第52話 黒幕
戦闘音に導かれてやって来た俺たちはこっそりと屋根から顔を覗かせていた。そこにいたのはボロボロの服を纏ったスケルトンと住民を守る兵士たちだ。
見るからにNPHですと言わんばかりの連携だ。スケルトンたちはどうやら下水道から侵入してきたようで、下水道の入り口前にも兵士たちが槍と盾を構えて迎撃していた。
「プレイヤーではないみたいだけど、この状況どう思う?」
「私に聞かれても…と言いたいところですが、あの者たちは誰かに操られてるように見受けられます」
先程までの幼さが一変して大人びた雰囲気になった。おそらく人格が入れ替わったのだろう。
「操られてる?」
「はい、あのスケルトンたちはどうやらこの街の元住民たちや兵士です。本来なら成仏して然るべき場所へ魂が飛んでいくのですが、魂を無理やり封じ込められて強制的に従わされています」
「なるほど…つまりどこかに操ってる者がいると?」
「おそらくは…霊たちがざわめきからするとあの下水道の奥にいるそうです」
「そんなことまでわかるのか、すごいなユーク」
ユークが誇らしげに胸を張った。幼いユークがそんなことをしたら幼女精霊のように頭を撫でてしまいそうになるが、大人びたユークの扱い方がいまいちわからないので、眺めるだけにしておいた。
俺たちがこそこそと話している間に戦闘は兵士たちが劣勢になっていた。
「まずくないか?」
「まずいですね。このままではあのスケルトンたちが更なる力をつけてしまいますね」
スケルトンたちの猛威は兵士の士気を下げるには十分な効果があり、ひとり、また一人と離脱、つまり逃亡者が現れたのだ。街の兵士だからといって全員が全員が住民を守れるなら死んでもいいというわけではないらしい。
兵士が抜ければさらに劣勢になっていく。そんななか、俺たちはただその状況を眺めるだけとなっていた。
弱いものは淘汰されるこの世界では常識的な、日常的なものだが、守るべきものが守ろうとしない。外にばかり目を向けて、内側の争いには目を向けない。そんなPHたちを情けなく思った。
もし、子蜘蛛たちが生活している精霊樹にPHたちが襲いかかってきたとき、子蜘蛛たちを逃がして精霊たちを囮にするなんてことは俺にはできない。
「…よし、助けよう」
「いいのですか?」
「あぁ、弱いものを助けることは悪いことじゃないからな」
「さすがです…」
「ユークは住民たちを守るように蜘蛛聖霊を出してくれ。俺はスケルトンを倒す」
「できる」
再び幼くなったユークは両手を広げて神秘的な光を放ち始めた。俺は存在を薄くするように動いてスケルトンたちに忍び寄る。
「お願い、彼らをまもって」
「…!」
蜘蛛聖霊が現れると兵士に襲いかかっていたスケルトンたちが動きを止めた。聖なる光を放つ蜘蛛聖霊の力だろうか。俺はそんなスケルトンたちに光属性の魔糸を飛ばして拘束した。
戦闘が止まったようにも感じるが、まだスケルトンは死んではいない。
「油断するな!」
この状況下で兵士にボロボロの剣を振り下ろすスケルトンに魔糸の木杭を投擲した。木杭はスケルトンを貫通し、衝突して粉々になった骨を巻き込みながら対角線上にいたスケルトンに突き刺さった。
木杭の投擲で俺の存在が住民たちに気付かれると悲鳴があちこちで鳴り響いた。しかし、俺はお構いなしに次々とスケルトンを粉々に砕いていった。住民や兵士が危なくなれば、魔法で迎撃し、兵士が襲ってくれば、糸で拘束した。
ユークの蜘蛛聖霊の活躍もあり、スケルトンの集団は全滅した。下水道から湧き出てくるスケルトンに対しては糸による下水道の閉鎖した。スケルトンの襲撃による緊張感は俺たちの助太刀によって解かれたが、俺の存在で更なる緊張が走っていた。
俺は蜘蛛聖霊たちに労いの言葉をかけながら、この状況がどうにか好転しないか思考を巡らせた。しかし言葉の通じない状況で一体どうすればいいのやら。
「ん」
「ん?」
ユークが俺の背中をちょんちょんとつついて自分に任せろと自分の顔を指差した。
「任せた」
どうすればいいのかわからないので、自信ありげなユークに任せることにした。無事に説得できるかはわからないが、他にできることもないので、下水道の警戒をすることにした。
