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第59話 なにこれ…

カツ丼を食べて満足げなPHの男達は両手を拘束されてなお、にこにこした様子だ。よほど美味しかったのか、鬼達の命令を素直に聞く。鬼達は完全武装で拘束された彼らは囚人服だ。


その光景はまさに死刑囚を護送する警察官。囚人がにこにこしているのと鬼達が殺気立っていることでよりおかしなことになっているが本人達は気付かない。森を抜け、草原を抜けて町へとたどり着く。


草原には採集やスキル試しに魔物を狩っているPHがいた。その誰もが、この異様な光景に目を疑った。その集団はまっすぐ町に着くと、誰も止めることなく町の中に入っていった。


イベント前までは魔物の侵入を防ぐ結界があったが、今では機能しておらず、スルーして入れるようになっている。そのため、町の周囲には冒険者が警備をしているが、鬼を見て、見て見ぬふりをしていた。


突っ掛かろうとするPHはいたが、簡単に伸されていたため、誰も近づけずにいた。町の門番も見て見ぬふりをしようとしていた。しかし鬼達はカルトの町に足繁く通っていたため、しっかりと入門手続きをすることが普通のことだと身に付いていた。


そのため、入門するためには列に並び、順番を守らなければならない。そう考え、最後尾である商人の真後ろにきっちりと並んだ。手続きをする門番も、真後ろに鬼達を抱える商人も気が気ではなかった。


「あ、あの…」


「なんでしょうか?」


「こ、こちらをお譲りします!はい、ど、どうぞ!」


「いいのですか?」


「は、はい!も、もちろんでございますぅ!」


商人は恐怖のあまり鬼達が人語を解していることに驚く暇もなく、商人は直立不動で順番を譲った。それから鬼達の前にいる全員が順番を譲り、ついに入門手続きをする最前列までやってきた。


「…この町にはどのようなご用件でしょうか?」


緊張した面持ちで門番は鬼達に問う。


「預かりセンターに用事がある」


「「「…!?」」」


預かりセンター、そこは町の住人だけでなく、神の使徒と呼ばれるプレイヤーの金庫とも言われる施設だ。そこに魔物である鬼達が用事がある。彼らは町を襲うだけでなく、物までも奪うのかと。


「…しょ、承知した…お、お通りくださ…い」


実力差、いや、戦力差において鬼達を止めることなど不可能に等しい。ここで反抗的な態度をとれば、命をここで失うことになる。門番という職業柄見過ごすことなどできない。だが、門番も人だ。命が惜しいわけがない。


「…?通らせていただく」


状況を察することのできない鬼達は、彼らがご飯をしっかり食べていないから元気がないのだろうと考えた。そこで夕飯に用意しておいた握り飯を門番に差し出した。


「食え」


「…!?」


「これでも食って元気出せ」


握り飯を差し出された門番は震える手で握り飯を受け取った。鬼達の視線に膝を笑わせて、握り飯と鬼達を交互に見た。その眼は「俺の飯が食えねぇのか?」と語っていた。


決死の想いで握り飯を口にした門番は、口を押さえ、瞳孔を開いて固まった。遠くから傍観していた商人たちは固唾をのんで見守っている。門番の眼からは一筋の涙が溢れた。


「…うまい」


「だろう!」


鬼達は門番の感想に共感を示した。元気になったであろう門番の肩を鬼達はバシバシと叩いて町へと入っていった。囚人服に包まれたPHはグッと親指を突きたてた。


嵐のように過ぎ去った鬼達に呆然とする商人。面を食らった門番は味を噛み締めながら業務を再開した。


「…どぅにょうにゃ、もぐもぐ…ようげんでしょ…もぐか?」


「食べるか仕事するかどっちかにしやがれ!」


商人たちは憤慨した。あの飯はどこで手に入るのか。一人だけうまいものを食べた門番に嫉妬した。そこで彼らは鬼達の村に行くことになる。狙いの飯にたどり着けることができるのは果たして何人いるだろうか。


町に繰り出した鬼達が最初に驚いたのは、道が均一に鋪装されていないことだ。鬼達は村の建造物しかり道しかり、すべてにおいて手を緩めることをしたことがない。これでは女子供が躓いてしまう。


