第60話 甘美な逢い引き
空を曇らすは黒き鴉、地を沈めるは白き蛇、そして空間を彩る私達二人。今宵は全てを解き明かす満月の夜。準備は万端。行きなさい、女王の僕よ、彼の友よ。深淵はすぐそこよ。さぁ始めましょ、貴方の秘密、私達に魅せなさい。
女王の僕である蛇達は町の壁の隙間から侵入していく。彼の友は闇夜に潜んでがら空きの空から入っていく。そして空間を彩る私達は堂々と門から入る。
門の扉は堅く閉じられていたが、変幻体である私達に通れない場所は存在しない。夜の門を見張る門番にいい男を発見した私はつい、つまみ食いをしてしまう。これも夜の潜入者、いえ、魅惑なお姫様である私には至って普通のことだわ。
妹のジュリアーナも門番の中に見つけたボーイッシュな女性を見つけていた。でもまだ躊躇いをみせている。それでもいいの、一歩踏み出せただけ十分だわ。さぁ行きましょう。楽しみましょう。
この夜こそ彼等は開くはず、魔物の違法な取引を。場所の見当はいくつかある。それを一つずつ探っていくわ。まずは一つ目、可愛い男子達が入る銭湯だわ。こちらはある組織が経営しているの。
売上をとある施設に使用していることが発覚したの。それはね、メイド喫茶よ。女性らしい身体を強調し、男子達のハートを鷲掴みにする誘惑なの。これを放置すれば、私の虜になる予定の男子達が、見向きもしなくなってしまうわ。
ここは早々に潰すべきだと考えたわ。ここは簡単に潰せるわ。この町でわかりやすい事件を発生させればいいわ。その名も『ドキッ!男だらけの女風呂』。ある一定の時間で行われる男湯と女湯の切り替えを、男が来たら女湯に、女達が来たら女湯に変えるわ。ただし、私のお気に入りにはそんなハレンチなことはさせないわ。仕分けは重要よ。
このゲームでは銭湯には水着で入るものになっているから、たとえ覗きをしても数日間牢屋に入れられるだけだわ。健全な温泉よ。それをもっと健全にする私はまさに健全の天使だわ。
「ジュリアーナ、貴方は男風呂にやってくる男子達を見て学びなさい。あれこそが桃源郷よ。いいわね」
「はい!お姉様!」
ジュリアーナには酷なことだけれど、今回流すのは特に美形の男子達だわ。これを期に男子達のことを好きになってもらいたいわね。これも勉強よ。いや、これこそが試練だわ!
「今日も疲れたわ…」
「ほんとだよ…なんであいつらこんなとこまで」
「そりゃあお前、子供のためだろ」
「ちげぇねぇ!」
早速来たわね。でも貴方達は私のスイートハニー、女風呂に行かせるわけにはいかないわ。さぁ行きなさい桃源郷へ。ふむ、しっかり従ったわ。やはり私の想いは届くのね。次よ。さぁ来なさい、淫らな猛獣よ!
「はぁ…今日も会えなかったでござる」
「そうだな…一体いつ会えるんだろうな…」
「あの少女はいずこへ…」
「あれほどふつくしい少女はなかなか見られな…む!?」
「どうした!?」
「あのふつくしい少女の視線を感じたでござる!」
「まことか!」
「こっちだ!」
来た!今度こそ私の好みじゃない男子達。さぁ行きなさい、これで貴方達も立派なハンターだわ。あとは、そう、刺客の入ったお風呂に入りなさい、ガール達よ。
「うおおおおおお!」
「いやぁぁぁぁあああ!変態!」
「ま、まて某の好みではない!」
「余計に失礼よっ!」
「うごっ!?」
ふふ、楽しそうにしてるわね。私はこれで撤収するわ!
「ジュリアーナ、行くわよ」
「は、はひぃ」
どうやら桃源郷はジュリアーナには早すぎたみたいね。顔が真っ赤だわ。でも少しは興味をもてたみたいね。次の試練はそう遠くないわね
次はペットショップの魔物バージョンね。ここが大本命、先程の銭湯はただのジャブに過ぎなかったのよ。カルトきゅんの情報ではここには取引の帳簿やら地下に通じる階段があったらしいの。
地下は時間がなくて見れてなかったらしいの、だから今回、この私。魅惑なお姫様である私が直々に探索してあげようってわけ。ふふ、楽しみだわ。どんな秘密があるのかしら。
ペットショップの入口は当たり前のこと閉められていたわ。私達には無意味なこと、隙間から侵入するわ。カルトきゅんが言ってた通り、荒らされてるわね。魔物もほとんどいないわ。
あとは地下ね。風の感じからしてこっちね。カーテンに隠されてたけどあったわ。中に入ればどうかしら?まぁ!屈強な漢が警護してるわ!
