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第53話 子守唄

 無数の傷痕を残したPMたちは何事もなかったかのように消え去った。


 その場に残された者たちは互いに悪夢が去ったことへの喜びと、自分たちの不甲斐なさに絶望した。


 PMたちのチート野郎と叫んだものがいたが、種族間に差があることなど、PH同士にも言える。


 人族はあらゆるスキルを使いこなし、努力次第で何でもできてしまう万能型である。ただしその努力を怠れば器用貧乏と言われてしまうのも仕方がないこと。


 交渉力と指揮力がずば抜けて高いのだが、マナーが悪ければ、その力は意味を為さない。なぜなら人脈も全くないものが商人として勤まるわけないのだから。


 獣人族は素早さがずば抜けて高く、物理攻撃を得意とする。


 そんな特徴を持っているにも関わらず、重い鎧など着けてしまえば折角の素早さも鈍間になってしまう。通気性の悪いものは特にだめだ。


 毛並みから艶が失われてしまい、もふもふが最悪になってしまう。


 獣人は魔法をほとんど使えないが、無属性を得意としている。


 身体能力を伸ばすステータス構成なら誰よりもはやくなれるが、魔力にふれば、その特徴も損なわれてしまうのは必然だ。


 森精族は魔法が得意で魔力が高く、精神力も高い。


 獣人族とは反対に物理攻撃が苦手である。精霊との親和性がよく、基本属性だけでなく、精霊属性も得意とする。


 親和性が高いとは言え、ここでも言語の壁はあるし、なにより失礼なもの、乱暴なものには精霊も寄り付かない。


 例としてあげるなら、エルフェンがまさしくそれだ。木の実をあげるここまではいい。だが、許可なくテイムをしようとするなど、失礼極まりない。


 女性の年齢を聞く以上のレベルでデリカシーの欠片もない行為だ。


 大地人は物理攻撃を得意とするが、速度が人族よりも遅い。


 速度がない代わりに力が強い。大剣やハンマーなどの打撃、高火力武器を得意とする。酒精に愛され、酒精を愛し、酒を飲むことによってステータス上昇する。


 魔法は不得意ではなく、土魔法が得意。生産力と採掘力に恵まれている。


 竜人族は人族よりもステータスが全体的に高いが、スキルを覚えにくく、成長しにくい。その代わり、ステータスの成長率は大きい。


 つまり大器晩成型で最終的にはどの種族よりも強くなれる。


 それぞれの種族に特徴があり、それらを活かしたステータスの振り分け、武器の選択、スキルの取得が求められる。なんでもかんでも取得すればいいというわけではない。


 ステータスについて否定的な意見ばかり述べたが、実際のところ、使いこなせるならどんな振り分けでもいい。


 あえて否定的に言ったのはそう簡単に使いこなせるものでもないからだ。その人にあった構成なら貫き通すべきだ。


 ステータスにもスキルにも相性がある。もちろん、職業にも相性がある。だからといって得意な職業だけを取得するのはこの世界を理解できていない愚者だ。


 この世界は『自由な発展』と『自由な進化』を掲げ、誰もがどんなことでもできる可能性を秘めている。


 つまり()()()()()()()()である上、上位職業もその分増えていく。自由とはまさにそのままの意味だ。


 それだけ可能性を秘めたPHが数段上位の職業についたからといって同じ種族レベルのPMと互角に戦えるなどできるわけないのだ。


 PMが強いのではない、PHが弱すぎるのだ。この差を埋めるには並々ならぬ努力、そしてPHたちの連携が必要なのだ。


 無数に存在する職業を組み合わせ、最適な行動をすれば、強さに差があったとしても互角に戦える。


 エリアボスとの戦闘においてPMがはやい段階で倒せるのもそういう理由がある。魔物と人が一対一で最初から互角に戦えると思い込んでいる時点でこの世界を楽観視しすぎている。


 PMがPHを一撃で倒す。まさに無双ものだ。だが、それを為すにも人ではない器官、手足を動かすことはそう簡単ではない。彼らの変人的な身体操作は天性の才能かもしれない。


 そんな無双をするPMだが、数の差を考えれば納得ができる実力差かもしれない。現在、PHの数とPMの数はおよそ1000倍ある。


 さてこの差を実力だけで埋められるのか。これにはPMが配下を増やしてもすぐに追い付くことはできない。


 なぜなら新たなエリアが増えれば他の街や村から人が訪れて増える。さらにこの世界では魔物の繁殖もあれば人も結婚して子供を生む。そして歳をとることも通常よりもはやい。


 もしこの世界で赤ちゃんを大人になるまで育てようとするクエストがあり、現実と同じ速度で成長するとしよう。四倍だとしても現実時間で5年かかる。誰もこの世界を楽しまなくなってしまうのは必至だ。