「§▲&△&◇◇●」
ユークが訳のわからない言葉を発し始めると、住民たちがどよめきだした。さらに言葉を続けるユークを不審な目で眺めていると、住民たちの中からスーツ姿に鎧を身に付けたダンディーなおじさんが出てきた。
そのおじさんは鞘に納めた剣の柄を握りながらの登場だったが、ユークが声をかけると力を抜いて柄から手を離した。俺には全く状況がわからないが、おそらくここの代表かなにかだろう。
ユークが俺に視線を巡らせ、指を差してなにかを言うと、おじさんは俺に何故か頭を下げてきた。俺はどうすればいいのかわからず、とりあえずユークを見た。
「…無礼を許してほしいそうです」
「よくわからないけどいいよ」
「はい…」
ユークがなんだか残念そうな目でこちらをジト目で見てきたが、俺が言葉を理解してないの知ってるよね?再びユークがなにかを言うと緊張が解れた。それからユークとおじさんは俺を放置して話し込んだ。
暇になった俺は糸で粉々になった骨を回収し出した。粘着によって回収するのは便利だが、本当なら青牙蛇の掃除機でさっさと吸い付くしたい。しかし、この状況でやるとせっかくのユークの説得が無駄になってしまう。なのでできるだけ俺はなにもしていなかったのだが、いつの間にか周囲には小学生くらいの子供が集まっていた。
怖がっている様子もなければ逃げ出しそうな様子でもない。俺に興味本位で近付いているようだが、果たしてどうすればいいのやら。
俺は出来心で魔糸の木杭を取り出して投擲する構えをとった。すると子供たちがきゃっきゃと喜んだ。ならば、と俺は魔糸の木杭を持って建物を登って宙を回転しながらぴょんぴょん跳んだ。
すると子供たちは大喜びだ。気分を良くした俺は天網を巡らせ、高速で移動した。子供たちが盛り上がる声をあげるので、さらに速度をあげた。それをしばらく続けていると、大人たちが慌て始めた。
なんだ?と思いながらユークのもとへ着地すると、ユークは苦笑いをしていた。
「どうした?」
「どうしたじゃ、ありませんよ!住民たちを怖がらせてどうするんですか!」
「え?そう?子供たち大はしゃぎよ」
「え、あ、そ、そうですけど、さっきまでの状況を考えてください!」
「あー、すまん」
ユークの説教が終わることには落ち着きを取り戻していたが、よくよく考えればそうだよなと納得して大人しくしておくことにした。ユークは俺がやらかさないように抱き締めて逃げないようにさせた。
「ユーク…」
「だめです。大人しくしててください。もう少しで話が終わりますから」
俺たちは住民たちが代表と相談を始めてからは端っこの方で待機することになった。また溢れてスケルトンたちに襲われないように俺達がここを守るために仲間を集めると話したのだが、危険ではないかと住民たちが不安にかられ、どうすればいいのかと相談をし始めたのだ。
仲間というのは街に散らばってPHを刈り取って回る子蜘蛛たちのことだ。かわいい子蜘蛛たちが危ないのなんのともめているのだが、長時間の拘束に飽きてきた俺は早々と離脱すべきではないのかとユークに言ったのだが、最後まで面倒を見るべきだとかで待機しているのだ。
子蜘蛛たちは蜘蛛聖霊の呼び掛けで半数以上が周囲の屋根に集結している。屋根から顔を覗かせてちらちらと俺達を眺める子蜘蛛たち。彼らを助ける前の俺たちはあんな風に見えていたのだろう。
長々と続く状況に嫌気を差して最初に動いたのは俺だけではなかった。こっそりとやって来たコクマとハクマだ。
「ママ、いこうよ」
「そうだよ、長いし、うるさいから、ほっといても誰も来ないよ」
「そうだけど、ユークがなぁ…」
「最初に助けようって言ったのは八雲様です」
「言ったけどさぁ…」
ユークの言葉でコクマとハクマはこそこそと話し、「なら待ってる」と言って建物の影と日光に紛れて屋根の上に帰っていった。何に納得したのかわからないが、そこは父親である俺を援護すべきでは、と思いつつなにか考えがあるのかもしれないと見送った。
話し合いが終わったのは結局ユークも飽きて、俺とユークとハクマ、コクマで骨の積木ならぬ積骨をやり、ちょっとした家ができた頃だった。ユークは嫌そうに住民たちの輪に加わり、心配そうにやって来たエンマとスイマで積骨を再開した。
