第65話 夜明け
なぜか爆睡して目覚めたら夕方だった。確か、たかしくんがいた。そこまでは記憶はあるが、そこからはない。時間帯があれだったので、子蜘蛛たちを連れて拠点に帰ることにした。
拠点にはユークがいて、商人の行方を気にしていた。俺も知らないので、それとなく子蜘蛛たちに聞いたら、小屋に返したといっていた。なぜそうなったのかはわからないが、無事ならそれでいいだろう。
続々と帰ってくる子蜘蛛たちは俺をみると、大はしゃぎで近寄ってきて、今日あったことを自慢気に話す。それを「うんうん」と聞いて、話し終わったら撫でて誉めた。
それが何回も続いた頃、クナトが帰ってきた。俺だけでなく、子蜘蛛もルカさんも固まっていた。なぜなら別人だったからだ。くましゃんたちは頬を染めて嬉しそうだったが、これにはどう反応すればいいか、わからなかった。
とりあえず、クナトを商人守護のために駆り出して、経緯を知るユークに詰め寄った。すると、カルトがなにかしたらしい。なるほど、わからん。だが若くなって悪いことはないはずなので、そういうものだと割りきることにした。
もう夜も近いので子蜘蛛たちに「おやすみ」の挨拶をしてログアウトした。
部屋の前で遭遇したミオがよそよそしかったのが気になったが、夕飯に遅れるとお母さんが寂しそうにするので、さっさと向かった。今日は上機嫌に、にまにまニヤついていたので、お父さんが不思議そうにしていた。
ご飯を終えてすぐに、二番風呂を頂いて、自室に向かった。明日はミオもゲームに参加できるかもしれないと、張りきって眠る準備をしていた。まだ寝るには早い時間だと思うが、果たして寝れるのか、それとも変な時間に起きてしまうか、楽しみすぎて寝れないのか。
どれになってもまともにゲームできるとは思えない。いつも通り寝れば良いのに。現実で寝坊して、ゲームでも寝ていた俺には助言することは出来ないから、頑張ってくれ。
自室につくとメッセージの確認をする。すると、そこにはカルトからありがたいお言葉が書かれていた。それは進化に関することで、今回は特に順番は関係ないとのこと。なので今回はゆっくりと決めることができる。
なんなら最初に俺から進化しても良いが、糸の殻から出るのが最後になって、みんなが生まれ変わるとこを見れなくなるのは後悔することになる。なので、いつも通り、特殊個体ではない子蜘蛛から進化させることにした。
ログインするとまだ朝方だったからか、みんな眠っていた。ルカさんも人参を抱えて眠っていた。すでに半分も残っていない。明らかにペース配分を間違えているのだが、このままだと明後日には、なくなってそうだ。
ルカさんに用はあったが、起こしてまで聞きたいことでもない。みんなの寝顔をこっそり覗く。すやすやと眠る子蜘蛛たちを愛おしく思うのが、俺が大人に近付いている証拠だ。この父性もここで育てられているのかもしれない。
次の進化に何があるか、寝ている間に確認しておこう。まず、俺からだ。順番がどうでもいいということは、進化は個別のもので、皆それぞれが別のなにかになるのだろう。
俺の進化先は、天性の蜘蛛帝、ただ一つだけだった。これだけで選択肢は他にない。だったら今すぐに、とはならない。子蜘蛛たちも進化する瞬間を楽しみにしている。起きるまで待っておこう。
アラクネ、といえば、下半身が蜘蛛で上半身が人の魔物だったはずだ。神とも精霊とも言われるもので、蜘蛛の上位互換といえば、これがまず思い浮かぶ。姿形の大体はわかった。だが、このゲームで本当にそれだけか。
いくら悩んでも進化しない限り、答えは出ない。進化してみたい気持ちはあるが、感動は後にとっておこう。他の子蜘蛛たちの進化先も確認してみよう。
まず、子蜘蛛代表といえば、風魔だ。名前の通り、風属性の蜘蛛だ。俺がメインだとしても、フウマがアラクネにならないというのはないだろう。そういう仕様の場合も考えられる。
フウマの進化先を確認すると、やはりアラクネだった。それも、風属性だ。ということは他の属性寄りの子蜘蛛も同様だ。これはあとにとっておこう。傾向が知れただけで十分だ。
次は蜘蛛の正統進化ともいえる強大蜘蛛と巨大蜘蛛だ。この二種類はどちらも俺らの数倍の大きさがある。でかいだけあって力もある。力は糸の硬度には反映されないものの、糸自体を引っ張る力は備わっている。