「帰ってこないな」
「おそらくアンデッドの王の町を編成してる最中でしょう」
「なるほど、あの方のことだ。必ず成功させているはずだ」
なんの話かしら?アンデッドの王?これに当てはまるのはカルトきゅんくらいだけれど、話の流れからしてカルトきゅんを倒す戦力を保有していた?まさかね。そんなことができるなら、町を襲撃したときに使うはず、ハッタリね。
「ぬ?」
「どうした?」
「そこに隠れてるもの、出てこい!俺にはお見通しだ!」
あら、貴方の方からご指名されるだなんて、ずいぶん手荒ね。でもいいわ。こそこそ隠れてるのは私の性に合わないのよね。
「ふふ、よくわかったわね」
「ふっ、俺から隠れることなど出来ぬからな」
「やるじゃない。でも、そこは通してもらうわよ」
「やってみろ!」
いきなりナイフを投げてくるだなんてはしたないわ。ここはレディである私に先を譲るべきよ。飛んできたナイフはそのまま私の胸に突き刺さる。ふふ、彼のモノが私に入ってくるわ。あら、毒が塗られてるじゃない!でも、これは効かないわね。もう少し濃くないとだめじゃない。
「せっかちね」
「なんだと!?お前、魔物か…」
「正解。このナイフは返してあげるわ」
胸に刺さったナイフを抜き、ラファムボディから生成された金属を纏わせる。そしてそれを彼のもとへ魔法を撃つ要領で飛ばす。それが先程のナイフとは別物と気付いていたのか、剣で弾き飛ばした。
「っらぁ!」
ナイフはくるくると回転しながら地下室の天井に突き刺さった。衝撃を受けたナイフは勢いよく破裂して天井にクレーターをつくった。飛び散ったラファムボディは私の身体に引っ張られるように帰ってきた。
「あら、おかえりなさい。よく気付いたわね」
「魔物がつくったものが危険なものでないわけがないっ!」
「もう、本当にせっかちなんだから」
遠距離の攻撃の危険性に気がついた彼は剣による連撃をする。それを人間離れした動きでかわす。たとえ剣が当たったとしても大きなダメージはうけない。それでも、彼のような漢に攻められて抵抗しないわけにも行かない。
なにより、汗水流しながら斬りつけてくる彼の表情が素敵だわ。こんな間近で見る競い顔がたまらないわ。こんなにも私のことを必死に追いかける。それを流れるようにかわす私、そしてそれを羨ましく見るジュリアーナ。これぞまさしく三角関係だわ!
「なんだ!その気持ち悪い動きは!」
「あら、ひどいわ!こんなにもあいしているのに!」
「喋り方も気持ち悪いわ!」
「あ゛ぁ゛!?」
「ぐぁっ!?」
「か弱い私にそんな言葉遣い…だめよぉ、もぅ!」
すべての剣撃を人間にはできない動きでかわしていく。相手からしたら悪夢。私からしたらこんなに殿方と密着できることはまさに天国。彼はひどいわ。私が彼のことを好きになっていったからこそ、ここまで手加減してきたのに、彼はそれを無下にした。許せない。彼は私のことを「気持ち悪い」と評した。つい、手が滑って顔に裏拳を決めてしまったわ。
「あら、貴方は私達の逢い引きを邪魔するのね」
「ば…化け物!」
裏拳で吹き飛んだ彼は壁に背を叩きつけ、項垂れるように倒れ付している。そんな彼を介抱しようとした矢先、もう一人の男子が邪魔をしてきたわ。それも魔法で彼は私の先にスイートハニーがいるにも関わらず撃ってきたわ。よっぽど嫌われたのね。
「いえ、違うわ。貴方は私を彼に奪われると思い、つい手を出したのね。待ってて、今行くわ!」
「く、くるなぁぁぁぁあああ!!!」
たっぷりねっとりと愛し合った私達三人は幸せな一時を過ごした。夜もそれほど長くなく、仕方なく一時間ほどでやめてしまった。私の愛弟子であるジュリアーナを待たせるわけにはいかない。
「待たせたわね、奥に行くわよ」
「はい、お姉様」
ジュリアーナを連れて奥に向かう。奥からは私達のスイートデートを邪魔した新たな男子達が現れたものの、ジュリアーナに伸されてしまったわ。彼等は後程お持ち帰りするとして、今は奥になにがあるか確かめていかないとだめだわ。
地下道は整備されていてごみ一つも落ちていないわ。警備も厳重で曲がり角には必ず一人いたわ。レンガ状の地下道ではここにくる前に製作した地雷は使用できないわ。もし崩落してこの上の住宅に被害が出て、男子達に怪我でもあったら、四六時中介抱してあげないといけなくなってしまう。
いや、そうなったら私にとっては絶好の御褒美になってしまうわ!やっぱり使おうかしら、地雷。でもだめね、もっと大切なジュリアーナに怪我なんてさせられないわ。ここは我慢よ、私。これからきっといいことあるわ。