そしてさらには長々とした会議に飽きたNPHの子供たちも加わって一緒に骨の街を作り始めた。
そこまで来るともはや俺たちに恐怖を抱いていないのか大人たちも近付いて街を鑑賞し始めた。屋根の上で羨ましそうに俺たちを眺める子蜘蛛たちがかわいそうになってきたので、少しずつ呼んで積み骨に加えさせた。
俺たちの糸と骨は同色の白であり、骨同士の接着に役立った。骨が足りなくなったので、子蜘蛛たちを下水道に派遣し、骨を集めてくるように指示を出した。下水道は広く迷いやすいとのことだったが、糸を張り巡らせ、行き止まりは塞ぎ、なぜかうろうろしていたのを拘束し、スケルトンを狩り尽くした。
スケルトンを操っていた首謀者と思われるリッチという魔物は、非常に良い丈夫な骨の持ち主で他にもいないのか詮索するほどにいい骨だった。それは街の中心部の時計台に使用した。
たまたま訪れた時計台が中心部だったのは初めて知ったが、時計台に地下があり、そこが下水道の終着点とは思いもよらなかった。
危うくカルトの配下を狩りそうになったが、PHをスケルトンに変えてそれを倒し、骨を譲り受けることができた。
そして俺たちは街の代表にお礼としてPHのリスポーン地点と重要な拠点、それからこのイベントで重要とも言える結界のクリスタルの場所を教えてもらった。なぜこんなことを教えてくれるのかと言うと、結界のクリスタルは元々この街になく、あれがあることでむしろ魔物を引き寄せてしまうという効果があるらしい。
PHたちは神ノ遣いと神から神託があり、仲良くするように言われているのだが、マナーも悪く常識も大きく欠けているらしく、好き勝手に行動する者がいるという。全てではないが、少なからずいるのだという。
少なくとも悪いところが目についてしまうのは仕方がない。PHたちを街から追い出すこともできなければ殺すこともできないのなら、誰かに嫌がらせをしてもらいたいと常々考えていたようだ。
そういうわけで俺たちは情報を他のPMに伝達し、速やかに行動に移した。カルトの使者がくると、街を徘徊するPHをリスポーンさせる部隊を組んだ。俺とジン、マルノミの配下が街を隅々まで制圧し、瞬く間にPHをリスポーン地点に追い詰めた。
武器も装備もすべて回収されたPHは下着姿に素手という野蛮人スタイルでリスポーンすることになり、なおかつリスポーン地点がこの街では結界のクリスタルがある広場ということもあり、それなりに広さがあった。
しかし糸で粘着質となった地面がお出迎えすることもあり、リスポーンした瞬間に転んで動けなくなり、そこに人が積み重なっていき、壁で覆ってさらに糸で蓋をすれば、牢獄の完成だ。
そして何万人といるリスポーン地点は、次々と沸いて出てくるPHたちでぎゅうぎゅう詰めになっていた。リスポーン地点は25箇所もあったのだが、すべて糸で包囲した牢獄だ。出られても味噌汁ご飯の地雷で爆散するという二重構造でなおかつ武装した鬼が待ち受ける状況である。
さらに安全地帯で鬼たちが住民に焼き肉を振る舞い、匂いで空腹にさせ、餓死させる特殊な嫌がらせも追加されている。イベント最終日にして最後はPMの知恵と実力、そして代表の暗躍により勝利することができた。
俺達が喜んでいるとNPHの住民たちは拍手をして祝ってくれた。PHには苦虫を噛み潰したような顔をする者もいたが、助けを乞う者の方が圧倒的に多かった。
防御力が皆無のPHたちは俺達にリスポーンさせられるたびに悲鳴を上げた。住民たちは終始笑顔だったのだが、どれだけ鬱憤がたまっていたのだろうか。
無限経験値倉庫と化したリスポーン地点だったが、イベント終了と同時に街の外へと追い出されてしまったため、仕方がなく解散することになってしまった。代表とはまた交流することになっているので、またどこかで会うことになる。
公式イベントというだけあってただ戦うだけでは一筋縄では行かないのだと実感することができた。おそらくルカさんからなにかしら説明があるかもしれないが、疲れがたまっていた俺たちは拠点に帰るとすぐに眠りについた。




