第64話 お昼寝
ユークがもし、嫁になって出ていかれたとしたら、クナトは義理の父親、くましゃんは義理の母親。そうすると、俺は一体、どの立ち位置になるのだろうか。ふとそう思った。いや、考えたところで無駄だ。ユークを嫁に出すなんてことはない。元アンデッドなのだが、子供は作れるのだろうか。
これはゲームだ。生まれた卵が気が付いたらインベントリに収納されているほどのファンタジーだ。カレー炒飯のところでは妊娠している女性を見たことがあるが、次の日には子供が生まれていた。しかも角がついた人間の赤ちゃんが。
そう考えると元アンデッドだろうと、関係ないのだろうか。しかもユークは死体の集合体だった。なぜ幼女になったのか謎だったが、そこは気にしない。だってファンタジーだから。
俺を抱き上げて振り回すのはそろそろやめてくれないかな?嬉しいのはわかる。わかるが、ね。ほら、みんな見てるよ。ユークさーん。しばらく踊るように振り回されたが、正気に戻ったユークは恥ずかしそうにしていた。
「やっと、終わった…」
「すいません…」
ユークの謝罪を受け止め、最後の老人の話を聞く。もちろん、なにを言ってるかわからない。だが、険しい顔をしているから、きっとすごい話をしているのだろう。あと、なんでユークは俺の後ろをこそこそしてるのかな?話がわかるの、ユークだけだよ?
「それで、なんて?」
「はい、これからは真っ当な酒場のマスターをやるので、穏やかな隠居生活を送りたいそうです」
「あぁ、勝手にしてくれ」
「あと、町へ来ることがあったら、わしの所へ来るといい。だそうです」
「酒場でしょ?俺、未成年なんだけど」
「…ジュースもありますよ」
「ジュースなら飲む。話は終わり?」
「謝罪は以上ですね。あとは交易の件について、商人から…商人?」
「彼は…もう、ここにはいない…よし、解散!」
商人の野郎はおそらく数時間後に帰ってくる。町の代表に大まかな内容をユークが聞いてもらうので、俺にはやることがない。そういうわけで俺は久しぶりの子蜘蛛たちとのスキンシップをとることにした。
昼間ということもあって森を歩くと遊んでる子蜘蛛とすれ違う。俺に気付くと「ママ~」と言って抱き着いてくる。子蜘蛛が満足するまで頭を撫でてやり、「遊びに行っておいで」と言って別れる。
幾度となく続けると、住処の中心部、精霊樹の根元に到着した。そこには木々の隙間から射し込む日差しに群がって日向ぼっこする子蜘蛛たちがいた。いつもは枝や蜘蛛の巣の上にいるのだが、ここもなんだかんだで気持ちいい。
適度な日差しと木々で遮られた突風はそよ風に変わり、頬を撫で付ける。お昼寝にはぴったりだが、リアルであれだけ寝れば、寝るわけにはいかない。日向ぼっこする子蜘蛛たちは身を寄せてうとうとしている。
その姿がなんとも可愛らしく、ずっと見ていられる。俺に気が付いた年長の子蜘蛛は口元に爪を合わせて「しーっ」と言っていた。遊び疲れて寝るところなのかもしれない。
俺は微笑みで返して木を駆け上がった。若気の葉っぱは優しく身体に触れ、長くなった枝は硬く、強い力で押し返す。その勢いにのって速度をあげていく。高く打ち上げられた俺はクルクルと回転しながら蜘蛛の巣に張り付いた。
「あ、ママだ!」
「おかーしゃん」
「ただいま」
「「「おかえりー」」」
糸を揺らしながらやって来た子蜘蛛たちに、もみくちゃにされながら、幼女精霊の家に来た。俺の気配に気が付いたのか、幼女精霊が家の前でふんぞり返っていた。偉そうに見えるが、幼女になったせいで威厳はなく、可愛く感じてしまうのは、本人からしたら想定外だろう。
「よくやったわね!さすが、私の子分だわ!」
いつ子分になったのか。つまり幼女精霊が親分?幼くなったせいでやってることも、おままごとみたいになってるのか。
「あ、うん。よ、大精霊様?は何してるんですか?」
「私は今…暇してるわ!」
「あ、そうですか。ちょっと、用事があるので、また」
「待ちなさい!逃がさないわよ!」
踵を返して立ち去ろうとしたが幼女精霊に回り込まれて阻止された。暇なら子蜘蛛たちと遊んでくれればいいと思うのだが。ほら、子蜘蛛たちも遊びたくてそわそわしてるでしょ。
「今日はね、貴方に見せたいものがあるのよ!」
「なんですか?」
「ふっふっふ!みるがいいわ!そして私の前にひれ伏すといいわ!」
なぜそんなに自信満々なのか。なにを見せてくれるのか、わくわくしてしまうのも仕方ない。なぜなら相手は幼女とはいえ、大精霊。ゲームで言うところの重要人物だ。
「ちょっと待ってなさい!」
