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第70話 繋ぐ手と手

ユークがくましゃん二人を呼んでる間に、未だに現実に帰ってこない狼の目を覚まさせる。子蜘蛛たちは楽しそうに追い駆けっこをしている。走る度に上半身は仰け反り、方向転換をすると勢いで上半身が前屈みになる。


あれをPHが見かけたら、おそらく戦うことをせずに逃げ帰るだろう。間違いなく噂になる。「新種の蜘蛛が出た」と。その蜘蛛たちを「うわぁ……うわぁ……」と言いながら眺めてるユッケは時折、「いやあああ」と、悲鳴まがいな叫び声を出す。


わからないでもないが、うちの子たちをそんな目で見るのはやめていただきたい。


「なぁ、ユッケ」


「……ええ!?あんな動きもすんの、まじか」


「おい、ユッケ」


「バク宙して……うぉい!?頭がぐにゃって!?大丈夫なのか……?」


「おいって!」


頭にも反応がないので、足先を殴る。身長差と体格差もあいまって頭に届かないので、一番有効的かつ痛みを伴う小指を狙った。それが功を奏したのか、「きゃうんっ!?」と情けない声をだして飛び上がった。


「な、な、なにすんだよ!」


「お前が反応しないからだ。なにか用があって来たんだろ?」


「あ?そうだった。少し相談があってよ」


「なんだ?」


「うちのリカ、担当AIって言えばわかるか?そいつに抱き枕をあげたくてよ」


「え、なになに?ついにユッケにも春がきたの?」


「ちげぇよ!リカのやつ。毎度毎度、俺に抱き着いてきやがって、全然拠点での活動が(まま)ならないんだよ」


「でも、嫌じゃないでしょ?」


「もちろん!だけど、毎回それだとさすがに辛いものがあってな……」


「うーん、わかった。なんとかしてみる。でも糸は提供できるけど、加工は出来ないぞ?」


「そこはカルトに任せる」


「わかった。スキルの調整が済んだら、カルトのところに行くし、そのときでいいか?」


「それでいい。早ければ早い方がいいから、頼んだ。急に押し掛けてすまんな」


「気にすんな。俺達の仲だろ」


「八雲……お礼はいい素材にするわ」


「進化したし使うかもしれないから、ありがたくもらうわ」


「おう!またくるな!」


「またな」


ユッケは嬉しそうに帰っていった。担当AIにプレゼントか。人参好きだし、人参ばっかあげてたけど、他にも良いものがあったらあげようかな。今日はまだ見かけないけど、人参ではない別のものを渡そう。


まだいないニンジンショッカーのことは置いといて現状を改善しよう。


「集合」


「「「はーい」」」


俺が呼び掛けるとすぐにみんな集まった。頑張って上半身を動かそうとしている子蜘蛛たちにはそのまま続けてもらうことにして、気ままにやっている子蜘蛛たちには説教をしないとな。


「なんで集まってもらったかわかるか?」


「ご飯の時間!」


「なんだろう?」


「わかったぞ!」


ご飯でもなければ、狩りの時間でもない。誰もわからないかと思っていると土のアラクネが蜘蛛の前脚をあげた。しかも自信満々といった様子。やっていない時点でわかっていないのだが、なにを答えるのか。


茅魔(カヤマ)、言ってみて」


「おう。カレー殿のとこから、刀もらってくるんだな?」


「違うよ」


カヤマは土属性のアラクネだけあって、カレーの日本文化に喋り方が侵食されている。土属性の蜘蛛たちはみんな、これと同じ喋り方だ。


「俺はなんて言ったかな?」


「……?」


「???」


だめだ、遊ぶことに夢中で覚えてない。いつもはこんなに頭が悪かったりしないのだが、なぜだろう。原因を探ってみてもわからない。頭、頭、と考えていると、上半身と意識が接続されていないことを思い出した。


