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第67話 蜘蛛さんへのスキル講座! byルカ

ここはとある草原、そこに一人のメイドがいた。そのメイドは人間らしからぬ耳を立たせ、慌てる気持ちを抑えて一点を見つめていた。なにもないその場所に真っ白なネットが突如として現れた。


それを見たメイドは嬉しそうにピクピクと耳を揺らしていた。ネットが地面に着地したと同時に一つの真っ黒な塊が現れた。塊はメイドのもとへと向かわず、キョロキョロと草原を見回すと、メイドのことを見つけたのか、急ぎ足で向かってきた。


真っ黒な塊に続いて大きさ様々、色も形も違う塊が次々と現れた。それも真っ黒な塊と同じ挙動をして、メイドのもとへ向かってきた。


「来ましたね」


メイドは丈の長いスカートが汚れないように持ち上げ、沢山の塊を迎える形で屈んだ。するとカラフルな塊がメイドを囲んだ。襲うことはせず、メイドのことをじーっと観察している。


真っ黒な塊とカラフルな塊には八本の脚があり、一対は顔の近くから生えていた。それは多彩な糸を武器に、人々を恐怖のどん底へと墜落させた、『悪夢』の二つ名を持ち、沢山の子供を育ててきた蜘蛛の頂点である八雲だった。


八雲はその脚を器用に持ち上げると、メイドに話しかけた。


「ここはどこなの?ルカさん」


八雲が不思議そうに首を傾けると、周りでメイドを観察していたカラフルな塊、もとい子蜘蛛たちも八雲とルカのやり取りを見て、?マークを浮かべていた。


そんな蜘蛛たちを取り残す勢いで、どこからか取り出したメガネをかけた。そしてメガネのブリッジを中指でクイッとあげて、メガネのズレを調整した。その行動はまさに、王宮に遣えた教鞭を振るうメイドだ。


これまたどこからか取り出した黒板を置き、そこへ『蜘蛛さんのスキル教室』と書き込んだ。


「今日はですね、より八雲様にスキルについて学んで頂こうと思いまして、このような機会を設けさせて頂きました」


急にキャラクターを一変させたルカだったが、ここへ来る前と違いすぎたためか、八雲は空気を読もうとすらせずに、ルカへと疑問をぶつけた。


「え?ルカさんって人参ショックで我を失ってませんでした?」


「失ってません!考え事をしていただけです!」


必死に弁明をするルカだったが、どう考えても無理がある。人参の無計画捕食で、自分を見失いそうになっていた事実を消し去ることも、誤魔化すこともできない。


「あ、なら、人参はまだいいか…」


「そ、そんな…」


失った人望を取り戻すべく、このタイミングでの乱入を試みたルカだったが、思いの外、あの印象がひどすぎて覆すことはできなかった。


「それはいいとして…」


「よくないです!?」


八雲の追撃がルカの心のHPを削った。涙目のルカに、視線を反らそうとするも、その先にはルカを心配する子蜘蛛たちの目があった。ルカのことを助けて欲しそうに、あわあわする子蜘蛛たちには勝てなかった。


「…今回だけですよ」


「よ、よろしいのですか!?」


「もちろん!とは強く言えないけど、寝ながら人参を食べてるとは知らなかったから、今度からはお小遣いみたいに毎日支給しますよ」


「やったぁ!」


ルカは仕事も忘れて大はしゃぎだ。さっき決めポーズまでしたメガネも、はしゃだ拍子に手が当たって飛んでいってしまった。そして、八雲が取り出した人参を受け取り、蕩けた表情で人参を堪能していた。


「あの、ルカさん」


「ふぁい?うー、やっぱりこの人参は最高です!」


「俺はどうしてここにいるの?」


「それはもちろん…あ、忘れてました。め、メガネメガネ…」


「はい、ルカ姉」


「ありがとう、フウマ」


「お母さんが言ってたけど、ここってどこなの?」


「ここはですね、本来であればPHの方がチュートリアルをする場所なのですが、あまりにも使用されていないので、スキルをPMの方に教える場所となってます」


「そんな場所あったの?」


「ここは特別な場所なので。今回のような特別な時にしか使えません」


「つまり、本当に今回の進化は特別ってこと?」


「その通りです。なので今日はスキルについてお教えしようと思い、呼ばせていたただ来ました」


ルカさんは人参をむしゃむしゃしながら教えてくれた。先程の教師スタイルならかっこよく決まったのだが、醜態を見せたばかりに、なんとも言えない空気が漂っている。


「人参を食べ終わったら始めますよ」


スキル説明よりも人参の方が優先順位が上らしい。人参を与えたのは不味かったかもしれない。しかし、今さら言っても遅い。


今も人参をポリポリ食べてるし、子蜘蛛たちも人参を分けて齧ってる。いつもの雰囲気といえば、そうだが、ルカさんのやりたかったものとはこれでよかったのだろうか。


だが、嬉しそうに人参を味わっているルカさんの邪魔をしてまで、この話を繰り出そうとは思わない。それこそ、野暮ってものだ。


嗜好品(至高品)も頂きましたので、そろそろ始めますよ。授業中の人参以外の飲食はだめですからね!」


それだったら、人参もだめだろ!と突っ込むべきか、悩みどころだ。だが、こういうのは教師がいい、と言えばいいのだ。深く突っ込んで、「じゃあお前はだめ」と言われたら、悲しいので、なにも言わないでいる。