そう考えた鬼がヤスリを取り出し、凹凸を削ろうとした。


「待て」


「だが…」


「ここは敵地だ。おそらくわざと道に凹凸をつけることで足止めと馬車の転倒を狙っているのだ!」


「なるほど…さすが人族、頭のいい戦術だ!」


誰も予測していないところで感心する鬼達。それを遠目で見ていたPHはどうすればいいのか困惑していた。無闇に襲ってくることもなければ、やっていることは道をスリスリ触っていることだ。一言言いたいことがある「反応に困るからやめろ」と。


「い、いかん!俺達は子蜘蛛と精霊を探しに来たのだった!」


「あ、あぁ、忘れるところだったぜ…おい、預かりセンターとやらはどこだ!」


「え?あ、あぁ、こっちです」


「ふむ、仕事をしっかりとこなせば褒美をやろう」


「…!?ありがとうございます!」


囚人服のPHがペコペコと鬼達にお礼をするその姿がまたPH達を混乱させた。一体褒美というのはなんなのか。あれほど嬉しそうにしているのだ。おそらく褒美というのは鬼達が装備している刀のことだろう。※彼らは食べ物に釣られています。


先導するPHについていく鬼達は町の隅々まで観察した。その結果彼らは「必ずこの町を再建してみせる!」と意気込んだ。自分達で壊したそれをあたかも、何かの災害で壊れてしまったのか、可哀想と解釈したのだ。頭がよくなったとはいえ、元はゴブリンだ。馬鹿なところは変わらない。


預かりセンターに向かう途中。夕飯を食べることになった。自分達が持ってきた握り飯があったが、せっかく町に来たんだ。この町の名物を堪能しよう。そう考えた鬼達は案内人(囚人服のPH)におすすめを聞き出して店に向かった。


着いた場所は屋台が立ち並んでいた。鬼達の登場に緊張が走るのは毎度のこと。彼らは屋台を睨み付け、ひとつの串焼きに目をつけた。


「これをくれ」


「へ、へぃ!」


指名された屋台の店主は走馬灯を走らせつつ、串打ちをした。その度に鬼達は「ほぅ、やるじゃないか」と呟いた。タレを塗り込み、串焼きを開始する。そのまま焼かれる姿を見て鬼達は「おしいな…」とぼやいていた。


出来上がりを受け取った鬼は香りをかぎ、タレを一舐めした。そしてパクりと一口頂く。目を閉じて味わうこと数秒。小さくため息を吐く。その様子に恐怖に打ち伏す。だが、鬼達は微笑みながら店主に近づいた。


「腕はいい。だが、タレの作りと焼きが甘い。手本をみせてやる。そこを貸してくれないか?」


鬼の凄みに圧され、言うことを聞くしか出来なかった店主は店から逃げるように立ち去ろうとした。しかし、踏み出した瞬間に鬼に捕まり、真横に連れてこられた。始まったのは先程店主がつくった串打ちだ。それにタレをつけ、焼いていく。それも一度ではなく何度も塗っている。


店主はそれを勿体ないと感じていた。タレは貴重なもの。だからこそひと塗りで十分と考えていた。だが、それも鬼が差し出した串焼きを食べて一変する。「なんだ、これ…」と考える間もなく本能で告げた。


「これが本物だ」


鬼達は根っからの職人であり、料理人だ。店主に技術を教えるべく、一人の鬼を残して次の店へと向かった。そしてまたそこでも未熟な技術に喝を入れ、また次へと向かった。


夕方が過ぎる頃には鬼の数は半減していた。それだけ鬼の目に止まる店があったとも言えるし、それだけ鬼が熱血とも言える。だからといって戦力が落ちたわけではない。


店を巡る鬼達を路地裏の影から監視する者達がいた。彼らはゴブリンや鬼から搾取されてきた者達だ。あるときはゴブリン村への強襲、あるときは道中での略奪、そして町での襲撃。どれもが自業自得であることに彼らは気付いていない。


それでも自分達に正義ありと思い込んでいる。まずは雑魚からだと影から手を伸ばし、囚人服の男達を奪う。そして追い剥ぎを行い、変わりに自身がその中に潜入した。そうして全員変わったところで鬼達は気付くことはなかった。


彼らは鬼達の目的を聞き出し、先回りして目的を潰すことで鬼達の面子を潰そうとしている。目的さえ失えば鬼達の悔しがる顔を見れると画策している。路地裏にはそれを実行する仲間が聞き耳をしながら待機中だ。


