第51話 愉快な仲間たち
街の外からのPM達の猛攻が続き戦場は街の中まで広がっていた。絶え間なく押し寄せるPHのリスポーンには辟易させられたが、身ぐるみを全て剥がした上で配下たちに見張らせている。
すでに人の言語学を取得しているカルトは三人のPHとリスポーンし続けるPHを遠目に眺めていた。
「それにしても彼らは随分愚かだね。まさか情報が僕たちに筒抜けだなんて思いもしてないだろうね」
「内通者がいることくらい考えてほしいものだよ。指揮がめちゃくちゃでまとまりに欠けているわ。街では我が物顔で住民のことも考えてほしいよ、全く」
「まぁあいつらからしたら俺らの裏切りってわけだが、常識的に考えて強い方につくのは当たり前だろ」
「というより最初から俺たちはこちら側だもんな」
そういって笑いあっているのはカルトの友人達二人、そしてこの世界の住民であるNPHだ。カルトの友人の一人、蒼空はPMとの戦いには興味がなく、この世界を楽しむことに力を注いでいる。
様々な職業があり、それらを一つ一つ楽しんでいくなかで、このゲーム本来の仕様に気がつき、おそらくPHの中で一番強くなっているのだが、戦闘をするのは必要最低限に留めているため、二つ名は持ち合わせていない。
もう一人は享楽主義者の京楽だ。彼はPHの情報を集め、カルトたちに情報を売り、PHには誤情報を流して遊んでいる。情報戦がこのゲームの要であり、PHとPMの戦いにおいて京楽の存在はカルトにしか知られていない。
そして最後にNPHのエドガーだ。彼は冒険者ギルドの職員でありながら、魔物と意思疏通のできる魔人だ。ギルドでは主に討伐クエストのランク付けなどを行っているのだが、PHが死なないということもあり、高ランククエストをランクを無視して依頼している。
ギルドマスターからは怒られることもあれば、よくやったと褒められることもあるほど住民の不満が溜まっているらしい。中には住民の事を考えた行動を起こすものもいるが、それは少数派であり、ゲームであれば許されるとでも考えての行動だろう。
「それにしてもあっけなかったな。もう三つ目のリスポーン地点の占拠か」
「数が25箇所もあるとはいえ、人数が人数だ。早々片付けられるはずがないんだが…」
「まぁ、今回は僕らの作戦勝ちかな。この八雲の糸があればどうってことないよ」
「この糸すごいよな、川の主が食いついてもちぎれることなく釣りきれるとは思わなかったぜ!また、融通してくれよな!」
「そんなことに使ってたのか…まぁいいけどね。八雲は今、子蜘蛛たちを寝かしつけに行ってる頃だけど、帰ってくる頃には終わってるかもね」
ゆっくりと次のリスポーン地点の占拠に向かいながら話していると、京楽が立ち止まった。
「おいおいおい、まじかよ」
「どうしたの?京楽。変な声だして」
「街の中心部の時計台あるだろ?あそこに悪夢が現れたってな」
「え?嘘でしょ?外から全く邪魔されずにたどり着くとしてもこの広い街で一体どうやってそこまで…?」
「一先ず、先へ急ごう」
「あぁ」
カルトが次のリスポーン地点攻略に向けて進んでいる頃、ユッケはもふもふ幻想部隊をゾンビのごとく引き連れてリスポーン地点を探していた。会ったPHはすべてそこに加わり、よだれを滴しながら蠢く様相はまさしくゾンビだった。
「まじで広いな、この街は」
孤高の存在であってもわからないものはわからない。案内人の一人や二人、もふもふ幻想部隊から見繕えたらどんなに楽だったか。もふもふ幻想部隊はもふもふの夢を見ていてまともに話せるものはいなかった。
話せたとしても言葉が理解できない。しかも話せてもおそらく触らせてとかそんな内容だ。
「…もうやけくそだ!手当たり次第探し尽くしてやる!」
道を走り抜けてはゾンビを一人置き去りにし、選択肢を潰していった。ユッケの奔走とは裏腹に空から探索を続けるジンは配下のカラスによってすでにすべてのリスポーン地点を把握していた。
「たくさんいるっすね…」
