第66話 贈り物
整列した子蜘蛛たちは皆、今日のことを忘れることはない。なぜなら今日は新たな進化をする日だからだ。しかし、見回して子蜘蛛たちの顔をみてみると、数が足りない。
どうやらまだ精霊樹を守ってる子蜘蛛たちが集まっていないみたいだ。せっかくだから、みんなで進化しようと思い、子蜘蛛に呼んできてもらったが、帰ってきたのは、呼びに行った子蜘蛛だけだった。
どうやら、戦闘はまだ続いていて、持ち場を離れることができないらしい。仕方がない、今回は諦めてもらうことにした。あとで他の子蜘蛛を派遣して、精霊樹の守りを固めてから、順次進化させていこう。まだ三回目の進化が済んでいないが、レベルだけは上がっている。
これは他の子蜘蛛にもいえる。なので持ち場がない子蜘蛛に会ったら、進化させるようにしている。ただし名前がコードネームなので名前を覚えていない。名前も変えられたらいいのだが、クロニアとハクニシは覚えているが、他はわからない。
気を取り直して、進化を再開しよう。最初はあのアラクノイドと気になるワードを秘めた強大蜘蛛から始めよう。当てはまる子蜘蛛たちはみんな大きい。
整列してても目立つ上、子育てをしてるのか、背中に卵がいっぱい並んでる。生まれたばかりの子蜘蛛も上に乗っかっていた。面倒見のいい子蜘蛛たちだ。なんにせよ、進化の邪魔になるので、一時的に預かることにした。
生まれたばかりの子蜘蛛は甘えん坊なので、年上の子蜘蛛にべったりくっついている。特に父ポジションの俺を潤んだ瞳で見つめてくる。それがなんとも心にくるものがある。まだ進化できない子蜘蛛を呼んで、この子蜘蛛たちを預かってもらうことにした。
強大蜘蛛の子蜘蛛たちが目の前に並んだのだが、見上げないと顔が見えない。仕方ないので、そわそわして落ち着かないルカさんの腕に抱かれておくことにした。これなら、高さもちょうどいい。
ゆっくりと進化先を決めるのだが、今回は子蜘蛛たちにお任せだ。選択肢を出して、なりたい進化先になってもらうつもりだ。そして。これが強大蜘蛛の進化先だ。
《強大蜘蛛の進化先》
・剛健の蜘蛛械
・強靭の蜘蛛械
・頑強の蜘蛛械
名前からしてとにかく頑丈なことがわかる。どれも気になるが、数がいるから全部の種類に進化してもらえる。とりあえず子蜘蛛たちにどれが選んでもらって、特になければ、俺が独断で決める。
今は六人いるので、2体ずつに分かれることができたら最良だ。六人が俺を囲んで話し合いを始めたのだが、圧力がすごい。年上の不良に絡まれたら、こんな気持ちになるのだろうか。
学校にも不良はいるのだが、俺に対してなぜかよそよそしい。しかも緊張してるのか、目線があらぬ方向を向いていることが多々ある。カルトに対してならわかるのだが、未だに謎である。
ルカさんは囲まれていることに慣れているので、平然としていた。やはりここに居続けることで、慣れてしまったのだろう。
「ど、どうしましょう。人参がなくなっちゃう…人参。や、八雲様にお願いする?で、でもでも。八雲様に嫌われたら…どうしよう、どうしよう」
違った。人参がなくなりそうなショックで、頭がおかしくなってる。人参って変な成分入ってたかな?こんなになってしまうルカさんを見てしまうと人参を買い与えたくなるが、今は我慢だ。というか、ルカさん。今、俺を抱きしめてること、忘れてるよね。
抱きしめる力が強くなってる気がするが、我慢しよう。人参ショックの不安を俺を抱きしめて和らげることができるなら、このままでいよう。
ルカさんを見ていて気付かなかったが、進化先が決まったらしい。俺とルカさんのことを真剣な表情で見つめていた。
君ら喋れるんだから、言えばいいのに。手振り羽振りでしなくてもわかる。でも、それで伝えようとするのは嫌いじゃない。
振り分けは最良の結果で出してくれた。理由としては、最初から成りたいものが被らなかったから、だそうだ。話し合いがすぐ済んだのは、これが理由だったようだ。
進化先を選択すると、動けなくなるので、彼らには拠点の端っこに寄って貰った。今の状態でやると、もし、大きくなる進化を遂げたとき、俺とルカさんは圧死してしまう。