「まずは固有スキルについて学んでいきましょう」


「「「「はーい!」」」」


ルカさんの問いかけに子蜘蛛たちが元気に応える。その様子に笑みをこぼすルカさんはメガネの丁番部分をクイッとあげて、子蜘蛛たちに背を向けた。黒板に『固有スキル』『通常スキル』『特殊スキル』『特異スキル』『進化スキル』と書いて再びこちらを向き、固有スキルを指で差した。


「固有スキルは種族特有のスキルで、その種族にしか覚えられないスキルのことをいいます。同じ特徴を持つ種族なら全く同じもの、似通ったスキルを使えますが、スキルの進化する方向性は違います」


すでに首を傾けた子蜘蛛もいるが、あれは例外だ。他の子蜘蛛は「ふむふむ」と頷いていた。


「それぞれの特徴は覚えても仕方がないので、小蜘蛛(ミニリトルスパイダー)の固有スキルから学びましょう」


そう言ってどこからか、生まれたての子蜘蛛を取り出した。ルカさんに頼られた子蜘蛛は顔をキリッとさせて前に出てきた。


「小蜘蛛には三つの固有スキルがあります。一つ目は【糸生成】、二つ目に【糸術】、最後に【糸渡り】です。これらは全て糸をつくり、操り、その上で行動する、という繋がりがあります。これでわかる通り、スキルとは一つでは成り立たないものが多数存在します」


簡単なたとえだと、野球でボール、グローブ、バットの三つの道具があれば試合ができます。もちろん人数も必要だし、それなりに広さは必要です。それは環境的なものなので省きます。


この中で、もしグローブがなければ、手を怪我をします。フライも取れないし、キャッチャーだって速い球を取れません。バットがなければ、バッターがどうやってボールを打つのか、となります。


では、ボールがなければどうなるか。エア野球、いいですね。楽しいですか?エア野球。というように一つ欠ければ、使い物にならない、スキルにも通じるものがあるということです。


「では、一つずつ、どんなスキルなのか学んでみましょう。まずは【糸生成】です。コクマくんはわかるかな?」


ルカさんは授業中にも関わらず、夢の世界に旅立とうとしたコクマに回答権が与えられた。話を聞いていなかったコクマはビクッとしてキョロキョロと見回した。自分が注目されていることに気付くと、助けを求める目線を八雲に送った。


「コクマ、寝るのも時と場合を考えないと痛い目をみるぞ…今のようにな…」


「え?」


「コクマ、あとでゆっくりお話しましょうね…」


「は、はい…」


ルカさんに持ち上げられたコクマは逃げることもできずに首を縦に振った。複眼だろうとルカさんにはお見通しだ。


「では、白10i(ハクティ)。【糸生成】を見せてください」


「はーい」


元気のいい返事をすると、爪先から糸を出した。それも長さも直径もバラバラの糸だ。さすがにまだ属性糸は出せないものの、すでに使いこなしている。子蜘蛛たちの英才教育が行き届いている証拠だ。


「そうです。これが【糸生成】です。太さも長さもスキルレベル依存ですが、このように遠くからみれば見えない糸なので、遠くから飛んできた魔物を捕まえるには最適ですね!」


ハクティは誇らしげに糸を出し続ける。まだレベルも高くないし、なにより幼い。彼女は果たして、MPという概念を思い出すことができるのか。調子に乗って出し続けた結果、ハクティは、ヘトヘトになった。


「あれれ?なんでぇ?」


何度も糸を出そうとするが、出る気配がしない。


「コクマ、教えてあげな」


「うん」


さっきはルカさんに叱られるという、だめな大人を見せてしまったが、スキルに関して言えば、コクマの方が詳しい。博識を装ったコクマはハクティから尊敬の眼差しを受けていた。


「あのようにMP切れを起こすことがあるので、MPを使うスキルには気を付けましょう。次に【糸術】ですが、これはこのベトベトの糸を自由に操れるスキルです。スキルを持っていない私がこの糸に触ると…」


そう言ってルカさんはハクティがばら蒔いた糸に両手をつけた。やってみせて説明をするつもりのルカさん。しかし、それは悪手の実践だ。全く離れない糸を必死に引っ張るが、スキルのないルカさんにはどうすることもできない。


「ルカさん…」


呆然と糸から離れない手を見つめていたルカさんは、頭だけこちらに向けて、助けを求めてきた。


「やくもしゃま…」


「とろうか?」


「お願いします…」


子蜘蛛たちを総動員して、ルカさんの両手から糸を剥がしている最中、どうすることもできないルカさんを見兼ねて、届きそうな位置でコクマが人参をポリポリと見せつけながら食べていた。


