第58話 徹底した英才教育
【説明】
「」は現在話している人数の共通言語。
『』は現在話している人数の少数派言語。
解放した子蜘蛛にすぐさまポーションを振りかけ、HPとMPを全回復させる。僕の行動で動揺が走るのはわかるが、油断してる場合か?子蜘蛛は駆け出すと木の上に登っていった。
カルトの話では蜘蛛達は自分達が勝てる土俵を自身で作り出し、相手を自分の得意な戦いに引きずり込む。そして相手を翻弄し、気付いたときには倒されているそうだ。真っ向勝負は決して行わない。今はその準備期間といったところか
「てめぇ、よくも蜘蛛を逃がしたな!簡単には死ねると思うなよ!」
「僕に勝ってから言ってくれるかな?」
骨針を油断しきっている後方の詠唱中の魔法使いに投擲する。詠唱をやめてなんとか避けた。またやり直しだね。長剣を抜いて剣先を向けて牽制する。
「数の差がわかっていないようだな。てめぇら囲っちまえ!」
「「「おう!」」」
「え?あっ!?」
「ど、どうした?」
「足が地面にくっついて動けねぇ…」
早速罠に引っ掛かった馬鹿がいた。蜘蛛がいるのだからそれくらいのことするだろう。もしかして蜘蛛の戦い方を知らない?まさかそんなわけないよね。戦って捕獲したはずだから。
「今は戦闘中だよ、悠長なことしてていいの?「スラッシュ」」
剣を振りかぶってなにもない場所を切りつける。その行動に困惑するPH。だが、これは必要な動作だ。【剣技】スキルを発動するキーワードとしてね。斬りつけた軌道がそのままの形を維持して止まっている敵に衝突する。なんとか盾で防いだみたいだが、防御だけしてればいいわけがない。
「まだまだいくよ」
全員もれなく足が地面にくっついてる。ここには馬鹿しかいないのか?子蜘蛛の走る速度に目が追い付いてないのかな?さっきから君達の周りをぐるぐる回るように移動して糸を撒き散らしてるよ。
気付かないから一人また一人と粘着質の地面に張り付いていく。その間も僕は剣技のスラッシュを繰り出していく。スラッシュは剣の軌道を飛ばすものだ。威力はそこまでないが、剣で遠距離攻撃ができる優れものだ。
剣技に併用して魔法も使う。僕はちゃんとチュートリアルを受けたので詠唱は必要としない。剣技もそこで教えてもらった。チュートリアルだけあって質問したら大体教えてくれる。あの感じだと質問しないと教えてくれなさそうだった。
剣技は武技系のスキルで、槍でも鞭でも道具でもなんでも技のスキルがある。これを知っているか知っていないかで戦闘力が大きく変わる。だからPHは弱い。多分だけど、PMも知ってる人は少なそうだ。
カルトは使えてたから知ってるかもしれないけど、他はどうだか。悪夢が知らずにあの強さなら頭がいってるとしか思えない。とはいうものの、蜘蛛って現実世界であの小ささで大きな獲物も捕まえれるほど強い。
それがゲームでしかも50cmほどあれば弱いわけがない。実際、悪夢の布装備でエリアボスの攻撃を受け付けない。そんなものを攻撃に使えば強いに決まってる。
「降参する?」
「「「するわけねぇだろ!」」」
まだまだ元気な様子。足が動かないが口と手は動く。足が動かないから回避できない上、魔法を防ぐ手だてもない。すでに詰んでいる。これだから蜘蛛と戦いたくないんだ。糸は透明で見にくいし、切れないし、さわると引っ付く。燃やせばいいが、色んなところに繋がってるから自分も燃える。
近づかずにひたすら遠くから魔法を放ち続ければどうということはない。とは言えるものの、素早く接近戦に持ち込めるだけの実力もある。魔法も使えるから魔法の撃ち合いになって、チュートリアルを受けたあちらが強いのは必然だ。
「さすがに降参する?」
「…」
「黙ってるけどさ。もう無理だよ。動けないでしょ?」
僕が遠距離攻撃してる間に蜘蛛が完全に動きを封じた。スラッシュにも反応できないほどの拘束力があり、糸も簡単には取れない。僕も近づいて攻撃はできない。どこに糸が張られてるかわからない。
『もういいんじゃないかな?』
『だめ、ママはもっとやってた』
『もう動けないよ、彼ら。それに彼らは応援を呼んでる。一旦ここを離れて次に備えよう。さすがに連戦は厳しいでしょ?』
『ゆだんたいてき…』
『わかった。僕も協力するから止めをさしてから休もう』
『やる!』
糸だるまになるまで子蜘蛛に糸を放たれた彼らは身動きどころか声すら発さなくなった。そんな彼らに僕はスラッシュを放ち、サンドバックにする。子蜘蛛は爪でボコボコに殴っていく。味方になると心強いがされる側には絶対になりたくないと、心に刻んだ。
「うん。もう死んだみたいだね。解体して持って帰ろう。糸はどうする?」
「ほしいならあげる。ぼくはつかわないから」