ただそこにはとてもじゃないが一人で倒しきることのできない数のPHが蠢いていた。野蛮人装備といえど蟻のように集られたらどうすることもできない。
「姉さんを呼んできてほしいっす」
一羽のカラスにそう告げるとジンはカラスたちに指示を出した。嫌がらせを込めて上から糞を落とさせた。もちろん致命的なダメージを与えることはできない。しかし、精神的ダメージは相当なものだった。
「うわわっ、魔法を撃ってきたっす!?」
カラスの糞といえど、空から降ってくるものでほとんどの人が嫌うものだ。イベントでのストレスに加えられていいものではない。
「ジン、来たわよ…殺していいかしら?」
のっそりと現れたマルノミはジンへと降り注ぐ魔法の雨に睨み付け、そしてそれが下から撃たれている魔法だと気付くとすぐに配下の蛇たちをけしかけた。糞も嫌だが、蛇はもっと嫌だ。下でカラスに魔法を撃っていた者たちは散っていった。
「姉さん、あそこがPHのリスポーン地点っす!」
「ジンは偉いわね。姉さんに任せなさい」
マルノミは蛇の身体、いや龍の身体を活かした攻撃を仕掛けた。蛇には到底不可能な攻撃方法として、空を翔び、毒のブレスを放った。毒は空気よりも重く、下へ下へと拡がっていく。
下は阿鼻叫喚だ。空からはカラスの糞、またはカラス本人、足元には蛇、そして状態異常を起こす毒の霧が。バタバタと倒れては自害をして復活するもすぐに毒や蛇によって倒される。
「ここも制圧できそうね」
「さすが姉さんっす!」
「なにを言ってるのよ。ジンの索敵能力があってこそ。謙遜しなくていいのよ」
「姉さんに言われると照れるっすね」
「ふふふ、ジンは本当に可愛いわね」
その頃、ユッケは袋小路で迷子になっていた。
「うおおお!ここはどこだ!」
時計台の戦況は相変わらずPMが圧倒していた。変幻自在のスライム姉妹、死した者さえも味方にするカルトの配下、そしてなぜか時計台の細工をリフォームし出す鬼たち。
スライム姉妹の狙いは男だけでなく、いつもなら見逃されるはずの女性も餌食になっていた。それも男よりも執拗にぬるぬるにされていた。しかもなぜか真剣に身体の隅々までチェックしていく。
チェックし終えた頃には解体されている。その様子は味わって食べ尽くす狂暴なスライムにしか見えなかった。逃げようとするも予め用意されていたかのように仕掛けられた罠で足止めされて捕まる。
不運なことに時計台の近くにはリスポーン地点があり、毎度そこで復活して仕返しをしようとするも、地雷があり一度入ると出ることができないトリックがそこにはあった。
「あぁ、いいわよ!このスタイル最高だわ!」
「お、お姉さま!私にも、その素材を!」
「ええ、もちろんいいわよ!これで私たちはもっと美しくなるわよ!」
スライム姉妹を遠目に見ていたミントは配下のティラミスにしがみついていた。
「す、スライムもこわい…((( ;゜Д゜)))」
新たなトラウマを抱えたミントはそれらを吹き飛ばすべく、得意の魔法をPHに撃ちまくっていた。近づく者は配下のティラミス(守護の聖鬼)とミルフィーユ(聖骸の老執事)に屠られていた。
そんなミントは星詠の魔導兎という特殊なうさぎだが、活躍できるのは星の輝く夜であり、今は魔法砲台としか存在できないか弱いうさぎさんだ。今もか弱いうさぎに群がる狼さんに怯えている。
「あハ、アハハハハ!しね!しねよ、おらぁ!」
あまりにもトラウマを抱えたミントは戦闘をする度に壊れてしまっていた。その結果が今のミントであり、そうしたこともあり、これを目撃してしまったPMたちは自身の配下をミントに従わせているのだが、今のところ効果は出ていない。
壊れたミントを目撃してもなお襲いかかれるのは言語を理解できないPHだけ、彼らの視点ではうさぎが悲鳴をあげながら魔法を撃ってきている。それを守るように構える鬼と真っ白なおじいさん。罪悪感が生まれないこともなく。
