第69話 人と蜘蛛
名前を変更するということは、また一から名前を覚えなければいけない。しかし、俺は思った。そもそも子蜘蛛たち全員の名前を覚えているかといえば、覚えてないと自信をもって言える。それでいいのか、父蜘蛛と言うだろう。
だがな、覚えてないものは、いくら覚えようとしても無理なんだ。なので、覚えてない子蜘蛛たちはここで一新させて今度こそ覚えよう。というか、その方が呼びやすい。
まずはフウマたちだが、もちろんそのままだ。ずっと行動してるのだから、当たり前に覚えている。名前を決定すると、糸の殻から蜘蛛の脚が生え始めた。
それから、名前のインパクトというか、名前を何度も呼んだ子蜘蛛も覚えている。クロニア、ハクニシの二人はそのままでいい。名前覚えてるからな。
他はまずコードネームを廃止しよう。魔を冠する者たちは覚えているからリネームから除外。誰が誰だかもともと覚えてないので、前の名前からかけ離れてもいいようにして、進化先から連想できるものにしよう。
属性の女王に関しては『魔』をつけることにする。そして属性に関する色をつけよう。
女王土蜘蛛ー茅魔
女王水蜘蛛ー氷魔
女王風蜘蛛ー柳魔
女王火蜘蛛ー緋魔
女王闇蜘蛛ー玄魔
女王光蜘蛛ー月魔
女王毒蜘蛛ー桜魔、荻魔、藤魔、半魔
女王魔蜘蛛ー空魔、曇魔
毒蜘蛛
シアン、シキ、シガラキ、シャル、シホウ、シン、シズ、シバ
風蜘蛛
ハナ、カエデ
水蜘蛛
ルシ、リュム
火蜘蛛
ラフィン、ネンリ
土蜘蛛
イオ、リブ
光蜘蛛
イデス、レント
闇蜘蛛
クロ、テリア
魔蜘蛛
メレク、ガレス、フェレス、グシオ、ロマ、ハーゲン、ニック、ザファン
大蜘蛛
ヴィル、ハリス、オットー、リッツ、シェーン、ベリン、ステン、テノン、ガロン、ヘリック、オルガ、ショーン
射撃蜘蛛
あるふぁ、べーた、がんま、でるた、いぷしろん、いーた、じーた、しーた
色蜘蛛
一色、二色、三色、四色、五色、六色、七色、八色、九色、十色、十一色、十二色、十三色、十四色
名前はこんなんでいいだろう。忘れたら、また一週間後に考えよう。最初の100人の名前は頑張って覚える。だが、それ以上は無理かもしれない。
学校でもずっと呼んでるからクラスメイトの名字は覚えてるけど、名前はわからないなんてことがある。まさにそれだ。
名前が決定したので、全員の糸の殻が動き出した。慣れていないのか、フウマたちもまだ出てきていない。糸の殻が揺れ出してから、アスレチックとして遊んでいた子蜘蛛たちは退避している。
バレたら怒られることが目に見えてるからな。
アラクネになってから、身体の全身がどうなっているのかまだ確かめきれていない。見て触ってわかったことだが、腕の甲殻は肘から先まであり、肘から肩までは素肌だ。上半身はところどころ甲殻で覆われている部分もあれば、素肌が見えている部分もある。
胸は隠されているだが、微妙に膨らみがあるのは気になる。他のゲームや漫画でみたアラクネは、上半身が女性で、下半身が蜘蛛なのだが、このゲームは少し違うかもしれない。俺は男なので、膨らみがあるのはおかしいのだが、鳩胸だと思えば、そうかもしれない。
あとはモードチェンジの【天性】がどういうものかにもよるが、いつ試そうか。やっぱり一人の時がいいのか、それともみんながいる時がいいのか。その前にカルトのとこで服でも買いにいくか。もし、肌を露出するものだったら恥ずかしいしな。
新しい身体の操作が難しいからか、まだ終わらない。時間がかかるのは仕方がない。遅かろうと怒ったりしない。実際、俺も時間がかかったからな。スキル検証でもして待っておこう。
新しく習得したスキルを一つ一つ試すのも必要だが、既存のスキルも、もしかしたら仕様が変わっているかもしれない。
まずは魔糸生成だ。これは全身のどこからでも糸を出すことができるスキルだが、アラクネの身体でも変わらなかった。手から出すと少しだけイメージしやすいので、若干早く糸が出せる気がした。
五本指になって気づいたことは、物が簡単に持てる。これは画期的だ。いままで糸にくっつけてとっていたものが、今では糸の有無関係なしに物が持てる。そして暇潰しにあやとりができる。
あとは高いところをみるのに脚をピーンとさせて身体を持ち上げなくても、高いところが見える。ここまではいいが、この身体で木を登れるか心配だ。蜘蛛の脚がそのままあるから大丈夫とは思うが、上半身が枝でボロボロになることが予感できる。
この身体ではぴょんぴょん木の上を渡り歩くことが難しいな。木の上からの奇襲も、待ち伏せも、隠れること自体難しそうだ。そう考えると、戦闘スタイルを大幅に変えないといけない。
