しかし美少女とまごうことなき存在が至近距離でしかも普通では触れられない場所を触れてのその言動。
初な男子達が照れないわけがない。そうしてなにも知らないお兄ちゃんと、教師にバレた雪姉は個室に案内された。
さすがに雪姉もお兄ちゃんが制服のまま、プールで泳ぐとは思っていなかっただろう。そのことを小耳に挟んだ私は、さすがお兄ちゃん。と思ったが、雪姉も相変わらずだと思った。
雪姉は非常に頭がいい。そしてそれを勉強以外に使うことを得意とするため、成績は普通って言っていた。
それも本当か怪しいところだ。そんなことはいいとして、まさか抽選とは関係なしにプレイすることができるとは思わなかった。
あのお兄ちゃんが毎日のようにプレイしてるのだ。面白くないわけがない。
あまりに楽しみすぎてお兄ちゃんの話も聞き逃してしまうほどだ。
お兄ちゃんの言い付けを守って準備し、自室でヘッドギアを装着してあとは眠るだけだ。初めての感覚に戸惑いはあったものの、安全性は確約されている。お兄ちゃんもいるのだ。なんら心配はない。
ログインすると、そこは草原だった。ゲームの世界なのに、草を触れて風の当たる感覚まである。どこまでもリアルなんだと、夢なのかと思ってしまう程だった。
少し歩いてみると、空気の新鮮さに日射しの心地よさ。ここでお昼寝すれば、どんなに気持ちいいのだろう。
「お、いたいた。お前さんが新しいプレイヤーだな」
突然後ろから声がした。振り返るとそこには、頭に大きな動物の頭の骨を被り、上半身をはだけさせた青年が立っていた。身長は私と同じぐらいで、身体の中の骨が表面に浮き上がったようなそんな姿をしていた。
服装は独特でズボンのようなスカートのようなものを履き、足は素足だった。そして背中から生えた脊柱が六本浮かんでいた。
「へ、変態?」
つい、口が滑ってしまったが、青年は面白そうな笑みを浮かべて更に近づいてきた。
「おいおい、初対面でそれはないだろ?たっく、まぁいい。俺はカルツマってんだ。お前さんの名前は?」
ここで名前を聞かれるということは、それで決定してしまうということだ。ゲーマーなのでそれとなくわかる。
「月雫よ」
「ルティアね、オーケーオーケー。ルティアは成りたいもんは決まってるのか」
カルツマが提案すると、両手にPHとPMという言葉が具現化した。それらは骨で作られており、少々歪な形をしているが、カルツマの能力かなにかだろう。
「お兄ちゃんがPMだから、PMで」
「ほう、ルティアの兄貴はPMなのか?それはどいつのことだ?」
「確か…八雲って言ってたかな」
「ふはっ!マジかよ。そりゃあ楽しみだ。ルティアもあれくらい暴れてくれるのかね?まぁそれは人それぞれか。んじゃあ早速、種族を決めていくぞ」
カルツマの反応は意外だった。あのお兄ちゃんが大暴れなんて、想像もできない。一体なにをしでかしたんだろう。
「種族?」
「ん?あぁ、そこらへんはわかってねぇのか。説明するぞ。まずPH・PMってのは大きなくくりだ。その中に種族がある。そしてこれから決める種族ってのは言っちゃあなんだが、運で決まる」
「運?」
「あぁ、一覧から選べって言うと自由だが、片寄った編成に成るだろ?そこでランダムで三つの種族から選んでもらう。オープンβ勢だったら、その時プレイした種族も選択できるんだがな。できねぇもんはできねぇ。そういうわけで、引いてくれ」
カルツマはどこからか取り出したガチャを草原に置いた。どう考えても違和感しかないそれを三回まわした。
「お、いいのが出たじゃねぇか」
『野狐』『空魚』『無形少粘体』
狐に魚にスライム。どういう基準で決まってるのかな?