「コクマ、あとで覚えてなさいよ…」


「人参食べてるだけだもん。ボクわるくない」


「人参をこんな状況の私の前で、食べるのがだめなんです!」


「さっき人参なら食べていいってルカ姉、言ってたよ」


コクマに正論を言われたルカさんは、コクマを捕まえるべく、解放されたばかりの両手でコクマを捕らえた。大人げない。どちらかといえば、子供っぽい。


「逃げられませんよ、その人参を寄越しなさい」


「ルカさん、ルカさん」


「なんでしょうか?八雲様」


「そこ、糸あるよ。さっきより盛大に引っ付いたね」


ビクッとしたルカさんは、手先しか動かせないことに気付き、せっかく捕まえたコクマを手放した。さすがのコクマも心配そうにルカさんをみる。両手を解放した子蜘蛛たちは、ルカさんを生暖かい目で近づいた。


それが哀れみであり、子蜘蛛の目線の意味に気付いたルカさんは、申し訳なさそうな顔を俯いた。


涙目を浮かべて自身の愚かさを嘆くルカさんを、持ち上げながら、少しずつ地面から離しながら糸をとった。ルカさんはそっと解放された両手で顔を隠した。よっぽど恥ずかしかったのだろう。


ハクティの無邪気な罠から解放されたルカさんは、黒板の後ろに体育座りで、落ち込んでいた。顔と耳が紅くなっているので、相当恥ずかしかったのだろう。心配そうに寄り添ったコクマはルカさんに捕獲され、ルカさんに抱きしめられた。コクマは反抗せずに、ルカさんを慰め続けた。


ここに来る前は人参ショックで、今回はコクマの見せつけた人参と、ハクティの罠で。この世界で占いがあるのなら、ルカさんの今日のアンラッキーアイテムは人参だろう。


授業が自習になったので、特別な草原を探検することにした。どこまでも続く草原でも木が生えていたり、山があったりと、ただのチュートリアルエリアとは思えない。もしかしたら、ここでしか見られないものもあるかもしれない。


そう考えていた時期があった。つまり、なにもなかった。地面を掘ってみたり、空に飛んでみたりしたが、本当になにもなかった。


収穫ゼロで帰ってくると、ルカさんがスラスラと黒板になにかを書いていた。もしかしたら授業が再開されるのかもしれないと、ワクワクと席についた。一度もこちらを振り返ることもなく、書き進めるルカさんに狂気を感じた。


黒板を埋め尽くすほどの文字の羅列が、なにを意味するのか、わからない。ルカさんがきっと説明してくれるだろう。今度はハクマが居眠りしそうになった頃、書き終わったルカさんが、こちらにハイライトをなくした目で振り返った。


「今日の授業は終わりです。八雲様たちが習得したスキルの説明を簡単に載せましたので、ぜひ、読んでください。私はちょっと疲れてしまったので、また明日、話しましょう」


そう言って、ルカさんは、煙のように存在が揺らぐと、コクマを連れて薄くなって消えていった。よっぽどショックだったのだろう。




【蜘蛛さんのスキル一覧】


◆固有スキル

【糸生成】:様々な特質をもった糸を生成できる。


【糸術】:糸を自由自在に操れる。糸の振動で敵を探知できる。


【糸渡り】:自身に対する糸の特性を無効化できる。


【毒術】:軽度な毒を生成し、扱うことができる。


【魔糸生成】:属性をもつ糸を生成できる。


【魔糸術】:属性をもつ糸を自在に操れる。


【魔糸渡り】:属性をもつ糸を無効化できる。


【糸傀儡】:糸を引っ付けたモノを操ることができる。


【毒生成】:オリジナルの毒を作れる。


【水中呼吸】:水の中で呼吸ができる。


【火纏い】:全身から火を吹き出し、纏うことができる。


【浮遊】:自身や糸を風で飛ばされるほどの重さにできる。


【穴掘】:穴を掘る技術をもつ。崩落しない洞窟も作れる。


【日射透過】:光を反射して身体や糸を見えにくくする。


【闇雲】:光を通さない闇の雲を生み出す。


【吸魔】:MPを吸い取り、MPを回復する。


【追尾投擲】:投擲物が回避する敵を追いかけ、物に当たるまで追尾し続ける。


【保護色】:周囲の空間に色を合わせることができる。



◆特殊スキル

【毒侵食】:毒の進行を促進させ、毒を拡散させることができる。


【王権】:蜘蛛に対する統率力が上がり、統率した蜘蛛のステータスが強化される。


【精霊化】:精霊になり、MP使用に浄化が付与される。消費MPが半減。


精霊領域(エレメントフィールド)】:精霊の力が倍増され、浄化が付与される。精霊種のHPとMPを持続回復させる。


【自動照準】:自動的に照準を合わせることができる。


【認識阻害】:そこにあるものがないものだと思わせることができる。


【天網】:なにもない空間に蜘蛛の巣をつくることができる。


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