第56話 誘拐騒動
ユークちゃんから聞いた子蜘蛛と精霊誘拐。PHもあれだけやったんだから懲りたのかと思っていたけれど、イベント終了後にこんなことをやらかすなんてね。イベントでは密集率が高かったおかげで使えなかったアイテムも豊富に揃ってる。ここが使い時かしら
「お姉様お呼びでしょうか?」
「きたわね。さっそくだけど、やってほしいことがあるの。任せてもいいかしら?」
「お姉様が任せてくださるものなら、なんでもお任せください」
私はジュリアーナに作戦に適切なアイテムを渡した。ジュリアーナは本当にいい子に育った。ほんの数年前までかわいい純粋な男の子だったわ。おそらく女家庭で育ったせいか身嗜みを整える能力も備わっていたし、喋り方も上品だった。
でもね、あまりに押さえつけられた生活を送っていたせいか、本来の彼女の欲を出せていなかった部分があったの。だから、私が指導したおかげで今では完璧なレディに近付いたわ。
あと少しすれば恋愛対象もボーイッシュな女の子から漢に変わるわ。このゲームでもっと女を磨いて、素敵なレディになれればいいのだけれど。
「そうだわ!今度みんなでお茶でもしようかしら?」
カルトも八雲もみんな誘っての楽しいお茶会。楽しみだわ。でも、今はユークちゃんのために一肌脱ぐのに集中しましょ。いつも使ってる地雷に少しだけ一工夫しましょ。
私の地雷は本来ではこんな早い段階で手に入れられる代物じゃない。私がスライムだからできたこと…今は種族名が変わって夢想の変幻体という。正直ここの運営は考えてることがわからない。
調べてみても意味がわからないけど、ファムってフランス語で女性の意味があるらしいわ。あとは男にとって運命の女って書いてあるものもあったわね。つまりここでは私は女性ってことね。
そして夢想。繋げて理想の女ってところかしら?あとはラなのだけど、ラファとファムを繋げたのがラファムで、夢想と癒しと女性。つまり理想的な癒しのある運命的な女性ってことだわ!
地雷に八雲の真っ白な糸を入れておきましょう。特にねばっこいやつを入れたら遠くの敵も拘束できそうね。あとは金属片、それに嫌がらせで悪臭液も入れときましょう。
私の地雷の主な材料は私の身体、つまりスライムボディだ。これで火花草の花と種の接触を避けて閉じ込める。火花草は乾燥地帯に生えている天然の地雷だ。火花草の花は毎夜に咲き、朝になると枯れて種をつくる。この種は火種といい、朝になると地面にこぼれ落ちる。
それを毎日繰り返すことで密集地を作り出す。火種の中にはすぐに成長しないものもある。これがなにより危険であり、もしこの密集地に刺激を与えれば、一瞬で爆発する。
火種は火薬であり、火花は着火材。これがカレー炒飯が使ってる大砲の弾と花火の素材ね。これらは私がつくって変わりに鉱石をもらってるのだけれど、お互いWin-Winだからできる商売ね。
今回はこの爆弾にもう一工夫するわ。外側に不発弾を思わせる加工をするわ。小爆発でこの地雷に衝撃を与えることによって、衝撃を与えた存在に引っ付くわ。もちろん、相手がいなかったらその場にとどまるの。
つまり、地雷処理の魔法をぶつけられても、一発ならその場に残るわ。これで更なる警戒を与えられる。その間に味わうわ。ええ、いい男がいたら味わい、いい女がいたら我が物にするわ。女磨きは最優先事項だもの。
「これで準備万端ね」
「お姉様、仕掛け終わりましたわ」
「ええ、ありがとう。では、行きましょうか、お仕置きにね」
「はい、お姉様」
すでに事件の犯人が捕まっている。しかしこの二人を止めることはできない。なぜなら情報を伝える手段がないからだ。掲示板をみればチャンスはあるかもしれないが、そのときにはすでに手遅れだろう。
その頃、ユークに頼まれ、子蜘蛛と精霊の捜索に駆け出した鬼達はというと、視界に入ったすべてのPHを拘束していた。人語のしゃべることができる鬼たちはそのPHたちを拷問し、取り調べを行っていた。
「子蜘蛛と精霊の行方を知らねぇか?知ってんだろ」
「そうだ、さっさと吐け」