「俺的にはフォックスかエアフィッシュがおすすめだ。まだ誰もなってねぇからな」
「スライムはいるの?」
「いる。しかもオカマだ!だからお前さんにはおすすめできねぇ。しかもヘイトの稼ぎ方がえげつねぇからな。ルティアにはまだはええってのもある。だから、この二つから選びな」
オカマのスライムだなんて、一体どうしたら、そんな組み合わせになるんだろう。でも、カルツマがそう言うならやめておこう。この中だったらスライムは除外するし、ちょうどいい。
「フォックスは狐だけど、空魚っていうのはどんなやつなの?」
「うーん、そうだな。そのまんまだが空飛ぶ魚だ。もちろん水の中でも動ける。が、最初の頃はそこまで高い場所は飛べないし小さいな」
「ふーん、そっか。なら、私は野狐にする」
「おーけー、じゃあ決まりだな。最終確認だ、現れたウィンドウの『はい』を押してくれ。ちなみにだが、魔物だから進化するんだが、進化する度にキャラクターを一つ作れる。どうしても合わねぇ!ってなったら試してくれ」
カルツマに促されるままに押した。
すると、一瞬、暗転したかと思えば、草の先が目の前にあり、なんだかくすぐったかった。そして、誰かの足が目の前にあった。見覚えのあるそれはカルツマの足だった。
「どうだ?狐になった気分は?」
「悪くはないわ。ただ、動きが悪いわね」
「そこらへんは今から練習だな。俺が教えるのはスキルの使い方ぐらいだな。てなわけで、俺は寝る。動けるようになったら起こしてくれ」
そう言ってカルツマはごろんと横になり、数秒で眠りについた。そんなカルツマに抗議の一つでもいれようと思ったが、身体が思うように動かない。
どこをどうすれば動けるのか、一生懸命考えて一つ一つクリアしていった。それを繰り返すうちに自分の身体のように動かせるようになっていった。
そろそろカルツマを起こせるだろうと思い、カルツマのほうを向くと、カルツマはいつの間にか起きていて、こちらを観察していた。
「ん?あぁ、悪いな。動く気配がしてな。それも急成長する様でな。どうしても見たくて起きちまったんだ。そしたら、声かけるのも忘れてたよ。すげぇな。さすが奴の妹ってわけだ。これは今後が楽しみだ」
カルツマは捲し立てるようにスラスラと言葉を紡いだ。そのときのカルツマはとても楽しそうだったのが印象的だった。
それよりも「さすがお兄ちゃんの妹」と言われたのが照れくさくって、前足で目を隠した。すると、カルツマが衝撃的な発言をした。
「ルカも言ってたが、照れると可愛くなるのも似てるな」
「ねえ」
私はつい、知りたくていつもよりも数段低い声で話しかけてしまった。後程、後悔してしまったが、そのおかげでカルツマも余計なことを言わなくなったので、プラスになると思う。
「ん、ん?どうした?」
カルツマはひどく動揺した返事をした。
「ルカって誰?」
「ルカはまぁ、俺とルティアの関係だな。PMにはサポートAIがつくんだ。それも身体的性別の異性がな。それで少しでもこのゲームで負ってしまった傷を癒してもらうことを目的としているんだ。決して邪なことはしていないぞ?」
それでお兄ちゃんが少しだけそわそわしていたのか。お兄ちゃんはあの容姿だからなのか、お姉さんのような人が好みだ。ママがあんな感じだからってのもあるかもしれない。
「そっか……」
「納得してくれて助かる。というわけで俺がルティアのサポートAIだ。チュートリアルが終わったあともいるから、わからねぇことがあれば教えてやる」
カルツマはそのままステータスやスキルの説明に移った。スキルの習得、身体の扱い方だったり、戦闘方法だったり、様々なことを教えてくれた。もちろん、魔法のことについても基礎から応用まで教えてもらった。
一通り終わったところで、今日は以上となった。正式にプレイできるのは明日からだそうだ。今回の新規ゲーム参加者は、イベントで有終の美を飾ったPH・PMから招待された者、運営が特別に参加を許した者だけだそうだ。
だから、私はとても運がいい。そしておにいちゃんはそのイベントで一二を争う貢献者といっていた。このことは本来、サポートAIから伝えられるのだが、お兄ちゃんは未だに聞いていない。
カルツマはここで聞いたからと言って、お兄ちゃんには報告しないで欲しいと言っていた。その方が面白いからだそうだ。
お兄ちゃんは基本的に人から聞いた情報だけでこのゲームを楽しんでいる。だからたくさん情報を与えるのは、最悪楽しむことへの邪魔になってしまう。私もお兄ちゃんの邪魔はしたくない。
だけど、お兄ちゃんと一緒に遊びたい。だから私もはやく強くならなきゃいけない。
明日からは私も全力を尽くして鍛えよう。




