第61話 風評被害
次々と現れる者はどれも下らない男だった。嘴がするどいだとか、ぬるぬるとした触手があるだとか、モノはあってもテクニックに欠ける。それに私の事をなんとも思ってない人達ばかり、もっと私のことをみてほしいわ。
「ぐぬぬ…おのれ…よくもわしのコレクションを…!」
「こんなものじゃ、私を満足できないわよ。とっとと一番すごいの出しなさいよ!」
「くっ…これでは…あいつだ、あいつを呼べ!」
「はっ!今すぐに!」
老人は肩を震わせて怖がっているのかと思えば高笑いをしてこちらにビシッと指をさした。その方角を見ると扉から真っ黒の服を着た半透明の人がやってきた。
「ん?」
「こいつはわしが雇った中で一番優れた暗殺者じゃ!今まで倒せなかった魔物も神の使徒もおらぬ。魔物の主がどれだけ強かろうと…」
自慢気に真っ黒な人の紹介をする老人。それを横目に真っ黒な人を見つめた。こちらに顔を上げた者は私のことをみて目をそらした。そしてもう一度こちらをみて固まった。あら、やだ。こんなところにいたのね。
「あら、クロードじゃない。どうしたの?」
「うげっ…なんで味噌汁ご飯がここに…」
「そんなの決まってるじゃない。ナイスでダンディなおじ様をゲットするためよ!」
「お姉様、違います。八雲さんの子蜘蛛と精霊を探しに来たんですよ」
「あら?そうだったかしら?まぁいいわ。それで、なんでクロードがいるのよ」
「バイトだ」
「なるほどね。でもここのバイトやめておいた方がいいわよ」
「なに?」
「なんせあの八雲ちゃんの子供を拐った組織なのよ!」
「なんだって!?おい、まじかよ。嘘だろ、嘘だと言ってくれ。なぁ冗談だろ、ジュリアーナ」
「本当です」
「おい、マスター。それは本当の事か?」
クロードは私のことを放置して老人の方へ飛んでいく。さすが幽霊の魔物ね。クロードの今の種族は教えてくれないけど、種族特性を自在に操れるのはすごいことよ。なにせ私の変幻体ボディを動かすのだって本来では存在しない関節を動かすようなもの。
それをいとも簡単に操ることなんて無理だわ。私だって何回も反復練習することで身体で錬金術をできるようになったの。だからクロードのそれもすごいことなの。PHとPMの大きな違いと言えばシステム的なものが大部分を占めてる思うけど、それよりも身体の構造が違いすぎると思うわ。
八雲ちゃんもよくあんなに足を動かせるのかと感心しちゃったわ。カルトキュンは…そうね、骨を外してたから怖くはないのかしら?とは思ったわね。そんなことより幕引きの準備をしなくちゃね。
「ジュリアーナ。貴方は上に居座って逃げようとしてる方達を眠らせてちょうだい。私は偉そうな老人のところにいくわ」
「はい、お姉様」
老人とクロードは向かい合って言い合っていた。老人は金を出したのだから働けと。クロードの主張はバイトの内容が違うそうよ。でもね、私にはそんなことはどうでもいいの。
「お二人とも」
「なんだ!」
「なんじゃ、お前は!」
「私のために争わないで!」
「「黙ってろ!」」
どうやら彼らは二人だけの世界に行ってしまったようね。このままでは子蜘蛛と精霊の情報を得られない。仕方がないのでクロードを倒すことにした。そう考えていると客席の方が悲鳴がした。なにかと振り返るとそこには客を丸飲みする蛇の姿が複数見受けられた。
「クロード」
「なんだ、今忙しいから後にしてくれ」
「この件にはマルノミの子供たちも関わっているの…」
「う、嘘だろ!マルノミの子供って言えば…蛇の!?」
「そう…そしてあそこをご覧なさい」
「まさか…!?」
「ええ、絶賛食事中よ。これでクロードはマルノミにお叱りを受けるの。お金とか話とかそんなことどうでもいいわ。協力しなさい」
「…わかった」
「そういうことよ。子蜘蛛と精霊はどこかしら?」
「子蜘蛛?精霊?なんのことじゃ?」
「今更惚けようたってそうはいかないわ!」
「マスター、ついにボケたか?」
「まてまて、子蜘蛛?もしかして精霊樹の蜘蛛のことか?」
「それよ」