接近戦は少しならできるが、今までの戦いはほとんどが相手の動きを止めてからの攻防だ。この身体ではまだ難しい。レベル差もあるし、ゴリ押しで勝てなくはないが、それだと意味がない。
どこかでスキルと戦闘を慣れさせておかないと、新しいエリアボス戦で地獄をみることになる。
「お、そろそろだな」
考えることをやめて子蜘蛛たちの様子を見ると、殻が少しずつ破れていっているのがわかった。大きい殻の子は大きく穴を開けれていたが、身体の大きさもあるので出れていない様子だった。
最初に出てきたのは、真っ黒な甲殻に黒の関節色を持つアラクネだった。キョロキョロと辺りを見回すと、俺に気づいたのか、近づこうとして来た。しかし、思うように動けず、転んでしまった。
じたばたとするが思うように動けずにいた。他の子も出てくるのだが、同じように歩けなかった。
「みんな、落ち着け。どうやったらどこが動くのか、わからなかったら、一つずつ動かしてみるんだ。慌ててもなにも解決しないぞ」
俺の話を聞けた冷静な子蜘蛛は、動くのをやめてゆっくりと身体の動きを確かめ始めた。冷静さを保てず、混乱してる子蜘蛛は、まだじたばたしていた。そういう子蜘蛛は離れた場所に運んで、やり方を教えた。
すると、先程の子蜘蛛たちと同じように動作確認をし始めた。それを何度も繰り返してる間に、身体の大きな子蜘蛛が出てきた。甲殻に包まれた戦車みたいな巨体の蜘蛛がアラクロードで、金属に似た光沢のある甲殻に包まれた戦車の蜘蛛がアラクノイドか。
どちらも強そうだ。ちらっとスキルを見たが、どっちもモードチェンジ用のスキルがある。どっちの蜘蛛も俺の数倍の大きさがあるのだが、モードチェンジでこれよりもでかくなれる。殲滅戦では大活躍間違いなしだ。
俺の今の大きさがどれくらいなのか、いまいちわからないが、進化してない子蜘蛛たちよりも4倍は大きかったので、相当でかくなった気がする。
アラクノイドとアラクロードになった子蜘蛛たちは、精霊樹の守護に加わってもらうことにした。身体が大きいので巣にいる幼子を連れて守護に回ってもらう。もちろん、子守りをする要員もまわしておく。
幼子蜘蛛誘拐!なんてことがまた起きたら、今度こそ町になだれ込むことになる。歯止めが効くかなんてわからない。
エリアボス周回に参加する子蜘蛛は、今はアラクネとまだ四回進化していない子蜘蛛にする。エリアがもっと広くなればいいが、今の段階だと狭い。なので、アラクロードとアラクノイドは周回とは別で俺が連れてエリアボス討伐をする。
考え事をしてる間にだいぶ動けるようになった子蜘蛛が増えた。さっきまでひっくり返って立ち上がれなくなった亀みたいな動きしてたのに、今では生まれたての子鹿にランクアップしている。早い子は蜘蛛の部分だけ動かして、上半身を背中についたお荷物みたいに扱っていた。
さすがにまずいので、ちゃんと上半身も動かしてもらうようにした。あのまま戦ったら相手からしたらホラーだが、弱点丸出しで防御もしないので、いい的になってしまう。それは避けたいので、動かし辛くても頑張ってもらうしかない。
進化した子蜘蛛を観察してみると、関節色は黒と白に分かれている。黒は性別が男で、白は性別が女だ。属性女王は白銀と黒銀。これも男が黒銀で女が白銀だ。性別によって色が分かれている。そう考えると、俺の関節色はなんで青なのだろうか。
特異体だと変わるのかもしれない。よくみると特殊進化したものは黒銀と白銀だ。特異体は青。性別が男で青なら、女は赤?これは考えてもわからない。子蜘蛛たちの外見をもう少し詳しく観察してみよう。
まずフウマだが、風系統の進化をしていて、元々甲殻は緑だった。アラクネになって少し色が落ち着いた。フウマは女の子なので、関節色は白銀だ。肌の色はみんな同じで日本人特有の色だが、日に全く晒されていない白色だ。さすがにリアルの俺もあんまり外にでないが、あそこまで白くない。
よくみたら頭の甲殻の隙間から髪が生えている。髪は甲殻の色とほとんど一緒だった。俺も髪が生えているかもしれないが、鏡がないので確認する術がない。全員の姿を観察してみると、アラクネの姿は色と細かい装飾、甲殻の形以外はほとんど一緒だった。
背中に蜘蛛の腕がついているのも同じだ。動くのになれないのも同じだ。蜘蛛には毛が生えているものもいるが、俺たちの身体には毛はない。つまり、この髪が初めての毛だ。言ってみたが、すごくどうでもよかったな。
ホラーみたいに上半身を振り回しながら歩き回る子蜘蛛たち。それに群がる幼子蜘蛛たち。上半身がぐわんぐわんしてるから、視界がおかしくなってるはずなんだが、気にしてないのだろうか?