 なので、魔物と同じとまではいかなくともそれなりにはやく成長する。ここまで言えばわかるが、街の人間もそれなりにこの世界を楽しんでいけば入れ替わる。そしてその人たちは子供のときに見た光景を忘れないし、大人も同じだが、子供に教える。


 つまり、街で大失態をおかしてしまった不死身のPHたちはこれから徐々にだが街から嫌われもの、忌み者として扱われていく可能性が高い。


 世界への理解、人間関係、発展などなど、PMとの争いなど構っている暇があるのかは、これからの行動次第である。


 長々と解説してしまったが、これらをプレイヤーに伝えることなどするつもりはない。この世界の神としてはこれからの発展に期待していくとしか言えない。


 それにこの世界には困難に立ち向かうための秘策がばらまかれている。見つけられたらいいが、そう簡単にいかない。


 さてこれだけのことを教えたが、これらを伝えるかは君たちの裁量次第だ。この後のことは君たちに任せたよ。私の可愛い子供たちよ。


 円卓の中央から消えたその存在を見送ると、私たちは緊張を緩めた。円卓には多種多様な種族が座っており、誰もが疲れきった顔をしていた。そんな中、もふもふとした狐耳の少女は円卓に突っ伏して愚痴をこぼした。


「あー、マスターは今日も話が長かったなぁ…」


「いつものことだ。慣れろ」


 直ぐ様反論を述べたのは着物の女性だ。頭には鋭い角が生え、腕を組んだその上にはたわわな果実が半分ほど顔を出していた。


「そういう夜叉さんは居眠りしてたよね?」


「ば、バカを言うな。そんなわけないだろ!」


「ぷぷっ、堅物ほどわかりやすいのよね~」


「ぐぬぬ…」


 夜叉は悔しそうに狐娘と同じく突っ伏すと、たわわな果実は円卓に変形して押し付けられた。それを真っ正面から見せつけられた狐娘は己の平らな果実を触り、見比べ、そして絶望した。


 からかっていた頃は尻尾が楽しそうに揺れていたが、今ではしょんぼりともふもふとした尻尾を萎めていた。


「ううう、夜叉さんが凶器を見せ付けていじめてくるぅ…」


「こんな邪魔なものが凶器であってたまるか!」


「ううう…ルカ姉~」


 狐娘はポンッと小さな子狐に変身すると、円卓を駆けてうさ耳メイドに抱きついた。


「よしよし」


 甘えるように腕の中でうずくまる狐娘を優しく抱き締めると、しょぼんとしていた尻尾がゆらゆらと揺れていた。


 うさ耳メイドに優しく撫で付けられた狐娘は気持ち良さそうに眠りについた。その閉じた瞳にはうっすらと溜まっていたが、うさ耳メイドルカはそれを指で掬った。


 落ち着いたリンを撫でつつ、元凶である夜叉に優しげな目で見つめた。急に落ち込んだリンにあたふたしていた夜叉はルカに必死に頭を下げていた。


 そんな最中、ふいに真横で微動だにしていなかった男が動き出した。


「ん?終わったか?」


 いつもなら終わりとともにリンとマスターの愚痴を言い合っているのが、今日は熟睡していたらしく、まだ寝ぼけていた。


「やっぱりてめぇは寝てたか」


 男は夜叉に話しかけられたことで完全に目を覚まし、円卓を見回した。すでに何名かいなくなっている状況を把握し、なぜかこちらを睨んでくる夜叉に声をかけた。


「お、夜叉か?どうした、今日も不機嫌そうだが、またリンにからかわれたのか?」


「うるさいぞ。静かにしてろ」


「はいはい、俺はジンのやつを褒めてやらねぇといけねぇからな。先いくわ。あとは、ルカ、お前に任せた…ってもういないか。相変わらず八雲のことになるとすぐどっかいっちまう」


 先程まで狐娘、リンを愛でていたはずだったが、視線をはずしてる間に消えていた。それもリンを連れてだ。


「あー、あとはそうだな、爺頼んだ」


「ほっほっほ、よいぞ」


「夜叉、てめぇもさっさとお子様ランチのとこに行ってこい」


「はぁ!?てめぇまたカレー炒飯のことをお子様ランチって言ったな!はっ倒すぞ」


「はいはい」


 夜叉のことを煽るだけ煽って男は手をひらひらさせて去っていった。その間、頼まれたはずの爺は影とともに消えていた。彼もまたミントのことが心配で仕方がないのだ。


 残された夜叉は何人かに声をかけてからカレー炒飯のもとへ戻った。


「ふぅ…相変わらずみんな元気だったね」


「うん…そ…だ…ねへへへ…」


「うん、君はいつまで寝てるのかな?」


「ほきてるよ?」


「ちゃんと言えてないよ?」


「ふふ…むにゃ…」


 寝る子は育つと言うが彼女は寝すぎだろう。


 なにせサポートすべき担当の子よりも睡眠を優先しているからだ。彼女はユッケの担当のリカだ。そして僕はメルドアの担当なんだけど、メルドアがいつもたかしくんのことを怒鳴り付けてるのを見かける。