あえてミントを狙わないように動こうとしたところでミントの苛烈な魔法が襲いかかる。ミントは彼らから見逃され、避けられているにも関わらず自身が原因で再び襲いかかられるというおかしなことになっていた。
時計台の上にはチャーシューのようにガチガチに植物のツルに締め付けられたたかしくんが、寝心地悪そうに眠っていた。それを踏みつけた鹿、メルドアは空に頭を向けたまま静止していた。
意識は空にあり、空には無数の胞子が飛んでいた。それは風になびき、四方八方に分散していた。胞子の中には綿毛を着けた種もあり、それも胞子とともに旅へ出た。
日光を浴びたメルドアは緑色の光を発し、その光は空の胞子へと吸い込まれていった。胞子は緑色の光を飲み込み、次第にキノコの形へと変貌していった。綿毛の種は無数のツルを伸ばし、互いに繋がり合い、空をドーム状に覆った。
そしてそのドームからは新たな種が生まれ、ツルを拡げていった。キノコに変貌したそれは重力に従い、地面へと落下していき、地面にぶつかると胞子へバラバラに散っていった。
そしてまたキノコに、それを繰り返し、広範囲に拡がったキノコは街すべてにまで届きつつあった。メルドアの出したキノコが無害なもののわけがなく、胞子を吸い込んだPHは身体から綿のようなものがわき出た。
わけも分からず払うと、そのPHのHPが削れた。その胞子は吸い込んだもののHPを奪い取るものだった。胞子が抜けきったPHはどこにも傷を残すことなく倒れ伏した。
そして胞子がそれに引っ付くとすべてを胞子に変えて、風に吹かれ飛んでいった。
この胞子はジメジメしていて薄暗い空間でしか生きていけない。ツルのドームは日光を防ぎ、焼かれたツルは汗のごとく雨を降らせた。ツルのドームは光合成を行うメルドアから送られてくる養分でしか生きてはいけない。
胞子は目に見えない極小の粉であり、誰にも見ることはできなかった。気付けるのはこの症状を知るものだけ、おそらく知ることのできるのは物知りなNPHだけだろう。
もちろんこの胞子はNPHとPMには無害だ。ただしメルドアが指定したものには有害である。メルドアの足元で不愉快そうに眠るたかしくんは胞子を吸い込むとビクンと震え、目を覚ました。そしてまた眠る。
少しでも怠惰な友人を改善したいメルドアだったが、どうやら効果がなかったようだ。
一人街の外で検分する者がいた。そいつは死体を見つけるとにやっと笑い、自身の背中から生えた翼を突きつけて種を産み付けた。種は水を得た魚のように死体に潜り込むと、死体中にひびのような根っこやツルを生やすと死体を操り、立ち上がった。
「行け、お前の役目はあそこにいるやつらを殺ることだ」
物騒な言葉で命令するのは八雲に美しいと評されたヒデだ。彼は今、無数に積み重ねられた死体を見て狂喜乱舞していた。
死体には次々と種が植え付けられ、街へと人間とは思えない動きを見せながら走っていく。あるものは頭と腕を足のように使い、あるものはブリッジをしながら走っていく。そんな気持ち悪い様子の彼らを苦笑いで送り出し、次々と奇怪な生物を産み出した。
そうしてできた軍団はPHの心に大きな傷をもたらした。最後に、ヒデは転がるすべての死体を集め、種を撒き散らして、最大最悪のおぞましい存在を作り出し、街を襲わせた。
それは死体を無理やりパズルのように組み合わせて作り上げた化け物。遠目に見れば大きなヒデだが、近くで見ればただの化け物。それが街の壁を乗り越える。それだけで世界の終わりではないかと思えるのは間違いではない。
彼らを相手取ろうと思わなかった蒼空と京楽が正しいとわかるにはこのイベントだけで十分だろう。これからも歯向かえるものがいるとすればそれはそれでPMたちと同等またはそれ以上に狂った存在かもしれない。
その頃、ユッケはというと魔法の音に気が付き、急いで駆けつけていた。そしてその場所でミントの狂暴さを目撃してしまい、すっと目のハイライトを消してその場から去っていった。
「アハハハハ、てめえが死ねよ、くそが!」
うさぎさんの中には狂暴な悪魔が潜んでいたのかもしれない。