あれは俺もできなくはないが、視界がどうしても気になるからできない。ん?あ、そうか。上半身全部が機能してないのか。なら視界も無効になってるか。
元が人間の俺と違って、彼らは最初が蜘蛛だ。いきなり身体が変わりますって言われても、無理な話だ。現実世界の人に、「今日から下半身タコだから」と言われて、いきなり動かせる人なんてまずいない。脚が四倍に増えるわけだから。
俺は人であり、このゲームで蜘蛛を一週間、いや1ヶ月以上にわたり、蜘蛛をやってきた。この中で俺だけは両方を動かしたことがある。だから、俺一人だけが、アラクネという未知の生物体を操ることができた。
上半身を振り回しながら歩き回る子蜘蛛たち。それを習得するんじゃない。こんなところ、誰かに見られたらどうするんだ。
「や、八雲様……」
「ん?ユークか、どうした?」
「八雲様ですか?」
「そうだけど、なん……え、ユークでかくない?」
声のする方へ振り返ると、ユークがいた。アラクネになった俺なら、同じくらいの身長で、並んで歩いたら兄妹だね!って思っていたが、頭二つ分くらいユークの方が大きかった。
「か……」
「か?」
「かわいい……」
「え、ちょ……っゆ、ユーク?」
ユークは俺を抱きしめると頬をすりすりしてきた。頭は甲殻に包まれてるし、下半身蜘蛛なんだけど。あ、鏡見てないから、実はかわいい見た目してるとか?
「はっ!?申し訳ありません、取り乱しました……」
「うん、いいけど。俺、かわいいの?」
「はい!」
「そっかぁ……」
甲殻に被われた腕とか、格好いいと思うんだけど、全体像はかわいいのか。微妙にショックだな。
「あ、そうでした。八雲様にお客様です」
「客?今、進化したばっかで忙しいんだけど……」
「では帰ってもら……」
「おー、八雲。進化したのか」
ユークが帰らそうとする前に向こうから勝手にきたようだ。ユークで見えなかったので、少し横にずれると、そこにはユークの何倍もでかい狼がいた。声からしてユッケだが、これは果たして狼なのか。いや、狼型の化け物だろ。
「なんだ、ユッケか。俺は今、子蜘蛛たちの世話で忙しいんだが」
「あー……え!?なにあれ!?」
ユッケは子蜘蛛たちを視界に入れると、あまりの歩き方に面を食らわせていた。確かに最初にあれをみれば、誰だって驚く。今も愕然とした表情をさせ、口をあんぐりと開けている。
そんな大きな口を開けれるのか。あれだと、俺くらいなら丸呑みできそうだ。それくらい俺とユッケの大きさは違う。驚きから帰ってこないので、ユークに俺の外見について聞くことにした。
「ユーク、俺ってどんな見た目してる?」
「かわいいです……」
「うーん、顔とかどうかな?」
「肌がとてもきれいですよ」
ユークは元アンデッドなだけあって肌は陶器のように真っ白だ。そんなユークに言われたら嫌味に聞こえるかもしれないが、俺は素直に嬉しい。
「肌じゃなくて、具体的な特徴は?」
「そうですね、目が八つありますね。蜘蛛のお顔というより、蜘蛛さんのお面をつけているように見えます」
「お面か……後ろは甲殻ある?触ってもわからないけど」
「背中から首にかけて甲殻が連なってますね。頭には無さそうです。あ、でも綺麗な髪ですよ」
「なるほど、ありがとう。くましゃん二人はいる?」
「精霊樹の根元で子蜘蛛たちに勉強を教えてましたので、呼んできましょうか?」
「勉強?」
「はい、町にいくかもしれないので、やってはいけないことを教えてます。クシャ……くましゃんは元々人だったので、町には詳しいんです」
「それだ。くましゃんには呼び名があるだろ?俺はそれを改善したい。くましゃんってのも可愛くて好きだが、呼ぶのに二人とも同じだと呼びにくいからな」
「くましゃんという名前には誇りをもっています。二人の意向があれば、やめていただけませんか?」
「それはもちろん。本人の意思に任せるよ」
「わかりました。では、呼んできます」
『明日から君の下半身は蜘蛛だ!』