 なんだかんだ仲は良いがそんなに怒ることではないと思うけど、この状況がずっと続くならいつか僕もリカのことをメルドアみたいに怒鳴ってしまうかもしれない。


 そう考えると他人事とは言えなくなるし、今度からメルドアに優しくしようかな。


「ほら、起きて。みんな行っちゃったよ」


「むう…?」


「むう?じゃないの。あとここにいるの僕とリカだけだよ」


「むー…たのんだ…」


「なにを?」


「ゆっ…け?」


「だめだからね?受け持つのは一人、一人までだからね」


「ある、ゆーしゅー、できるっ…すーっ」


「僕が優秀だろうとリカが眠かろうとやることはやらないと、マスターに叱られるよ。あと寝ないで」


「ますたー、やさしい、いける」


「さすがのマスターも職務放棄は許さないと思うよ」


「むうーっ、ある、いじわる」


「はいはい、僕はいじわるですよー、もう無理矢理にでも連れていくからね」


「あと5ふんーっ」


「だめ」


「むっ、むっ、むうー」


 リカを布団でくるんで肩に乗せると、そのまま円卓を後にした。


 リカはユッケのもとに運び、僕は早々にメルドアのもとへ向かった。いくとなぜかたかしくんがいて、眠りこけており、そんなたかしくんを見てメルドアがため息をついていた。


「メルドア」


「あら、アルじゃない。やっと帰ってきたのね。さっきイベントが終わったところよ。私の活躍見てたかしら?」


「うん、最高だったよ。特にあの時計台での…」


 いつもなら、それとなく話を切り替えたり流したりするけど、メルドアの心境を把握することができた僕はメルドアを褒めることにした。


 珍しい顔も見れたことだし、非常にいい時間が過ごせたと思う。


「ただいま、リカ」


 イベントで大活躍とまではいかないが、それなりに活躍できたと思える戦績を残して帰ってきたその場所には、担当のリカはいなかった。


「リカがいない…だと!?」


 あの死に戻りしても微動だにしないリカが。進化してかっこよくなった俺の姿を見て、「もふみが足りない」とか「良い枕」とか「むり、眠い。あとにして」とか言うだけでなんもサポートもせず、全く起き上がろうともしなかったリカがいない?


「え、うそ、どこ行った?いたら返事してくれーっ!いても返事しねぇけど」


 リカに要求されるままに用意した毛皮ベッドと八雲の糸のハンモックなどなど、もはや俺の拠点というよりリカの寝床だ。これでも寝心地には自信がある。ただ、リカがここで寝てるのを見てるとなんかこう込み上げてくるものがある。


 だから寝てるときはできるだけ近づかないようにしている。自身が狼であるからか女性の良い匂いがすごくしてしまう。


「だめだ、考えたらだめだ…いや、でも、うん。少しだけなら…」


「ユッケくん…なにしてるの?」


「な、な、なにもしてないですよ」


「敬語になってるよ。この子連れてきたから、ここに置いとくね。ほら、キミの寝床だよ」


「…むぅ」


「あとのことはユッケくんに任せた。リカも女の子なんだから、デリカシーがないことしたらだめだよ」


「わかってますよ」


「ふふっ、僕はもういくね。リカもまたね」


「むー」


 アルさんは颯爽と去っていった。残された俺は芋虫のように寝床に潜っていくリカを見送った。無事リカも帰ってきたことだし、ログアウトしようと思っていると。


「むー?ゆっけも、くる」


「いや、でも、俺は…」


「くる」


「…」


「きて?」


「わかった」


 リカの寝床に入ると人の数十倍もする嗅覚が甘い匂いを感じさせた。中はやはりもふもふに囲まれていた。リカに誘われ、横たわると、リカは俺に覆い被さり寝た。


「いや、え?」


「…すーっ、いい…もふみ」


「俺は結局枕か…だが、悪くない」


 そのまま眠りについた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 地の文の視点が唐突に変わりすぎて読みづらいです。 中途半端に神(作者)視点と、主人公(若しくは登場人物の)視点が混ざっているので、どちらかに統一した方が確実に読みやすくなります。
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