「え、あの、これ、どういう状況?」
椅子に縛られたPHの青年は現状に困惑していた。鬼達に囲まれたと思えば、目隠しをされ、気がつくとここにいた。周り、正確にはガラス越しの向こうにパーティーメンバーが同じように拘束され、鬼たちは刑事の格好をしている。
さすが世界観の破壊者というべきか。なぜか囚人服まで用意され、牢屋もある。そして、彼らがどこでこれを覚えたのか?おそらく彼ら鬼の中にPM、つまりプレイヤーはいない。どこかぎこちない上、ちらっとお互いを見て「これであってる?」「たぶん?」と言い合っていた。
「さっさと吐け」
「子蜘蛛と精霊?」
「そうだ、一緒にいなくなったんだ」
「預かりセンターにいるんじゃないの?」
「なんだ、それ?知ってるか?」
「いや、知らない。もしかしたら御館様に聞けば知っているかもしれない」
「確かに。御館様に聞いてみるか?」
「いや、こいつが知ってるなら、こいつに聞こう」
「そうだな。よし、吐け。その預かりセンターとやらを」
「吐いても殺されるんでしょ?だったら言わないよ。損しかないじゃん」
「往生際が悪いぞ!」
「そうだ、カツ丼を出すんだった。御館様が言ってたやつ。え?作ってない?ば、馬鹿野郎!御館様がちゃんと用意しとけって言ってただろ!」
カツ丼!え?あのカツ丼?カツどぅん?え、まだ美味しく作る方法が見つかっていない、あのカツどぅんがあるのか!PMは進んでるとは思っていたが、ここまで手広くやってたのか…。だからパーティーメンバーもゴブリンランドに行ってみよう!って言ってたのか。
確かにカツ丼があるなら、行くべきだな。いや、今から作ってくれるのかもしれない。はっ、ここでちゃんと証言すれば、カツ丼を食せるのか。よし、暴露しよう。俺は使ったことないけど、掲示板で迷子センターみたいなものって言ってたしな。
「はい、言います。預かりセンターの場所を…その代わり、俺、いや、俺達にカツ丼を食べさせてください!」
「ふっ…ようやくその気になったか」
「全くだ。さすがカツ丼だな。御館様が禁術に指定するわけだ」
中途半端な知識を披露すると事故を起こしやすい。これがいい例だ。いや、悪い例だ。後で知った彼が悶えるまで残り数時間。
裏で起きた勘違いが悲劇に変わってしまったことを知らないPH達はいつものように暮らし、いつものように騒いでいた。
それはもちろん情報屋を勤める京楽も同じ。争いにまるで興味ない蒼空は今日も変わらず新しい職業である釣り人を楽しんでいた。
「エドガー、穴場教えてくれてありがとね」
「気にするな。俺もカルトから糸を融通してもらってるからな。それに釣りは待つ時間が長い。それだけ暇になるから、正直喋り相手になってくれるだけで助かる」
「そうだね。僕も最近釣りを始めたけど、釣れないときは本当に釣れないから、話し相手は必要だね」
「あぁ。今日は仕事も休みだし、のんびりしようぜ」
「だね~」
ここだけは今日も平和だった。
その頃、精霊を連れ去った犯人。いや、主犯といえばいいだろうか。指示をした依頼をした。そのどれでもいいが、身体を拘束された商人は未だに強気だ。
ユークが固まっている間も思考を巡らせていた。どうすれば助かるのか、どうすればこの状況を打開できるのか。
「考えてもなにもできないよ?だってここは人間の町じゃないんだから、ここでは僕がルールだよ」
思考してて僕が目の前に来たことに気付かないなんて、そんなんで逃げられると思っているのかな?いくら考えても答えなんて出ないのにね。
「わしが誰だかわかっているのかね?」
「お?口の拘束解いたんだ。頑張ったんだね。知ってるよ、魔物闇市の主催者の一人でしょ?あれ、これはあまり知られてなかったっけ?そっか、隠せると思ってたんでしょ?僕にはね、優秀な隠密がいるんだ。町の情報も筒抜けだよ」
動揺してる、動揺してる。この情報は確かに町である程度の噂はあった。でも実際にどこで行われているという情報はなかった。
京楽とエドガーに八雲の糸を餌にひたすら町で情報収集させた。そしてようやく掴んだのは、合法で魔物を売っている場所だけだった。