現状、物理的には繋がっているが、神経的な意味で、上半身と頭とは繋がっていない。つまり思考が停止している。そう考えれば、今の子蜘蛛たちの行動には納得がいく。それがわかったからといってどうすればいいのか。


できないことがあるなら、できるまでやらせる。というのは効率が悪い。できない理由はやり方がわからないだとか、言われたことを理解してないだとか、様々だが。


この子蜘蛛たちにどうすれば、上半身を使わせることができるのか。動かし方がそもそもわかってないのだから、動かしてなんて言ってもできない。


子蜘蛛の上半身にある頬をつねってみる。すると、下半身の蜘蛛が痛がりだした。手をぎゅっと握るとビクビクと下半身の蜘蛛が、バシバシと叩いて訴えかけてくる。


「動かせるようになったらやめてあげよう」


バシバシと訴え続けていたが、次第に頻度を減らして動かす方法を模索し始めた。最初に動かせるようになったのは背中の蜘蛛の脚だ。差し出されたので握手した。


次に動かせたのは腰だった。突然、上体を起こしてきたから、つい変な声をあげてしまったのは内緒だ。そこまでいくと、他の部位も動かせるようになっていった。


五本指には慣れないのか、蜘蛛の脚と同じような動きを繰り返していた。手の使い方を説明して、魔物素材の骨を渡した。これを積み木代わりに遊んだら、それなりに器用になってくれるはずだ。


自力で動けるようになっていた子蜘蛛の頭を撫でてやった。すると、それを見ていたすでに動けるようになっていた子蜘蛛が「撫でて、撫でて」と集まってきた。全員撫で終わった頃にできていない子がきた。


「できてない子は撫でないよ」


いつもなら、「しょうがないなぁ」と撫でていたが、俺はそれをせずに拒絶した。すると、まだできていない子だけでなく、できている子にも衝撃が走った。空気が重くなったと感じたら、急に子蜘蛛たちの動きがよくなった。


妙にやる気をだし始めた子蜘蛛たちには困惑したが、やってくれるなら、どんな理由でもいい。そう言い聞かせ、ユークとくましゃんたちを待つ。


できた子蜘蛛には他の子たちに教えるように言い聞かせて、大量のアイテムを預けた収納箱を漁りにいく。もしかしたら服があるかもしれない。そう思い、久しぶりに収納箱の中を見てみると、辞書の目次並みに羅列されたアイテム名が出てきた。


見たこともないアイテムからエリアボスの素材、PM限定報酬など、数多くのアイテムがあった。フィルター機能があったので、装備品で検索すると、いくつかの装備が出てきた。


青牙蛇(ブルーサーペント)の掃除機は武器枠だった。俺が着れそうな装備はいくつかあった。ほとんどがPHの剥ぎ取り品だ。これらを使うにしてもレベル差がありすぎるのか、低性能しかなかった。


PHが弱い理由がわかった気がした。他になにかないかと検索していると、リアルで馴染みのものがあった。誰がこれ着るんだ?と思っていた時期もあった。まさかこれを着ることになるなんて思いもしなかった。


早速、装着してみる。着心地は悪くない。仮面にフードと聞くと、悪役で正体を隠したいキャラクターがするイメージだ。確かにこの姿ならバレにくいだろう。身体に特徴的な部位がなければ。


下半身の蜘蛛が正体を一ミリも隠そうとしていない。これでバレなかったら、相手が節穴なだけだ。確か、このシリーズは他にもあったはずだ。周回をしただけあってどの部位もあった。残念ながらつけられるのは一つだけだったが、満足だ。


装備して身だしなみを整えていると、後ろから足音がした。それは三人の音で、俺のもとへ真っ直ぐやって来ることから、待っていた人達が到着したのだろう。そう思っていると、後ろからユークに声をかけられた。


