表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/168

第54話 彼のいない日

 公式イベントがあった日、私はマスターに呼ばれて今後どのような展開が予測されるか、発現するであろうイベントについて聞かされた。


 同僚のみんなもいつもより大人しく席についていたが、大半が眠っていた。それこそいつものことだ。


「さてこれだけのことを教えたが、これらを伝えるかは君たちの裁量次第だ。この後のことは君たちに任せたよ。私の可愛い子供たちよ」


 そう言ってマスターは煙のように消えていった。マスターの話が終わればすぐにお開きになる。すぐに立ち去るつもりだった私の横にはいつもマスターの愚痴をためこむ狐の獣娘のリンがいた。


 リンが大声で愚痴を告げるといつもの流れ、リンと夜叉が言い争い、リンが自虐して私に甘えてくる。妹分でもあるリンをつい甘やかしてしまうのは私の悪いところでしょう?


 腕の中でリンが寝息をたてて眠りについたことを確認する。このままではイベント終了後に疲れきって帰ってきた八雲様をお迎えできない。


 私は腕の中にいるリンをヒデ様のお家に届け、直ぐ様八雲様のいる拠点へと向かった。


「ただいま戻りました。八雲様、お疲れ様です」


 私は子蜘蛛たちに囲まれて眠る八雲様に挨拶をした。しかし、八雲様はすでに眠りについており、いつ目覚めるかわからない状態だった。


「八雲様…お眠りになってしまったのですね…」


「おかえり、ルカさん。お母さんはすごく疲れてたみたいで、ここに戻ってきたらすぐに眠ったんだ。もしかしたら4日は起きないかもしれないって言ってたよ」


「そうですか。教えてくれてありがとう、スイマ」


「うん、お母さんが起きるまではいつものように生活するけど、ルカさんはどうするの?」


「私はここで八雲様を眺めておくわ」


「そう?なら、ここは任せるよ。ほら、みんな、明日のためにはやく寝るよ」


「ぼく、ママといっしょがいい」


「お母さんは今日すごくいっぱい戦って、動き回ったんだ。だからしっかり眠らせてあげよ?」


「でもでも、ひとりでねむるのはママだってさびしいよ?」


「ママをひとりにさせたらだめーっ!」


「ママとがいいー」


「寝相の悪い子はだめだからね?ほら、コクマとハクマは離れてね」


「うわっ、スイマにバレた」


「わたしは寝相悪くないよ」


「いや、ハクマはわるいよ?」


「こ、コクマに言われたくないよ」


「なにい?」


「こらこら、喧嘩しないの。私が間に入るから、近くで寝ましょ」


「「ふーんだ」」


 コクマとハクマが喧嘩をし始めると一番大人なフウマが仲裁に入った。なんだかんだ反抗期の時期があったものの、コクマとハクマは八雲様のことが大好きだ。


 フウマも大人びてはいるものの、誰もいないときは八雲様にべったりである。


「これこれ、フウマもコクマもハクマもくっつきすぎぞ。もう少し子蜘蛛たちに近寄らせてあげぬか」


 そう叱りつけたのはドーマだ。最近入ったクナトと日本文化大好きカレー炒飯の影響で段々と江戸時代にでもいそうな喋り方に近づいてきた。そのクナトはなぜかカルト様のところに行っているため、ここには帰ってきていない。


「みなさん」


「はい?」


「なーに、ルカさん」


「ねぇねぇ、ルカさんも言ってよ、コクマが寝相悪いって」


「ボクは悪くないよ!ハクマの方がわるいーっ」


 いつもよりもトーンの低い声で呟かれたにも関わらず、夢中になっていて気づけなかったコクマとハクマはいつものように私に話しかけてきた。


 他の子蜘蛛たちはすでに察してしまったのか、両前脚で口を押さえている。


 私があからさまに怒っている顔をすると遠くで傍観していた子蜘蛛たちもぷるぷる震えていた。やっと気付いたコクマはハクマよりも先に微動だにしなくなり、コクマの様子に気がついたハクマは私の方を見て硬直した。


「お静かに」


「「「はい…」」」


 私は口に人差し指を添えて注意すると、子蜘蛛たちはピシッと姿勢を正して返事をした。それでも私はコクマとハクマの我が儘が許せなかったので説教をすることにした。


 するとコクマとハクマはしゅんとしたが、ちゃんと私の言ったことに頷いてくれたので解放した。


 その頃には八雲様を囲んで子蜘蛛たちが眠りについている。なんやかんやで家族に甘い子蜘蛛たちはコクマとハクマのために二人分のスペースを空けて眠っている。


 私もそこに混じりたい。けれど私は八雲様のために今回マスターから教えていただいた内容をまとめておかなければならない。もし、次の日の朝に八雲様がいらっしゃったときにまだできていないようでは、八雲様の担当として恥ずべきだ。