今回のイベントで町に侵入した後、僕は京楽らを連れてその現場に実際に行ってみた。
その結果、わかったことはすでに誰かに荒らされていたことと、闇市に関する帳簿があり、そこにはプレイヤーと商人による魔物の売買があった。
帳簿には第一エリアから第三エリアまで多岐にわたって取引を行っていた形跡があった。正直なところ僕らの配下もしくは知人に手を出さなければなにもする気はなかった。なぜなら、時間の無駄だから。
今回こいつがうちに来なければ、八雲の配下と精霊を誘拐しなければ、僕は傍観するつもりだった。それなのにこいつと来たら、わざわざ僕に捕まりに来た上に、町がPMにボロボロにされたのにも関わらず、性懲りもなく来やがって。
精霊一体の力でどうにかならない相手なんてあの戦いを目の当たりにしたら馬鹿でもわかるはずだ。あ、うん。こいつ馬鹿以下だから来たんだね。納得したよ。
「それで、子蜘蛛と精霊はどこかな?」
「そう簡単にぃ!?」
「口の聞き方、気を付けた方がいいよ。僕はね、君をいつだって殺せるんだよ」
「言わないといっぎぃああああ!?」
「僕が聖なる存在だからといって、闇魔法使えないと思った?で、どうする?このまま死ぬか、それとも答えるか、どうする?」
「い、言う!だから…うぐあ!?」
「言わせていただきます…だろ?どっちが上か、わかった上で口聞いてんのか?」
「は、はいぃぃぃい!」
おっと、危ない危ない。このままいっていたら、ユークを怖がらせてしまっていた。笑顔、笑顔。八雲に言いつけられたら弱いからな、僕。さて口を割ったことだし、こいつの処分はいつログインしてくるかわからないけど、八雲に任せよう。
「カイル」
「はっ!」
「牢屋に繋いでおけ、一般人向けのもてなしで十分だ」
「はっ!」
闇市商人を鷲掴みにしてカイルが牢屋へと移動していくのを見送って、商人の言っていた話をまとめる。元々、精霊がたまたま森で弱っているところを通りがかりの冒険者が見つけたのが始まりだそうだ。気のいい冒険者が世話をして回復させたものの、どう扱っていいのかわからず、あの店に預けたそうだ。
そしてその預けられた精霊を使って商売を行った。さすが闇市商人、クズである。その精霊を買い取ったのは精霊を追い求めていたPHだ。
取引のお金が足りないのでイベント終了後に買う予定だったが、見事に惨敗。そして精霊は八雲に保護されてしまった。
そこで闇市商人はせっかくの大金を逃すわけにもいかず、傭兵に精霊を捕らえるように命じた。傭兵が捕まえることができれば、傭兵はお金を手にいれることができる。精霊は商人にそういう取引だ。
見事に精霊を捕まえることができたのだが、一緒にいた子蜘蛛によって傭兵の半数の戦力が失われた。精霊と子蜘蛛は捕獲に成功したものの、傭兵にとって手痛いものだった。
商人のところへ傭兵は精霊だけを届け、報酬を受け取り去っていった。傭兵は去り際に精霊の力があれば簡単に僕の町を制圧できると仄めかしていた。それを信じた馬鹿商人は精霊を無理やりテイムしてこの町に来たわけだ。
精霊はというと、商人の懐に入っていた瓶に詰められていた。精霊は無理矢理力を使わされたため、衰弱していた。僕は聖骸達を呼び寄せ、浄化と回復魔法、そして聖界を展開して精霊を回復させた。
「ユーク、精霊のことは彼らに任せて、子蜘蛛を助けにいこうと思ってるんだけど、どうする?残る?」
「私は…」
「精霊様はワタシが見ておきましょう。ユークは子蜘蛛を迎えにいきなさい」
「クナト…」
「子蜘蛛を安心させてあげられるのは八雲様がいない今、ユークだけですよ。精霊様は神聖なこの場所にいれば、最初は戸惑うかもしれませんが、すぐに落ち着けるはずです。子蜘蛛のこと、頼みましたよ」
「クナト…わかった。私がいく」
私はなぜか若返ってかっこよくなっているクナトの姿を無視して、子蜘蛛を安心させるためにカルト様についていった。八雲様に見られて恥ずかしいとか…子蜘蛛の寂しさ、辛さに比べたらへでもない。
「待ってて……ハクニシ、すぐに助けるから…」




