第6話 エリアボス討伐
翌日、ログインしたロビーにはいつも通りルカさんが紅茶を飲んで待っていた。こちらに気が付くと、手招きして椅子に誘導してきた。
椅子に座っていつも思うが、蜘蛛専用の椅子はないのだろうか。というか対応してる椅子はないのだろうか。
俺のちょっとした思いをぶちまけたい気持ちもあるにはあるが、今日という日を椅子評論会にしたいわけではないので、これについては心の奥に閉まっておくことにした。
ルカさんは俺に、にこっと笑って挨拶してきた。
「おはようございます、八雲様」
「おはようございます、ルカさん」
こうやって笑いかけながら挨拶されると緊張してしまうのはなぜだろう。つい、敬語になってしまう。
「本日はエリアボスを討伐しに行ってくださるのですよね」
少しだけ高圧的な態度で言ってくるルカさん。
「勿論です。さすがに魔物と戦わないと飽きるからな」
「では、拠点へ行きましょう」
「はい」
ルカさんの後ろに付いていき、拠点に向かう。
拠点につくと、人から蜘蛛の姿へと変化する。視線が下がると少し落ち着かないが、意外と愛着があるのか、寝て起きた時間だけで、懐かしく思う。
ルカさんはいつも通り用意した椅子と机に座った。
まずは生存箱を確認してどれくらいの生存ポイントが手に入ったのかを確認した。
「うーん、2Pか。この調子じゃ復活用の100Pにも届きそうにない」
復活はできないが、エリアボス戦で死ぬほどダメージを受けることもない、という話だ。なくともなんとかなるだろう。
初めての戦闘ということで少しワクワクする。敵がどんな魔物かもわからない。もしかしたら力が強すぎて糸を軽々と引き千切られてしまうかもしれない。
ここに来る前の一晩で休みながら考えたことがある。それはそこら辺の木の枝を集めて、魔糸でコーティングすることで、杭のようなものを作ることができるのではないかということ。
糸による動きの阻害と杭の障害の2つで完全に動きを止めることが出来るはずだ。
さっそく木の枝を集めに拠点を出ていく。ルカさんの「いってらっしゃいませ」の言葉に返事しながら向かう。
ルカさんからはエリアボスを討伐する外出とでも思われているのだろう。すまないが、まだ準備は終わっていないんだ。
それはいいとして木の枝だ。拠点を下っていくと、地面には沢山の枝やら落ち葉やら木の実が落ちていた。
「うーん、わりと丈夫そうだし、大丈夫だよね?」
今のところ魔物がいないため、採取に危険性が存在しない。そのため、採取がはかどるはかどる。木の枝だけの予定だったが、他にも気になったものがあったので、とりあえず採取しておいた。
それほど珍しい名前の木の枝はなかったが、拠点にしている大樹の名前が精霊樹というのが驚きだった。この第2エリアの中で特別な位置に存在するのではなかろうか。
ここらへんの木は大樹である精霊樹の他に桂や椎、白樺と家具に使えそうな木が数多く存在していた。
俺は今のところ、家具を作ろうとしていないので、それほど気にしていないが、第2エリアが解放された場合、木工プレイヤーが闊歩しそうだ。
それぞれの木の枝が99個集まったので、拠点に戻る。ルカさんが悲しそうな目でこちらを見ていたが気にしない。これはエリアボス討伐のための準備なのだから、そんな目で見られても困る。
「八雲様、それは一体何をなさってるのでしょうか?」
木の枝に、くるくると糸を巻き付けていると、首を傾けているルカさんが紅茶を飲むのをやめて、こちらにやってきた。
見上げるとルカさんのスカートの中を覗いてしまった。このまま見ていたい、いやいや、違う。俺は紳士だから、そんなことしないったらしない!