「八雲様…必ずやお役に立ってみせますよ」


 ルカはそう言って夜も更けていく蜘蛛の巣で黙々と作業を行った。


 朝方、いつものように子蜘蛛たちが目を覚ますと、ルカさんは机に突っ伏して眠っていた。子蜘蛛たちはそんなルカさんに対して騒ぎ立てることなく、糸を編んでつくったタオルケットをかける。


 叱られることもあるが、大切な家族でもある。八雲が母だとしたら、ルカさんは姉のような存在だ。そんな人に嫌がらせをするようなことはしない。目覚めた子蜘蛛たちはそっと拠点を出て精霊樹へと向かう。


 拠点に収まりきらない子蜘蛛たちが精霊樹で眠っているのだ。その中には夜更かしをして警戒にあたっている子蜘蛛もいる。その子たちと交代して警戒し、警戒してた子蜘蛛は拠点に入って眠るのだ。


 八雲がいることを考えていつも一緒にいるメンバーとそれに交代交代で参加する子蜘蛛たちがいる。交代交代で参加する子蜘蛛たちは朝と昼と夜をローテーションしているので、いつも必ず何人かは起きていることになる。眠る子蜘蛛たちは拠点もくしは精霊樹にいき、起きている子蜘蛛たちは八雲がいなければ自由にしている。


 コウモリの洞窟にいったり、精霊樹にいったり、カルトやカレー炒飯のもとにいったりと様々だ。目的もなくふらふらしている子蜘蛛もいる。知っている人がいればついていき、PHに遭遇すれば逃げるようにしている。


「あら、もう起きてるのね」


「ん?ああー、ゆーくだぁ」


「ゆーくいる。クナトおじちゃんは?」


 精霊樹をふらふらしていた子蜘蛛たちは歩いてやってくるユークに気がついた。ユークの他にくましゃん二人もいた。くましゃんの二人は薬草を摘んできた帰りで、この薬草を使って傷ついた精霊を癒そうとしているのだ。


「クナトはまだ帰ってきていないの?」


「うん、いないよー」


「みた?」


「ううん、みてないよ」


 子蜘蛛たちはお互いの顔を見合って確認するも、首を傾けるばかりで、クナトはいないみたいだ。


「そうか。気をつけて散歩するのよ」


「はーい」


「ばいばーい」


「またね、ゆーく」


 子蜘蛛たちは別れると、くましゃんの1人が心配そうに子蜘蛛たちをちらちらと見ていた。


「気になるならついていってくださいよ」


「そう?なら、行かせてもらうわ。精霊様のこと、頼みましたよ」


「ええ、任せて」


「クシャも任せましたよ」


「ええ、マシャも子蜘蛛たちのことお願いしますね」


 そう言ってユークとくましゃん、くましゃんは別行動をすることになった。お互いに同じ名前で同じ人生を送ってきた者同士、名前が呼びづらくなった二人はお互いの呼び方をくましゃんから、「クシャ」と「マシャ」と呼ぶようにした。


 クシャの方がレベルが高く、マシャの方が低い。見た目も同じなので、呼び方を変えれば双子に見えなくもない。そう考えるとクナトは姉妹二人を妻に迎えたハーレム野郎になるわけだ。


 そんなクナトは未だにカルトのところから帰ってきていない。なにかあったのかもしれないが、死んでしまったのならリスポーンして帰ってくるはずなので、おそらくなにもないだろう。


「精霊様…治ると良いわね」


「ええ、大精霊様がおっしゃられた治療法なんですから、間違いなんてありませんよ」


 クシャは大精霊様を崇拝している。元々村人だったこともあり、大きな存在というのは崇めるべきものである。子蜘蛛たちは崇拝というより遊んでくれる近所のお姉ちゃんとでも思っている。八雲様に至っては今ではかわいい妹として扱ってる節がある。


「大精霊様も大変よね…」


「ええ、でも大精霊様には八雲様がついているから、大丈夫よ」


 今まさに八雲様がいるから大精霊様が苦労をしていると思っていただなんて言えず、クシャにはわかってる風を装い、生返事をした。それがいけなかったのか、クシャが八雲様の素晴らしさを説き始めた。


 もはやクシャは八雲様を祭る神官だ。そんなことを思っているとクシャが微かに光りだした。うんうん、と頷いているクシャは気がついていないが、嫌々で聞いていた私は気付いてしまった。


「ねぇ、クシャ」


「どうしました?」


「いや、それより精霊様のところに急ごう」


「あら、私ったら長話してたかしら?そうねぇ、いきましょう」


 クシャがこちらに視線を送ってきた頃には光は消えていた。あれがなんだったのかわからないが、悪いものではないのは確かだ。クシャを連れて大精霊様のところまでたどり着くと子蜘蛛たちが大精霊様に木の実を貢いでいた。


