第62話 お兄ちゃんと一緒
子蜘蛛たちと戯れるいつもの日常。時間が経つにつれ、段々と意識が失われていく。瞬きするとそこは見慣れた天井。どうやら子蜘蛛たちとの夢を見ていたらしい。布団のぬくもりに再び潜り込み、あの夢を再び見るために二度寝をする。
果たしてまた同じ夢を見れるのか。しかしその夢は叶わなかった。突然のし掛かる衝撃が夢から覚めさせた。布団の中からはそれがなにかわからない。だがお腹の上に乗っていることだけは確かだ。
布団の隙間から手を伸ばすとその手は取り押さえられた。もう片方もおなじように押さえられた。なんとか顔を出すとそこには髪があった。真っ黒で奥に顔が見えるのだが、霞んだ眼には写らない。
「お兄ちゃん、朝だよ」
「んぅ?あ…朝?」
「うん、朝。正確には昼の13時27分」
「昼じゃん」
「でも、起きた時間が朝でしょ?」
「そうとも言うが、実際は昼だろ?それでいつまで乗ってるんだ?」
「お兄ちゃんが起きるまで」
「このままだと起き上がれないんだが」
「しまった」
「そのわざとらしい言い方やめない?」
妹の澪は仕方ないという顔で退いてくれた。しかしなぜ毎度起こし方がこれなのだろうか。普通に揺さぶってくれれば起きるというのに。ただでさえ身長も身体も俺よりも大きいのに、その巨体で俺に乗ったら苦しいことはわかるだろうに。
「今なにか失礼なこと考えた?」
「そんなこと考えるわけないだろ。それで?ご飯か?」
「そう。パパもママも待ってるから」
「あれ?お父さんもお母さんもいるの?」
「うん、今日休みだって」
「知らなかったな…」
「だから夏休みの宿題見てくれるってさ」
「うぇ…ゲームしようかと思ってたのに…」
「私をおいて一人で楽しんでるからバチが当たったんだよ」
「嬉しそうだな」
「だって…」
ミオはなぜか俺から目をそらして、机の上に置いてあるヘッドギアを見つめた。
「?」
「ゲームができない苦しみを味わうといい」
「ひどっ!」
ミオに先に行くように言い渡してから汗ばんだ服を着替えた。今は夏なだけあって汗をよくかく。外に出ればなおさらかくのだが、寝ている最中というのは起きたときに目に見えなくてもかいてるものなので、着替えることですっきりすることができる。
パジャマの着ぐるみは通気性に優れていないこともあって汗もすごかった。愛すべきジャージに着替えてリビングに向かう。リビングには皆すでに揃っていて、俺の姿を見たミオは一言、「可愛くない」と告げた。
なぜ俺に可愛い姿を求める。俺は男で兄なんだぞ!と言いたいが不満そうにしているのは妹だけでなく、お父さんとお母さんもである。俺は否定せずに席につき、夏の定番である素麺をすする。
起きたばっかりだが、ゲームで消費されたエネルギー回復には食事は大変重要である。そして付け合わせのサラダで栄養も補給する。うちのお母さんは年齢に対して若い。よく友達に姉と間違えられることが、お母さんの自慢である。
それはうちのお父さんも同じ。うちの家系はみんな若く見える。そして俺も身長のせいか幼く見られることがあるのが解せない。俺よりもよっぽど男の娘である雪の方が若く見られるべきではないかと思うのだが、なぜか同列に扱われる。
やっぱり欲しいな、身長。そうすれば俺も大人として扱われるはずだ。
「どうしたの?お兄ちゃん、これが欲しいの?」
油揚げを俺に見せつけるミオ。いらない、いや、身長をください!