そう言って幼女精霊は家の奥に入っていった。その間に逃げられるとは思わないのだろうか。子蜘蛛たちを一人一人可愛がっていると、奥から何かを引き摺ってきた。それは俺らより少し大きな生き物だった。
完全に糸でぐるぐる巻きにされたそれは、上下に動き、まだ生きていた。近くまで寄ると中から寝息のようなものがした。それを横目にふんぞり返った幼女精霊に視線を向けた。
「どう!これが、私の見せたかったものよ!子蜘蛛たちよ、開けなさい!」
合図の送られた子蜘蛛たちはその物体に飛びかかった。自分たちの糸だからこそ簡単にとれるが、ユークやクナト、幼女精霊にはできない。謎の生き物の脱衣を見せられたのだが、中から出てきたのは見覚えのある生き物だった。
「見てみなさい!立派なぶたさんよ!こんなのここら辺では見たことないわ!」
盛り上がってるところ悪いけど、これ、俺知ってるよ。というかなんでまたこんなところにいるの?しかもちょっとでかくなった?気持ち良さそうに寝てるなぁ。なんだか俺も眠たく…
「ど、どう!?驚いた…あれ?八雲?ね、寝てる?」
自慢したかったのに、八雲ったら、寝ちゃったわ。なんで寝てるのかしら?寝不足?子蜘蛛たちも心配してるわね。
「八雲を運びましょ。このぶたさんは、そこらへんに置いときましょ。いつまで経っても起きないもの」
子蜘蛛たちは八雲を大事そうに運び出してた。ぶたさんを足蹴にするのはどうなのかしら?ぶたさんのことを八雲は驚くこともなく眺めてた。もしかしたらこのぶたさんのことを知ってるのかしら?
「心配ね…」
「ママ、どうしちゃったのかな…?」
「ママ、起きない…」
子蜘蛛たちが揺らしても起きない。しっかり寝てるわ。最近甘えられてなかったって言ってたらしいし、存分に甘えさせてあげましょ。
私は今、蜘蛛に連れられて森を巡っていた。つい、ユーク殿に告白してしまったが、まさか八雲殿があそこまで怒るとは思わなかった。しかし、私はどこに連れていかれるのだろうか。
「あの…私はどこへ?」
「?」
蜘蛛殿には言葉が通じないらしい。そう考えると私の目は正しかった。ユーク殿は特別な存在だった。ぜひ、私の妻に迎えたいものだ。聖女殿も迎えたかったのだが、まさか男の方とは思わなかった。だが、あれはあれでいい。男だろうと女だろうと。
「?」
「~ッ!?」
び、びっくりした。まさか目の前に蜘蛛殿がいるとは。心臓が飛び出るかと思った…。え、どこかに着いた?どこだ、ここは。
「あ、あの?」
「…!」
この蜘蛛殿は私に何かを伝えようとしている。しかし、手を振り回したり何かを指し示したりと、何を言いたいのかわからない。私は商人だ。それも商人ギルドのマスターを勤めるほどの。落ち着け、落ち着くんだ。
よく見ろ。蜘蛛殿の動きを。蜘蛛殿はしきりに後ろにある家を向いている。つまり、あそこに何かがある。私は思うままに、本能に従って動いた。
蜘蛛殿の真後ろの小屋へと一歩踏み出すと、蜘蛛殿は私に対して威嚇をしてきた。どうやら私の本能は間違っていた。蜘蛛殿はバシバシと地面を叩いて何かを教えようとする。地面?私は下を見た。
「ひぃっ!?」
足元は硬く、まるで石畳で造られた硬質とした地上だと思っていた。だが、それは白い糸が幾重にも重なった天空回廊だった。一切揺れないからこそ、間に空間のない星の上の地面かと勘違いしていた。
私の目は節穴だった。私が認識していたのは外側だけだった。本質を見ずに判断していた。ユーク殿もそうだ。ユーク殿は利発的で交渉能力も高い。それに蜘蛛殿とコミュニケーションのとれるほどの才女だ。
そんな少女がただの人なわけがない。蜘蛛殿達はこの精霊樹の森の大精霊とも懇意にしていると聞く。そのような方の交渉人が…人?待て、思い出せ。ユーク殿を最初に見たのはどこだ?これが初めてか?いや、違う。確かあれは聖女をナンパしたときだった。
「私の妻にならないか?」
「は?(なにいってんの、このおっさん)」
一目惚れだった。彼女はこの世のものとは思えないほど美しく、儚げで守りたいとさえ思えた。だが、あのときの私には彼女のことを何一つ理解出来ていなかった。
「それ、僕に言ってるの?」
「もちろんだとも。私ならそこ店にある高級蜘蛛糸の洋服も好きなだけ買ってあげられるよ」
そう言って私はウィンドウショップに並ぶマネキンを指差した。あれはこの町に売られているものでも高価なものだ。それをいくらでも買えることの出来る私の財力に恐れ戦いたことだろう。
「あれのこと?あれを買えるのか。おじさん、意外と金持ってるんだね」
「そうだとも!」
「だけど、あれは僕には必要ないものだよ」
「なぜだね」
「なぜって、おじさん。僕のことを知らずに話しかけたんだね。僕はこの町の王だよ」