これを言えばわかると思うが、糸の使い方は拘束するだけではない。相手を俺らの戦場に引き摺り出すことにも使えるし、糸を塊にして投擲武具とすることもできる。
糸には無限とはいかないが、使い方は無数に存在する。ハクニシが釣竿の糸に使うのも納得がいく。さすが俺の子だ。頭がいいとは言わないが、頭の柔らかさはピカ一だ。
さて、強大蜘蛛の進化先はなにがあるかな?剛健の蜘蛛械?アラクノイド?アラクネとは違うものらしい。アラクネに近い名前からして、アラクネに似たなにかだ。やはり、進化させないと姿がわからない。
だめだ。これ以上、見てしまったら、楽しみすぎて我慢できなくなってしまう。進化先を見るのは止めよう。今のうちにやっていないことをやる。まずこれまで戦って、手にいれた生存ポイントの合計を確認する。
手持ちにはなんと、1億と7000万弱ある。なんでこんなに量があるかはわからないが、怖いので預けておく。日々もらえるお気遣いも数千万もの生存ポイントが入っていた。よほどイベントで倒されたのだろう。
俺のレベルも50になっていて、敵さん達もそれくらいのレベルがある。一人100でも何万人も倒されたら、こうなることも納得がいく。貯蓄しているポイントが俺のも含めて5億。インフレがすごい。
このシステム、ATMみたいに、引き出した時と預けたとき、振り込まれたとき、そして振り込んだ時の履歴がみれる。今まで預けてスキル買ったり、人参買ったり、人参買ったり、人参買ったりしたけど、履歴をみるほどでもなかった。だからこれまで、要らない子状態だった。
そんな要らない子が今では大活躍。ほとんどカルトとカレー炒飯から振り込まれている。イベントのときもあれば、子蜘蛛たちが糸をあげたりしたときなんかも振り込まれていた。
最近ポイントに無頓着過ぎたかもしれない。こんなに振り込まれてたのに気付かないとは、今度二人に何かお礼をしよう。ポイントの使い道は今のところない。言語学で他のPMの配下と喋れるように追加で買っておくが、それ以外はしない。
人と喋れるようにしてもいい。だが、町の人との会話をするのに、ユークが間に入って翻訳することを楽しみにしている。なぜか誇らしげだ。それを邪魔するのもなんだかなぁ。と考えたので、一旦先送りにする。
ユークに許可をもらったら、改めて取得しておこう。あとは他のスキルだが、これから進化して姿が変わったら不便になるので、新しいことを増やすのはまた今度にしよう。
そろそろ、子蜘蛛たちが起きる時間だ。たまにはログアウトせずに子蜘蛛たちの輪に入って寝るのも悪くない。身を寄せあって眠る子蜘蛛にピトッとくっついて目を閉じる。俺が引っ付いたことでもぞもぞするが、すぐに落ち着きを取り戻して寝るのに集中する。
少しすると段々俺も眠くなってきたので、身を任せて眠りにつく。だが、すぐ起こされることになった。近くにいたコクマが盛大に寝返りをうったのだ。蜘蛛は普通そんなことはしない。だが、うちの子たちは時折、理解できない行動をすることがある。
失いかけた意識がコクマの体当たりによって覚醒する。状況の把握をすると、目の前にはコクマ、背中にはハクマが乗っていた。二人とも寝相が悪い。他の子蜘蛛を起こさないように、拠点内にある木の上にコクマとハクマを縛り付けにいく。
うちの拠点は特にカスタマイズをしていないのだが、ルカさんやルークが好きなようにしているので、いつの間にか家が建っていたり、畑ができていたりしていた。もちろん、畑には人参しか植えられていない。
蜘蛛の拠点というよりはウサギの拠点に近いかもしれない。蜘蛛の巣は外に展開されてるからそれだけで十分だ。
縛り付けたコクマとハクマは、プラプラと揺れながらも木の上から落ちることはなかった。寝相が悪いのにバランスがいいのは不思議だ。二人の事は置いといて、もう一度寝よう。そう思っているとルカさんの声が聞こえてきた。
「んにゃ…にん…じん…」
どうやら人参の夢を見てるみたいだ。しかも袋から人参を取り出して、寝ながら人参をかじっている。ペース配分を間違えているのではなく、寝てるときにも食べてるから、なくなっているのかもしれない。
それにしても、AIって夢見るんだな。器用に人参食べてるけど、それだともうなくなってしまうぞ?