一定間隔になると、進化先を選択した。すると、いつもよりも何倍もの大きさの糸の繭に包まれた。進化には時間がかかるようなので、次の進化に取りかかる。次は特殊な進化を遂げた色彩蜘蛛と射撃蜘蛛だ。
色彩蜘蛛は、今も他の子蜘蛛たちに紛れて隠れているのだが、全く見分けがつかない。逆に射撃蜘蛛は背中の突起物で丸わかりだ。早速集まって貰うと、射撃蜘蛛が物々しく見えてしまった。
色彩蜘蛛が他にも隠れているらしく、集まりが遅いので、射撃蜘蛛から進化してもらうことにした。
《射撃蜘蛛の進化先》
・魔弾砲の蜘蛛
・魔弾砲の災蜘蛛
・魔弾砲の蜘蛛械
進化先は豊富だった。どれも魅力的だが、果たしてどれを選ぶ?せめて全部、一人はいてほしいが、どうだろう。
射撃蜘蛛はお互いに見合い、人を殺すような視線を送り合う。戦場で停戦協定を結ぶ国同士の交渉のようだ。白熱した討論を始めた射撃蜘蛛は俺に視線を送り、目を伏せた。
長引くと本人たちが目で語っていたので、色彩蜘蛛の進化先に移る。色彩蜘蛛は暇だったのか、色を変え、目がチカチカするような点滅を繰り返していた。俺が目の前にくると、さらに嬉しそうに点滅の速度を上げた。
俺があまりのチカチカに後ろを向くと、しょんぼりして点滅をやめた。
《色彩蜘蛛の進化先》
・四季彩の蜘蛛
進化先は俺と同じくひとつだけだった。四季とあるが、これは季節のことをさすのだろうか。これを見るに、この世界の季節も、春夏秋冬なのだろうか。それとも、これが一片に過ぎないもので、さらに進化すると季節が増えるのか。それはそれで楽しみだ。
色彩蜘蛛を進化中の強大蜘蛛のもとに送り届けると、射撃蜘蛛が六人ほど集まってきた。彼らは別々の進化を遂げるので、先に進化をするそうだ。
彼らも間隔をあけて進化を始める。この進化もいつもよりも何倍も大きい繭だ。まだ強大蜘蛛の進化が終わってないことからして、時間がかかる進化なのかもしれない。
次は量が多い属性蜘蛛の進化だ。その前に拠点の広さを生存ポイントを使って広げておく。ルカさんは放心状態で、ユークもいないが、全員が入れない拠点などあっていいものかと、考えたので、独断で実行する。どれくらい広がるかわからないが、ひたすらポイントを注ぎ込んでいく。
数倍に広がった拠点は端がどこかわからなくなってしまったが、これで子蜘蛛たちが安心して進化できるはずだ。
その光景に満足していると、影に包まれた。後ろを見上げると、そこには巨大蜘蛛がそわそわしていた。大きい蜘蛛は強大蜘蛛だけではなかった。
彼らを忘れてしまっていたことを謝る。すると、気にしてないと、気さくに許してくれた。広くなったこの拠点でなら、彼らの進化を十全に行える広さだ。強大蜘蛛よりも大きい彼らは圧力もあり、大きさだけで相手に勝てないと思わせるものがあった。
《巨大蜘蛛の進化先》
・要塞の災蜘蛛
・巨躯の災蜘蛛
・重圧の災蜘蛛
彼らの進化先はどれも強そうだった。気さくな彼らは早々に決めて、離れていった。未だに進化先を話し合っている射撃蜘蛛たちはなんなんだろうか。彼らなりに考えがあるのだろう。とりあえず放置して次にいこう。
属性蜘蛛たちはとにかく数が多い。先に進化していった子蜘蛛たちを羨ましそうに見つめていたが、ついに自分達の番が来たのがわかると、遠くから見てもわかるほど、そわそわし始めた。
子蜘蛛の中でも一番大人であるフウマでさえもそわそわしている。進化とはそれだけ特別なものなのだろう。ゲームの中とはいえ、俺もワクワクが止まらない。先に進化していった子蜘蛛たちがどんな姿になるのか、待ち遠しくて仕方がない。
俺が決めるわけではないので、属性蜘蛛たちには、選択肢を提示してその進化先になってもらうことにした。一つ一つやると時間がかかりすぎるため、仕方がない処置と思ってほしい。
《風蜘蛛の進化先》
・疾風の蜘蛛
・業風の蜘蛛械
・乱気流の災蜘蛛
《水蜘蛛の進化先》
・氷雪の蜘蛛
・波風の蜘蛛械
・氷霧の災蜘蛛
《土蜘蛛の進化先》
・土砂の蜘蛛
・砂塵の蜘蛛械
・大地の災蜘蛛
《火蜘蛛の進化先》
・火炎の蜘蛛
・爆撃の蜘蛛械
・岩漿の災蜘蛛
《光蜘蛛の進化先》
・聖光の蜘蛛