「八雲様、くましゃん二人を連れてきました」


「「なんでしょうか、八雲様」」


「呼んだのは他……」


少しカッコつけながら言っていると、振り返った俺の姿に驚愕したユークが声を荒げた。


「や、八雲様!」


「どした?」


「そのお姿は!?」


「これ?これは、服がなかったから、着てみたんだけど……おかしなところあった?着方は間違ってないはずなんだけど……」


「あってますが……可愛すぎます、そのくまさん!」


興奮したユークが黄色い悲鳴をあげる。くましゃんたちもお互いの手を取り合って「きゃっきゃっ」してる。そこまでの可愛いとは思えない。しかし、こういうものは大体、本人の主観は否定される。


家でもそうだ。お母さんとミオには逆らわず、されるがままでいる方が随分と楽だ。ユークにくまの手inマイハンドを握られ、くましゃん二人には頭を撫でられた。愛でられるのは悪い気はしない。


「撫でるのはあとでさせてあげるから、話をしようか」


「そ、そうですね……あ、あとでたっぷりぃひひ」


ユークが怪しげな笑みを浮かべていた。ちなみにまだ手を離してくれない。よっぽど気に入ってるみたいだ。今度、ユークを連れてくまさん周回でもすべきか。俺がこれを着たせいか、子蜘蛛たちも羨ましそうに見ている。


親がやっていると、やりたくなるのが子供。やはり、子蜘蛛たちも変わらない。ほとんどの子蜘蛛が上半身を動かせるようになっていた。両立は難しいので、慎重にやってほしいものだ。手足の数が二倍になったんだ。できなくても怒らない。


その分、ここに置いていかれるだけだけど。そう考えていると、子蜘蛛たちは身体を震え上がらせていた。置いていかれることが余程嫌なのだろう。


「話の続きをしようか」


「はい」


「くましゃん二人の名前をクシャとマシャに変えようかと思っているんだけど、一つ気になる仕様を見つけたんだ。これはアイテムを見てたら気付いたことなんだけど、漢字にフリガナをつけることができるのはこのゲームの仕様としてわかっていたことなんだけど、平仮名にも、フリガナうてるんだね」


そう言ったものの、フリガナというのがよくわかっていないのか、三人とも首をかしげていた。


「簡単に言えば、名前を二重につけられるってことだ」


「そうなんですか?」


「あぁ。だから、くましゃん二人には、くましゃん(クシャ)くましゃん(マシャ)を名乗ってもらう。それならいいか?」


「「はい!」」


よっぽど、くましゃんという名前に誇りを持っているのだろう。安堵の表情を浮かべていた。ユークもくましゃんたちの様子を見て嬉しそうにしていた。それにしても、ユークさんはいつになったら、俺の手を離してくれるのだろうか。


そっと手袋から手を抜き取ると、ユークはうるうるした瞳で語りかけてきた。仕方なく戻すと、尻尾をぶんぶん振っている幻覚が見えるほど、ユークが嬉しそうにしていた。


クシャとマシャには引き続き、子蜘蛛たちの教育を頼んだ。ユークが離れようとしないので、仕方がなく手を繋いで子蜘蛛たちのもとへと戻った。


すでに身体のコントロールは完璧だ。糸も出せるし、遊べる。それさえできれば、あとは戦いの中で覚えていくだけだ。アラクネは29人いて残りはアラクロードとアラクノイドだ。


彼らには仕事を与えているので、今はいない。今まで戦った相手ではつまらないので、今まで行ったことのないエリアボスと戦うつもりだ。残っているのは、北西と西だけだ。


今日は人数が少ないので、二つとも行ける。今回もフレンドの転移陣を使って移動する。人数が多すぎるから目立つ。できることならPHに遭遇しないことを祈る。


ぞろぞろと広場の転移陣に向かう。広場にはいつもの賑わいがあった。鬼たちが屋台をし、レリックが買い物をして、PMたちは無料食いをする。そこには子蜘蛛たちもいる。もぐもぐと串焼きを食べる姿は愛らしい。


そんな場所に、見覚えのない俺たちが現れれば、手を止める。子蜘蛛たちもだ。いつもなら近寄ってくる鬼も警戒心を露にする。相手にする気はないので、スルーして西のエリアボスの転移陣に向かう。