「そんなおっかないところに手なんて出すわけなかろう!」
老人は先程とは比べ物にならない程、怒りを露にした。
「おかしいわね。私の勘ではここにいると囁いていたのだけれど」
「勘かよ!勘でここに来たのかよ」
「ええ、なにより最初ここに精霊ちゃんが捕まってたのが始まりよ」
「精霊?なぜ精霊を捕まえる。わしが求めるのは絶対的な力を持つ魔物のみ、精霊なんぞアンデッドにしか使えんわ」
「そういえば私のスイートハニーがカルトきゅんの町を手にいれるとか言ってたわね」
「カルトキュン?なんじゃその奇妙な町は…」
「あー、簡単に言えば南西の町があるだろ?アンデッドの。あれは町長だな」
「あそこのぅ。それにしても精霊ごときでは無理じゃろ。できても骸骨を浄化させる程度じゃ。捕まえることは不可能じゃし、わしなら絶対やらんが精霊樹の大精霊なら可能じゃろ」
「じゃあ子蜘蛛と精霊はどこに?」
「あー、味噌汁ご飯」
「なによ」
「掲示板見てみ」
クロードの提案に応えて掲示板を見てみると、すでに子蜘蛛と精霊は保護されていることと、私がやった『ドキッ!男だらけの女風呂』の被害を受け、魅力のない男子達が町で女性プレイヤーに焼き討ちされているそうだ。
どうやら私が去り際に基準に達しない男子達からは、女風呂の暖簾が男風呂に見えるという細工をしておいたのだが、さらに被害が拡大しているようだ。それによって未だに被害が広がっているようね。
暖簾には私のラファムボディをつけて直感でありかなしか判断をするようにさせ、暖簾を切り替えるというものだ。それが思ったよりも数が多かったみたいで、その女風呂に侵入した男子達が次々と捕縛されていっている。
なぜそのことがPMの掲示板にあるのかは、嫌がらせのために派遣されたジンとマルノミの配下が情報を収集してまだログインしているPMプレイヤーに報告しているからだ。
「思った以上に入れ食いのようね。これであの銭湯も終わりだわ」
「やめろよ、そういうの。大体そういう嫌がらせはなぜか俺のせいになるんだぞ」
「知らないわよ。決めつけてるPH達に言いなさいよ」
「痴話喧嘩は他所でやってくれぬか?」
「そもそもこうなったのもあんたの部下が招いたのよ。子蜘蛛と精霊を誘拐さえしなければ、私はこんなことをしなかったわ」
「いや、銭湯とここ関係ないだろ」
「ないわ」
「やっぱ、ねえじゃねぇか!」
「あそこが儲かれば、メイド喫茶ができるのよ。許せないわ」
「え!?まじかよ。潰れたらどうすんだよ!俺、楽しみにしてたんだぞ!」
「私の誘惑にかかる男子達が誘惑されにくくなるなんて許されないわ。あんなものはすぐに潰すに限るわ」
「お姉様、実行犯と思われる者を捕まえました」
ジュリアーナは背中から生やした触手で男を拘束していて、森人族の青年だった。ジュリアーナの好みからは外れているわね。
「よくやったわ!ジュリアーナ。あら、いい男じゃない」
「はい、この者が今回の精霊誘拐を依頼したエルフェンという男です。しかもこの男、八雲さんに因縁をつけているようで、傭兵に子蜘蛛を捕らえるように指示していたと自白しました。一緒にいたPHの男達も証言してくれたので間違いありません」
「あら、他の者はどうしたの?」
「あちらでマルノミさんの子供達に補食されまして…一人だけはなんとか返して貰いました」
「一人いれば十分よ。それで貴方、子蜘蛛と精霊はどこなの?」
すでに保護されたことを知っている。しかし、ここで情報を引き出すならカードは最後まで取っておかなくちゃ。それに彼はまだなにか隠しているに違いないわ。
「言うわけないだろ!」
「あら、そうなの?私はどこにいるか、もう検討がついているわ。貴方はここでなにもできずにただ横から私達に掠め取られるのを眺めとくといいわ」
「はんっ!そういう嘘はよくないぜ。俺にはわかる。あんたたちは交渉すれば手を引いてくれるとな」
嘘はついてるけど、手を引くもなにも最初に手を出したのは貴方なのだけど、もしかしてこの子は馬鹿なのかしら?