「ん…おいし…は!?ま、また、食べてしまってた…ど、どうしましょう。八雲様に戴いた人参がなくなってしまいます…」
食べながら寝ていたルカさんは、人参のうまさに顔を蕩けさせていたが、ピクリとうさ耳を揺らして目覚めた。口を押さえながら口に残った人参を飲み込み、手に持った人参の袋を覗き、しょんぼりした。
それを見てしまった俺は今すぐにでも、人参を買ってあげたい衝動にかられた。しかし、ペース配分を考えてね、なんて言って、しょうがないから、またすぐ買ってしまうと、それを見た子蜘蛛が我慢をすることを止めてしまうかもしれない。
いや、子蜘蛛が我慢してるところなんて見たことないけど。ルカさんには申し訳ないけど、我慢してもらおう。また、何かの記念で買ってあげよう。記念は案外近いしな。
「ルカさん、おはよう」
「あ、や、八雲様、お、おはようございます…」
ルカさんは持っていた、残り少しの人参の袋を背中に隠した。その動きに対して俺は気付かないフリをする。
「ルカさんに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
ルカさんはなんでもない装いをして、いつも通りの喋り方、おっとりした雰囲気を取り戻して応対してきた。
「カルトに聞いたんだけど、新しく俺らのようなプレイヤーが参加できるようになるって。それで、俺達、PMには新しいプレイヤーを招待する招待券があるって」
「よくカルト様はご存じでしたね。そうですね、八雲様にもその権利があります。どなたか誘いたい方がいらっしゃるのですか?」
「妹なんだけど、身内って大丈夫?」
「よっぽど幼い方じゃない限りは問題ないです。ちなみに何歳の方ですか?」
「俺が今、15歳で…1つ下だから、14だな」
「その年齢でしたら、問題ありませんね」
「招待券はどうやって渡せばいい?」
「プレイ環境はありますか?」
「ある」
「では、こちらのコードを八雲様のデバイスに送りますので、ホームページでコードと招待者のお名前を入れていただきますと…」
ルカさんに説明をしてもらい、明日、ミオを招待するために手続きをしておいた。その間に目が覚めた子蜘蛛たちがわちゃわちゃと群がってきたが、そのまま話を続けた。途中、コクマとハクマが騒いでいたが、寝相のことでフウマに説教をされていた。
聞きたいことは聞けた。ミオも楽しみにしているし、今日は早めに寝ないといけないが、新たな進化という魅惑がどうも、俺に今すぐ進化させろと言ってくる。まずはひたすら俺に積み重なってなにがなんだか、わからなくなってる、この状況を打開しよう。
「整列!」
俺の言葉にすぐさま反応した子蜘蛛が山から離れていく。木でぷらんぷらんしてるコクマとハクマも、何事もなかったかのように拘束から抜け出して列に並ぶ。
「これより、俺達は新たな力のために、進化する!この進化はいつもとは比べ物にならないものと考えていい。慣れない身体になるかもしれない。だがな、俺たちは、いつだって苦難を乗り越えてきた!これくらいどうということはない!」
子蜘蛛たちはノリノリで「おぉーっ!」と叫んでいる。それがなんともかわいい。この中にはまだ進化できない子もいる。特に精霊を守っていた子蜘蛛たちはまだ三回目の進化を行っていない。まずはその子蜘蛛たちから進化させよう。それから、気になる順番に進化させていこう。