なんとか視線をはずして、今しがた作った物を見せ付ける。
「これはエリアボスを討伐するために作った魔糸の杭だよ。芯に木の枝を使うことによって、強度を増してるんだ」
「なるほど……。では、それが出来次第エリアボスを倒しにいくのですね?」
「そういうことになるね。エリアボスがどんな存在なのかわからない状態だから、今やれることはやろうかと思ってね」
「いい心掛けかと思います」
魔糸の木杭 品質B レア度C
木の枝を芯として魔糸でコーティングされたもの。小蜘蛛が丁寧に作った杭であり、長さは10~20cmほどで、もう少し長くて太ければ、魔糸の木槍となる。
ルカさんに見守られながら魔糸の木杭を完成させていく。全て作り終わる頃には昼になっていたので、携帯食を黙々と食べる。
戦略は蜘蛛の糸で敵を封じ込めるのと、魔糸の木杭で敵の動きを鈍らせることだ。無抵抗のところで食らい付いたり、手で殴ったりする予定である。
戦力増強として蜘蛛の卵があることを思い出した。愛情を込めて育てれば忠実な配下ができると言っていたので、蜘蛛の卵を4つ取り出し、自分の背中に乗せる。
卵の大きさは10cmほどで背中に乗せるとくっついた。卵からは自然な形で持続的にMPを吸いとられているようだ。今のところ1MPを吸ったところで特になんともないので、エリアボスの所までゆっくりと向かうことにした。
「じゃあルカさん、エリアボスを倒しにいってくるよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
「いってきます」
拠点から出ると、マップに乗っているエリアボスのところまで徒歩で向かう。魔物がいないので急ぐことはしなくてもいい。他の人にエリアボスを倒されるなんてことはまだないだろう。
歩いている最中も蜘蛛の卵はMPを吸っていった。感覚としては一時間に1MPだろうか。4つあるので4MPなのだが、今のところ問題なく育っている。
もっとMPを与えようかと思っていたら、手動で行えば、より多くの魔力を吸うことがわかった。
なので最大の5MPの20MPを一時間に与えることにした。それ以上あげることが出来ないのは繁殖のスキルレベルが1だからだろうか。
卵を時々背中から下ろして撫でると、少し発光する。これは喜んでいるのだろう。そんなことをしている間にエリアボスのエリアのすぐそばまでやってきた。
マップをみる限り拠点から3kmは離れていた。マップを眺めていると大体1エリアを5km×5kmとしているようだ。マップには1km×1kmを一つのマスとしていて拠点からここまで3マス分通ったことになっている。
1エリアでもかなり広大なのだが、もしマップが存在していなかったら確実に迷子が続出する。マップの有り難さを噛み締めながら蜘蛛の卵を愛でていると、卵から足が生えてきた。
蜘蛛の卵はほぼ同時に孵化するあたり、時間による孵化は正しいようだ。
しかし言われていた12時間はまだ経っていないはずなのだが、別の要因があるのかもしれない。これは検証して確かめないとわからない。そんなことより出てきた子蜘蛛を観察してみよう。
出てきた蜘蛛は自分よりも一回り小さく、少し色が違うように思えた。俺を見上げる小さな蜘蛛を識別してみた。
《孵化した蜘蛛のステータス》
名前:―――
種族:小蜘蛛
主:八雲
Lv:1
HP:60/60 MP:110/110
筋力: 6魔力:12
耐久: 7魔抗:10
速度:10気力:13
器用:20幸運: 5
ステータスポイント:0JP
スキルポイント:100SP
固有スキル
【糸生成Lv1】【糸術Lv1】【糸渡りLv1】【糸細工Lv1】
ステータスに関してはランダムなのか、それとも愛情の込め方によるものなのかわからないが、魔法特化になっていた。
スキルの方は固有スキルを引き継いで、普通のスキルは選んで取得出来るようだったので、繁殖、採取、夜目、隠蔽、気配感知、魔力操作、魔力感知、思考回路を覚えさせる。
残りの2つは魔法と生産スキルを覚えさせる。4匹いるので、水魔法と調合、火魔法と鍛冶、土魔法と細工、風魔法と裁縫の4種に分けた。思考回路に風球と同じ属性違いの魔法を覚えさせた。
生まれてすぐの蜘蛛達は自分が生まれた卵の殻を食べて空腹を満たしていた。生まれたてなので皮膚も柔らかく、すぐには戦闘を出来そうになかったので、意思疏通が可能か確かめてみた。
「俺の言葉わかったら右手あげて」
すると蜘蛛達は右手を上げてくれた。とりあえず意思疏通はできるようだ。
「これからエリアボスを一緒に討伐しに行ってもらうけど、作戦を聞いてくれるかな?」
蜘蛛達は器用に頷いてくれたので、どんな敵が来てもまずは糸で拘束することと、なるべく敵に近付かないこと、合図があるまでは魔法を出来る限り使わないこと、そして最後に命優先のお願いをする。
「じゃあいこっか」
それに反応するように頷く。一つ一つの動作を注視していると何だか可愛くみえる。
子蜘蛛を愛でるのもいいが、まずはエリアボスに集中するのが先決だ。
ボスエリアの前まで来ると一つのウィンドウが現れた。
『ヴェルダンの縄張り主と戦いますか?』と出てきたので『yes』と押す。すると配下とパーティーを組んだ状態になって、周りの状況が一変した。
このゲームではボスエリアに入ると脱出不可能になり、倒すか死ぬかしないと出られない仕様のようだ。