「交渉?できる立場なのか?」
「待ってクロードたん。ここは私に任せて」
「クロードたんってお前、気持ち悪い呼び方するなよ」
「ここは任せて…おじさまのことを頼んだわ!」
「だってさ、マスター。奥で秘蔵の酒飲ませてくれよ。そしたら解放すっからか」
「見逃されるだけマシか…お前達もいくぞ。最後の晩餐と思って飲むんじゃぞ」
「「「はっ!」」」
おじさまとクロードは護衛を連れて奥へと行った。なお、ここにいる観客はマスターと呼ばれる男とはなんの関係もない。マスターの魔物コレクションを戦わせる闘技場に乗り込んできただけの失礼な客で、クロードが聞いた話では蛇に飲み込まれるだけの悪さをしているそうで、蛇達がマルノミに叱られることはないそうだ。
ただし、この件に少しでも関わったことでクロードだけはマルノミにお叱りを受けたそうだ。なぜかそこにたかしくんが巻き込まれることはご愛嬌。さらに叱る方にメルドアが参加する事態になることも予測できたことだ。
クロードの悲劇は後程起きる予定調和であり、ここで起きるのはエルフェンの受難だ。
「交渉しようじゃないか」
「交渉ねぇ…貴方に一体どんな価値があるのかしら?」
「蜘蛛の弱点…知りたくないか?」
「蜘蛛?あぁ彼と私は友人関係にあるのよ。だから弱点を知ったところでなにもしないわ。他には?」
「蜘蛛と友人?嘘はよくないぞ」
「そうやって信じられないものを全て嘘と思うところ、だめよ。それにジュリアーナに捕まってる時点で察することがあるでしょう?」
「こんな魔物、どこでテイムしてきた?」
「馬鹿ね。そもそもテイムできないし、しないわ。彼女は私の大切な子よ…あら、なんで貴方が落ち込んでるのよ?」
「なんでもないです…」
「勘違いしてるようだけど、私はPMよ。そして彼女もそう。だからテイムもできないし、貴方のいうものに交渉できる価値のあるものはないわ」
「ほざけ!俺は蜘蛛と精霊の命の手綱を握っているのだぞ」
「言っとくけど、もう子蜘蛛と精霊は私達の仲間に保護されているわ」
「なに?それこそ嘘だ。掲示板で子蜘蛛を捕獲したって言ってたぞ」
「それいつの話よ。時間見なさいよ」
「?…はぁ!?なんで逃げられてんの??しかも精霊までいねぇだと!?あのじじぃ、まさか自分の手柄にして…」
「そういうことよ。交渉決裂でいいかしら」
「ま、待て!この装備だけは…」
「大丈夫よ、殺しなんてしないわ」
「よ、よかっ…」
「この件は私に身体で払って貰ったって八雲ちゃんに報告しておくから。ジュリアーナ、ここは任せたわよ」
「はい、お姉様」
「そ、それはどういう…」
「ちょっと奥で…ね」
「や、やめろ!離せ!ど、どこを触って、や、やめろ!」
味噌汁ご飯に引き摺られてエルフェンは奥の部屋に連れていかれた。そこからは悲鳴のような艶やか声が聞こえた。その声を聞くのはジュリアーナだけだが、その声が次第に心地よく感じていると察知したジュリアーナもまた奥の部屋へと進んでいった。
そこで繰り広げられるものは決して口に出して説明できるものではない。その行為に名前をつけるなら、獣への調教だろうか、いや、性変換手術というべきか。新たに生まれ変わったエルフェンが八雲に遭遇するまでそう遠くない未来であることを知るのは味噌汁ご飯だけだ。
当の八雲は未だに心地いい眠りについている。この誘拐騒動はイベント終了後のわずか1日に起きた出来事だからである。つまり現実時刻でいえば深夜0時から朝の6時まで、イベントに寝坊した八雲がこのことを知ることになるにはいつになるだろうか。
それによって再びPHに悲劇が起きることはPM達の説明にかかっている。なんせ子蜘蛛が一人倒されただけでその場にいたPHを蹂躙するほどだ。誘拐されていじめられたと知れば町が再び混沌に陥ることになるだろう。