「変なお兄ちゃん。ゲームのやりすぎかな?」
お、おい。そんなことを言えば…
「やっぱりそうよね。りゅーくんは今日一日ゲーム禁止ね。その間、しっかり宿題をするのよ」
ですよねぇ。ミオがざまぁ!という表情で油揚げを口に入れる。思ったよりも熱かったのか「あふぁ!?」と驚いていた。すぐさまお父さんが氷水を差し出す。それをグビグビと飲み干したミオはなぜか俺を睨み付けた。
「だったらミオも宿題するってさっき言ってたよ」
「まぁ!偉いわね!みーちゃん!」
お母さんは真面目なミオに手を合わせて喜んだ。それにくわっと言う表情で俺に噛み付いてきた。因果応報って知ってるか?
「そういうことなら、私が二人の面倒を見よう」
「いいの!あーくん!」
あーくんというのはうちのお父さんのことだ。ちなみに名前は朝陽、母は奏音だ。二人は名前呼びでいつも俺達の前でもイチャイチャするほど仲が良い。
「今日は休みだからね。久しぶりに子供達の成長を見たいからね」
「あーくんが見るなら私も見る!」
「ノンちゃんは溜まった家事があるでしょ。見るならそれを片してからだね」
「もー、手伝ってくれてもいいんだよ!」
「私がやると高確率で失敗するのだが…」
「しょうがないなぁ!ここはプロの私に任せなさい!」
「ありがとう、さすが私の妻だ!」
「あーくん!」
「ノンちゃん!」
二人が抱き合ってイチャイチャし始めたので、俺とミオは食器を片付けてリビングから立ち去った。あぁなると当分はこちらの世界に帰ってこない。今のうちに宿題を進めておけば、情状酌量で早めに解放される。
「あ、そういえば雪姉から電話来てたよ」
「お、そうか。てか雪は男だから雪兄だろ?」
「雪姉がそれでいいって言ってたもん」
「それはいいや。雪は何て言ってた?」
「メッセージを見ろだって」
「あー、わかった。宿題を終わらせたら見よう、うん」
「見ちゃったら、気になって宿題できないもんね」
「そうなんだよな。じゃあやるか」
「うん」
リビングが占領されたなら、次に広いのは二階の客間だ。ここは誰も来ていなければ、ただ広くてこたつが置いてあるだけだ。夏なのにこたつ?と思うだろうが、冷房で部屋をキンキンに冷やしてこたつに入るのだ。
夏なのに冬のように寒く、こたつで温まってほかほかになる。最高の環境だろ。そしてここでアイスを食べれば、さらに最高だ。
そんな環境でやる宿題が捗らないわけがなく、黙々といつのかわからない冷凍ミカンを食べながらやった。意識が完全に集中することに向かうと、区切りがつくまでやり続ける。気づけば、あの二人がこたつに入ってお昼寝をしていた。
成長を見るとは一体なんだったのか。宿題は何科目かあるが、一番めんどくさいのが自由研究とか感想文だ。他はとりあえず数をこなしていくものなので、これだけは終わらせることにする。
ミオの方もまだ集中が切れていなかった。俺も今週分と来週分までやり尽くす勢いで宿題をやることにした。これをするかしないかで今後のゲームライフが左右されてしまう。そう考えると今のうちにやっておかないと後々後悔することになりそうだ。
そうこうしているうちに夕方になった。集中すると時間を忘れて取り組んでしまう。いつの間にか二人の姿は消え、下の方から笑い声とテレビの音が聞こえる。そして目の前のミオはウトウトしていた。
「ミオ、起きろ」
おそらく夕飯の時間も近づいてきた。さすがにこれ以上は集中力ももたない。ならば、夕飯を済ませ、さっさとゲームをするのが最優先事項だ。
「んぅ?」
「起きろ、そろそろ夕飯だぞ」
「あれ…寝てた?」
「おぅ。いつからかは知らないけど、寝てた」
「そっか…ぅん…」
「こたつと冷房切っていくよ…?どうした?」
「…ううん、なんでもない。それより行こ」
「…?お、おう」