「ありがとう!これで心置きなく釣りができるよ」
「ねぇ、つりってたのしいの?」
「うん、楽しいよ。一緒にやるかい?」
「うん!やるー!」
子蜘蛛を抱き抱えて湖に戻る。まだ掲示板を見て来る人はいないみたいだ。油断する訳じゃないけど、子蜘蛛がしたいと言っていた釣りをすることにした。僕は釣竿を何本か持っていたので、そのうちの一本をあげた。糸のお礼だ。
「どうやってやるの?」
「この針にまず餌となる木の実をつけます」
「うぇ、このきのみまずいよ…」
「食べたの?」
「うん、ママがにこにこしながらくれたから、たべたんだ。そしたらまずかった」
「ママは鬼畜だね…そのママって人は八雲って名前の人?」
「ううん、ぼくのいってるママはハクマだよ」
「ハクマ?」
「うん、ぼくとおなじでまっしろなくもなんだ。ときどきママにおこられてるんだけど」
「うーん。今度カルトに聞いてみるか」
「それで、これをつけてどうするの?」
「後は簡単だよ。この餌がついた針を湖に落とすだけだよ」
「それで?それで?」
「魚が来たらこうやって釣り上げるんだ。ちょっと用事があるから待っててね」
「わかった、まってる!」
子蜘蛛が釣りに夢中になってる隙に近付いてきてるPHを片付ける。釣竿の針を投げて、ピンポイントで装備の襟に引っ掛け、釣り上げる。身体を空に晒したPHに骨針を投擲する。腕でガードされるが、先には麻痺毒が塗られているため、地面に変な格好で着地して瀕死になる。あとは止めをさすだけ。
この麻痺毒は蛇の女王のもの、骨はカルトのものだ。使い捨てにはできない代物なので大切に使っている。解体して物を回収したら子蜘蛛のところに戻る。周囲の人の気配が消えたので今は大丈夫だ。
「どうかな?」
「これーっ!」
「お?これは確か小弾魚だね。骨張った身体で身は少ないけど、歯ごたえがあっておいしいよ」
「たべる!」
「もう少し数が集まってから食べよう。僕も参加するからすぐに釣れるよ」
「うん!がんばる」
「その意気だ」
それから10匹程釣ったところでエドガーが帰ってきた。思ったよりも早かったので驚いたが、連れにカルトと幼女がいたので、無事救援を呼べたようだ。エドガーは戸惑いを見せていたが、子蜘蛛が釣りにハマっているところを見て、すぐに釣りに参加した。
「カルト、遅かったね」
「こっちも色々あったんだよ。蒼空もあったみたいだね。今は釣りしてるの?」
「そうだね、はいこれ、人数分足らないから釣ってね」
「僕は釣りスキル持ってないよ?」
「子蜘蛛だって持ってないけど釣れたから大丈夫でしょ」
「うーん、まぁいっか。ユーク、子蜘蛛は彼が救ってくれたみたいだ。お礼を言っておいて損はないよ」
「はい。ハクニシを救っていただきありがとうございます」
「いいっていいって。僕ができたのは捕まってた…ハクニシって言うのか。ハクニシを解放したところまでだ。あとはハクニシが倒したんだよ」
「そうでしたか。でも助けていただいたのは事実ですから」
「あー、うん。ハクニシのところに行ってあげてくれ」
ユークが子蜘蛛のところに向かうとカルトがニヤニヤしていた。うざいのでスルーした。とりあえずあの幼女が何者か聞くことにした。
「あの幼女は何者?NPHには見えないけど?」
「あれは八雲の配下の聖骸だよ」
「レリックか…相当強いだろうね。そうだ、この辺りにまだPHが集まってくるかもしれないから注意しててくれ」
「さっき僕達も遭遇したよ。僕とユークを見て口説きに来たから下から上に切り裂いてあげたよ」
「こわっ…」
情報交換を行うためにカルトと蒼空は離れた場所で釣りを行うことにした。エドガーは子蜘蛛の釣り成果に対抗心を燃やしているため、その会話には参加しなかった。大人げないと思うが、釣り人というのは時折、子供に対してだって対抗心を燃やしちゃう生き物なのだ。
その子供であるハクニシは一生懸命釣りをしていた。なにも考えずに黙々と行うその姿はまさに熟練の釣り師だ。釣竿の微かな振動と糸先の動きに神経を尖らせていた。
視界は良好で空は晴天だった。透明な水の中まで見えるのは影の落ちることのない湖だからだ。そんな湖に大きな影が落ち、湖の中が見えなくなる。
「ハクニシ…」
「ゆー…く?」
「無事でよかった…」
ユークは膝が汚れることを気にせずにハクニシを抱き締めた。ポカンとするハクニシだったが、懐かしい匂いと温かさ、声に緊張がゆるんだ。今までは仲の良いものがおらず、我慢してきた感情があった。それが今、勢いよく解放された。
「こわかったよぉ…ゆーく…」
「はい、よしよし…」
ユークはそれを優しく受け止めた。止めどなく流れる不安と恐怖をユークにぶつけた。たくさん泣いてたくさん甘えた。