鬼達はお腹一杯になったのか、武器を携え、囚人服の潜入者に近付いた。


「よし、腹ごしらえはここまでだ。預かりセンターとやらに案内しろ」


「え?」


鬼達の目的を聞き出すことに成功した彼らだったが、まさか目的地が預かりセンターとは知らず、困惑していた。急に渋り出した囚人服の潜入者を睨み付ける。


「まさか、この期に及んで我らを謀ろうとしておるのか?」


胸ぐらを掴んで逃げ場を失くし追い詰める。他の囚人服の潜入者は地面に押し付けられ身動きのとれないようにされていた。そうして脅迫された囚人服の潜入者は押し潰された蛙のような声を出しながらも返答した。


「ひ、ひぇ!?めっそ、滅相もご、ございません!」


「そうだろうとも!では、案内せよ!」


観念した囚人服の潜入者達は一筋の光を求めて路地裏に弱々しい視線を送った。しかしそこには合掌をして悟りを開いた仲間達がいた。「南無」という声も聞こえた。そして小さく見えた元囚人服の男達は「ざまぁみろぉ」と醜く嗤った。


店に食べに来ていた客は引き摺られて連れていかれた男達を見送った。胸ぐらを掴まれた状態の潜入者は言われるままに鬼達を預かりセンターへと向かった。預かりセンターはまさに堅牢な建物だった。


まずその造りに感動した鬼達は壁を触った。中に入ると扉の付け方、床、天井を眺め、そして列に並んだ。脅迫されると思っていた預かりセンターの職員はキョトンとなった。目を白黒させながら列が消化されていった。


受付までたどり着いた鬼達の姿はまさに銀行強盗のような存在だ。その手が刀の柄にあることがさらに恐怖を引き立てる。


「きょ、今日はどのようなご用件でしょうか?」


「では…」


なんとか口に出した受付は上司に危険手当てを求めてチラリと後方を見た。しかしそこには上司はいなかった。すでに逃げ出しているのを見送り、人生終わったと、どうにでもなれと鬼達に丁寧に対応し始めた。


「はい」


「こちらに子蜘蛛と精霊が来ておらぬか?」


鬼達の顔は真剣そのもの。誰が咎めようとするものか。しかし来ると思っていた言葉が一向に来ない。受付の職員は聞き間違えをしてしまったのか、それともまだなにも言っていないのか、頭が真っ白になった。


「…も、申し訳ありません。も、もう一度…お願いします…」


「うむ、こちらに子蜘蛛と精霊は来ておらぬか?この者達から聞いたのだが、迷子なった者はこちらに集められるとな。幼子でユーク殿が心配しておる。我等も気が気でなくてな」


ここにいた誰もがこう思った。


(((((迷子センターじゃねぇよ…!)))))


だが、真剣な鬼達、しかも子供の心配をしてきた鬼達に否定的に答えるわけにもいかず、受付の職員は心を穏やかにして答えた。


「申し訳ございません。こちらには来ておりません。職員の方にも働きかけて、いえ、全力で探して参りますので、ご安心ください!」


「…っ」


職員の必死な受け答えが通じたのか、鬼達は目頭を押さえて一筋の涙を流した。それについて突っ込まざるを負えないが、感動的な場面で誰も何も言えなかった。たとえここが迷子センターではなくとも。


「こ、子蜘蛛と…精霊のこと!お、お願いします!」


受付と一対一で話していた鬼は受付の職員の手を片方の手で取り、そしてもう一つの手で包み込み懇願した。ノリにのった職員は、さらにその上に手を乗せてこう言った。


「私達に出来ることなら…任せてください!」


この二人を邪魔することはできない。なぜなら今さら迷子センターじゃないなんて言ったら責を負うのはこちらで、暴れる鬼達を抑えることなど不可能に等しいからだ。


こうして鬼達は囚人服の潜入者にお礼を述べ、「例のあの場所で(ブツ)をやる」と言い残し帰っていった。餞別として囚人服は持って帰っていいらしい。帰りにもう一度店に寄り、店主に技術を教えていた鬼達を回収していった。弟子となった店主達は鬼達を師匠と崇め、町で一二を争う屋台となったのだ。


彼らは知らない。これはまだ誘拐騒動の序の口であったことを。彼らは知らない。すでに子蜘蛛と精霊が助け出されていることを。

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― 新着の感想 ―
[一言] カツ丼で落とせるPH… もしかしてPMよりも切羽詰まってる?まあイキリが多いものね まあその前に精霊と子蜘蛛に手出すのは死ねばいいと思います
[一言] 不幸なのか幸運なのかわからない人がたくさんいるなぁ
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