なにかをはぐらかすように言うミオに不信感を持つが、それほど大変なものでもないだろうと、スルーした。それから夕飯を終え、風呂に入り、寝る支度を全て終わらせた。そして自室に向かい、昼に言っていた雪のメッセージを確認した。
「えーっと、なになに…はぁ!?いや、でも無事だったのか…あ、え?今日昼からメンテ?え、なん…おぉ!まじか!しかも…これって…」
メッセージには子蜘蛛が誘拐されたこと、ちゃんと救い出し、始末をちゃんとつけたこと。始末したのはカルトとユーク、PHの蒼空。別方面でマルノミとジンの配下、味噌汁ご飯とジュリアーナ、クロード。そして子蜘蛛のために心配して行動してくれたカレー炒飯の配下達。
そしてFEOが昼間から緊急メンテに入って明日の朝からプレイできるようになるらしい。それから、これはもっとも重要なことなんだが…。
「お兄ちゃん」
考え事をしていると、ノックと同時に妹のミオが呼び掛けてきた。なんだろう?とドアを開けると着ぐるみ姿のミオがいた。かわいい、違った。
「どうした?」
「あのね…」
「ん?」
「私も…お兄ちゃんと一緒にゲームしたいんだけど…なんとかできないかな…?」
「あー、うん?そういえば、抽選に落ちたんだったな。なんとかか…ちょっと待っててくれ」
「うん…」
ミオを部屋のベッドに座らせて待っていてもらう。なぜかそわそわしているが、一体なにを考えているのやら。雪からのメッセージを再度確認する。そこにはミオが求めることが記載されていた。それも公式ホームページにはまだ記載されていない情報だ。
なぜそんな情報を?と思うが、担当AIなら運営を無視して教えてくれそうだから、雪が直接聞いたんだろう。俺は雪に確認したことをメッセージで送り、ミオのとなりに座る。
「ミオ」
「な、なに?」
「お兄ちゃんと一緒にやるか?」
「で、できるの!?」
「おう。どうやら俺達には招待券があるみたいなんだ」
「お兄ちゃん達にはって?」
「まぁ…FEOで色々と頑張ったからな。それでなんだが…」
「なに?」
「この招待には一つ条件があってな」
「なによ。もったいぶらないでよ」
「必ずPMにならないといけない!」
「PMってなに?」
「ソコカラデスカ?」
なんとミオはFEOのPVは見たが、それ以上の情報を知らなかった。ホームページも情報統制されているため、ゲームの大まかな内容しかわからない。ネットの海に載っている情報も、ごくわずか。それで知らないというのは当たり前のことだった。
俺はPMとPHについて教え、俺がPMであることと、なぜPMじゃないといけないかを説明した。その結果、ミオは納得してくれたが、ついでに序盤を手伝うことが決まってしまった。
ログインできるのは明日の朝ということで今日は早く寝ることにしたが、果たして朝起きることができるのだろうか。それだけが不安だ。いや、あんだけ寝たんだ。朝は早く起きれるだろう。
そう考えながら俺は眠りについた。壁を挟んで一つ向こうで一人、小さくガッツポーズをする者がいた。その子は隠れブラコンという特性を持ち、本人以外にはバレバレというのに、誰にも気づかれていないと思い込んでいる。
彼女は昨日から大好きな兄が着ていた着ぐるみを回収し、それで身を包んでいた。兄とお揃いの着ぐるみパジャマを持っていることは兄に知られているが、それを身代わりに自身のパジャマが回収されているとは思いもしていないだろう。
抽選で外れたゲームができることが楽しみではあるが、それ以上に大好きな兄と一緒にゲームできることがなによりも楽しみである。兄は一体どんな姿で、どんな遊び方をしているのだろうか?と妄想を膨らませている。
残念なことに重要なことを伝え忘れたその兄によって一つのトラウマを植え付けられることになるのだが、それを知るのはゲームを始めるまでわからないことだろう。そしてゲーム内ではフレンドにならない限り、言葉の壁が存在することを彼は覚えているのだろうか。
これもまたゲームが始まるまでのお楽しみである。