・紫電の蜘蛛械
・星光の災蜘蛛
《闇蜘蛛の進化先》
・暗闇の蜘蛛
・常闇の蜘蛛械
・消失の災蜘蛛
《毒蜘蛛の進化先》
・猛毒の蜘蛛
・毒霧の蜘蛛械
・毒炎の災蜘蛛
《魔蜘蛛の進化先》
・魔導の蜘蛛
・魔砲の蜘蛛械
・魔爆の災蜘蛛
誰がどれになるかは楽しみだが、約束としてどの種族にも一人は必ずいるように言いつけた。あとは女王蜘蛛だが、それもフウマたちが選んでからのお楽しみにしておいた。
あとは俺の進化だけだが、これはもう決まっているので、選択するだけだ。拠点には大小様々な糸の繭がある。その中心に移動し、進化を開始する。ルカさんは俺が離れてもわからないほどの放心状態だった。進化したら治っていることを祈ろう。
進化が始まっていつもなら。繭の中で待つだけなのだが、今日はいつもと違った。蜘蛛から意識が離れ、繭の内側ではなく扉の前にいた。そこではいつもの蜘蛛の姿だった。視線の高さにドアノブがある。
その隣にも、いや、無数の扉があった。どんな大きさの魔物にも対応できるように、色んな大きさ、形の扉があるのだろう。気のせいか、俺専用の扉が、ドアノブがついてるだけの、犬猫専用の入口に見える。考察していると、ドアの向こうから声がした。
「開いてますよ」
突然かけられた声に、ビクリと反応してしまう。誰かが俺を呼んでここにいることがわかって、安心と期待をする。
ノックをして中に入って見ると、部屋は明るく木を基調とした落ち着いた空間だった。白の木目の壁に、フローリング。一人暮らしするなら、こんなお洒落な部屋に住みたいと思う。奥に進むと、執事服を着た白髪の青年がいた。
「ようこそ、マスタールームへ」
その男性は俺を見つけると、右手を左胸に添えて、お辞儀してきた。
「私はこのゲームの開発者にして、この世界の神でもあります。名前はマスターとでも呼んでください」
「わかっ、わかりました」
「楽にしてもらっていいですよ。今日は貴方にプレゼントがあるのです」
「プレゼント?」
「ええ、といってもこれは特別な進化にたどり着いたPM全員に選んでもらってるものですがね」
「これは?」
「この三つのうち、好きなものをお選びください」
提示されたのは、一つは【固有スキル1つ】、二つ目は【人語学】、三つ目にアイテム【拠点×10】だった。三つ目はまたエリアボス周回をすればたまるので、必要性を感じない。【人語学】はまだ取得を考えていないので、残りの【固有スキル1つ】にすることにした。
「これ、固有スキル以外を選ぶ人いるんですか?」
「今のところいないですよ。人語学はポイント還元すれば、他のスキルを買えますよ。でも皆さんは私の想像以上にポイントを稼いでるみたいで、今のところ不人気ですね。困ったことにキョテントも共有してるので、いらないそうですね。ソロプレイの方ばかりかと思っていたのですが、皆さん協力していて、私達も驚くことばかりです。いやはや、まったく、思うようにはいかないものですね。やはり…」
マスターの話が止まらない。マシンガントークに隙間がない。反論も意見もできなければ、マスターがこちらに耳を傾けることすらしない。なんなら、目を開けてこちらを見てすらない。
人のことを考えていないというのは、こういうことをいうのか。今度から授業中には喋らないようしよう。授業中に生徒である俺達が、今のマスターのように話続けているとしたら、俺だったら授業を放棄する。
だめな大人を見てしまうと、ひどい話、教訓として、悪い例として見ることになる。俺はもちろん、子蜘蛛たちにも、今のマスターにはならないようにさせよう。
もらった固有スキルをインベントリに入れると、出口を探した。入ってきた扉が消えていたので、他の出口を探さないといけない。
この部屋、マスターが座ってる椅子と、俺用に置かれた椅子しか家具がない。よくよく考えたら、おかしい。でも、プレゼントするだけなら、必要ないか。
スキルでどうにかできないかと考えた。転移巣でなら、もしかしたら帰れるのかもしれない。と、根拠もなくモノは試しだと思い、使用してみた。
転移することはできた。しかし、そこは見知らぬ草原が一面に広がっていた。




