第74話 招待
カルトに誤魔化されて教えてもらえなかった。あの言葉の意味はあとで調べておこう。
「名前は決まったの?」
カルトは狼くんの名前を急かした。
「一応魔はつける予定なんだ」
「フウマにもついてたね。なにか意味があるの?」
カルトは不思議そうに尋ねてきた。どうしよう、特にすごい意味があるわけじゃない。
「魔物だから?」
「ふーん、八雲がそれでいいならいいけど。じゃあこの狼は狼魔?」
「そういうことになるな」
「安易すぎて覚えづらいと思うけど……」
言われると思った。すでに新しくつけた子蜘蛛たちの名前を忘れかけている自分がいる。反論したいのに反論できない。
「安易だから覚えやすいんだよ」
覚えてないけど。
「そう?それならいいけど」
カルトが俺を可哀想な子みたいに見てくる。
「じゃあカルトは配下の名前覚えてるの?」
「全然」
あっけらかんと述べたカルトに開いた口が塞がらない。
「名前は繋がりだよ。覚えておく必要はない。覚えてもらいたければ、活躍すればいいんだ。配下達も馬鹿じゃない。成長もするし、自分で考えたりもする。だから、あっちからアピールしてくるのを待つんだ。『僕はこんなことができるんだぞ!』ってのを見せてもらわないと、特徴もないし、覚えてられないよ」
カルトはそう言うと、広場にいる配下達に目線を向けた。すると、邪骸や聖骸だけでなく、スケルトンまでが作業をやめて敬礼をした。
「僕は配下達から尊敬されてるし畏怖もされてる。だからどーんと構えておけばいいんだよ。八雲だって堂々としてるでしょ」
「?」
そんなつもりは更々ないのだが、一体誰のことと勘違いしてるのだろうか。カルト、なぜそんな顔をこっちに向けてくるんだ。
「無意識か。まぁいいや。名前は覚えてもらいたければ、子蜘蛛たちに頑張ってもらいな。どうせ配下の名前、10人も覚えてないでしょ」
そんなことはない。フウマ、スイマ、ドーマ、エンマ、コクマ、ハクマ、クロニア、ハクニシ、ハクティ。あとはオウマに……他は名前と顔が一致しないな。あと、クナト、ユーク、クシャ、マシャ、スラマ。
ほら、15人も覚えてた。
「それって、何人中の15人?どうせ半分でもないでしょ」
「うっ……」
何にも言い返せない。
「つまりはそういうこと。多分子蜘蛛たちもわかってると思うよ。覚えてる子がいないときに、子蜘蛛たちってまとめて呼んでるでしょ?言われる方は気付いてて当たり前だからね」
「ええ!?」
「気付かれてないと思ってた?」
「思ってた……」
「子蜘蛛たちに謝る必要はないからね」
「なんで?」
「もう、そこで聞いてる子蜘蛛たちが他に情報を伝達してるから」
「え?」
待機してる子蜘蛛たちの方を見ると、いつの間にか数が減っていた。俺が見てることに気づいた子蜘蛛たちは、いつもよりも凛々しい顔をしていた。これがアピールか。
なぜだ、そんな姿も可愛く見えてしまう自分がいる。これは失礼に値するのかもしれない。どうしよう。どうやって子蜘蛛たちを評価すれば。
「見え方はすぐに変えることはできないよ。だから、八雲が自分から変えようとせずに、子蜘蛛たちの方から見え方を変えるような行動を起こさないと、いつまでたっても八雲は子蜘蛛たちのことを子供としてしか見ないよ」
そう言ったカルトの言葉に心を打たれた俺は、ぼけーっとするしかなかった。思考停止、だめだ。どうすればいいのか見当がつかない。
「深く考えるのはやめよう。そうだよ、まだ狼の名前決定してないよ?」
「え、あー……狼魔で」
「それ、僕が言ったやつ」
「スライムにもスラマってつけてるから」
「あ、はい」
名前のつけられたロウマはミノムシから解放され、屋台の方に駆けていった。よっぽど餌付けされた肉がうまかったのだろう。
「それで、次はなにするの?」
「うーん、もう少しこの身体に慣れたいから、次のエリアボスに行こうかと思ってるよ」
次は油断のできない第二エリアボスだ。邪精霊樹のこともあるし、あまり余裕はないかもしれないけど。
「そっか。第二エリアは結構侮れない敵が多いから、気を付けるんだよ」
「わかってるよ」
「よし!そろそろ行こうかな」
そう言ってカルトは立ち上がった。
「おう」
「あ、そうだ」
カルトは手をヒラヒラさせて別れを告げようとしたが、ピタリと止まった。
「どうした?」
「早く寝ないと、大変なことになると思うよ」
「……どうして?」
「ヒント、招待券」
招待券?このゲームの?それが一体なんの意味が。招待ならミオにしてるけど、それがなんの?ん、ミオ?