マップの端に行くと壁のようなものがあり、これ以上は進めないのか、ポヨンと弾かれた。
時間制限が存在するかわからないが、マップの中心に向かうことにした。
そこにボスは木々の中で寝転がっていた。のんきに寝ているが、これは先制は譲るということなのだろうか。
識別してみると、エリアボスの名前と種族が判明した。
《ヴェルダンの縄張り主のステータス》
名前:ヴェルク
種族:森賢熊
識別のレベルが低いためか、あまり情報は得られなかったが、どんなボスなのかはわかった。目視では毛玉の塊としか判断できなかったので十分だ。
やはりでかさが違う。俺達は小型犬だが、あっちは化け物級の熊だ。話にならない。
まずは攻撃を加えず、ヴェルクを囲むように蜘蛛の糸を張り巡らせる。配下にはボスエリア全体まで糸を巡らせるように指示をしておく。
ヴェルクは敵対行動というか攻撃しなければ何もしないようで、何事もなく蜘蛛の糸を張り終えてしまった。それからMPの自然回復を待ってから、攻撃を開始することにした。
SPを消費して投擲スキルを習得した。これで木杭を当てやすくなるだろう。配下にも魔糸の木杭を10本ずつ渡して戦いの準備が整う。
突進されてはたまらない。俺達は木の上に移動して最初の一撃を食らわせることにした。
「まずは一撃」
寝ている森賢熊に魔糸の木杭を投げ付ける。
「っ!?グルワアアアアアーッ」
痛みで飛び起きた熊さんは周りを見回して俺を探す。
真上からの一撃だ。そう簡単にはどこから来ているのか、気付かないだろう。
配下に指示を出して木杭を投げさせる。4本のうち2本は外れてしまったが、警戒状態の熊さんに当てたのだ。充分な成果といえる。
「グルアアアアアア」
投げた位置と当たった場所から熊さんに特定されてしまった。
こちらを向いて咆哮をあげる熊さんに木を折られても困るので、配下には散開して貰った。
配下には四方に移動してもらう。熊さんは俺のことを睨み付けてきているが、場所が高い位置にあるので何も出来ていない。
木に突進してきたが、木がびくともしなかった。ダメージの0と1は木にも適応されているのかもしれない。
すごい勢いで来て、かなり揺れた。それにも関わらず折れない木。推測は正しいといえる。
俺はひ弱な枝に捕まった木の実ではないので、揺らされても木から落ちることはなかった。
突進を繰り返す熊さんはそれ以外してこなかった。
この一連の動作でこの熊さんは遠距離への攻撃を持ち合わせていないということがわかった。
熊さんは木杭を投げ飛ばした俺に警戒していた。配下も投げたが、直感的なものなのか、集団のリーダーということがバレているようだ。
配下から注目が外れているので、合図の蜘蛛の糸を空に向けて飛ばした。
宙に上がった糸の塊を避けるように後ろに下がった熊さんへと、同時に四方から蜘蛛の糸が森賢熊に向かって飛んでいく。
「グルアッ!?」
さらに追い撃ちをかけるように糸を絡ませていく。森賢熊は蜘蛛の糸から逃れようと暴れるが、引き寄せられるように次々と蜘蛛の糸が絡まっていく。
「グア……」
段々と動きがなくなっていき、最終的に蜘蛛の糸だるまになった。熊さんに近づいてみてもピクリともしないので、配下を呼んで木杭を至近距離で突き刺していく。
樽に剣を突き刺すあのゲームを連想させるが、飛び出てくるような人はいない。
もし、熊さんが「はぁーい!」と出てきたら、敗けを認めてやってもいいが、それで出れるなら最初から糸だるまを甘んじて受け付けないはずだ。
木杭によるダメージはそれほど大きなものではないが、持続ダメージと数による暴力でHPを削っていく。エリアボスなだけにかなりの時間を用いたが、暴れることも出来ない熊さんから攻撃はない。
ゲーム特有の特殊行動がない限りはこの蜘蛛の糸地獄からは抜け出せないだろう。MPが回復すると逃げ出せないようにさらに糸を絡ませていく。
それから幾分かしたとき、森賢熊が赤く光り始めた。
「な、なんだ?」
危険を察知した配下は離れていった。俺もそれに追随するべく離れてる。
「グルワアアアアアーッ」
熊さんの赤い光はオーラのようなものに見え、糸だるまが一回り大きく膨らんだかと思えば、萎んでいった。
暴れ始めたのだが、如何せん蜘蛛の糸をどうにかしないと身動きがとれないため、自ら絡まりにいって、また大人しくなった。
「グア……」
飛び出た手が悲しそうに脱力していく。
「今の何だったんだろ?まぁいいか、今度は殴ったり蹴ったりして攻撃しよう。今日のご飯はこいつだからな!」
配下の子蜘蛛達は前脚をあげて嬉しそうに熊さんに近付いていく。俺も熊に近付いていき、蜘蛛の糸の上から殴っていく。
悲痛な熊さんの声が聞こえてきたが、きっと気のせいだ。
聞きなれない音楽が流れ始め、ファンファーレが鳴り響いた。
《森賢熊を討伐しました。》
《称号【ヴェルダンの縄張り主】を獲得しました。》
《称号【格上殺し】を獲得しました。》
《称号【森賢熊討伐者】を獲得しました。》
《称号【エリアボスソロ討伐者】を獲得しました。》
《レベルアップしました。》
《レベルアップスキルポイント35SPを獲得しました。》
《レベルアップステータスポイント70JPを獲得しました。》
《PM専用報酬:森賢熊の剥製、森賢熊の絨毯、リアル森賢熊の着ぐるみ、キョテント1つ、生存ポイント1000P,スキルポイント10SP,ステータスポイント10JP》