「お姉様、こちらに厳重な扉があります」
「あら…これはだめね。すり抜けていかない方がいいわ」
「なぜです?」
「如何にも罠って感じじゃない。あれだけ騒がしくしたのよ。ここで守らずしてどこで守るっていうのよ。すり抜けた瞬間、魔法で滅多打ちにされるわ」
「さすがお姉様です」
「ここでアレを使うわ」
「アレ?」
「ええ。向こうはこちらに反撃をするために待つ姿勢よ。だからこの扉を向こうから開けようとしないわ。おそらく鍵もかけてる。そんな状況ならコレでいけるわ」
「それはここにくる前に製作してた地雷でしょうか?」
「ええ。このままじゃ使えないから少しは加工するけど…見てなさい」
地雷内、正しくは薄いラファムボディ内に入った火種を粉状に分解する。そして火花も粉々にする。火花はなくてもいいけど、火種との相性は火花がいいわ。これを扉と扉の隙間に押し付ける。ラファムボディは切り離した後でも自由自在に操ることができる。
隙間から入っていったラファムボディに対して扉の向こうから悲鳴と魔法によるは衝撃がやってくる。それによって扉の向こうでは火の手が上がった。それに構わず次々とラファムボディと火種を送り込む。
扉はラファムボディでコーティングすることで破壊されずにいるわ。とりあえず魔法を撃ってくる構えようで、扉の向こうでは爆発の連鎖が起きている。あまりものを押し込んだことで手持ちが半分ほどになってしまったが予定通りね。
「いくわよ。中ではお腹を空かせた狼達が私達に襲いかかってくるわ。丁重に相手してあげなさい。私達は安い女じゃないのよ」
「はい、お姉様!」
開けた先は広々とした空間があった。人も数十人は詰めかけていた。上を見上げれば観覧席のようなものがあり、人々は仮面をして素顔を隠していた。そして目の前には屈強な漢達が金属製の武装をしていた。
鋭い眼光が私達の身体に突き刺さる。扉から繋がっていたのは闘技場のような場所で、私達が来たのは戦闘を行うものが待機する場所だったのかもしれない。そして入ってきたペットショップはここへの侵入経路の一つにすぎなかった。
魔法を撃ってきていた者は通路の脇に倒れていた。傷だらけで気絶していたが事切れてはいなかった。それを抜けた先が今 ここにいるメインステージ。私達はどうやら餌につられてきた魚ってところね。
突然、照明がつき、私とジュリアーナ、そして観覧席の一際豪華な場所が照らされた。そこにいたのは金の仮面をつけた腰の曲がった老人だった。杖をついてようやく立てるその者はこちらに視線を向けてこう言った。
「はっはっは、よく来た。魔物の主殿。今宵は我が晩餐会によく参られた」
「ずいぶん遠くから挨拶するものね。レディに対する礼儀がなってないのでなくて?」
「大変申し訳ない。私は臆病者でね、まずは我が兵隊にお迎えに行ってもらわねば、話すこともできぬのだ」
「あら、恥ずかしがりやなのね。すぐに行くから待ってなさい」
「楽しみにしているよ」
彼が豪華な椅子に座ると一人目が歩いてきた。その風貌はどう考えても人間ではなく魔物だ。しかもまだ遭遇したことのない魔物だ。一体どこで捕まえてきたものなのか。巨大な身体に、足と比べて異常に大きな腕、特徴的なフォルムに潤んだ瞳。まさしくゴリラだ。
「あら、随分逞しいじゃない」
「ウホホッウホッ」
「ふふっ、さっき愛し合った彼ほどでもないけれど、いいわね」
「ウホッウホッウホッウホ」
「ええ、いいわ。来なさい」
彼は私に突進してきたわ。これは先程の彼にはなかった積極性、そして抱き締めるように向かってくる腕は顔ではなく腰を狙ってきた。レディに対する扱いがわかっている証拠だわ。あまりに強いそれは私の身体を通り抜けて自らの身体のバランスを崩した。
「っ!?」
遠く離れた老人から悲痛の声が聞こえた。私のことを理解していなかったようね。力が強いだけでは女は落とせないのよ。愛する気持ちがなければ強い抱擁も痛いだけ。重い想いは相手を苦しめるだけ。貴方には優しさとレディの扱い方をを習う場所に送ってあげるわ。
「私の中で眠りなさい」
めり込んだ右ストレートをそのまま飲み込んでいく。腕を引き戻そうとするも止まることのない吸引力が徐々に全てを飲み込む。非常なことに飲み込まれた順に感覚が消える。最後まで彼は自分のことだけだったわ。別れるときに私のことを少しでも気にかけることのできない男には用はないわ。
「次の男を寄越しなさい。もっとも、私を満足させる男を用意できればの話だけれど…」