「はっはっは、私を唆そうとしているのかね?大人をからかうのも大概にぃ!?」
彼女から視線を外して腕を組んで笑っていると、どこからともなく現れたローブの剣士が首に剣を四方向から当てた。1ミリでも動けば、私の首は地面に落ちることになる。
「おじさんは、なかなか肝の据わった商人だから、脅すだけにするけど。もし僕を貶めていたら、その首はこの世から消え去っていたね」
「は…」
「喋らなくていいよ。この町は人との繋がりをつくるためのものだからね。これからも僕らのために、経済を回してくれ。じゃあね」
そう言って彼女は人混みに紛れていった。彼女がいなくなると、ローブの剣士達は路地裏に消えていった。解放された私は地に膝をつけ、呆然とするしかできなかった。
この町の王、つまり魔物の王。そんな存在に対して私はなんてことをしてしまったのだろうか。あれがもし無理矢理、妻に迎えようとしていれば、死んでいた。
「…助かった」
「大丈夫ですか?」
「ん?あ、あぁ。問題ない」
「そうですか。では、私はこれで」
少女が私のことを心配そうにしていた。それに平気だと返すと少女は彼女が行った方へ歩いていった。それが彼女との出会いだった。あんなところに少女がいる時点で気づくべきだったな。今ではそう思うよ。
回想をしてしみじみと思った。私は最近ついていないと。だが、ここではあの蜘蛛殿の住みかを見れると言うことで多少なりともついているかもしれない。意識を現在に向けると、何故か隣に豚がいた。
「え、は、ぶ、ぶた?」
その豚は今まで見たことない豚だった。さわり心地は最高だった。全身を蜘蛛殿の糸で覆われているからだ。最高級シルクよりも肌触りがいい。どうしてこんないいものを豚を拘束するのに使っているのかはわからない。
ただ蜘蛛殿達からすれば、当たり前のことだろう。価値観とはその場所にとって貴重かによって変わってくる。つまりここでは安物の紐に等しいというわけだ。
「おや?あれは八雲殿と…大精霊様?もしや、ここは精霊樹様の近くなのか?これほどまでに高いところとなると早々、冒険者も立ち寄れぬだろうな」
私も豚も拘束されているようだが、果たして無事帰ることはできるのでしょうか。そうこうしているうちに夕方になり、豚を枕に空を眺めることにした。この豚がご飯だとすれば誰かしら取りに来るだろう。そのときに無事、解放されることを願おう。なんだか…急激に…ねむ…く?
「おかしいわ。絶対におかしい。どうして八雲は起きないの?」
「ママ、おきてー!」
「ねぇ、起きてよう」
私は夕方になっても起きない八雲を揺さぶっていた。まだ八雲の意識はここにあるのに起きないのはおかしい。どうして起きないのか、システムの根幹たる精霊樹様が不思議がっておられる。
「な、なにか原因があるはず…八雲は寝る前になにを…?」
「ぶたは?」
「はっ、そうね。ぶた…ぶた?あのぶたに一体なにができるというの?」
「ぶた起こす~?」
「そうね。八雲が知ってるぶた、みたいだった。だから起こしたらなにかが起きるに決まってるわ」
私たちは、ぶたのところまでやって来た。なぜかそこに人間が豚を枕にして眠っていた。人間はどうでもいいので、精霊樹様から離れた場所の小屋辺りに置いてくるように指示をした。
誰かしら回収するものが現れるはずだ。
「ぶたを起こすわよ」
「うん!」
「え、ちょ!?容赦ないわね!?」
子蜘蛛たちはぶたを殴った。八雲のときは優しく揺さぶっていたにも関わらず、ぶたに対してはこの威力。しかしぶたは起きない。一体このぶたは、なんなのだろうか。
「あれを使おうかしら?」
「なーに?」
「ちょっと待ってなさい」
子蜘蛛たちにぶたを起こすのを任せて、私は小屋に向かった。そこにはユークが作ったポーションの失敗作が数多くある。これを鼻に近づければ、熟睡していようと青臭くて起きるでしょう。
そう思ってぶたのもとへ帰ってくると、ぶたの意識はいなかった。子蜘蛛たちの方をみると、申し訳なさそうに俯いていた。あれだけおもいっきり殴っていたのだ、なぜ私は想像できなかったのか。
「死んじゃったのね…」
「うん…でもこのお肉はおいしいよ!」
確かに脂がのってておいしそうね。じゃ、なかった。八雲、起きるかしら?今度は子蜘蛛たちは優しく八雲を揺すった。豚との扱いが歴然である。すると、八雲がゆっくりと目を開けた。この状況が理解できないのか、周りをキョロキョロ眺めていた。
「なんで俺はここで寝てるの?なんでもう夕方なの!?」
八雲はとっても驚いていた。私が出した豚が何だったかはわからないけど、八雲を驚かせるって目標は達成できたわね!それについては八雲に申し訳ないけど、嬉しかったわ。