 大精霊様も「うむ、くるしゅうない」と言っており、子蜘蛛たちは楽しそうに笑っていた。悪くない関係なのだが、こんなことが毎日のように繰り返されれば、八雲様が多少無茶なことをしても許してくれるのかもしれない。


「大精霊様」


「む?ユーク!久しぶりね!それにクシャもいるのね!」


 大精霊様は私達を見ると嬉しそうに手招いた。大人な大精霊様だったときはもう少し落ち着きがあったが、今は八雲様が言っていた幼女精霊と言っても過言ではないほど幼くなっている。


「大精霊様、落ち着いてください」


「!…そうね、私はなんせ大人の女性だものね!」


 その言動がすでに幼いのだが、どや顔をしているその姿になんとも言えず、頷くしかない。私達が持っている薬草に気がつくと、嬉しそうに頷いていた。言われていた薬草でちゃんと合っていたみたいだ。よかった。


「これで精霊様も元気になられるのですね?」


「ええ、もちろんよ!早速今から調合にうつるわ!」


「あの、大精霊様」


「ん?なに、ユーク」


「私も調合してみたいのですが…いいでしょうか?」


「なーに遠慮してんのよ!いいに決まってるでしょ!手伝ってくれるって言うんだから断るなんてことはしないわ!来なさい!」


 大精霊様は大きかろうと小さかろうと、根底からくる優しさは変わらなかった。大精霊様について行くと、精霊樹様の上に立つログハウスにたどり着いた。


 そこには色々なものがあった。子蜘蛛たちからもらったものは棚に飾りつけられ、木の実や食べられる山菜はお皿に乗っていた。


「奥に道具があるから取ってくるわね。ここで待ってて」


「はい」


 このログハウスだが、外で子蜘蛛たちが遊ぶことは許されているが、中に入ることは許されていない。子蜘蛛たちがたくさんいるので、入れなかった子が可哀想っていうのもあるが、大精霊様の大切なものがあったりするので、散らかされたくないというのもありそうだ。


 少し待っていると奥から沢山の道具を抱えた大精霊様が帰ってきた。持ってきていた道具を重そうに持ってきていたので、幼女になってしまって力も失われたのだろう。その原因が私にもあるからこそ、大精霊様が困っていたらすぐに助けたくなってしまう。私も甘いのだろうか。


「んっしょ、んっしょ」


「大精霊様、持ちます」


「あら、ありがとね。ユークは優しいのね」


「大精霊様ほどではありません」


「え?そう、えへへ…」


 無邪気に笑う大精霊様は本当に聖人だ。調合の技術も高く、学べることが沢山あった。常日頃から子蜘蛛たちの世話も行っていることから、教え方がとてもうまい。感覚でやっている八雲様には到底できないことだ。


「うん、いい出来ね。ユークはあとちょっと足りなかったけど、初めてにしてはいい出来よ。これから精進すればもっといい薬ができるわ」


「お褒めに預かり光栄です」


「もーう、かたいわよ」


 また大精霊様は無邪気に笑った。その笑顔がとても素敵で釣られて私も笑ってしまった。それを見た大精霊様は目を輝かせていた。


「ふふ、ユークも笑えるようになったのね。いいことだわ。さて、可愛い精霊ちゃんの様子でも見に行くわよ。この薬があれば、大体の傷は治るからね」


 薬を持った大精霊様は私の手を引いて精霊様のもとへ向かう。精霊様は仲良くなった子蜘蛛たちと鬼ごっこをしているそうだ。まだうまく飛べない精霊様だが、特に仲の良い子蜘蛛に乗って一緒に逃げているそうだ。


「遊んでいるところ…悪いけど…」


「ユーク」


「はい?」


「楽しそうにしてるのだから、遊び疲れてからでいいの。そこまでいそぐほどでもないのよ」


 そう言って大精霊様は来た道を引き返していった。あれほど楽しみにしていたのに、それをやめる意味がよくわからなかった。だが、大精霊様が言うのも正しい。楽しそうにしている子蜘蛛たちの邪魔をしたくない感情もある。


 特に主人格の私はあの輪に加わりたがっていた。出てきたらいいのだが、八雲様に見せてしまった醜態がまだ恥ずかしくて出たくないそうだ。私的にはかわいいと思うのだが、褒められた嬉しさよりも今はまだ恥ずかしさの方が勝っているらしい。


 その日、遊び疲れて帰ってきたはずの子蜘蛛たちがものすごくそわそわしていることに気がついた。落ち着かない様子で殺気立っていた。その中に精霊様がいないことに気がついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何があった!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