「ハクニシ…かえろ?」
「かえって…みんなにあいたい」
お家に帰ってみんなに無事を報せたいユークはほっとした。復讐に駈られてPHを殺してまわりたいと言われてしまえば、賛同してそのまま向かう自信もあった。
ひとしきり抱き締めて甘え終わると、やっていた釣りを再開した。みんなのお土産に持って帰りたい、というわけではなく、お腹すいたから今食べたいからである。食糧調達は急務だ。お腹が空いたら戦はできぬと言うくらいだ。帰るまでに倒れてしまっては元も子もない。
「これをね、こうやってやるとね!釣れるの!」
「ハクニシ…すごい…」
「それでね!それでね!」
元気になったハクニシはユークに自身のテクニックを見せ付けながら釣りをした。もう寂しさや苦しさなんかも忘れて釣りに夢中だ。そんなハクニシの姿に驚きもなく、楽しそうに笑うユーク。そんな二人のもとに蒼空とエドガーがやって来た。
「それくらい釣ったら十分だから、早速食べよう。ほら、エドガーも子供にムキにならないで」
「あと少しで勝てるのだが…」
「勝ち負けはどうでもいいから、作るよ」
「ま、まて。ほんとだからな?ほんとだからな?」
「はいはい、エドガーも手伝ってね」
ハクニシが釣った魚を持って煙のある方へ歩いていく。ユークはハクニシを抱えて二人をついていく。もう少し釣りをやりたそうにしていたが、ユークから逃げることは八雲にも出来ないことなので、大人しく連れていかれることにした。
煙は魚の焼ける良い香りがした。焚き火で一人魚を焼くカルトの姿はシュールだった。ただ見た目の綺麗さがあるため、高貴な女性が没落貴族になり、やむを得ず魚を食べて生活してるようにも見える。
「あのさぁ、僕は料理スキル持ってないんだけど…」
「これは魚に塩をまぶして焼く、簡単なお仕事だから料理スキルなんていらないよ」
「蒼空がやれば良いのに。料理スキルこの中で一番高いでしょ?」
「みんなでやることに意味があるんだ。ほら、エドガーも逃げるな」
「…あぁ」
「なんかエドガー元気ないけど、どうしたの?」
「非常に大人げない理由だから聞かなくていいよ」
「え?なになに?エドガーどうしたの?」
弱味を握らせてはいけない男、それがカルトだ。今は心配したようにエドガーに話しかけているが、情報を手にいれれば、すぐさま煽り散らすだろう。
「は、ハクニシ。気を付けるのよ…」
「うん!大丈夫だよ!あっちち」
「だから…言った…」
「ゆーくぅ…」
「こうするの」
「うん…」
「はい、これ。食べられるでしょ?」
「うん!」
「おいしい?」
「とってもおいしい!」
「よかった…」
二人の微笑ましい様子を見ながら食べる魚の塩焼きは少しだけ甘く感じた。カルトはエドガーの肩をそっと叩き、相談に乗るように言っている。カルトのことをわかっているエドガーはしきりに「大丈夫だ、問題ない」と呟いている。しかし、面白がっているカルトは止まらない。こちらは甘さの欠片もない修羅場だった。
魚を好きなだけお腹いっぱいになったところで帰ることになった。そこでPHの集団に遭遇した。話しかけられそうになった瞬間に、ユークの蜘蛛聖霊が突進して突き飛ばした。
ボロボロになって戻ってきたところでカルトに気付き、一目散に逃げた。しかしその間に張られた蜘蛛の糸の罠にはまり、絶望したところで全員仲良く跡形もなくなった。
ユークと子蜘蛛は帰宅途中に遭遇した子蜘蛛の集団に連れられて帰っていった。その様子を見た三人は心底、「敵じゃなくてよかった」と思っていた。最初現れた子蜘蛛は殺気立っていて見るもの全てを殺し尽くすみたいな視線をしていた。僕達を見るとすぐに消えて、次に現れたときには数十匹に膨れ上がっていた。
その段階でユークとハクニシ、カルトに気付いたことで雰囲気がガラリと変わり、尻尾を全開に振る犬みたいに興奮してすり寄ってきた。その差に身体が受け付けなかったみたいでブルブルと身体が震えた。それはエドガーもそうだった。カルトは慣れているのか、「よかったねぇ」と言っていた。
蜘蛛たちがいなくなってから僕達はカルトの町に帰った。途中でボロボロのPHが糸に捕まっているところを何人も見つけた。どれもデスポーンで逃げたみたいで、身動きひとつもしていなかった。
魔物も人も全てがそうなっていることから、蜘蛛たちは見るもの全てに襲いかかったことを容易に想像がつく。無事にカルトの町に到着すると、蜘蛛が狂乱した後、どうなったかをお互いがそれぞれの方法で確認することになった。
エドガーは住人から、カルトはPMの、僕はPHの掲示板をそれぞれ見聞きすることになった。そこで繰り広げられていた情報に僕達は顔を見合わせて苦笑いすることになった。