そこへ道を阻むように現れた者がいた。


「誰だ?」


「俺だ」


カレー炒飯だ。今日はいたみたいだ。鬼を引かせ、一人で出てきたのは、俺の強さが未知数だからだ。もし、俺がここにいる誰よりも強かった場合、殿を勤めるのはカレー炒飯だからだ。普通は違う?それが、拳だけでゴブリン達を屈服させたカレー炒飯という漢だ。


「見てわからないか?」


「見てわかるかっ!蜘蛛の下半身に蜘蛛の上半身、熊の頭に、熊の手。こんな化物がいてたまるかっ!」


ん?


「まさか、熊公を殺しすぎて呪われちまったのか、八雲!」


んん?


「いや、あり得る。ユークが絡み付いてるのはおそらく、呪いを抑えるために抱きしめてるんだ。ユーク、後は俺に任せろ!」


「いやです。この手は離しません」


「ユークまでやられちまったか!?」


ユークがよりややこしくさせた話をどう説明しようか。カレー炒飯がこのくまさんの着ぐるみを知らないとは思えないが、気付いてないという前提で説明しないとな。


まず、着ぐるみを脱いだ。


「なっ!?」


カレー炒飯はノリノリだ。


「俺だ!」


「いや、誰?」


進化したことで顔が変わっている。違うな。背中から人が生えた。この説明が一番しっくり来る。


「気付いてるよな?」


「なんのことだ?」


「よし、子蜘蛛たちを撤収させよう!」


「いやぁ、なに言ってんだよ。俺が八雲のこと忘れるわけねぇだろ、なぁ?」


カレー炒飯は手をからくり扉のように瞬時に切り替えた。


「はーい、帰るよー」


だがもう遅い。俺の「撤収」という言葉に反応した子蜘蛛たちが集まってきた。その一人が俺の胸に飛び込んできた。


「ママ、ぼくね、まほうつかえるようになったの!」


「すごいなぁ!さすが、俺の子蜘蛛だ!」


「うん!」


子蜘蛛を抱きしめてナデナデすると、子蜘蛛は嬉しそうに胸にうずくまった。他のアラクネたちにも集まった子蜘蛛たちは背中に乗ったり、抱きしめられたり、高い高いされたりして大喜びだ。


対するは食べ物とおもちゃで釣ろうとする鬼達。子蜘蛛たちは見向きもしない。子蜘蛛たちは遊ぶことは好きだが、なにより甘えるのが大好きだ。遊ぶことはいつでもできるが、甘えられることは少ない。


なぜなら、この子蜘蛛たちよりも幼い子蜘蛛はいっぱいいる。弟と妹に譲るのは兄や姉の役目だと思って、甘えようとしない。だからこそ、この機会は貴重なのだ。


もちろん、俺はどんな世代の子蜘蛛でも甘やかすし、可愛がる。子蜘蛛たちに上下なんてものは存在しない。等しく愛せる存在だ。


「それで、なんだって?」


「悪かった……」


土・下・座!カレー炒飯の男気溢れるその行いは、カレー炒飯を尊敬する鬼達に効果抜群だ。カレー炒飯に加わり、「俺も、俺も」と、その土下座に加わる。まさに壮観。まさに"漢"だ。


そんな"漢"に対して、俺は"鬼"ではない、"蜘蛛"だ。


「気にしてない、俺たちの仲だろ?」

【くましゃんの由来】

昔、ネトゲーで『くまにゃん』って名前でプレイしてた時があったから。よく、くまにゃんって誤字してたのはこれが理由。


熊が好きな人と猫が好きな人とがよく喋ってて、これになった。にゃんから想像するに、猫。

合わせて熊猫でパンダだ!と思う人もいるかもしれませんが、パンダはかわいいけど、ネコの方が好きですね。身近ですし。シャンはマジシャンですね。


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[一言] 森賢熊の着ぐるみ,まさか着る日が来るとは。 ナイス!!
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