「あっ!?」
「そういうことだから急ぐといいよ」
カルトが去っていくのを見送ると、すぐさま行動に移った。
子蜘蛛たちはもっと俺と冒険したそうにしていたが、今日はもう夜が近いので、早めに寝るように言った。すると、子蜘蛛たちはぞろぞろとお家に帰っていった。ロウマも幼子蜘蛛たちを乗せて、仲良さそうに拠点へと向かっていった。
俺はカレー炒飯とユッケに用事があることを伝えた。カレー炒飯はもう少し遊ぶらしいが、ユッケもそろそろ寝るみたいなので、「おやすみ」の挨拶をして別れた。
俺は一刻もはやくログアウトして寝なければならない。なぜなら、このままゲーム続ければ、睡眠時間があとに持ち越されて、起きるのが昼になってしまうからだ。
それは避けなければならない。起きなかったら、ミオに怒られるか拗ねられてしまう。そしてそれを見たお母さんが一緒にむすーっと拗ね出すとどうすることもできない。
お母さんは繊細なので、ミオが悲しそうにしていると、共感して一緒に拗ねてしまう。なんせ、ミオが転んで怪我をして泣いてしまったとき、あまりにも痛がるミオに同情、いや、共感して泣いてしまったのだ。
そのおかげでミオが冷静になり、泣き止むのだが、お母さんはなかなか泣き止まなかった。どうすればとおろおろしていると、お父さんがやってきて、お母さんをあやした。
その光景を見て俺は思った。もうお母さんの前で泣くのはやめよう。泣きじゃくるお母さんを見て、周りが気まずそうにする。そして俺たちはちょっぴり恥ずかしく思えた。
もちろんお母さんは悪くないし、ミオのことを一生懸命考えて、考えて、その結果、とっても悲しくなって泣いてしまった。そのことを責めるつもりはない。
ただ、子供ってのは突出した特徴があると、みんなと違うことに特別な感情を抱いてしまう。自慢できることでも恥ずかしいことも、等しく特別なのだ。
特別で貴重で嬉しいこともあれば悲しいこともある。そういう感情は子供の頃にしかないとお父さんは言っていた。だから今を大切にすべきだ。
今を大切にする。いい言葉だ。だけど、夜更かしはいただけない。もし、肌荒れでもしたらお母さんがむすーっとしてしまう。よし、寝よう。
拠点に戻るとルカさんがいた。誰が作ったかわからないが、ルカさんのために作られた人参茶を味わっていた。俺に気づくと、立ち上がって出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、八雲様」
「ただいま、ルカさん。久しぶりに会えたけど、今日は寝ないといけないんだ」
そう言った途端、ルカさんがわかるくらいしょぼーんと落ち込んだ。そのまま後ろにあった椅子にもたれ掛かっていた。
心が痛くなりそうだが、我慢して貰うしかない。
「ごめんな。明後日はすぐにログインするからさ。そのときにでもゆっくり話そう?」
椅子に突っ伏していたので、机に登って頭を優しく撫でた。この身体になったからこそできることだ。
「やくもさま……」
「明後日は妹がこのゲームを始めるんだ。その手伝いをするから、攻略は一旦やめる。だから時間も空くと思うんだ。そのときにでも話そうぜ?」
頭をポンポンすると、ルカさんが俺の手を掴んだ。なにをするのかと思えば、握った俺の手を自身の頬に当ててすりすりした。
「え、あの……る、ルカさん!?」
「お待ちしております」
ルカさんはうっとりした表情で俺を見ると、上目遣いでそう言った。妹にするように頭を撫でたのだが、それ以上に恥ずかしくなった。
熱くなる身体、それ以上にルカさんに触れた手が熱くなっていく。ルカさんも少しだけ紅く染まっていた。
「あ、えーっと」
「あっ……」
お互いになんとも言えない空気になってしまったことを感じたのか、どちらも戸惑いと恥ずかしさが同時に襲ってきた。それでも接触した手と頬が離れることはなかった。
恥ずかしく火照った俺はそのままルカさんに視線を会わせることなくログアウトした。耐えられなかった。だが、それ以上にログインすることに戸惑いを覚えるだろう。それでもルカさんに会わなくなるということはない。
朝になれば心の整理はついてるはずだ。そう考えてのログアウトだ。決してなにか邪なことを考えてるわけではない。
ログアウトして、意識が覚醒する。身体に感覚が戻ると、服が肌に張り付くほど汗をかいていることに気付いた。身体が火照っているのはゲームに熱中していたからに違いない。
明日のこともあるので、深く考えることもせず、さっさとシャワーを浴びて寝ることにした。
そして次の日、誰かに揺すられてる感覚を覚えて、うっすらと目を開けた。すると、視線の先に誰かの足があった。視線をあげると、そこにはミオの顔があった。
「あ、おはよ……そして、おやすみ」
まだ寝足りない。そう思った俺は布団を深く被ってもう一眠りをしようとした。すると、ミオの怒りを買ったのか、地震で言えば震度4くらいの揺さぶりをされた。
「起きてよ!」
その揺さぶりは増していくばかりだ。布団の中が心地いいとはいえ、これほど揺れれば寝るにも苦しい。しかも揺さぶることで力がこもっている。
ミオは妹だが、俺よりも力が強い。体格差はないが、身長でいえば、ミオの方が上。そんなミオに揺さぶられれば、痛みを感じるのは必然だった。
「……ミオ、いたい」
「お兄ちゃんが起きないのが悪い」
むすーっとしたミオは俺を責め立てる。前々から起こすときは乗らずに、優しく揺すって起こしてと注意していたが、実体験をして思ったことがある。
「ミオ」
「なによ、謝らないわよ」
起こされるまで起きない俺が悪いので、そこに対して怒ることはない。こういう場合、悪いのは大体俺だ。
「痛いから、今度から乗ってくれ。むしろ、乗ってください」
俺の発言に対して若干引き気味だったが、俺の熱意が通じたのか、頷いてくれた。
「今何時?」
起きたには起きたが、未だに布団の中に潜っているので、時計を見ることができない。目覚まし代わりのスマホはいつものごとく、遠くに飛んでて拾うことができない。
「今は7時よ」
「あぁ、7時か……え、はやくない?」
「早くない。これが正常。学校行くときだっていつもこのくらいに起きてるでしょ?」
「まだ寝ててよくない?12時まで」
「それは昼っていうの。お兄ちゃんは私との約束を破るの?」
そんな約束をしたつもりはないが、ここでミオを悲しませれば、例のお母さんイベントが起きてしまう。未来を予測した俺は布団からもぞもぞと脱出して、部屋の外へと向かった。
「約束の前に朝食を食べよう」
扉を開けてそう言うと、ミオは不満げに頷いて、一緒にリビングに向かった。
朝食はお母さんにガン見され、ミオにもジト目で見られ、そんな俺をお父さんが不思議そうに眺めるという、なかなか居心地の悪いものだった。
お母さんはいつもだが、ミオとお父さんに見られながらの食事なんてあまりない。お父さんは仕事があるので、のんびりする時間はないのだが、ゆっくり食べていて間に合うのだろうか。
「お父さん、時間時間」
「んん?お、悪い。急がないといかんな」
そう言って、いつもよりスピードをあげて食べ始めた。お母さんは本当は味わって食べて貰いたいが、仕事の時間がここでは優先されるので、黙ってにこにこしている。
それが少しだけ怖いところだ。この瞬間、お母さんは時限爆弾となる。いつ爆発するかわからない。それはお父さんもわかっている。だから、お父さんは秘策を持っている。
食べ終わったお父さんは準備に走り、お母さんを連れていった。玄関から「いってきます」と聞こえ、お母さんがトボトボと帰ってくる。
口元はにやけ、頬は紅く染まり、足元はおぼついていない。頬を両手で押さえ、「えへへ」と呟く。これがお父さんの秘策。
なにをしているか俺にはわからない。なにせ、ミオはいいのに俺はその秘策を見ることを許されていないからだ。ずるい、なぜ兄の俺には見せられないのか、おかしい。
だが、なにをしてるのか、大体予測がつくので、声を大にして「見たい!」なんて言わない。言ったところで「まだ早い」そう言われるのがオチだ。
朝食を終えた俺はミオに呼び出され、ヘッドギアの設定を頼まれた。といってもコードをミオに渡してあとは手順にしたがってやるだけだ。
「あとはログインしてゲームをするだけだ」
説明を終えると、ミオはワクワクしているのか、話を聞いちゃいない。
兄の敬意が足りないので、意識を取り戻してもらうために、頭を手刀を振り下ろす。
「いたっ!?」
「話は聞こうな?」
「叩かなくてもいいじゃん」
頭を押さえながら反論する。今回悪いのはどう考えてもミオだ。俺は悪びれることもなく、話を続けた。
「ログインしたら、このゲームについて説明してくれる人がいるから、PMになるんだぞ」
「それくらいわかってるよ」
「じゃないと俺と一緒にゲームすることはできない」
「……!?それは困る!」
ミオは声を荒げて言った。一緒でなくても楽しめると思うけどな。
「俺は八雲って名前でやってるけど、ミオはなんて名前にするの?」
「私はいつも月雫って名前にしてる」
「キラキラネームみたいだな」
「八雲も変わらないと思う」
「……否定はできない。じゃあその名前って雪と裕貴に言っとくわ。掲示板でフレンドになってもらえば、俺とも会えるしな」
「わかったけど、お兄ちゃんも掲示板でフレンドになればいんじゃないの?」
「俺は掲示板を利用してないから」
「あ、そう」
「説明も終わったし、俺もゲームしたいから、また後でな」
「うん」
ミオへの説明を終えた俺はスマホで雪と裕貴に連絡を入れ、ログアウト時への備えをしてログインした。




